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告白


瞼が赤く染まり、さざ波の音が鼓膜を穏やかに揺らす。


「うっ……」

「お目覚めですか、師匠?」


 目を開けると髪を下ろしたムートンが、柔らかい笑顔でケンを迎えた。

 既に夕日は傾いていて、空気はうすら寒い。

意図せず寒さで体が震えると、既にシャツとパンツ姿に着替えたムートンは、ケンへタオルを掛けなおす。

そうされてようやく、自分がムートンの膝の上へ頭を預けていると知った。

 しかしどうしてこんな状況になっているのか。

 目覚めたての茫然とする頭は、簡単に答えを導き出さない。


「俺は、一体……?」

「覚えてません? 師匠、リオンちゃんの本気のボールから私を守ってくれて、それで伸びちゃったんです。さすがのブラッククラスも不意打ちには敵わなかったんですかね?」


――ああ、そうだ。リオンの野郎……


 一度リオンへはきちんと力を使うべきところを教えよう。

そう思うケンなのだった。


「そういえば、前もこんなことありましたよね。あの時も師匠が酔いつぶれて、私がベンチの上でお目覚めになるまで膝をお貸ししたりしたこと」

「ああ、そうだったな。また、わりぃな、迷惑かけて」

「迷惑だなんて思ってませんよ。あの時もお伝えしましたけど、私は師匠に感謝してるんですから」


 ムートンのしなやかな指先が、ケンの髪をさらりと撫でる。

 まるで子供をあやすかのような、柔らかで優しい感触は、気恥ずかしさもあるが、どこか安らぎを感じさせる。


「師匠は二度も私を助けてくださいました。もし仮に迷宮でゴブリン共から生還していたとしても、もしかすると私はシャトー家に戻されて、母上の……ダルマイヤックの操り人形として籠の中の鳥のような生活をしていたかもしれません」

「……」

「でも、あの時、師匠が必死で私を助けてくれたから、今があるんです。正直、当主としての仕事は想像以上に大変でした。だけど、師匠が常に傍に居てくださるお陰で、私は当主として、ムートン=シャトーとしてやってけてます」

