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オーパス家からの提案


「これマジか?」


 思わずケンは声を上げる。

 そして迷宮都市の早文を持ってきたムートンを見やった。


「はい。まずは話を聞きに行きませんか?」

「会談か……」


 早文はシャトー家と並んでこの世界を支配するもう一つの名家:オーパス家からの会談の申し込みだった。

 当主がギルド総代表を務め、迷宮探索の全権を担っている軍事的な面の強い【シャトー家】

対する【オーパス家】は、主に現地人のとりまとめを行う、統治の面を主に司っていた。

 いうならばこの世界の”裏の実力者がシャトー家”であるならば、オーパス家は”表の代表者”と表現して差し支えない。

 ムートンの母親で、先代シャトー家当主が、ムートンをオーパス家へ嫁がせ、世界の実権の全てをを掌握しようとしていたことは記憶に新しい。



「信用できるのか?」


 流石に奴隷兵士や呪印という存在がある以上、この世界の人間はできるだけ疑ってかかった方が良い。経験則からも、慎重にならざるを得ないのは当然のことだった。


「宛先人のロバート=オーパスはたぶん信用できますよ。この子とは幼馴染みたいなものですからね。オーパス家自体は分かりませんけど」


 シャトー家の当主として、旧来の幹部に手酷く痛めつけられているムートンらしい回答だった。

しかし、ムートンが”敢えてオーパス家の現当主”を幼馴染の表現した当たりは安心感を感じる。

 それだけで結婚を嫌がっていた兄のワン=オーパスよりも、弟のロバート=オーパスの方が信頼はおけるのではないかと、ケンは判断した。


――せっかく世界を統べるもう一つの家の主と話せるんだ。この機会を逃すわけには行かない。


「良いだろう。行こう。なるべく早く」

「師匠ならそう仰ると思ってましたよ。既に先方へは本日の午後に伺うと返事をしてありますし、移動用の飛竜ワイバーンも手配済みです」

「仕事早いな。流石だ」

「いやぁ、それほどでも! それじゃあ準備を始めましょう」

「ああ。ラフィ、リオン、二人も付いてきてくれ」

「えっ?」


 リオンと一緒に朝食の後片付けをしていたラフィがぴたりと作業の手を止め、振り返る。


「良いんですか? リーちゃんは分かりますけど、わたしはお邪魔じゃ……」


 昨晩思う存分ケンに甘えられたラフィは、昨日の怒りなどどこ吹く風、しおらしい態度を見せてくれる。


「何言ってんだよ。これでも俺、ラフィの腕には信頼を置いてるんだぜ? いざって、状況になったとしても、お前がいりゃ百人力だ。色々と忙しいところ悪いが頼む、着いてきてくれ」

