唯一無二の親友(*ムートン視点)
シャトー家と共に世界を二分するオーパス家で、その若き当主:ロバートとの会談を終えたムートン達。
彼女らは一晩、オーパス家の本拠地:シルヴァーナ城へ宿泊することになっていた。
「はぁ……一緒が良かったなぁ……」
一人だけ貴賓室に通されたムートンは至極残念そうにため息を漏らす。
彼女自身はケン達との相部屋で良かったのだが、生憎彼女はシャトー家の当主。
ロバートはケンとの関係性を承知しているものの、彼以外は別と考えなければならなかった。
シャトー家内部でも、ムートンとケンの関係に関して、不埒な仲では無いかとの噂が立っている。
それをきっかけにムートンを当主の座から引きずり落そうとする輩が存在するのは確かだった。
――オーパス家で変な噂が広がって、シャトー家の重鎮たちに知られても困るしなぁ……
だからこうして一人で貴賓室に居るのは状況的に最良だった。
この立場になったのだから仕方がない。我慢すべし。
――それにケンさんにはラフィがいるしね……
欲しくても手に入らない。昔のように、常に一緒にいるわけには行かない。
しかしそう思えば想うほど、ケンへの思慕は膨らむばかり。
そんな自分を戒めるように、ムートンは最も愛し、それでいて自ら手に掛けた側用人:メイ=カジワラのクナイを取り出し、額へ当てた。
冷やりとした金属の感触が、ムートンの中に沸き起こった熱を収めて行く。
――私はメイに誓ったんだ。私は全ての奴隷兵士を幸せにするって……だから、力を貸して。メイ……
薄闇の中に、コンコンと音が鳴る。
貴賓室に続く立派な扉が叩かれていた。
「あ、あの、ムーさん! ラフィです。起きてますか?」
扉の向こうからラフィの声が聞こえた。
時間は既に夜半過ぎ。大声を出して答えるわけにはいかない。
――なんだろ、こんな時間に?
ムートンは扉へ静かに歩み寄り、そっと扉を開ける。
何故か、扉の向こうのラフィは、顔を俯かせていた。
尻尾は下がっていて、大人しい。
「ラフィ? こんな夜更けにどうしたの?」
ムートンがやんわりと聞くと、
「その……ちょっと、お話しませんか? できたらここじゃなくて、二人きりで、声を潜めなくて良いところで……」
ラフィはどこか思いつめた様子で答えた。
その声に、ムートンはドキリと心臓を鳴らす。
――もしかしてこの子、私の気持ちを……
必死に、ケンに対する想いを隠してきたつもりでいた。
だけど彼が笑いかけてくれると、つい嬉しくなって微笑んでしまう。
自然と頬が赤くなり、耳が熱くなる。
普段は押さえこんでいても、ふとした瞬間に、想いが態度になって現れてしまう。
――そうだよね、気づかない方がおかしいよね……
「わかった……じゃあ城壁の上へ行こうか。あそこならこの時間大丈夫だろうし」
「……はい」
ムートンは覚悟を決め、ラフィと城壁へ向かって歩き始めた。
回廊をめぐる中、ムートンは複雑な心境だった。
いつもは一緒にいて楽しくて嬉しい筈のラフィなのに、今はどう声を掛けたらいいか分からないし、できるだけ距離を置きたいと思ってしまっている。
ラフィも一言も発さず、歩き続ける。
そうして扉を潜り、二人は城壁の上へと出た。
澄んだカフォルニア島の空気は夜空に満点の星を瞬かせていた。
黄金色に光る一際大きな衛星が、柔らかな光を降らせ、ムートンとラフィの影を真っ直ぐと伸ばしている。
「……」
「……」
ムートンとラフィは夜風に吹からながら、一言も発しなかった。
だがこのままでは埒が明かない。
――そもそも原因を作ったのは私なんだ……
自分さえケンのことを好きにならなければこんなことにはならなかった。
ラフィを悩ませることなく、ケンとの幸せを謳歌できたのだ。
親友の幸せに歪みを与えてしまった後悔。
ムートンは胸の痛みをグッと堪え、僅かに唇を開く。
「話、ってなにかな?」
「それは……」
ムートンは臆病な口火しかきれなかった自分を嫌悪した。
彼女は更に息を吸い込み、今度こそ本当に覚悟を決めた。
「師匠の、ケンさんのことだよね?」
ムートンの言葉にラフィはビクンと肩を震わせる。
毛並みの良い尻尾が足の間に入り込む。
酷く緊張している様子だった
「……はい。そのムーさんは……」
「好きだよ」
ムートンは振り返り、はっきり、淀みなくそう言い切った。
別に本人へ告白した訳でもないのに、何故か彼女の心臓は激しく鼓動する。
そのせいか若干意識が判然としなかった。
堰を切り、あふれ出た想いは、もはや止められなかった。
「師匠としてじゃなくて、一人の男性として……ラフィと同じ”好き”をあの人に感じてるよ」
「……」
「愛してるって言いっても良い。触れてほしい、お傍に居たい、できることなら抱いてほしい。それだけ私はあの人のことを思って……」
「ッ!」
ラフィが一歩踏み出し、どんどんムートンへ近づいてきた。
尻尾がやや逆立ち、強い決意がうかがえる。
親友の強い歩みと尻尾の様子に、明確な意思を感じたムートンは身構えた。
――これで良いんだ、悪いのは私なんだ。ごめんね、ラフィ……こんな私を打って……?
