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温かい村


「お帰りなせぇ、兄貴! お待ちしておりやしたぜ!」


 森を切り開き、ログハウスが立ち並ぶケンの”村”に、隻眼の大男:マルゴが迎えた。

彼の声も大きく威勢に溢れているが、


「わー! 兄ちゃんお帰り!」

「兄ちゃんだ!」

「おっぱいモンスターもいるぞぉ!」


 子供たちの元気な声の方が圧倒的だった。

 わんさわんさとリオンの集めた孤児たちが、あっという間にケンとムートンを取り囲み、口々に喜びを口にする。


「そうか、そうか。良くやってるな。偉いぞ」


 新しい家をマルゴ達と作った、

ラフィは料理を教わって上手になった、

リオンと弓で狩りに出かけた、などの報告が矢継ぎ早に耳に飛び込んでくる。


 ケンはそんな子供たちの報告を聞いて心を解し、成長ぶりに目を見張るのと同時に、強い喜びを感じていた。


「ひ、ひゃぁ~! だからそこ触らないでぇ~!」

「おっぱーもめー!」

「ぽよぽよ~」

「だ、だから! ひゃっ!」


 村の外では世界の半分を統べるシャトー家の当主であるムートンでさえも、子供たちにとってはおっぱいモンスター、基、ただの面倒見の良いお姉さんでしかなかった。


 それもこれもシャトー家の補佐官として忙しいケンに代わり、マルゴを中心とするマルゴ一家がきちんと村の運営を防衛を担ってくれているからだった。


「おら、ガキども! 兄貴達はお疲れなんだ、さっさと離れな!」


 マルゴがそういうと子供たちは不満を口にしつつも、大人しくケンとムートンを囲むのを止めて、大人しく下がってゆく。


「すっかりおめぇもここのお兄さんだな、マルゴ?」

「へぇ、まぁ。あっし達にはこれぐらいしかできやせんからね」


 ケンの言葉にマルゴが苦笑い気味に答える。

マルゴは迷宮都市の戦いで、グリモワールの暗殺者アサシンシャドウに大敗を期して以降、こうして陰ながらケンのことを支えてくれている。

 その行為自体はありがたいのだが、同じ戦う男として複雑な心境を抱くケンなのだった。


「ムー、久々に勝負!」


 突然、リオンが声を上げた。

どうやら組手を所望な様子だった。


「おっ? 良いねぇ。でも、昔の私じゃないから、そうは簡単にやられないよ?」


 久々の軽やかな空気に押されたのか、ムートンも快く応じる。


「せっかくなので二体二でやりませんか? わたしも久々に動きたい気分なんですよね!」


 ラフィも声を上げた。


――んったく、拒否権は無しかよ。


 そうは思いつつも満更でもないケンは、


「おっし、じゃあやるか! じゃあ、俺はムートンとだ。良いよな?」

「わわっ! ご指名、あ、ありがとうございます! 頑張りますっ!」


 ムートンは妙に鼻息を荒くして答えた。

 この編成は当然のことだし、妥当なチーム分けだった。


 ケンは云わずもなが近接戦に特化していて、ラフィも回復士ではあるものの、蹴り技を主体とする狼牙拳ウルフマーシャルの使い手だ。

 リオンは弓術に特化し、聖騎士状態のムートンは攻撃よりも防御に特化している。


 いつもはリオンと組むことの多いケンは、気分転換とムートンの成長ぶりを確認するため敢えて、この編成にしたのだった。


 ケンとムートン、ラフィとリオンの二組は、互いに距離を置いてゆく。


「えっと、大丈夫かとは思いますけど三人ともDRデビルレアアイテムは使わないでくださいね! じゃないと村が無くなっちゃいますから!」

「わかってるよ、ラフィ!」


 ムートンはそう答え、リオンも首を縦に振る。

ケンもまた軽く手を上げて、了解の旨を伝えた。


「そいじゃ皆さん、ご準備は宜しいですね?」


 いつの間にか間に現れたマルゴが、四人を見渡す。

ケンは目いっぱい空気を吸い込み、勢いよく吐き出して気持ちを整えた。


――例え相手がラフィとリオンであっても手は抜かねぇ!


