二章エピローグ:信頼と敬愛と愛情と
「満場一致により、第1973代シャトー家当主ムートン=シャトーをギルド総代表に任命する!」
迷宮都市の中心、シャトー家の本拠地:カベルネ城の中にある本会議場に、議長の高らかな宣言が
響いた。
万雷の拍手が沸き起こり、評議員は皆、ムートンの名前を叫ぶ。
「あは、あはは、どもぉー……」
まだ今の立場になれないムートンは及び腰で、微妙に固い笑顔を浮かべていた。
ムートンの母親、第1972代ダルマイヤック=シャトーは、過日迷宮都市で発生した奴隷兵士の反乱によって命を落とした。
だが矢継ぎ早に現れた次代の当主に、迷宮都市は悲しみにくれる間もなく、うら若い新しい支配者に声援を送る。
そんな中、執り行われた先代当主の葬儀の席。
初めて当主として表舞台に立ったムートンは儀礼的に弔辞を済ませ、そして葬儀に集まったこの世界の重鎮、ひいては集まった多数の住民の前でこう宣言した。
「私、1973代当主ムートン=シャトーの名により、これよりの呪印並びに転移転生術の運用を禁じ、全ての奴隷兵士は等しく自由の身とする! これに逆らった場合は、シャトー家の名において、厳罰に処する!」
ムートンの突然の宣言に葬儀場はどめよく。
しかしムートンは屈せず、言葉をつづけた。
「加えて今の私が当主として未熟なのは承知している。そこで、この度の反乱を収めた功労者の一人、史上六番目のブラッククラスこと、ケン=スガワラを、私の補佐として迎え入れることとする!」
ムートンの宣言が広大な迷宮都市に響き渡る。
しかしその場に、当のケンの姿は無かった。
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「あー……緊張したぁー……」
葬儀を終え、裏へ下がったムートンは緊張を解き、ぐったりうなだれる。
「お疲れ」
そんなムートンへ、影でずっと見守っていたケンはカップに入った水を差しだす。
「ぷはー、生き返った!」
「おっ? 良い飲みっぷり」
「師匠酷いですよ、私ばっか表出て……」
「悪いな。ガキの頃からああいう場ってなんか性に合わねぇんだ」
頬を膨らませるムートンへ、ケンは答えた。
「そう言えばブラッククラスの就任式の時もそんなこと仰ってましたね。でもこれからそうも言えないことがたっくさんありますから覚悟してくださいね!」
「お手柔らかに頼むぜ、当主様」
ケンは笑顔を浮かべ、ムートンのおでこを小突く。
そんな少年のような仕草に、ムートンの胸が高鳴った。
もはや彼に対するムートンの愛情はとめどもなかった。
きっと彼が求めれば、彼女は迷わず応じる。
――でも師匠とラフィは深い愛情で繋がってるんだ。私がそこに割り込んじゃいけない。
想いはそっと自分の胸の中にだけ。
そして愛する目の前の男性に尽くす。
そう決意する。
「そら、行くぞ」
彼はムートンへ背を向けて歩き出す。
そのたくましい背中にムートンの胸はどうしようもない程高鳴った。
――今日ぐらいは、ちょっとぐらい、良いよね。
「お、おい! ど、どうしたんだいきなり……?」
ムートンはケンの背中へ飛び付き、身体を密着させた。
「すみません、少し疲れてしまって。少しお背中お借りできませんか?」
「あ、ああ、そういうことなら……」
ムートンは肌で愛する男の熱を体いっぱいに感じる。
彼がいなければ今の自分は無かった。
例え想いが叶わなくても構わない。
ただこうして傍にいれば、ただそれだけで。
「ケンさん、本当にありがとうございました。私、一生貴方について行きます……!」
「ムートン、お前……」
十分にケンの熱を堪能したムートンは飛び跳ねるように離れ、
「さぁて、最初のお仕事はギルドのお偉方の接待です! 師匠、私の補佐としてきっちりエスコートお願いしますね!」
「お、おい、ちょっと!」
ムートンはケンの腕をしっかりと掴み走り出す。
そして二人の姿はカベルネ城の中へ消えてゆくのだった。