ムートンはきつく目をつむり懺悔と共に衝撃に備えた。
しかしいつまで経っても予想祖した衝撃は来ず。
代わりに拍子抜けする程、おかしな感覚が胸元へ飛び込んできた。
「ラ、ラフィ?」
何故かラフィはムートンへ抱き付き、彼女の豊満な胸へ顔をうずめていた。
「うっ、ひっく、えっく……」
「ちょ、ちょっと!? なんでラフィが泣いてるの!?」
「ひっく……ごめんなさい」
「え?」
「ごめんなさい、ムーさん! ずっと貴方の気持ちに気づいてあげられなくて!」
「へっ?」
修羅場を予想していたムートンは、あまりに予想外なラフィの反応に戸惑い、つい間抜けな声を上げてしまった。
「だってわたし、自分のことしか考えていませんでした。寂しい、一緒に居たい、抱いてほしい……ムーさんの気持ちも考えずに、わたしだけ、わたしばっかりケンさんに甘えて、愛してもらって……!」
「い、いや、だってラフィもそのぉ……ケンさんのことが大好きっていうか、そうする権利があるっていうか……」
「ムーさん!!」
「は、はい!」
ラフィはムートンの胸の中で顔を上げ、瞳に彼女を映す。
「わたし、ケンさんのこと大好きです。でも! ムーさんのことも同じ位大好きなんです!」
「どうぇ!? ちょ、ちょっと、ラフィそれって……!?」
意外な告白にムートンは意図せず顔を赤くする。
するとややあって、ラフィも顔を真っ赤に染めた。
「あ、あ、いや! 別にそういう好きじゃなくて! ムーさんはその、お姉ちゃんみたいな、だけどなんでもお話しできる友達とか、家族って言いますか! と、とにかく、そういう好きじゃなくて、別の好きでして! あの、えっとぉ……」
ふさふさのラフィの尻尾は、彼女の気持ちを表しグルグルと訳が分からない動きをしていた。
さっきまで真剣にムートンを映していた丸い瞳は世話しなく右往左往して、体温は異常に高い。
そんなラフィの様子がおかしくて、ムートンの口元は自然と緩んだ。
――忘れてた……ラフィってこういう子だよね。
優しくて、素直で、しっかり者。
自分のことよりも人のことばかり、つい考えてしまうお人よし。
横恋慕をしたのはムートンの方なのに、友達だからと泣いてしまうそんなラフィを、彼女は愛おしく感じた。
だからこそ慌てふためく、ラフィをそっと抱きしめたのだった。
「大好きだよ、私も。ラフィのこと」
「ええっ!?」
「どっちの好きか、分かる?」
ムートンが耳元で意地悪くそう聞くと、
「あ、あ、えっと、そのぉ……」
ラフィの尻尾が垂れ下がり、力なく左右へゆらゆら揺らした。
これは戸惑いのサイン。
「安心して、私もラフィのことを同じ”友達”として”家族”としての好きだから」
「そ、そうですよね……びっくりさせないでくださいよ、もう……」
「ごめん、ごめん。でも先に仕掛けたのはラフィの方でしょ?」
「いえ、ですから、あれは……!」
「良し、決めた!」
ムートンは新たな覚悟と共に声を上げて、ラフィを解放した。
「私、ケンさんのこと……諦めるよ!」
想いが一瞬言葉を詰まらせるも、それでもムートンは強く言い切った。
親友の愛する人を奪っちゃいけない。
いや、奪い、そして幸せを壊したくはない。
その一心だった。
――なに、恋なんてこれから先いくらでもできるさ。
幸い、ムートンはこの世界を二分する勢力の頂点に立っているのだ。
彼女を求めて言い寄ってくる男など、星の数よりも多いはず。
その中からまた本当に好きになれる人を探せばいい。
それだけだ、とムートンは自身へ言い聞かせる。
「そんなの駄目です! ムーさん、それで良いんですか!?」
「は?」
またしても予想外のラフィの言葉に、ムートンは間抜けな反応を返してしまった。