「それはお前にそういう才能があったからだろ? 俺はなんもしてねぇよ」


 どんなに周囲から攻撃されようと、どんなに辛い立場であろうとも、ムートンは自らからが掲げた理想のために邁進している。

 正直、ケン自身がその立場だったら、既に心が折れて自暴自棄になっていたと思う。


「そんな謙遜しないでください。私がこうやって今も立っていられるのも、全部師匠のお陰なんですから」


 ムートンが再び浮かべた笑顔に、意図せず心臓が高鳴る。


 これまで彼女を女として意識していなかったか、と問われれば、それは全くの嘘だった。

 美しい容姿、整った身体、何よりも清濁併せ飲むも、それでも輝きを失わない芯の通った心。

まだあどけなさも残っているし、未熟な部分も多い。

しかし磨けば更に輝きを増すであろう、彼女の存在は、時折ケンの心を引き寄せてしまっていた。

それでも、その想いを封じてしまうのは、ようするにラフィの存在があったからだった。


 ラフィはケンにとって代えがたい存在。

絶対に悲しませたくはない、大事な人。

 例えムートンがどんなに素晴らしく、心惹かれる存在でも、ラフィのためを考えれば心赴くままに行動すべきじゃない。


――俺とムートンは、師匠であり弟子で、シャトー家当主とその補佐官の立場だ。

それで良いんだ、それで……


 ケンは自身へそう強く思いこませる。

そしてこのままムートンへ膝を預け続けては、いらぬ気を起こしそうだと思った。

いよいよ身体を起こそうと、力を籠める。


「あ、あの、師匠……」

「?」


 突然、ムートンが今にも消え入りそうな声を上げた。

 彼女の顔が真っ赤なのは、夕陽に照らされているか、否か。


「……きです」

「ん? なんだよ?」


 何かが聞こえて、思わず聞き返す。

すると、ムートンは目を見開き、一回深呼吸。

きゅっと一文字に結んでいた唇がゆっくり開きだし、


「好きです! 貴方のことがッ!!」


 一瞬、言葉の意味が分からなかった。


「…………はっ?」


 出たのは間抜けな声だけ。

するとムートンはもう一度大きく息を吸い込んで、


「家族としての好きでも、師匠としての好きでもありません! 私は、ムートン=シャトーは、ケンさん、貴方の事を一人の男性としてお慕いしております!」

「な、な、な、何いきなり言ってんだお前!?」


 ケンは飛び起き、慌ててムートンから距離を置いた。

心臓が張り裂けそうに激しく鼓動し、驚きのあまり呼吸がままならない。


「いきなりも、何も、これが私の正直な想いです! ケンさん、私は貴方のことを、この世界の誰よりも、深く、強く、その……! 愛してまぁぁぁぁーーすッ!!」


 ムートンの絶叫に近い声が夕暮れの海岸に響き渡った。

流石にマズイと思ったケンは慌てて、駆け寄りムートンの肩を抱く。


「お前、何叫んでんだよ!? ラフィに聞こえたらどうするつもりなんだよ!?」

「はい、しっかり聞こえました!」


 甲高い声が聞こえ、ケンの心臓が跳ねる。

脇の茂みから、にっこり笑顔を浮かべたラフィがひょっこり姿を現した。


――やべぇ、これマジでやべぇぞ……


 自分にはついぞ縁がないと思っていた修羅場。

それが当に今、目の前で展開されようとしている。

まさか、飛び火して、自分自身がれるんじゃないか。

前の世界でたまたま見てしまったそんなゲームの内容を思い出し、背筋を凍らせる。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

「ムーさん、良く頑張りましたね。わたし、感動しちゃいました!」


 だがラフィは絶叫したため咽びこんでいるムートンの背中を優しくさすりながら、そう云った。


「さぁ、ケンさん! ムーさんのこの想いにどう答えてくれるんですか?」

「へっ?」

「へっ? じゃないですよ! ほら!」

「いや、急に、ほらとか意味わかんねぇよ!? 第一、俺にはラフィが……」


 するとラフィは眉を吊り上げ、

尻尾をピンと立てて、

ずかずかとケンへ歩み寄り、

グイッと顔を寄せた。


「シャトー家もたくさんの旦那さんがいたんですよね? だったらその逆だっていいじゃないですか! わたしはケンさんが好きです。でもムーさんもリーちゃんもみんな大好きなんです! わたしはみんなで幸せになりたい。そう思ってます! だからわたし、ケンさんへ正直な想いを伝えるよう、ムーさんに提案しました!」

「そう、なのか……?」


 ケンはムートンへ視線を移す。

彼女は耳まで真っ赤な顔を、コクンと一回縦に振る。


「ケンさん、私に、私なんかには……ご、ご興味ありませんか……?」


 ムートンの青い瞳がケンを捉えて離さなかった。

もはや言い逃れも、隠し立てもできそうもない。

 彼は一回大きく深呼吸し、気持ちを整え直し、そして、


「……正直、お前に惹かれてた、ことはある。良い女だなって……」


 ケンがそう云うと、みるみるムートンの瞳に輝きが増し、安心したように胸をなで下ろす。


「も、勿論、ラフィが一番だ! それは嘘じゃ……ッ!?」


 フォローをしようとしたケンの唇をラフィが人差し指で止める。


「嬉しいですけど、今はそういうの無しでお願いします」

「ぐっ……」

「えへ!」


 そしてラフィはケンの右肩へ飛びつき、二の腕へ存在感のある胸を押し当ててきた。


「ほら、ムーさんも、こっちこっち!」

「……ええい! もうままよ!」


 ムートンも立ち上がり、大きな胸を揺らしながら近づいてくる。


「し、失礼します……」


 そして控えめにケンの左肩に抱き着き、立派な胸を押し当ててきた。


――なんだ、なんなんだ、この状況は……!?


