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シャトー家の使い 黒皇


 ほの暗い闇の中におぞましい猛りが響き渡っていた。


「キキッ! キキッ!」


 迷宮の岩壁へ爪を立て、闇の中を飛び回るはセイバーエイプ。

鋭い爪と牙を持つ俊敏な猿型のモンスターであり、序列11位迷宮【グシオン】を代表する危険種である。


奴隷兵士スレイブソルジャー、突撃! ここを切り抜けろ!」


 後方から甲冑姿の指揮官が叫び、呪いの力を発動させた。


「「「わあああぁぁぁー!!」」」


 【奴隷兵士スレイブソルジャー


 この世界に魂を縛られ道具のように迷宮での戦いで使い捨てられる亡者の成れの果て。

彼らは目前の獰猛なセイバーエイプへの恐れを、呪いの力で闘争心に上書きされ、突撃を試みる。


「ぎゃっ!」


 セイバーエイプの鋭利な爪が、男性兵士の首を引き裂き飛ばす。

だが後続する兵士は仲間の血飛沫を浴びながらも恐れず武器を構え、セイバーエイプを嬲り殺す。

彼らはモンスターの撃退に獣のような咆哮を上げて、歓喜する。

そんな彼らはすぐさま数匹の凶暴な猿に首をかかれ、腹をを切り裂かれ、一瞬で絶命した。


 それでも意思を絶対服従の証である”呪印”で上書きされた奴隷兵士達は、侵攻を止めない。

 迷宮の石室はあっという間に阿鼻叫喚に包まれた。

人、モンスターの様々な肢体が飛び、どす黒い血が迷宮を真っ赤に染め上げる。


「クッ……!」


 とある男性奴隷兵士が地面へ剣の切っ先を突く。

既に粗末な鎧には無数の切り傷が刻まれていた。

 鎖帷子さえ与えられていない彼の腹や肘は露出していて、そこにはいくつもセイバーエイプの爪跡が生々しく残っている。

もはや立つことも、戦うことさえ出来るはずもない。


「キキッ! キキッ!」


 そんな彼へ向け、数えきれない程の獰猛な猿が爪を掲げ、飛んだ。


――もう駄目だ……


 彼は諦め、項垂れ、覚悟を決める。


「キ、ギャッ!!」


 突然、セイバーエイプの悲鳴が聞こえ、彼は思わず頭を上げた。

 襲い掛かっていた無数の猿が鋭い何かでまとめて切り裂かれ、首を、上半身を飛ばしながらバサバサと地面へ落ちて行く。


「安心しろ、もう大丈夫だ」


 黒目黒髪の”彼”は手刀に鋭い氷の刃を浮かべながら振り返ってくる。

体躯は立派で、切れ長の瞳は冷たい印象を抱かせるも、その奥にはどこか暖かがあるように感じられた。


「行くぜ、リオン!」


 黒衣の彼が叫ぶ。


「あう!」


獣のような耳と尻尾を生やし禍々しい弓を持った少女が続いて彼に続いて飛んだ。


――彼は日本人? 一体彼は何者なんだ……?


 恐らく同じ世界からこの醜悪な世界に連れてこられた黒衣の男の背中を、彼は茫然と見つめ続けるのだった。



●●●



『敵はセイバーエイプ45匹! やったれ、兄弟!』


 ケンの頭に魔神アスモデウスの算定結果が響いた。


「リオン、頼む!」


 ケンは腕に纏った氷の刃:スキルウェポン【冷鉄手刀ブリザードカッター】で、セイバーエイプを切り殺し叫ぶ。


「あう!」


 既に数瞬前にケンの判断を理解してただろう、リオンは禍々しい弓DRアイテム【反逆の弓】を迷宮の天井へ高く掲げ、翡翠の魔力を帯びた矢を番えていた。


多段矢ハイドラ!」


 ゴォッっと、空気を引き裂き、翡翠に燃える矢が放たれた。

一本の矢は二本に、四本にと分裂を繰り返し、無数の矢となって石室へ降り注ぐ。

 全ての矢は生き物のように間を縫い、セイバーエイプだけを正確に撃ち抜く。

だが急反転の効かない矢は、仕留められなければそれまで。

 輝く魔力の粒子となって消え去るのみ。


 矢の雨から生還した獰猛な猿は、怒りの咆哮を上げて、飛び出す。

 ケンはちろりと舌で唇を舐めて、地を蹴った。


 神代の領域レベル100の脚力は矢の如く彼の身体を飛ばし、猿との距離を一気に詰める。


「おらっ!」

「ギャッ!?」


 腕に纏った鋭い氷の刃は猿の首を綺麗に飛ばした。

振り向きざまに回し蹴りを繰り出せば、飛びかかってきていたセイバーエイプが吹っ飛ばされ、岩壁にぶつかってトマトのように潰れる。


 力は圧倒的で、ケンにとってセイバーエイプなどゴブリンに近い存在だった。

だが、幾ら雑魚であろうと、数が多いのは面倒この上ない。


――チッ、奥から出てきやがったか!