「そんなに簡単にケンさんのこと諦めて良いんですか!? そんなにあっさりと諦められる程度の気持ちなんですか!?」
「いや、だけど、私はラフィのことも大好きだし……だから私は君たちの間に割って入る訳には……」
「だったら!」
いつの間にかラフィはムートンの手をギュッと握りしめていた。
「ムーさん、私と一緒にケンさんの子供作りましょう!」
一瞬、ムートンはラフィが何を言ってるのかさっぱり理解できなかった。
「子供……子供……って、な、何、いきなり!? 何言ってるの!?」
訳が分からず、ムートンは素っ頓狂な声をあげるも、ラフィはいたって真剣な顔で彼女のことを見上げていた。
「私ケンさんのこと好きです。でも同じくらいムーさんのことも好きです! だったらみんなで本当の家族になっちゃいましょうよ! 確かシャトー家ってたくさんの夫がいたんですよね? だったらお嫁さんだってたくさんいてもおかしくないはずです!」
「いや、それはそうだけど……」
ムートンの出自は先代当主ダルマイヤックの三十五番目の夫の子であるかして、間違ってはいなかった。
「わたし、ムーさんにも幸せになってもらいたいんです。一緒に幸せになりたいんです! ……ダメですか?」
「駄目ってか、ええっと……」
戸惑いはあった。
しかし、ラフィの提案に喜んでいる自分がいるのも確かだった。
ケンのことを考えると身体が火照り、胸が締め付けられるように痛い。
だがその痛みは心地よく、何より幸せを感じさせた。
「良いんだね? 本当に良いんだね?」
ムートンが慎重にそう聞くと、
「はい! 勿論です!」
ラフィはきっぱりと答えた。
「それにもし万が一わたしに何かあってもムーさんだったらケンさんのことを支えて上げられる気が……」
反射的にムートンは指を立てて、ラフィの唇を塞ぐ。
「ラフィ、可能性でもそんなこと言わないでよ。別にそういうのを望んで、ラフィの気持ちを受け取ろうとしたわけじゃないからさ」
「そ、そうですね、あはは……すみません」
「だけどさ、肝心なケンさんはどうなんだろ? もし私なんかに興味が無ければ、一緒に幸せになれないんじゃ……」
「その点は大丈夫です! あの人、ああ見えてかーなーり、スケベですから! ここだけの話ですけど、ケンさん結構エッチな目でムーさんこと見てますよ?」
「へ、へぇ……」
「この間なんてわたし、なんだかよくわからないんですけど、給仕の格好させられたんですよ? でも、”それが良いんだ!”とか訳の分からないこと言って、あんなこととか、こんなこととか……と、とにかく! いざって時は、そういう格好をすれば食いついてきます! それにムーさんはわたしよりもスタイル良いし、綺麗だし、おっぱいもおっきいし大丈夫です! 絶対に!」」
知りたかったような、知りたく無かったかのような。
憧れの彼の意外な面に、苦笑いしか返せないムートンなのだった。
――だけど、こうしてラフィが応援してくれるって言ってくれてるんだ。
だったら、その気持ちにもちゃんと答えないと。
「ラフィ、ありがとう。私、頑張るよ」
再び華奢な親友を強く抱きしめると、彼女もまた応じ、抱きしめ返してきてくれた。
「まずはケンさんにムーさんの想いを伝えましょ? その後は、わたしに任せてくださいね」
「うん、分かった。よろしくね、ラフィ」
「はい! 頑張ります!」
唯一無二の元気な親友の返事がムートンの胸に響く。
彼女は親友の熱意を受け、そして三度目の決意を固めるのだった。
【ご案内】
本日以降、2~3日に1話の更新になります。
時間は不定期です。本職が非常に不規則なためです。
予めご了承ください