「ケンさん……わかりました、ありがとうございます! リーちゃん、早く御片付け済まちゃおう!」

「あう!」


 ラフィは笑顔を浮かべて更に手早く食器をまとめて、パタパタと足早に洗い場へ向かってゆく。

 丁度その頃、村の上空には蜻蛉のように小さく、数匹の飛竜の姿が見えるのだった。



●●●



 飛竜ワイバーンでの移動は、この世界において最も早い交通手段だった。

馬車でかかる時間を半分以下へ短縮し、複雑な地形をものともせず空を飛ぶ姿は、ケンの元の世界で言うところの航空機に近い。

だからこそ、コレはおいそれと平民が使える代物ではなかった。

 獰猛だが賢い飛竜を捕獲し調教する多大な手間。

なによりも、この空の王者を自在に操る操縦者の育成には、途方も無い時間と金がかかる。

故に、一回の運用費用は飛竜一匹当たり、金貨10枚。

 平民の平均月収を僅かに超える価格だった。


 そんな高価な移動手段の飛竜をあっさりと五匹も、しかも各人に一匹ずつ手配できたのはシャトー家の威光のお陰であった。


 特にシャトー家の飛竜は全て、鈍色に輝く皮膚を持ち、知能がひと際高い希少種。

加えて操舵するのは、飛竜を操るためだけに生み出されたホムンクルスである。

 最高級の移動手段として、希少種の飛竜を使い、更に正確無比なホムンクルスの操舵があれば、馬車では数日かかる道程など、ほんの数時間に変わり果ててしまう。


 飛竜に乗って風を切ること数時間。

広大な本土を飛び立ち、海を越え、ケン達を乗せた飛竜はあっという間に、洋上に浮かぶ孤島に達していた。


 緑が溢れ、砂浜を有し、しかし立派な城砦が島の景観を崩さないよう計画的に建設されているそここそ、統治を司るオーパス家の本拠地、カフォルニア島であった。


 島の上空に達した飛竜はホムンクルスの指示を受けてゆるりと減速を始めた。

慣性の法則で若干体に揺らぎを感じるもそれ以外は穏やかに、心地よく飛竜は綿毛のように静かに降下を始める。

 そして着地したのは、カフォルニア島の中でも最も立派な佇まいであるオーパス家の城:シルヴァーナ城の上に設けられた、飛竜専用発着場だった。


 既に発着場にはシルヴァーナ城へ続く、立派な赤絨毯が敷かれ、礼装甲冑を装備した兵士が整然と隊列を組んでいた。


「遠路遥々ようこそお越しくださいましたムートン様、ケン様、そしてお連れの方々」


 ケン達が飛竜から降りるなり、どこからともなく、音も無く現れた凛とした女従者が頭を下げる。

 ついでのように云われてムッとしたリオンの口を、ラフィが苦笑いを浮かべつつ塞いでいる。

 ムートンはちらりとリオンとラフィを見て「ごめんね」と口だけを動かした。


「出迎えありがとう。早速だけどロバートに会えるかな?」


 従者へ向き直ったムートンはシャトー家の当主の顔となっていた。

従者は再び深く腰を折って最敬礼し、先導を始めた。


――やっぱムートンってスゲェ奴なんだな。


 ケンは改めてそう感じつつ、ムートンのやや後ろに付いて、シルヴァーナ城の中へ入ってゆく。


 豪奢な城の中を、ケンは未だに”自分には場違いなんじゃ?”という気持ちを抱えつつ、それを悟られないよう凛然と胸を張り、続いてゆく。

 やがて巨大な二枚扉に至り、先導する女従者がぴたりと足を止める。


「当主様! ムートン様、ケン様、以下二名をお連れ致しました!」


 またしてもリオンがムッとし、ラフィが必死に口を押えたのはお約束。

重苦しく、荘厳に二枚度が内側へ開いてゆく。

そしてその先に見えたのはいかにもな”謁見の間”だった。


 真っ赤で柔らかい絨毯の先には、向き合う二匹の飛竜を象った立派な玉座があった。

そこには立派な衣装を着た、少年のような男が鎮座していた。

 彼の横には立派な体躯を執事服で包んだ初老の男性が佇み、ぎろりと入室してきたケン達を睥睨する。

男性が一歩踏み出そうとしたその時、玉座に座る彼が手で制した。

 するとムートンが突然膝を突いて傅き、ケン達も慌てて倣った。


「お久しぶりですロバート様。この度は私共のために貴重なお時間を割いていただき誠にありがとうございます」

「ちょ、ちょっと姉……ムートン殿!?」


 ロバートは飛び跳ねるように玉座から立ち上がり、慌てた様子でムートンへ駆け寄る。


「今やロバート様のこの世界を統べるオーパス家の当主。平伏するのは至極当然のことであります」

「いや、だって、シャトー家だってうちと同じく位凄い勢力でしょ!? それに俺は……」


 オーパス家の若き当主はやや困った表情を浮かべる。

ケンがちらりとムートンを横目で見ると、彼女は傅きながらニヤリと笑みを浮かべた。


「良かった、君は変わってなくて」


 ムートンは穏やかな顔つきで立ち上がり、少しロバートを見上げると握手を求めた。

彼も顔をほころばせて、それに応じる。


「久しぶりだね、ロバート。会えて嬉しいよ」

「こちらこそ! ムートン殿もその……益々お綺麗になって、えっと、ございまして!」

「あはは、無理に変な言葉使わなくていいよ。呼び方も昔みたいにお願いしたいけど良いかな?」


 ムートンはわざとらしく高身長のロバートを下から見上げた。

ロバートの頬が仄かに朱に染まる。


