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奴隷兵士カジワラ メイ(*ムートン視点)


 それは遠い昔のある日のこと。


 父親と引き離され、シャトー家の三女として連れてこられた幼い日のムートンは毎日泣きじゃくっていた。

 家に帰りたい、お父さんに会いたい。

 ただその一心で、幼い日の彼女は泣き腫らす。

 その時、既に父親が亡き者にされているとも知らずに……。


「お嬢様、いつまでそうしていらっしゃるおつもりですか?」


 凛とした声が背中に響く。

 振り返るとそこには凛々しい女戦士が静かに佇んでいた。


「でも、えっぐ……」

「お嬢様、哀しいのは分かります。しかしここに来た以上、貴方はシャトー家の一員として強くなって貰わなければなりません」

「ひっく……」

「全く、仕方ありませんね」

「あっ……」


 女戦士は幼いムートンをそっと抱いて立ち上がった。

 初めて感じる大人の女性の温かさに、ムートンは自然と優しさを感じる。


「泣き止みましたね。それで良いです」

「あの、貴方のお名前は?」


 恐る恐るムートンが聞くと、女戦士は笑顔を浮かべ、


「カジワラ メイと申します。お嬢様、貴方の警備を仰せつかったものです。よろしくお願いいたします」


 それがムートンと奴隷兵士であるメイとの出会いだった。


……

……

……



「メイ! どっちのお洋服が良いと思う?」

「応えかねます」

「えー、なんでぇ?」

「ご自身の御召し物です。自分の衣装程度、ご自身の判断でお決めになって下さい」

「もう、メイはいっつもそうやって突き放すんだから……」

「ですがあえて申し上げるのでしたら左の方でしょうか?」


 ムートンにとってメイはシャトー家で唯一、心の許せる存在だった。



「えっぐ、ひっく、お父さぁん……ひっく」

「また思い出されたのですね。大丈夫、私が傍に居ります」

「メイぃー、うう、ひっくっ……」


 いつもは厳しく、凛々しいメイ。

しかしムートンが寂しいとき、彼女は常に傍に居てくれた。



「やあっ! せい!」

「剣筋がぶれています! 何度言ったら分かるのですか!」

「ご、ごめん」

「はい、もう一回! できるまで終わりになりませんよ!」

「うへぇー、もう疲れたよ……」

「剣術を習いたいと仰ったのはお嬢様の方です! つべこべ言わず、もう一回!」


 時に厳しく、そして優しく、本当の家族以上に見守ってくれたメイ。

やがてムートンが歳を重ねた頃だった。

 大切に想う彼女が”奴隷兵士スレイブソルジャー”という虐げられた身分にあることを知る。

 日々ムートンの傍に居ながらも、迷宮探索で命を危険に晒していた彼女。

そんな彼女たちの命を糧に、栄華を極めるシャトー家の真実に、ムートンは強い怒りを感じ始める。


――何かをしたい。でも、今の私には何の力もない……


 そう打ちひしがれていたある日、密かに続けていた亡き父の教会で、天空神へ祈りを捧げている時だった。

 天啓が下り、ムートンは天空神ロットシルトの使いである”聖騎士”に任じられた。

 そして彼女は、家を出る決意を固めた。


 密かに準備を進め、シャトー家の宝物庫よりLRレジェンドレアアイテム、

二振りの聖剣「エール」と「ダルジャン」を盗み出し、迷宮都市を飛び出す。


「どこへ行かれるつもりですか、お嬢様?」


 しかし迷宮都市を飛び出てすぐに街道で、メイを出くわした。


「そこを退いて、メイ! もう私は戻らないから! 私は私の道を進むって決めたんだ!」


 我儘を言った時、メイは決まって凄味のある雰囲気を出してムートンを黙らせる。

だが今、目の前に居るメイからそんな雰囲気はまったく感じられなかった。


「その覚悟に嘘、偽りはありませんね?」

「うん! 私は聖騎士として外からシャトー家を変えるんだ! そして必ずメイや兵士、ホムンクルス達が、自由で平和に暮らせる世界を作って見せる! 約束する!」


