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ご機嫌斜めなリオンちゃん


 未だ僅かに彼女たちの匂いが部屋に残っていた。

 朝陽が差し込むベッドの上で、ケンは再び体を投げ出す。

 今ここにいるのは彼一人。


 たぶんラフィはリオンのところへ行ったと思うし、ムートンは周りの目を考えて自分の部屋へ戻ったんだろう。


――夢じゃないんだよな……?


 艶めかしい彼女たちの息遣いと、肌の感触は目覚めたいまでもはっきりと覚えている。

しかし昨晩の状況が夢だった、と云われれば納得してしまう彼自身もいた。


――やべ、思い出したら……


 このままここに寝そべっていては、早朝からいらぬ気を起こしてしまう。

そう思ったケンは手早くガウンを羽織り、顔を洗うためにさっさと部屋を飛び出す。


「あっ……」

「あっ……」


 一瞬視線が重なるも、気恥ずかしさのためか、つい視線を逸らしてしまう。

それは廊下でばったり出くわしたムートンも同じな様子だった。


「お、おはよう」

「はい、おはよう、ございます……」


 昨日まではさらりとできた朝の挨拶もどこかぎこちない。


「あの……」

「ん?」

「昨晩はその……ありがとうございました」

「いや、こちらこそ」


――んだよ、こちらこそって。もっと気の利いた言葉は使えねぇのかよ、俺!


 自分へそう突っ込むも、やはり緊張して上手い言葉が浮かばない。


「後、先に帰ってしまってすみませんでした」


 気が付くと、すぐ近くにムートンの顔があって、彼女はケンを見上げながら申し訳なさそうに頭を下げる。


「気にすんな。見られたらマズいんだろ?」

「はい。ですけど……」


 ムートンはケンの頬へ細い指先を添え、少し背伸びする。

それだけで彼女が何を求めているのか分かったケンは僅かに腰を屈め、彼女と唇を重ねる。

昨晩したような深く溶け合うようなものではなく、軽くて可愛らしい、

だけどしっかりと愛情の籠った口付け。

 ムートンはケンから跳ねるように離れ満足げな笑顔を浮かべた。


「今朝はこれでケンさんのこと起こしてあげたかったです。それだけが残念です」

「おいおい、それ立場逆じゃねぇか? 目覚めのキスはこっちからだろ?」

「別に男性から女性へって決まりは有りませんよね? だったら私からしたっていいじゃないですか。それは偏見というものです」

「まぁ、そりゃそうだけど……」

「ケンさん」

「なんだ?」


 ムートンは一回大きく深呼吸をし、


「好きです。愛してます。貴方のことを。これからも、ずっと」

「俺もだ、ムートン。お前にラフィと変わらない愛情を誓うよ。だからずっと俺の傍に居てくれ」

「ありがとうございます、嬉しいです。嫌だって言ったって、もう離れませんからね?」

「どうぞ。俺も離したりしねぇからな。覚悟しな」

「ですよねぇ。だってシャトー家当主のこの私に、未だ給仕メイド服、着せてませんもね?」

「なっ!? くそぉ……ラフィの奴、余計なことを……」

「ケンさん。貴方が望むことだったら、私なんでもします。だって貴方がしてほしいことが、私のしたいことなんですから」


 はにかむ彼女にケンの心臓が強く高鳴った。

この笑顔も、心も、身体も、全て彼女は捧げてくれると言ってくれている。

その直向きな気持ちは、昨晩散々貪って満足した筈の欲を掻き立てる。


 それは目の前の彼女も同じ様子だった。

ムートンは頬を赤く染め、瞳を閉じ、蕾のような唇を向けて来る。

 肩にかかった彼女の長い髪がさらりと落ちる。

 二度目の口づけ。


 今度は深く、互いを感じあうように。


――これは夢じゃない。だったら俺はラフィのように、ムートンも守るんだ。

この頑張り屋で一途な、当主様を。


「ちょ、ちょっと、リーちゃん待ってぇー!」


 背中に慌てたラフィの声が響き、ケンとムートンは慌てて唇を離す。

ラフィが廊下の向こうから慌てた様子で駆けてきているのが見えた。


「ケンとムー、今何してた?」


 いつの間にかリオンが二人の前にいて、ジト目で見上げてきていた。


「あ、いや、何って、あ、朝の挨拶だよ! 挨拶! ねぇ、師匠!?」

「あ、おう! そ、そうだ! おはよってやつだ」


 するとリオンは狼狽するケンの周りのグルグル回って、クンクン鼻を動かし始めた。

やがて眉間に深く皺を寄せ、鋭い目つきで睨んでくる。


「ケンからラフィとムーの匂いする。なんで?」

「なんでって、それは……」


 流石にリオンへありのままを伝えるわけには行かなかった。

ならば何か良い説明があるのか?

