序列六位迷宮アモン
ケン達はカベルネ城の中庭に集まっていた。
ムートンはダルマイヤックに託された魔石へ、自分の血を垂らす。
すると蒼の魔石が仄かに輝きを帯びた。
「シャトー家の血において命じる。迷宮への門よ、開け!」
魔石はムートンが手を離してもその場に浮かび、更に輝きを増した。
「あとはこれにみんなで手を翳せば一気に迷宮最上階近くまで行けますよ!」
「そういえばムーさん、剣変えたんですか?」
ラフィがムートンの腰の鞘に納めた二振りの鉄剣を指摘する。
「あ、うん、この間グリモワールと戦った時「エール」と「ダルジャン」はダメになっちゃってね。でも大丈夫! これもLR級のアイテムで、ミスリル製だから!」
「だからって無茶すんなよ」
ケンもまた声を掛ける。
するとムートンは一際嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます! もうロットシルトは使えませんけど、でも弾除けにぐらいにはなりますよ!」
「まぁ、なんだ、少し肩の力抜け。そんなんじゃ最後まで持たないぜ?」
「あはは……やっぱし師匠は何でもお見通しなんですね」
ムートンは一息つく。さっきまで強張っていた肩がゆっくりと下がり、緊張の雰囲気が解けたように見えた。
「さぁ、では行きましょう!」
「ああ」
ケン達は揃って輝きを放つ魔石へ手を翳す。
魔石が更なる輝きを発した。
ケン達はその光に飲み込まれ、そして中庭から姿を消した。
耳朶を突く剣戟と阿鼻叫喚。
目を開くとそこはまるで神殿を思わせる広大なフロアだった。
フロアの至る所には奴隷兵士の亡骸と、鎧のパーツがごろごろと転がっていた。
「「「ワァァァァ!!」」
奴隷兵士達は必死にフロアに犇めくリビングアーマー戦いを挑んでいた。
倒しても倒しても現れるリビングアーマーに奴隷兵士達は翻弄されていた。
――奴らは敵だ。でも見捨てるわけには行かない!
「ちょっくら準備運動と行きますか!」
ケンが構え、
「お供します!」
ムートンは腰に差した二振りの剣を抜いて答えた。
「はい!」
「あう!」
ラフィもリオンも呼応する。
そして真っ先に飛び出したのはリオンだった。
「バルバトス、力貸す!」
『了解よ子犬ちゃん、ワンワン♪』
「多段矢ッ!」
リオンが魔力で鏃を燃やす矢を上へ向けて放つ。
無数の矢の雨が降り始めた。
一本一本の矢はまるで意志を持っているかのように飛翔し、リビングアーマーのみを狙う。
隊列を崩されたリビングアーマーの集団。
その中へラフィが滑り込む。
「やぁ! はいぃっ!」
鋭い足技でリビングアーマーをふっとばし、傷ついた奴隷兵士へ屈みこんで、治癒士としての力を発動させる。
ラフィは敵を切り崩しながら、次々と傷ついた奴隷兵士達へ応急処置を施す。
そんなラフィの後ろへ、剣を振り上げたリビングアーマーの姿が。
「プロテクトシルト!」
ムートンが間に入り剣を交差させ蒼の障壁を発生させる。
それはリビングアーマーを押し退けた。
青の障壁は膨張しリビングアーマーを一か所へ集める。
そしてリビングアーマー目の前へ、無数の”岩の壁”が現れた。
「師匠、今です!」
「おう! 地獄の熱で灰になれ! 灼熱壁射!」
壁が瞬時に真っ赤に染まり、激しい熱線を放った。
リビングアーマーはその熱を受け、次々と鉄塊へと溶解してゆく。
しかし、一部のパーツが飛び出して、渦を巻いた。
壁の裏側へ、集合した鎧のパーツが”巨大なリビングアーマー”を形作る。
そしてすぐさま巨大なサーベルが振り落されたが、
「くっ、ぬうぅっ!」
飛び出したムートンが二振りの剣で、巨大なサーベルを受け止める。
「今だよ、リオンちゃん!」
「あう! 拘束射!」
ムートンの後ろに控えていたリオンが、弓から紫に輝く矢を放った。