 メイは半身を引いた。


「では見せてください。お嬢様、いえ、ムートン。貴方が目指す理想の世界を、私達へ」

「ありがとう、メイ! 約束するから! だから待っててね!」


 ムートンはメイを過り、街道をひた走る。

 自分の理想を叶えるため、彼女は迷宮都市から外の世界へ飛び出したのだった。



●●●



「やはり来ましたね、お嬢様」


 扉へ飛び込んだムートンを、戦闘スタイルである、くノ一のような軽装鎧を身に纏ったメイが向かえた。

 彼女の背後には呪文が刻まれた台座があり、そこに二振りの燃え盛る様な赤い刀身を持つ二振りの大剣が浮かんでいる。


 DRアイテム、六位魔神アモンが封じられし【煉獄双剣】

 双剣から絶えることなく放たれる魔力は、部屋中に刻まれた魔方陣を真っ赤に輝かせていた。


「メイ、どうしてグリモワールなんかと組んで反乱なんて起こしたの? 貴方はそんな愚かなことをする人じゃない筈でしょ?」


 ムートンがそう聞くと、メイは短くため息を着いた。


「お嬢様、貴方は何か大きな勘違いをしていらっしゃる」

「えっ?」

「私は奴隷兵士スレイブソルジャー。お嬢様、いやムートン=シャトー! 貴様等、、邪悪なシャトー家が捕えた亡者の成れの果てだ!」

「そ、それは……」

「転生してから今日まで私達に自由は無かった。だからこそ勝ち取ると決めた! 奴隷兵士ではない、人間としての尊厳を! この世界で!」


 ムートンの目の前からメイの姿が消失する。

 咄嗟に剣を構えた。

真っ赤に燃えるメイのクナイが、ムートンの剣とぶつかり合い赤い火花を散らす。

 すると再び、メイの姿が消える。

脇に殺気を感じて剣を繰り出せば、再びメイのクナイとぶつかり、金音を鳴らす。


――迷っていたらやられる!


「いやぁーっ!」


 ムートンは剣を押し込み、メイの体勢を崩す。

バックステップを数回踏んで距離を置き、二振りの剣を構えなおして、メイへ向けて飛ぶ。

 ヒュン、と鋭くムートンの剣が空気を引き裂くもそれだけ。

 メイはひらりと斬撃をかわす。


「貴様は所詮その程度なのだ、ムートン!」

「うわっ!」


 メイの鮮やかな回し蹴りが炸裂し、蹴り飛ばされたムートンは尻餅をついた。

そんなムートンへ向け、両手にクナイを構えたメイが、鋭い眼光を放つ。


「どうして貴様の攻撃が当たらないか教えてやろうか? それは貴様に人を殺す覚悟が無いからだ!」

「そんなこと、うわぁぁぁ!!」


 立ち上がったムートンは一気に距離を詰め、遮二無二左の剣を横へ凪ぐ。

メイはひらりと交わすが、それは予想済み。


――今こそ、師匠やリオンちゃんとの特訓の成果を見せるとき!


 大きく振り上げた剣の柄を強く握りしめ、腕に力を込める。

狙うはメイの首筋。

だが、メイの首が飛ぶ様を想像してしまったムートンの心臓が、激しい鼓動を放った。

一瞬、柄に巻きつけた指先から力が抜け、剣筋に鈍りが生じる。

そしてムートンの渾身の一撃は、あっさりとメイの手を覆う硬い手甲によって防がれてしまった。


「どうしたのですか、お嬢様? 私をるのではないのですか?」

「くっ……」

「ッ! ふざけるなぁ!」


 ムートンは再びメイに蹴り飛ばされ、床の上を転がる。

顔を上げるとそこには激しい憎悪を放つ、メイの姿があった。


「殺す覚悟も無ければ、何もない! そんな中途半端な貴様が私は嫌いだ! シャトー家を出奔したまでは良し。しかし何故戻った! お前はシャトー家を外から変えるんじゃなかったのか!? 私たちを救うのでは無かったのか!? どうなんだ!」


「そ、それは……」


 何も言い返せないムートンへメイが迫る。

彼女はムートンの胸倉をつかみ、強引に立たせた。


「所詮お前は口先だけの人間だ。目の前の現実へ偉そうに文句を云うだけで何もしようとはしない! 適当な言訳を繰り返して逃げ続けているだけ。シャトー家を背負う覚悟も、破壊する勇気もお前にはない! そんな半端者にこの身、この命を預けるなどまっぴらごめんだ!」