 ケンは必死に頭を捻り続けるが、妙案は全く浮かばず。


「三人でなにしてた! 僕、知らない! 僕だけのけ者! なんで!? 僕も家族! 違うの!?」


 煮え切らないケンの様子に怒ってか、リオンは声を荒げて迫る。


「いや、だから……」

「僕も、みんな、一緒……どうして、僕だけ……うえぇーー……」


 怒りを通り越し、とうとうリオンは泣き出してしまった。

 起こって殴りかかってくるなら、それに甘んじれば良い。

しかし、こう泣かれてしまっては、どうしたら良いか皆目見当もつかない。 

 流石のラフィも困惑の色を隠せない様子だった。


「ごめんね、リオンちゃん。一人だけ除け者みたいにしちゃって」


 そんなリオンへ真っ先に声をかけたのはムートンだった。

彼女はリオンの背まで腰を屈め、優しく髪を撫でる。


「だけど信じて。決して私たちはリオンちゃんを除け者にしようとか、忘れたりとかしてないから」

「ホント……?」


 リオンは涙でグズグズの顔をムートンへ向ける。

するとムートンは柔らかな笑みを浮かべて、


「うん、ホント。私、リオンちゃんも大好きだから」


 いつもはムートンに近づかれると慌てて飛び退くリオンだったが、今は彼女の優しい抱擁に甘んじ、身体を預けている。

 長い尻尾はゆらゆらと揺れて、心地よさを表している。


――なんだか別人みたいだな。


 今のムートンを見てケンはそんな感想を抱いた。

昨日までの彼女を”少女”というならば、今のムートンは”女性”と表現するのが相応しいように思う。


『ムートンの奴、一晩で随分化けたな。ヒヒッ』


 DRアイテムに宿る魔神アスモデウスもほとほと感心した様子を見せた。


『ラフィの嬢ちゃんもそうだっみてえに、女ってのはあっという間に変化するからよぉ』

――そうなのか?

『ムートンはおめぇに抱かれて、女として自信をつけたんだろうな。ほれ見て見ろ。昨日まではどこかオドオドしてたのに、今じゃ、リオンを自分から宥めてるぜ?』

――確かに。

『こりゃもしかすると、ムートンの奴、嬢ちゃんよりもいい女になるかもな。んで、おめぇは、めでたくしっかり者の二人の嫁の尻に敷かれると。可愛いうちにたぁんと楽しんでおいた方が良いぜ? ヒヒッ』

