再臨 グリモワール
突然シャトー家とオーパス家の婚礼に沸く迷宮都市に悲鳴が響き渡った。
魔力で切り取った都市の偽りの空に亀裂が浮かび、崩れる。
そしてそこから灰色をした無数の”飛竜”が姿を現した。
ワイバーンは空を唖然と見上げる住民へ襲い掛かる。
ある者は爪で引き裂かれ、ある者は飛竜の強靭な顎で頭をかみ砕かれる。
突然飛来した脅威に住民は恐慌し、逃げ惑う。
そんな彼らの行く手を飛竜の背中から飛び降りた兵団が塞いだ。
首や頬、身体のどこかしらに絶対服従の証である”呪印”が刻まれた、亡者の成れの果ての姿――すなわち、奴隷兵士
兵団の先頭に立つ野武士のような奴隷兵士が声もなく、手で指示を送る。
走り出した奴隷兵士達は剣で切り付け、メイスで住民の体を叩き折る。
老若男女は問わず。
奴隷兵士達は次々と住民を切り殺しては片っ端から住宅へ火を放ち始めた。
「貴様等、鎮まれッ!」
騒ぎを駆けつけ迷宮都市の警備隊が現れ、”呪印の発動”を促した。
「「「わぁぁぁぁ!」」」
「な、なぜ、呪印が――ぎやぁ!」
奴隷兵士を呪印で支配していたものはとりわけ無残に切り裂かれ、その命を散らす。
しかしこの光景はこの場だけでは無かった。
迷宮都市のあらゆるところで、奴隷兵士が暴れだし、街に火を放っている。
祝いムードに沸いていた迷宮都市は一変して、地獄の様相を呈し始める。
後続で迷宮から降り立った魔導士職の奴隷兵士は小高い丘の上で詠唱を重ねた。
彼らの魔力は一つの巨大な”火球”を呼び起こし、飛翔を開始する。
それは今まさにシャトー家とオーパス家の婚礼の儀が行われている”宣誓の塔”を突き崩す。
積年の恨みを晴らし終えた魔導士職の奴隷兵士達は歓喜する。
そして今度は目下の町へ向けて、虐殺の魔法を放ち始めたのだった。
●●●
「メイ? これは一体何なの……?」
ムートンは突然、奴隷兵士を引き連れて現れたメイへ問う。
くノ一を思わせる軽装鎧を装備した彼女は、鋭い目つきでムートンを睨んだまま一切答えない。
「答えてよ! これはなんなの! 黙ってないで答えてよメイッ!」
「ははっ!」
頭上から響きの良い青年の声が聞こえた。
そしてケンとムートンの目の前へ更に、”白銀”と”黒”の誰かが降り立つ。
「シャドウ!? お前は確か!?」
目前には五体満足なグリモワールの暗殺者:シャドウが佇んでいた。
そしてシャドウの脇に立つもう一人の男。
白銀の髪を持ち、白い法衣のような衣装を来た彼に、ケンは見覚えがあった。
「やっ、黒皇! また会えて嬉しいよ!」
「ミッキー=カーティス……これはなんだ、何が起こってるんだ!」
先日、迷宮でケンを助けた男:ミッキー=カーティスは不敵な笑みを浮かべながらも、答えを返してこない。
「どうして倒した筈のシャドウがそこにいるんだ! 答えろ!」
「さぁ、どうしてだろうね? ははっ、当てて見てよ! 当てられたら賞金百万円……あっと、この世界じゃ金貨の箱ってところかな? そいつを上げるよ」
ミッキー=カーティスはまるで動じた素振りを見せなかった。
その余裕の姿は不気味に写り、ケンは更に殺気立つ。
「メイ、君たちは君たちの仕事をして」
ミッキーはケンのことなどまるで無視して、横目で奴隷兵士の先頭に立つメイを見た。
「良いのか?」
「この状況も織り込み済みだし、そのために俺たちは来たのさ。だから気にしなくてオッケー!」
「了解した。恩に着る」
「いえいえー」
「行くぞ、皆の者!」
メイを先頭とした奴隷兵士達は前進を開始する。
――行かせるか!