「ッ!?」


 ムートンはメイに投げ捨てられ、再び床の上を転がった。


「そこで大人しく見ているが良い。私は”煉獄双剣”の主となり、この世界を変える。全ての奴隷兵士を解放し、自由を与える。忌むべきシャトー家を滅ぼし、戦火を呼んでやる。そして、生き残った者だけでこの腐った、糞以下のこの世界を作り返るんだ!」

「……」

「自分の愚かさを呪いながら、そこで世界変革の狼煙を見届けていろ、ムートン」


 メイはそう云い捨て、煉獄双剣へ向けて歩き出した。


 ムートンは拳を強く握り締めた。

彼女の脳裏へ、ケンやラフィ、リオン、大切な人達の笑顔が過る。


――このままメイを進ませてはダメだ。


 ここで立ち上がらなければ、世界は取り返しのつかないことになってしまう。


――また戻りたい。ラフィや、リオンちゃん、マルゴさんに子供達……そして師匠と過ごす平和な日常へ!


 ムートンは近くに転がっていた剣の柄を強く握り締めた。


「メェェェイッ!」


 立ちあがり、床を蹴った。

両手で強く剣を持ち、切先を突き出して、勢いのまま走る。

気づいたメイが、踵を返した。

 ムートンはメイの懐へ飛び込む。

 

「ッ……! なんだ、やろうと思えばできるじゃないか……かはっ!」


 メイが血反吐を吐き、ムートンの手を汚す。

その時初めて、ムートンは自分の剣がメイの身体を貫いていることに気がつく。


「メイッ!」


 崩れ去るメイをムートンは抱き止めた。

すると、メイは鋭い眼光でムートンを睨み、血染めの手で、彼女の顎を強く掴んだ。


「わ、忘れるな。私は、いや、私達全ての奴隷兵士はシャトー家を憎んでいる。そしてこの憎しみはお前にも向けられているんだ、ムートン」

「……うん。知ってる」


 メイはフッとため息をつく、するとずっと強張っていた表情が崩れ、ムートンの良く知る側用人のメイの顔になった。


「だけど貴方に会えてよかった。こんな私を貴方は慕ってくれて……もう母親にはなれないと思っていたのだけれど……あなたは私にとって奴隷兵士として生きる希望だった」

「それは私もだよ。メイは、私にとって本当の家族以上に、家族だったんだから……」

「光栄です……奴隷兵士風情の私には勿体ないお言葉です……」

「謙遜しないでよ、本当にそう思ってるんだから」

「ムートン」

「なに、メイ?」


 メイは笑顔を浮かべ、ムートンの頬へ優しく手を添える。


「どうかお元気で……幸せになってください……」

「うん、わかったよ、メイ。ううっ……」


 こと切れうなだれたメイをムートンは強く抱きしめ、むせび泣く。


――もしかしてメイは私を目覚めさせるためにわざとこんなことを……?


 しかしそれは都合の良い解釈ではないかと思った。

きっと自分はメイをこの手で殺した事実から逃げたいだけ。


――また逃げるのか? いや……!


 彼女はもう逃げないと決めた。

自分の血筋から、呪われた運命から。


「メイ、お守りに一つ頂戴ね」


 メイの亡骸を横たえたムートンは、彼女の鎧にマウントされていたクナイを一つ手に取り、歩き出す。

 そしてDRデビルレアアイテム、燃えるような赤い刀身を持つ二振りの魔剣【煉獄双剣】の前に立った。


 メイのクナイで指先を切り、双剣へ血を滴らせる。

すると双剣の刀身が更に赤く燃え上がった。


【我はこの剣に封じられし魔神アモン。汝、我の新たな使い手か?】


 突然、ムートンの頭の中に凛々しい女のような声が響き渡る。

まるでメイを思わせるその声にムートンは好感を抱いた。


「そうだ。私は1973代シャトー家当主、ムートン=シャトー! DRアイテム「煉獄双剣」【ナハト】と【シュナイド】に宿りし、六位魔神アモンよ! 貴様の力を私に寄こせ!」


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