「い、良いの……ですか?」

「あっ、またぁ……」

「す、すみません! じゃあ、えっと……姉さん?」

「何、ロバート?」


 ロバートの耳が真っ赤に染まった。


――ああ、なるほどそういう関係か。


 おそらくロバートにとって、ムートンは憧れの年上の女性か、初恋の相手なんだろうとケンは思うのだった。

ムートンもそれを承知してからかっているのだろう。

 だからこそ、この二人ならばこの世界を上手く導けるんじゃないかと感じる。


「ほ、ほら、黒皇殿も、ええっと、ラフィ殿リオン殿もどうかお立ち下さい!」


 ようやく名前を呼んでもらえたリオンは満足そうに尻尾を振りながら立ち上がるのだった。


「ご活躍は常々伺っております、黒皇殿。お会いできて光栄です!」

「こちらこそ、会談の申し出ありがとうございます。有意義な時間にしましょう」

「はい! 立ち話もアレです。モンダヴィ、用意を頼む!」


 いつの間にかロバートの脇についていた、初老の男性:モンダヴィは恭しく頭を下げ、腕を振りかざす。

魔力が迸り、ケン達とロバートの間に立派な応接セットが現われた。

そしてタイミングは計っていたかのように、従者が続々と入室して、茶や菓子の準備を始める。


「どうぞおかけください」

「ここで会談を? 別室にはしないの?」


 ムートンがそう聞くと、ロバートは苦笑いを浮かべた。


「他の部屋ですとどんな罠が仕掛けられているか分かりませんからね。ここは当主の許可なしに誰も立ち入れないよう術式が組み込まれてるんで一番安全なんですよ」

「そっちも大変なんだね」

「あはは、まぁシャトー家程じゃないですけどね……ささっどうぞ!」


 気さくなロバートに促され、ケン達は席に着く。

するとムートンは朗らかな表情を一変させ、シャトー家当主としての凛然とした佇まいへ変わった。


「それでロバート、この会談の目的は何だい? まさか久々に私に会いたかったとか、そんな用じゃないよね?」

「勿論です。今回お呼び立てしたのは、現在シャトー家が進めている”奴隷兵士と呪印の完全撤廃”に関する、こちらからの提案です」

「提案?」


「解放された多くの兵士の皆さんが、戸惑いを覚え、各施設で戸惑っていらっしゃることは聞き及んでます。これまで我々は彼らから人間としての尊厳を奪っていましたからね……だからこそ、彼らには人間としての尊厳を取り戻して頂きたい。そう思って、俺は領地の一部を自治区として提供したいと考えているんです」


 タイミングよく、ロバートの脇に佇むモンダヴィが羊皮紙の地図を開く。

そしてロバートは、大陸南方の赤丸が記された、森林地帯を指さした。



「ここには序列56位迷宮グレモリーがありまして、かつてこの迷宮を中心とした村が築かれておりました。多少の整備は必要になりますけど、ここを再建して、元兵士の皆さんに自由に使って頂きたいと考えているんです」


「ふーん、良い話だね。でもそれって君たちに何かメリットはあるのかい?」


 ムートンはポーカーフェイスを貫き通し、聞く。

しかしさすがオーパス家の当主。

微塵も表情は揺らがない。


「この地帯は鉱物資源が豊富です。加えて序列迷宮もあります。ですので、そこから産出された資源やアイテムは優先的に、ここカフォルニア島が買い取り、流通させます。こちらは容易に資源が手に入り、そちらにとっては元兵士の皆様への不満解消の受け皿になると思いますけど?」


黒皇ブラックキング、意見を聞きたい。君はどう思う?」


 ムートンに促され、ケンは思考を巡らせた。


 自由を奪われ、ただ命じられるがまま迷宮へ潜らざるを得なかった奴隷兵士という存在。

逆らえば死に、迷宮へ潜っても無事に生還出来る保証は無かった。

そんな状況で、まともな精神性を保つなど不可能だ。

 だった自ら人間であることを捨て、ただ迷宮で狩りを続ける道具として存在し、日々を流して生きた方が楽だった。

実際、ケンもラフィと出会うまでは、人間であることを捨て、ただ毎日迷宮へ潜り死線を潜り続けていた。

 もしもそんな時、突然”明日から迷宮へ潜らず自由に生きろ”と云われても、どうしたら良いのか全く分からなかっただろうと思う。

迷宮で狩りを続ける道具でしかない自分を、いきなり人間だったと再定義するには、多大な時間と周りの協力が必要不可欠だとケンは考えていた。


――奴隷兵士としての習慣を維持しつつ、経済を自分たちで立ち上げ、その活動を通して人間としての尊厳を取り戻そうってことか。


 これは願ってもない提案だった。

すぐにでも受け入れるべきだと考えた。

だが、これまでこの世界の醜悪さを見せつけられてきたケンの心は、受け入れるべきロバートの提案に待ったをかけていた。


「信用できるのか、お前は?」


 ケンはロバートを鋭く睨み、言葉をぶつける。


「そう仰ると思っていました……」


 ロバートは至極落ち着いた様子で答える。


「ケン殿、貴方がかつて探索ギルド【アエーシェマン】の奴隷兵士として召喚させられた方だとは存じています。ですので、我々のような現地人をお疑いになるのは十分理解できます。だからこそ、俺は貴方にその自治区の管理運営をお願いしたいと考えています」