 迷宮の闇の中から更に無数の猿がうじゃうじゃと姿を現していた。

 ケンは自身の指にはまるDRアイテム「星廻りの指輪」へ力を集中させた。

指輪が妖艶な赤紫の輝きを発し、それが勢いよくあふれ出る。

 そして彼は拳を握り、指輪を地面へ思い切り叩きつけた。

魔神アスモデウス由来の赤紫の魔力が瞬時に広がり、地面を割る。

そして現れたのは”巨大な岩の拳”だった。


「これでも喰らえ! 魔神飛翔拳ロケットパンチ!」


 ケンの意思を受けて、巨大な岩の拳は手首から炎と荘厳な輝きを発しながら飛んだ。


群がるセイバーエイプは風圧ではじけ飛び、真正面にいた個体は一瞬で細かな肉片へと変わり果てる。

拳はグングン加速を続け、そして今まさに石室へあふれ出ようとしていた無数のセイバーエイプを押しつぶした。

拳の衝撃は迷宮を揺るがし、崩落させる。

 通路が完全にふさがれ、セイバーエイプの増援は未然に阻止されたのだった。


 石室には疲れ切った奴隷兵士達の荒い息遣いが響き渡るだけ。

 救援が完了したと判断したケンは鋭く踵を返す。


「ひっ!?」


 彼に睨まれた鎧姿の指揮官は慌てた様子で走り出す。

 ケンは地面を蹴り、瞬時に指揮官の前に移動して、軽く腕を突き出した。

 そのまま手を押し当てて、軽く上へ凪げば、指揮官は自らの勢いでふわりと宙を舞い、迷宮の岩壁へ叩きつけられた。


「てめぇ、まさかギルド総代のお達しを知らねぇ訳じゃねぇよな?」


 ケンは指揮官の首筋へ氷の刃を押し当て、ドスの利いた声で聞く。


「お、お前は、まさか黒皇ブラックキング!?」

「ああ、そうだ。その通りだ。つーわけで……1973代シャトー家当主にして、ギルド総代表ムートン=シャトーの使いとして宣言する。てめぇら探索ギルド「アウシャービッツ」はその命に背き、呪印と奴隷兵士の運用に手を染めた。お前等ギルドに解体の要求と、代表者の出頭を命じる! ちなみに拒否権はねえからな! 覚悟しな!」


 世界最強の称号ブラッククラス。

その六番目の授与者で、更に近年では世界の半分を統べるシャトー家当主の補佐官に就任した元奴隷兵士の男:ケン=スガワラ。

今の彼は名実ともにこの世界に君臨する最強の存在と云っても過言ではなかった。

 どんな愚か者であろうと、今の彼に逆らうことは、すなわち塵一つ残らない死を意味していた。


 奴隷兵士を指揮してた指揮官は、グッと唇を噛みしめながらも、大人しく首を縦に振る。

それを確認したケンは、今度は疲れ果て奴隷兵士達へ向けて、手を翳した。


【広域化】で範囲を石室全体に指定し、【魔力増幅】で出力を高める。

そして最後に【呪印解除】のスキルを発動させれば、既に躯と化している奴隷兵士からさえも、隷属の証である呪印を綺麗さっぱり消し去った。


「もうこれで呪印の支配は無くなった。君らはもう自由だ、安心してくれ」


 ケンの宣言が高らかに響き渡る。

だが、奴隷兵士達は一様にどよめき、困惑の表情を浮かべていた。


「本当に解放されたのか……?」

「信じていいのか?」

「あいつ、何者だよ……」

「今更、解放されたって……」


 様々な言葉が奴隷兵士達からあふれ出る。

解放の喜びよりも困惑の方が強い印象を受けた。


――またこういう状況か……


 ここまでケンはシャトー家の使者として、不正な奴隷兵士運用現場へ赴いては、全てを叩き潰し、こうして解放を行っていた。

 解放を喜ぶもの、突然の事態に戸惑う者など様々な捉え方があるのは彼自身も分かっている。しかし意外に多かったのが、今回のように困惑を浮かべる者たちの存在だった。


 命じられるがまま迷宮へ潜り、生き残るために悲惨な戦場で戦い続ける。

まともな精神ではやっていられない状況。

だったら、自分が人間であるということ忘れ去り、ただ戦う道具として何も考えずに日々を生きれば、それほど楽なことは無い。

 現にケン自身にもそういう時期があり、彼らの心情は痛いほど理解できた。


「ケン、何か来る!」


 リオンの声で、ケンは思考から現実へ意識を移す。

地鳴りが響き、ケンが魔神飛翔拳で塞いだ通路の岩が、盛大にはじけ飛んだ。


「ガオォォォン!」


 土色をした翼の無い巨大な竜が姿を現す。


【ロックアースドラゴン】


 岩のように硬い皮膚を持つ、エリアボスクラスのモンスターが、ギロリと奴隷兵士達を見下ろす。


――例え、彼らが戸惑っていようと、俺はムートンの意志の体現者となる!

この世界から奴隷兵士という存在が完全になくなるまで戦い続けるんだ!



「行くぞ、リオン!」

「あう!」


 ケンとリオンは揃って地を蹴り、アースドラゴンへ立ち向かってゆくのだった。


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