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魔神騎士ムートン

「ムーさん、ですよね……？」

　ムートンの背中に、震えた声でラフィが問いかける。

「うん、私だよ。安心して。ここは暫く私が引き受けるからラフィはその間に師匠とリオンちゃんの回復を宜しくね！」

「ムーさん！」

　ムートンはラフィの声を振り切って、シャドウへ向けて飛んだ。

『燃やせ、怒りの炎を！　地獄の炎が我が糧、そして貴様の力！』

――分かった、アモン！

　DRアイテム【煉獄双剣】に宿る六位魔神アモンの声が響く。

　ムートンは両足に焼けるような熱さを感じた。

その熱の正体を彼女の身体は自然と知り、そしてどうすれば良いのか瞬時に認識した。

「行け、炎（ファイヤ）ノ矢（ボルト）！」

　ムートンの両足から無数の魔力で形作った炎ノ矢が放たれた。

　溶岩のように燃え、素早く飛翔するソレは目前のシャドウとグリフォンに向かって降り注ぐ。

　たまらずシャドウとグリフォンは二手に分かれて、降り注ぐ火矢を回避。

　当たらずの火矢は床へ突きささると同時に爆ぜ、炎上する。

繰り返される爆発と、沸き起こる炎はほんの僅かの間に、シャドウとグリフォンを真っ赤な炎で包み込んだ。

　炎の中へ飛び込んだムートンは右の魔剣【ナハト】で迷わず、シャドウを狙う。

「せいっ！」

「グオッ！」

　赤い魔剣でシャドウは胸を切り裂かれ、怯む。

だがまだ浅い。

　シャドウは姿勢を整え、蛇の剣を構え直す。

「クッ……貴様、何者だ！？」

　シャドウは忌々しそうに赤い双眸を輝かせ叫んだ。

「私は魔神騎士（デモンナイト）……選ばれし黒皇（ブラックキング）の騎士だぁ！」

　再度ムートンは切りかかるが、シャドウは飛びあがって回避する。

「行け、グラシャラボラス！」

「キュオォォォン！」

　シャドウの命令を受け、グリフォンが嘴を開き、喉の奥から状態異常を付与する黒いブレスを放った。

　しかしムートンはまるで踊るかのようなステップを踏み、ブレスを軽々と避けて見せる。

　そして今度は腕に熱い魔力の感覚を感じたムートンは、グリフォンへ向けて腕を突き出した。

「火球（ファイヤーボール）！」

　ブレスを避けつつ、ムートンは腕から何発も火球を放つ。

一発一発の火球の威力は小さい。

しかし連続で、耐えることなく打ちだされる火球の前に、グリフォンは次第に怯み始めた。

　ムートンは懐から、メイの形見として貰ったクナイを取り出した。

「それっ！」

「キュオッ！？　ガァァァーっ！」

　クナイはグリフォンの片目へ突き刺ささり、潰す。

いきなり視界を潰されたグリフォンは足を滑らせて、倒れた。

「力を寄こせ、アモン！」

『良いだろう。ナハトとシュナイドへ貴様の怒りを捧げよ！』

　アモンの声に従いムートンは怒りを燃やす。

　奴隷兵士、呪印、ホムンクルス、シャトー家、そしてグリモワ―ル。

人を踏みにじり、弄ぶ世界の全てを彼女は憎悪し、怒りを募らせた。

　それは真っ赤な魔力となって”煉獄双剣”へ流れ込み、刀身を激しく燃やす。

　瞬間、ムートンにとって”周囲の動きが遅くなった”かのように見えた。

『これぞ”殲滅形態（エグゼキュートフォーム）。今の貴様の早さに追いつける者など存在しない。行け、ムートン＝シャトー！』

――もう私は逃げない！　呪われた自分の血から！　力を持つ者の宿命から！

「うわぁぁぁぁーっ！」

　突っ込んだムートンはグリフォンをしっかり視界に捕え、激しく切り付けた。

　わき腹を切り裂かれ、ゆっくりと傷口が開いてゆく。

しかし血が噴き出す前に、ムートンはグリフォンの足を切り裂いていた。

　圧倒的な速度差の中、ムートンは絶え間なくグリフォンを切り刻む。

何度も、何度も、繰り返し。

　二振りの魔剣は魔神の化身を切り刻んでゆく。

　やがてムートンは地面を強く蹴り、空へと飛びあがった。

魔神騎士の力を解除し、彼女は神聖なる神の使い”聖騎士”へ戻る。

彼女の全身から聖なる蒼の魔力が沸き起こった。

「キュオォォォォン！！」

　世界の時間感覚が元に戻り、全身を激しく切りつけられたグリフォンが噴水のように血しぶきを上げ、苦しそうな叫びを上げた。

「喰らえ、これぞ我が必殺の、ロットシルトォォォッ！」

　ムートン由来の青く荘厳な魔力が膨らみ、盾の形を成した。

剣から飛び出した輝きはグリフォンを飲み込み、昇華してゆく。

　魔神の化身は跡形もなく消え去り、元の古ぼけた鎖に戻るのだった。

「くっ……」

　あらゆる力を使い果たしたムートンは着地して直ぐに膝をついてしまう。

　そんな彼女の肌が、鋭い殺気を感じた。

「シャトー家、殲滅ッ！」

「あっ！」