 さすがのケンも理解が追い付いていない。

頭は混乱しているし、心臓はこれまで無いほど激しい鼓動を放っている。

だが、それでも、胸の内のどこかに、安心感と満足感があるのは確かだった。


「正直、最初はこの状況ってどうなっちゃうんだろうって思ったんです……」


 右のラフィが静かに口を開く。


「だけど、こうしてみて、全然嫌じゃなくて、むしろ嬉しくて、良かったなって……」」

「それは私もだよ、ラフィ」


 左のムートンはケンの背中で手を伸ばす。

するとラフィがその手をしっかりと掴んだ。

 ケンの左右に居る美少女二人は、彼を挟んで互いに微笑みあう。


「じゃあ、ケンさん、」


 ラフィが耳元で囁き、


「私たちは大丈夫です。だから、貴方の答え聞かせてください。私も、貴方の女として受け入れてくれますか?」


 ムートンの甘やかな声が、ケンの鼓膜を揺さぶった。


『ほれ、男見せてやれ兄弟』


 久々に聞こえたアスモデウスの声。

――んったく、お前、こういう時ばっか出てくんなよ。

『へへっ、まぁ、そう云いなさんな。さっ、男ケン=スガワラ。おめぇの気持ちは如何に!?』


「ああ、もうなんだかわかんねぇけど、分かったよ!」

「きゃっ!?」

「わわっ!?」


 ケンは左右から抱き着くラフィとムートンを目一杯抱き寄せる。

 二人の甘くて、心地良い香り。温かい熱。はっきり感じられる鼓動。

全てを一身に受け止める。


「ラフィ!」

「はい!」

「ムートン!」

「なんでしょう?」

「二人の気持ち、分かった! だったら俺は全力で二人を幸せにする! 必ず! この命に替えて誓う! これでどうだぁぁぁぁーーっ!」


 ケンの魂の籠った絶叫が夕暮れの海岸に響き渡った。


「嘘、付かないでくださいね? 信じてますからね……」


 頬を赤く染めたラフィは尻尾を振りながら、小さな唇をケンの頬へそっと添えた。


「ありがとうございます。今、私、凄く幸せです。こんな私ですけど、どうか呆れず、末永くよろしくお願いします……ケンさん!」


 ムートンの艶やかな唇が、ケンの頬に触れたのだった。



●●●



「ムートン、本当に良いんだな?」

「……はい。ケンさんに、私を、その……貰って頂きたいです……」


 柔らかなベッドの上で、ムートンは消え入りそうな声で、しかしはっきりと答えた。

 星明りの下に浮かび上がる、一糸まとわぬムートンの姿。

そんな彼女は彫像のように美しく、程よく実った果実のように瑞々しい。

 いつも鈍重な二振りの魔剣を自由に扱う彼女の肩は、緊張かはたまた羞恥のためか俄かに震えている。

指先一つ触れれば、すぐにでも壊れてしまいそうな様子は、少し気の毒にも感じられる――が、それは愛らしくも感じられ、敢えて壊してしまいたいという本能じみた欲を強く抱かせる。