「そいじゃあ……始めてくだせぇ!」


 マルゴの宣言を受けて、四人はほぼ同時に飛んだ。


「先に行きます!」


 ムートンは突出した。狙うはラフィの後方で弓を構えるリオン。

リオンは瞬時に目一杯弓を弾き、鏃を高く掲げる。

ムートンは踵を立てて、急制動し、二振りの赤い魔剣を高く掲げた。


「プロテクトシル……」


 リオンがにやりと笑みを浮かべて、素早く鏃をムートンへ向ける。


拘束射ヴァイパー!」

「なっ――!?」


 リオンの放った矢が蛇行して進み、ムートンの周りを高速でぐるぐる回って、最終的には彼女をがんじがらめにした。

ポトリと二振りの魔剣が滑り落ちる。


「いただきます!」


 リオンの背後から飛び出したラフィが矢のように急接近を掛ける。

魔力で拘束されたムートンは成す術も無く、衝撃に備えて、ギュっと目を閉じた。


「おらっ!」


 そんなムートンの拘束をケンは冷鉄手刀で引き裂いて解放し、ついでに脇に抱えて飛んだ。

目下ではラフィの鋭い回し蹴りが空ぶっているのが見えた。


「ありがとうございました、師匠……」

「リオンの初手が何でも多段矢ハイドラだって思うんじゃねぇぞ?」

「すみません、気を付け……ッ!?」


 ムートンはケンの腕の中から離れ、彼を突き飛ばす。


「はぃっ!」


刹那、いつの間にか飛び上がったラフィが、ケンとムートンの間へ鋭く踵を落としていた。

間一髪、ラフィの蹴りをかわしたケンとムートンは揃って地面へ降り立つ。


「行くよ、リーちゃん!」

「あう!」


 しかし気づけばラフィは拳を、リオンはショートソードを構えて突撃を仕掛けて来ている。


「ムートン!」

「はい、師匠!」


 ケンとムートンも息を揃えて地面を蹴る。

 そしてケンはラフィと、ムートンはリオンと激しくぶつかり合った。


「腕、なまっちゃいねぇな?」


 久々のラフィとのぶつかり合いに興奮を隠し切れないケンは思わずそう云った。


「勿論ですよ。ケンさんがムーさんにべったりな間、ずぅーっと家事の合間を縫って特訓してましたからね? お陰でレベル80まで上がっちゃいました」

「なっ……!?」


 予想だにしなかったラフィの言葉に、一瞬ケンの中に動揺が生まれた。

ラフィはその隙を感じてか拳を押し込んできた。

ぐらりと体勢が崩れ、体重が後ろへ傾く。

だがケンは踏ん張り、地面をしっかりと踏みしめると、膝のばねを使って思い切り後ろへ飛んだ。

 空ぶったラフィの回し蹴りだったが僅かに魔力が付与されていたのか、空気が刃を化して飛び、ケンの後ろに生えていた木の枝を鋭く切り落とす。


「お、お前、俺を殺す気か!?」

「別にー。だってケンさん、神代の領域レベル100で、DRアイテムの所持者で、世界最強のブラッククラスですよね? これぐらいじゃ死にませんよね?」


ニコニコと笑顔を浮かべながら恐ろしいことを口にするラフィに、ケンは背筋が凍り付く感覚を得る。


「いや、まぁ、そりゃそうだけど……」

「だったら今日は、ずーっとほっとかれてた分、一杯相手してもらいますからねッ!」


 ラフィは嬉しい言葉を口にしつつ急接近してきた。


狼牙拳ウルフマーシャル奥義、狼爪脚ウルフネイル!」


 ラフィはコマのようにくるくると回転しながら何発も、正確に回し蹴りを繰り出す。

つま先は空気を押し出し、ギロチンのような鋭い刃となってケンへ襲い掛かる。


――やべぇ、手を抜いたらマジで殺される!?