――尻に敷かれるって、お前なぁ……


 しかし現にケンはラフィに頭が上がってない。

もしもムートンが同じようになると考えると、少々複雑な気分に陥るケンなのだった。


「リオンちゃん、だったら今日は一日中師匠に付き合って貰いなよ」

「あうー……? ムーとラフィは?」


 ムートンの提案にリオンは首を傾げる。


「私達は用があるから先に帰るよ。ねっ、ラフィ?」

「あ、えっと……う、うん! そうなんだ」

「良いの? 二人、ホント、良いの?」


 我儘が過ぎたと思っているのか、リオンは恐る恐るといった様子で聞く。

するとムートンはニカっと笑顔を浮かべて、リオンの髪をクシャリと撫でた。


「昨日甘えられなかった分、師匠にたくさん遊んでもらって。ねっ、師匠、良いですよね?」


――ってか、もはや俺に拒否権は無い状況じゃんかよ……


 別にリオンと過ごすのが嫌という訳ではなく、すでに自分が手玉に取られ始めていることに戸惑うケンなのだった。


「じゃあ、リーちゃんとケンさんのためにお弁当作りますね。リーちゃん、何入れてほしい?」

「うー……肉―! あとはー!」


 リオンはすっかり元気を取り戻し、今度はラフィへ、ああだこうだと弁当の内容をせがんでいた。


「ケンさん、リオンちゃんのことをお願いします。お帰りはゆっくりで構いませんので」


 ムートンが耳元でそっとそう囁く。


「仕方ねぇな……わかったよ。フォロー、サンキュ」

「いえ。それでその、もう一つお願いがありまして」


 神妙なムートンの声に、ケンは身構えた。


「なんだ?」

「リオンちゃん、もしかするとケンさんに何かお話したいことがあるかもしれません」

「話? なんだよそれ?」

「確証はありません。だけどなんとなく、今のリオンちゃんを見ていると、昨日まで私みたいで……」

「?」

「とにかく、今日一日あの子に真剣に向き合ってあげてください。お願いします」

「わかった」


――リオンがムートンみたいに俺のを事を? まさか。


 しかしムートンの言う通り、リオンと真剣に向き合おう。

そう思うケンなのだった。



●●●



「ケン、早く! こっち!」


 リオンは嬉嬉とした様子で木の枝から枝へと飛び、先へ進む。


「こら、一人でさっさと行くな! 迷子になっちまうぞ!」


 ケンもまたリオンに続いて、木々の間を飛ぶ。


――まさかこんなアクティブなことになるだなんてな。


 リオンへどこへ行きたいかと聞いた結果、彼女は、島の北東部に位置する森を指し示した。

 交易が盛んな島だけあって、中心には商店や見世物小屋が軒を連ねる歓楽街がある。

当初はそこへリオンを連れて行こうとケンは考えていたのだが、彼女の意見を尊重し、今に至る。


「ッ!」


 突然先行するリオンが木の上から飛び降りた。

 すると森の茂みの中にいた鹿に似た草食動物が驚いて、逃げ出す。


「大丈夫、おいで。お話、する」


 リオンが逃げ去ろうとしていた動物へ穏やかに語りかけた。

すると動物はぴたりと走るのを止め、首を傾け、丸い瞳にリオンを写す。

やがて動物たちはトコトコと歩き出し、リオンの前に立った。


「ありがと。嬉しい。君たち、ここで何してた?」


 リオンは背伸びをしつつ、草食動物の長い鼻を優しく撫でる。

動物はリオンに撫でられ、喉を鳴らしていた。


「すげぇな。動物と話できるんだ?」


 しかしケンが木の上から飛び降りると、草食動物は警戒心を現しに、逃げ出そうと身体を強張らせる。


「大丈夫! この人、いい人! 怖がらなくていい!」


 リオンの言葉に再び反応を見せた動物たちは一瞬、ケンを丸い瞳で睨む。

それでもリオンは、何度も「大丈夫、怖くない」と語り聞かせる。

すると動物たちは体の緊張を解き、再び喉を鳴らし始めた。


「ケン、挨拶する!」

「お、おう……」


 リオンに言われるがまま、恐る恐る草食動物の長い鼻に触れた。

最初こそ、ビクンと驚きを現していた動物達だったが、次第に慣れてきたのか、緊張させた筋肉を解きほぐした。

 終いには動物の方から鼻をケンの手へ擦り付け、甘えた仕草を見せてきた。

 そんな動物の素直な態度に、ケンは温かさと喜びを感じた。


「可愛いな」

「あう! みんな、ケン受け入れた! もう大丈夫!」

「でも、どうして動物と話できんだ? 元々持っていたスキルかなんかか?」

「バルバトスおばさんのお蔭! おばさん、僕、動物好き言ったら、お話できるようにしてくれた!」


 リオンの背中にかかったDRアイテム、魔神バルバトスの宿る”反逆の弓”が一瞬ビクッと、震えたように見える。


『へへっ、バルバトス、婆って言われてちっと頭に来てんな。アイツらしいぜ、まったくよ』


そんなアスモデウスの感想が頭で鳴る。


――魔神って随分と人間味がある連中なんだな。


 でも、だからこそ今でもケンは魔神アスモデウスと上手くやっていられると思うのだった。


「ケン、この先に、お花畑ある! みんな、教えてくれた! 僕、そこでラフィのお弁当食べたい!」


 太陽はすっかり空の真ん中にあった。

そろそろケンも腹の減りを感じ始めていたので、


「おっし、じゃあそこで飯にするか」

「あう! みんな、ありがとう! またお話、する!」


 律儀にリオンは動物達へお礼を言って飛び上がる。

動物達はリオンの背中が木々の間に見えなくなるまで、見送り続ける。


「だから慌てるなって」


 慌ててケンもまたリオンを追った。


「ケン、遅い! 早く早く!」


 リオンは嬉しそうにそう叫びながら、森の中を飛ぶ。



『リオンちゃん、もしかするとケンさんに何かお話したいことがあるかもしれません』


 無邪気なリオンの背中を追いながら、ケンはムートンの言葉を思い出す。


――そんなまさかな。リオンがラフィやムートンみたいな気持ちを俺に抱いてるなんてありえねぇぜ。


 そう思いつつ、彼はリオンの小さな背中を追い続けるのだった。


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