 ラフィとはまた違った魅力を持つムートンの様に、ケンは思わず生唾を飲み込む。


「ムーさん、安心してください。わたしも一緒ですから」


 いつものようにケンを迎える支度をしたラフィが、そっとムートンの肩を抱く。

すると肩を震わせていたムートンは、ほうぅと息を付く。


「うん。付き合ってくれてありがと、ラフィ……」

「いえ、全然。言ったじゃないですか、”一緒に子供作りましょう”って?」

「そうだったね」


 自他共に認め合う親友同士の二人は互いに微笑み合う。

そして愛情の籠った四つの瞳全てにケンを写した。


「来い、二人とも」

「「はい!」」


 窓の外には満点の星々が瞬いていた。

その穏やかな光はシルヴァーナ城を照らし出す。

 ゆらゆらと三人の影が揺れ、静かな吐息が部屋中に響き渡った。

彼は彼女達を求め、彼女達もまた彼を求め、心と体を深く重ね合う。


 ラフィは改めて、彼の存在に感謝した。

彼の存在があるからこそ、今の彼女がある。

 思い起こせば出会いは最悪だった。

あの時を思い出すと、まさかこんなにまで深い関係になるなどラフィ自身も思ってはいなかった。

だけど今は、大切な、唯一無二の、最愛の人。

だからこそラフィは、感謝を込めて、懸命に彼の求めに応じ、彼女自身もまた彼をどん欲に求め続ける。


 ムートンは始め、この行為に及んだ自分自身に戸惑っていた。

これは念願の瞬間であったはず。

しかし自分の中には淫乱な母親の血が流れていて、ただ刻まれた欲望が開花しただけではないかと。

ただ雌としての欲が、雄を求めただけではないのかと。



 だが違った。

彼と深く繋がる度、痛みと共に確かな幸福感を感じる自分に気付いた。

 この行為はただ単に快楽を、獣のように貪るものではない。

愛する人を感じ、互いに慈しみあうことこそ、この行為の本当の意味なのだと。

だからこそ彼女もまた彼の求めに応じ、彼女もまた彼を必死に求め続ける。


 ケン、ラフィ、ムートン。

三人の影が星空の下、ゆらゆらと揺れ続ける。

 誰もが飽きることなく熱い吐息を漏らし続ける。

 そんな愛を感じ合う行為は、夜半を過ぎても、延々と繰り返されるのだった。



……

……

……



――そろそろリーちゃんのところへ戻ってあげないと……


 ラフィは一人、ベッドから降りた。

 立派なベッドの上では彼の胸へ体を寄せ、幸せそうな寝顔を浮かべるムートンの姿がある。

その幸せそうな寝顔を見て、ラフィは頬を緩ませた。

 心の底から大切にしたい人たちと深く心も体を繋がれた。

そして彼女自身も、喜ばしい感覚を得ていた。


 確証はない。

だけどなんとなく分かる。

きっと、今日で届いたのだと。

念願が果たせたのだと。


――ムーさん、ごめんね。たぶん、あの提案わたしの方が先かも。


 ラフィはまだ彼と深くつながった感覚の残る腹をそっと擦る。

おそらく宿っただろう、新しい命の感覚。

ラフィの頬が自然と緩んだ。


「ッ……!」


 突然、激しい頭痛がラフィを襲った。

彼女は思わず顔をしかめ、その場に蹲る。


【gaooerohosussebie!!】


 響く、意味不明な音。

 最初は空耳だと思った。

 気のせいだと思いこんでいた。

しかし日を追うごとに、突然湧き上がるこの意味不明な声は音量を増し、彼女を苛む。

せっかく彼を感じて、熱を昇らせたのに、頭に響く声はラフィから瞬時に体温を奪い去る。


【gaoasonioerhfrefrbfi!】

――どこか行って!

【aguidbeifehfuief!】

――あっち行って! お願いだからッ!!


 心の中で強く声を上げた。

すると、その声は波が引くように消え、頭痛がスッと消え、身体が熱を取り戻す。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 喉がカラカラに乾き、額から嫌な汗が噴き出ている。

 この現象の正体は分からない。

だけどきっとコレはとても良くないこと。


――でも、待って。せっかく届いたんだから。それまでは……! 絶対に!


 ラフィはそう自分へ言い聞かせ、立ち上がる。

 そして深い眠りに落ちているケンとムートンを起こさないよう、部屋を跡にする。



 そんなラフィの背中を、窓の外で小さな黒い影がじっと見つめていた。

 闇夜に浮かぶソレはギョロリとした血走った眼玉。

 目玉はラフィを見送ると、翼を生やし闇の中へ鳥のように飛び立ってゆくのだった。


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