　シャドウの剣がムートンを狙う。

が、蛇の剣が彼女を切り裂くことは無かった。

「やればできるじゃねぇか、ムートン！」

「師匠！」

「俺の弟子に手を出すんじゃねぇ！」

　ケンは蹴りを繰り出す。

すると、シャドウの姿が煙のように消えた。

●●●

　ケンの蹴りを受け、シャドウの姿が消え去る。

「殲滅！」

　気がつくとケンとムートンの周りには、無数のシャドウが取り囲んでいた。

シャドウの後ろにいるミキオが魔力を放つたび、シャドウの数が増えて行く。

――ミキオの幻影か！

「ラフィ、回復を！」

「はい！」

　ラフィから輝きがほとばし、瞬時にケン達の回復を施す。

「シャドウ、やっちまえ！」

「「「「殲滅ッ！！」」」

　ミキオの指示を受けて、無数のシャドウが一斉に飛びかかってきた。

「行くぜ、ムートン！」

「はい、師匠！」

「多段矢（ハイドラ）！」

　タイミング良く、矢の雨を降らせた。

　ケンとムートンは同時に飛び、幻影のシャドウ軍団へ立ち向かう。

　姿形は例えシャドウであっても所詮は幻影。

リオンの降らせた矢の雨に次々と貫かれ、魔力の輝きとなって消えて行く。

「せいっ！」

　素早く迷いのないムートンの斬撃は複数のシャドウの幻影を捉えて、切り裂き、消し去る。

ケンもまた負けじと、氷の刃で幻影を切り裂く。

　最強の魔神とその騎士。

二人の鮮やかな攻撃は次々と、幻影のシャドウをかき消してゆく。

そして最後の幻影を倒した先に、たじろぐミキオとシャドウの姿を捉えた

「拘束射（ヴァイパー）！」

「ッ！？」

「グオッ！？」

　すかさずリオンが弓から蛇の魔力を放ち、ミキオとシャドウを拘束した。

ミキオとシャドウはその場に縛り付けられ、動けず身じろぐ。

「行くぜ、ラフィ！」

「はい！」

　ケンとラフィは並び拳を構え、魔力を高めた。

「行きます！　狼牙拳最終奥義（ウルフマーシャルファイナルアーツ）！　狼牙流星脚（ウルフメテオシュート）！」

「薙ぎ倒せ！　魔神飛翔拳（ロケットパンチ）！」

　ラフィ由来の紫紺の魔力の塊が、ケンの出現させた岩の拳を更に加速させた。

その上に乗るは再び、煉獄双剣の力を使い魔神騎士となったムートン。

彼女は真っ赤な双剣を構え、拘束されたミキオとシャドウへ狙いを定める。

「終わりだ……炎魔神断罪（イフリートディスティニー）！」

　ムートンは炎のように真っ赤に燃える二振り魔剣を同時に横へ薙ぐ。

刹那、ムートンの渾身の一撃は突然現れた”双子の魔導師姉妹”が発生させた、強固な防御陣に防がれた。

　岩の拳も鉄壁の魔法陣に砕かれ、ムートンは後退する。

「「てめぇら良くもミッキーをこんな姿にしてくれてな！　楽に死ねると思うなよぉッ！」」

　突然現れたグリモワ―ルの魔導師アイス姉妹は、声をそろえて激しい怒りを叫び、魔力を燃やす。

　そんな姉妹の間にミキオが現れ、肩を抱いた。

「シャギ、オウバ、気持ちは嬉しいけど今日は帰らないか？　流石に今続けるのはちっときついぜ……あいてて……！」

「ミッキー！」

「ミキオ様！」

　アイス姉妹は心配そうに両脇からミキオを支えた。

「済まない、ウィンド……」

「良いさ。いっつもシャドウはオイラを守ってくれてるんだ。たまには守らせてくれよ」

　グリモワ―ルの荷物係（ポーター）のウィンドは、シャドウに肩を貸す。

そして憤怒の形相だったアイス姉妹はころりと、眉間の皺を解いた。

「「ミキオ様のご命令です。今回は大人しく引いてあげましょう。ですが……次会った時はぶっ殺す。首を洗って待ってろ黒皇（ブラックキング）！　ウィンド、さっさとしやがれ！　グズグズすんなッ！」」

「うっせーなバーロー。分かってるって」

　ウィンドが抱えていたリュックの蓋を開く。

するとミキオを始め、グリモワ―ルの面々が吸い込まれた。

最後にバック自体が消失し、グリモワ―ルは忽然と姿を消した。

「終わったな」

　ケンがそうつぶやくと隣のムートンは首を横に振る。

「いいえ、まだです」

　ムートンは一人ケンから距離を置き、そして二振りの魔剣を高くかざした。

「迷宮都市に存在する全ての奴隷兵士よ、我が軍門へ下れ！　刻め！　我が名は１９７３代シャトー家当主、ムートン＝シャトー！　汝らの新たなる主である！」

　高らかに宣言したムートンは二振りの魔剣をフロアへ突き刺す。

　赤い刀身からほとばしった魔力は、床に描かれた無数の魔法陣を真っ赤に輝かせ、流れ始めた。

　その魔力は一瞬で、迷宮都市全域を覆い、そして奴隷兵士へ呪印の発動を促す。

　瞬間、奴隷兵士たちは身体を硬直させ、バタバタと倒れだす。

　こうしてメイとグリモワ―ルを中心とする迷宮都市での奴隷兵士の反乱は、急速に収束してゆくのだった。