「なんだと?」

「奴隷兵士だった貴方だからこそ、彼らの気持ちを汲み、そして良き方向に導いてくれると思っています。この提案は貴方が乗ってくれてこそ、初めて軌道に乗せることができます」


 ロバートの真摯な瞳がケンを捉えて離さない。

澄んだ瞳に嘘や陰謀は感じられない。

しかし、それでもケンの中には未だ疑いの気持ちが残っていた。


「だったらさロバート、シャトー家の補佐官が長を務めるなら、その土地はシャトー家のものってことで良いよね? 勿論、ただとは言わないよ。そっちの要求する額は支払うし、流通に関しては優先的にそっちへ回す。それでどうだい?」

「良いですよ、それで」


 ムートンの提案にロバートはあっさりと答えた。

自治区がオーパスのものではなく、信頼を置けるシャトー家の所有になるのだったら、安心できるとケンは思った。


「ケン殿が疑われるのも無理はありません。あまりに条件が良すぎる話ですからね」


 ロバートは苦笑いを浮かべつつも、言葉を続けた。


「これはこの世界に暮らし、そして世界を統べる、俺たちのせめてもの償いだと思ってください」

「償い、だと?」


「俺たちはこれまで自分たちの利益のためだけに、本来は昇天すべき魂を捉え、この世界に縛り続けてきました。俺のこの血肉も、全てあなた方が必死に戦い、そして齎してくれた恩恵で形作られたといっても過言ではありません。俺は、そんな自分の存在をずっと呪わしく思っていました」


「……」


「だけど何の運命か、俺は意図せずこの立場を手に入れてしまいました。だったら俺がやりたいことはただ一つ。虐げる者虐げられる者など存在しない、自由で平和な世界を作りたい。その一心です! まぁ、先んじてシャトー家が始めちゃいましたから、オーパスは後追いみたいな感じになっちゃいましたけどね」


――コイツ、ムートンみたいに良い顔をするな。


 ケンは正直にそう思った。

だからこそ彼は立ち上がり、そしてオーパスの若き当主へ手を差し出す。


「ロバート=オーパス殿。御身に対してのこれまでの非礼をお詫びいたします」

「いえ、そんな!」


 ロバートはケンの握手に応じた。


「喜んで御身のご提案を承諾します。くれぐれもどうかよろしくお願いします」

「こちらこそ!」

「やりましたね、師匠!」


 突然ムートンが椅子から飛び跳ねるように立ち上がった。

ケンはすかさずムートンのおでこへ軽くデコピンを放つ。


「い、いきなり何するんですかぁ!?」

「人前で”師匠”って呼ばないって決めたのはおめぇだろがよ? それにはしゃぎ過ぎだ」

「だって光明が見えたんですよ! はしゃがない方がおかしいですって!」

「そりゃ、まぁ、そうだけど……」

「あ、あの!」


 そんなケンとムートンの間へ口を挟んだのはロバートだった。

先ほどの覚悟を決めた男の顔はどこへ行ってしまったのか、不安げにケンとムートンへ視線を右往左往させる。


「お二人はそのぉ……当主と補佐官を超えて、随分と親しい様子ですけど……も、もしかして婚約とか、されてるのですか……?」

「ちょ、ちょっと、ロバート!? いきなり何を云うんだい!?」

「違い、ますよね?」

「あ、えっと……」


 耳まで真っ赤にしたムートンがちらりとケンを盗み見る。

 その下から覗き込むような仕草は、意図せずケンの心臓をドキリと鳴らした。

しかしラフィが近くにいる手前、モロに反応を出すわけには行かず、彼は気持ちを強く持って、


「い、いや、ちげぇよ。まぁ、師弟関係にあるのは嘘じゃねぇけど……」

「そうですか!」


 嬉々とロバートは声を上げ、


「そ、そうですよねぇ……あはは!」


 ムートンは大げさに笑って見せた。


「ぐぅー、かぁー、すぅ……」


 そんなケン達の後ろでは難しい話に付いて行けてなかったリオンが机に突っ伏して盛大な鼾を上げて、


「……」


 ラフィは静かにお茶をすすっている。


――やば、なんか怒ってるのかアレ……?


 ケンはラフィへ向かって笑顔を送ってみると、気づいた彼女はにっこりして受け答える。

なんとなくその表情に、うっすらと寒気を感じるケンなのだった。 


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