それはまるで蛇のようにうねり、リビングアーマーの周囲をぐるぐると回る。
矢が回る度にリビングアーマーの手足は紫の輝きに絡め取られ、最終的に動けない程、がんじがらめにされた。
そんなリビングアーマーの上へ、手を取り合った二つの影が躍り出る。
手を取り合い、リビングアーマーを目下に収めたケンとラフィは、互いの魔力を燃やす。
「行くぞ、ラフィ!」
「はいっ! ケンさん!」
「「狼牙魔神飛翔拳!」」
ケンとラフィが拳を突出し、燃え盛る魔力は”輝く狼”となってリビングアーマーへ突き進む。
輝く狼はリビングアーマーを前足で蹴散らし、牙で砕き、飲み込む。
砕け散ったリビングアーマーは光の粒となって消え、跡形も残らない。
「流石です! 師匠はやっぱりラフィと一緒が似合います!」
着地したケンとラフィへムートンが鼻息荒く、言葉をかけてくる。
「お、おう」
「さぁ、行きましょう! この先が最上階エリア、”煉獄双剣”のあるところです!」
ムートンは先頭を切って走り出す。
「お、おい待てよ! 慌てんなよ!」
ケン達は慌ててムートンへ続く。
そして回廊を抜け、長い階段へ踏み込んだ。
左右に鎮座する鎧が動き出し襲い掛かってくるが。
しかしリビングアーマー程度ではもはやケン達の侵攻を止められない。
彼らはリビングアーマーを倒しつつ、素早くを階段を駆け上がる。
そして広大なフロアへと出た。
床には呪印のような魔方陣が刻まれ、壁は無く、空は不気味な赤紫の雲が渦を巻いていた。
そんなフロアの先に不気味に浮かび上がる禍々しい扉。
「あの奥に、”煉獄双剣”があります」
だがムートンは歩き出さない。それはケン達も同様だった。
「おいここにいるんだろ? いるならさっさと姿を見せろ、グリモワール!」
ケンの叫びが響く。
すると、扉の前へ何かが浮かび上がり、像を成す。
「やぁ、黒皇待っていたよ」
シャドウに肩を借りる、グリモワールのリーダー:ミキオは不敵な笑みを浮かべた。
失った左足に棒状の義足をつけたシャドウも、鉄兜の向こうにある赤い双眸を輝かせる。
「聞かせろ。お前らはいったい何を企んでるんだ? こんな騒ぎを起こして、一体何をしようとしてるんだ? まさか前と同じく、世界最強の座を保持するためとかいわねぇよな?」
「当たり前だ。そんなカスみたい、な、理由なもんか……復讐、だよ」
「復讐?」
「ああ、そうさ! 奴隷兵士、転移転生術、呪印、探索用ホムンクルス、そして序列迷宮! 人の魂を弄ぶこの世界は糞だ! いやそれ以下だ!」
ミキオは憎悪を燃やしながら続ける。
「だからこそ俺は決めた! 俺は、俺たちはこのカスみたいな世界を壊して、全部無に返す! これは、そのための狼煙……俺たちの世界破滅計画の始まりだ!」
「この世界の破壊、殲滅……それこそ我らグリモワールの本懐!」
シャドウも静かな怒気を伴った声を放った。
世界の破滅。
聞いただけでは笑ってしまいそうな安直な言葉。
しかし目の前のグリモワールがそれを発した時、その言葉が意味を持ち、最悪な結末を予感させる。
――こいつらは止めなきゃダメだ。絶対に!
「ムートン、お前は先へ行け」
ケンは一歩前に出て、構えを取る。
「し、しかし!」
「良いから先へ行け! ここで戦うのが俺の役目だ! お前はお前の役目を果たせ!」
「……わかりました!」
ケンは地を蹴り、そして【絶対不可視】の力を発動させた。
瞬時に接近し、そして冷鉄手刀で、ミキオとシャドウを切りつける。シャドウは鮮やかにミキオを抱えたまま飛んだ。
そんなシャドウとミキオへ向けて、ケンは【破壊閃光】を放つ。
それさえも避けられた。
しかし、狙い通り、扉からグリモワールを引き離すことには成功する。
「今だ、ムートン!」
「はい!」
ムートンは真っ直ぐと駈け出す。
そして不気味に浮かぶ扉へ体当たりを仕掛け、その中へ入ってゆくのだった。