 気持ちを引き締めなおしたケンは、レベル100の膂力を最大限に活用して、ラフィの放つ空気の刃を避け続ける。


「お仕事が忙しいのはわかりますけど、もっとわたしのことも考えてくださいよ! ムーさんのお城に通うのだって楽じゃないんですからね!」

「だ、だから、うわっ!? 悪かったって! これからは……くっ!? か、帰るから! 約束するから!」

「一体何回その言葉に騙されたと思ってるんですか! この間だってお城にいるって言ってたから行ったのにいないし! そんなのあんまりです! 流石にわたし、怒り覚えました!」

「いや、あの時は違法ギルドの内偵が……うわっ!? 悪かった、俺が悪かったら、機嫌直して、ぐっ!? くれよ! なぁ!?」


 ケンは必死にラフィを蔑ろにしたことを謝罪しつつ、空気の刃を避け続ける。


「ムートン、あれ止めた方が良いんじゃねぇか?」


 マルゴは人外じみた夫婦喧嘩に唖然とし、


「あはは、いや、流石にDRアイテムなしじゃあそこには入れませんよ……。それにこれってお二人の問題ですからねぇ……」


 既にリオンと組み手を終えたムートンは苦笑いを浮かべていた。


「みんな、下がる。危険」


 リオンは子供たちの前に立ち、いつラフィの刃が飛んできても良いように身構えていた。


「バカバカバカー! ケンさんのばぁーかぁぁぁぁぁーっ!」


 ラフィの叫びが村中に響き渡る。

結局、ケンの後ろにあった森はラフィの放つ空気の刃によって丸裸にされ、新しいログハウスが一棟立つほどの木材が手に入ったのだった。



●●●



「旨っ! ラフィ、また腕上げたんじゃないの? この間のケーキもだったけど、城のシェフよりもずっと美味しい料理だよ!」


 ムートンは頬を緩めながらそう云い、


「ありがとうございます。でも、お料理をこうして美味しく作れるようになったのも、最初の頃にムーさんが色々と教えてくれたからですよ?」


 ニコニコとラフィは答える。


「あう! ぱく! んーっ!」


 リオンは無言だが夢中で食事を口に運び、子供達も気合の入ったラフィの料理へ夢中になって向っていた。


「姉さん、兄貴のためにって毎日遅くまで料理の研究してたんですぜ?」


 ケンの隣でエールを煽るマルゴがそっと耳打ちをしてきた。


――確かに、相当旨いなコレ。


 芋と肉の甘辛い煮物と、黄金色をした溶き卵の焼き物、加えてお椀に注がれた海藻類が浮かぶ駱駝色をしたスープ。

それを一口すすると、少し違うような気もするが、それもどこか懐かしい感覚を得る。


――これって味噌汁だよな。


 かつて苦しかった時代、ケンはせめて楽しいことをと、ラフィへ自分が元々居た世界の話を聞かせていた。

ケン自身、味噌の作り方を教えられるほど、理科系の知識はない。

きっとラフィはケンの口にした言葉から必死に想像を巡らせて、一所懸命頑張って、ここまで辿りついたのだと思う。

そうしたラフィの大きな心遣いに感謝しつつも、忙しいことを理由に蔑ろにしてしまったことを深く反省するのだった。


――そういえば良い酒が倉庫にあったけ。


 今日はあの極上のワインを開けるには最高の日だと考えたケンはそっと席を立ち、倉庫へと向かって行く。

 ひんやりとした倉庫で、目的の酒をガサゴソと探していると、そっと扉が開いて誰かが入ってくる。


「ラフィ?」


 俯き加減の彼女は、静かに扉を閉めた。

外の音が遠くなり、彼女の静かな息遣いが響き渡る。


「あの……」

「ん?」

「すみませんでした、さっきは、その……」


 さっきのこととはつまり、組み手のことなのだろう。

ケンはフッとため息を着き立ち上がって、ラフィへ歩み寄り、


「良いさ、気にすんな。悪いのは俺だったんだからよ。今度は居るって行ったら必ずいるし、帰れるときはここに帰ってくる。約束する」


 柔らかで繊細な彼女の髪をくしゃりと撫でた。

するとラフィは一歩前へ進みケンの胸元へ飛び込む。

身長に対して存在感のある胸が、押し当てられ、トクトクとリズム感の良い鼓動がケンの身体へ伝わってくる。


「なんだよ、どうした? 甘えたいのか?」


 コクン、と首肯。


「そっか」


 目一杯最愛の少女を抱きしめ、じっくりと体温を味わう。

 異世界に来て、ずっと心の拠り所だったラフィ。

彼女の存在無くして、今のケンはあり得なかった。

彼女がこうして傍に居てくれたからこそ、ケンは今の立場まで上り詰めることができた。

ラフィには感謝しても感謝しつくせない。


「あの、ケンさん今夜は……」


 ケンの腕の中で、ラフィはそうか細い声で呟く。

それだけでラフィが、自分のことを求めているとケンは感じた。

 同時にそれはケン自身も求めていることだった。


「分かってるよ。俺だって、ラフィが欲しい。凄く」

「ありがとうございます。嬉しいです……」

「家、行くか?」

「あの……ここじゃ駄目ですか?」


 ラフィの意外な言葉に、ケンの心臓が飛び跳ねた。


「マジか?」

「やらしい子でごめんなさい……でも、もう我慢できないんです……。少しでも早く、ケンさんのこと感じたくて……」


 腕の中でラフィの体温が更に上がった。

こんな埃っぽく薄暗いところで本当に良いのか。

きちんとしたところの方が良いのではないか、そう思い、 


「本当に良いんだな?」

「はい。お願いします」


 まっすぐな答えが返り、ケンは心を決める。

求められているならな応じよう。

それに愛しい人が欲してくれてるように、彼自身もまた強く彼女のことを強く求めていた。


 異世界で拠り所の彼女。

今でこそ、今日みたいに喧嘩をすることはあるけれど、それも彼にとってはかけがえのない瞬間だった。

 ずっと傍に居て、寄り添って、これからも二人で支え合いながら生きていきたい。

ケンは改めてそう思った。


 ケンはそっとラフィを胸元から離す。

そして薄闇の中に浮かぶ丸くて宝石のような輝きを放つ、綺麗な瞳へ自分を映した。

細い顎へ手を添えれば、彼女はそっと目を閉じ、まだあどけなさの残る花の蕾のような唇を傾ける。


 窓から星々が穏やかな輝きを差し込み暗い倉庫の中を明るく照らし出す。

ケンはラフィを、ラフィはケンを互いに求め、呼吸を荒げ、体温を高め続けるのだった。



●●●



 ムートンは村の倉庫の前に佇みながら、迷宮都市より齎された吉報の早文を強く握りしめる。

できれば早く、この吉報をケンに伝えたい。

でも今はケンとラフィの時間を邪魔してはいけない。

そう思えば想うほど、彼女の胸の奥は強く痛み、苦しみに苛まれる。


――ケンさんはラフィとなんだ。だからやっぱり私が間に入っちゃダメなんだ……


 強く自分自身へそう言い聞かせ、気持ちを堪える。

しかしそうして理性的に振舞おうとすればするほど、自分でも嫌になるほど自分勝手で卑猥な妄想が掻き立てられる。


 もしこの中でケンと過ごしているのが自分だったら、

 彼の苦しい時代を支えていたのが自分だったら、

 彼が心の底から愛しているのがラフィではなく、自分だったら、と。


――ああもう、またお腹の辺りがきゅうきゅうし始めたよ、もう……


 愛する男を想う度、淫乱な母親の遺伝子がムートンの情熱を掻き立てる。

だが沸き起こった気持ちへ”立場”を認識させ、何故そうしてはいけないのかという”論理”で押さえつける。


――私は当主で、彼は部下。理想を叶えるための同士で、私の戦いの師匠。

それに彼はラフィのものだし、彼女は唯一無二の親友だ。その親友の幸せを、私の我がままのために壊すわけには行かない。

壊したくはない……


「ムー何してるの?」


 ムートンの背中へリオンの声が響く。


「何でもないよ。みんなのところに戻ろうか?」


 ムートンは踵を返し、いつも通りを装って答えた。


「あうー?」

「ほら、早く! ご飯無くなっちゃうよ!」


 ムートンは無理やりリオンに背を向けさせ押して、その場から離れて行くのだった。


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