嫌な予感がしたケンは、メイの行く手を塞ぐべく後ろへ飛ぼうと、膝へ力を込める。
「――ッ!?」
「殲滅ッ!」
突然、音もなく目前に現れたシャドウが蛇の剣で切りかかってきた。
瞬時を身をひるがえすも、シャドウの鋭い斬撃が、ケンの前髪を数本散らす。
ケンとシャドウは互いに、距離を置いて構えを取った。
見た目は以前のシャドウと変わりない。
しかしケンは息を飲んだ。
――まるで雰囲気が違う。こいつ、本当にあのシャドウなのか?
シャドウから放たれる殺気は以前対峙した時の比ではなく、
意図せずケンに鳥肌を浮かべさせた。
「シャドウ、君はもしかして黒皇の方が良いのかい?」
そんな殺気立つシャドウへミッキーはヘラヘラと問いかける。
「否!」
刹那、シャドウの姿が黒い風になって消えた。
「くっ!?」
咄嗟に宝剣を構えたムートンは、シャドウの斬撃を防ぐ。
「なんだよ、あんた急に!」
「忌むべきシャトー家の血脈! 殲滅、殲滅、殲滅!」
シャドウの鋭い二撃目を、ムートンは辛くも防ぐ。
しかしシャドウの目にも留まらない斬撃に、ムートンは後退しながら、防ぐのが精一杯な様子だった
「ムートン!」
ムートンの救援に向おうとつま先を向ける。
そんな彼の目前へ、ミッキーが降り立ち、行く手を塞いだ。
「ラッキー! そいじゃアンタは俺が相手だ。お手柔らかに頼みますよ、黒皇さん!」
「てめぇ……一体何者だ!」
ケンは目前でヘラヘラと笑う白銀の男へ叫んだ。
「良くぞ聞いてくれました! ソロの冒険者であるミッキー=カーティスは世を忍ぶ仮の姿! しかしてぇーその実態は!」
白銀の奴は鋭くケンを指差し、
「俺の名前はミキオ=マツカタ! グリモワールのリーダーをしてる! この世界の糞野郎どもは俺のことを【白閃光】なんて呼んでるぜ! 宜しくぅッ!」
●●●
「このぉ!」
シャドウに防戦一方だったムートンは、思い切って左の宝剣「ダルジャン」を押し込んだ。
予想外だったのか、シャドウの体が揺らぎ、苛烈な斬撃が一瞬止まる。
すかさずムートンは右の宝剣「エール」を凪いだ。
だが宝剣は空気を切り裂いただけ。
シャドウは後方宙返りで斬撃を回避し、ムートンから距離を置く。
そして音もなく着地し、ゆらりと構えた。
対するムートンは利き手である右の「エール」を防御用として突き出し、左の「ダルジャン」はいつでも振り落とせるよう上段に構える。
普段はどちらの剣もゆらりと構え、どちらが攻撃が防御かを悟られないように心がけている。
だが今のムートンにそんな余裕は無い。
彼女の体は目前の敵対者に恐怖心を感じて、自然と防ぎの構えをさせてしまっていた。
姿形は確かに以前、バルバトス迷宮の深層で対峙したシャドウそのもの。
しかし圧倒的に違う、冷たく殺気立った雰囲気は、意図せずムートンの首筋に冷や汗を浮かばせた。
――私で対処しきれるだろうか……?
自然とそんな弱気が湧く。
ムートンはそんな弱気を打ち消すべく、宝剣の柄を更に強く握りしめた。
「マルゴさん、貴方は下がっててください」
視線はシャドウに据えたまま、脇で正眼に戦斧を構えるマルゴへ促す。
「バ、バカ言うんじゃねぇ! 俺だって兄貴の手下だ! それにおめぇは攻撃が当たらねぇだろが!?」
脇のマルゴはそんな強気な発言をしたが、彼の膝はずっと震えっぱなしだった。
「でも、マルゴさん貴方では……!」
「う、うるせぇな。大体俺は男で、おめぇは女だ! 女一人に戦わせるなんざ、男の風上にも……ッ!?」
鋭い殺気を感じたムートンは宝剣を消失させ、マルゴを脇に抱えて思い切り飛んだ。
目下では蛇の剣を振り落したシャドウの姿。
奴の斬撃は石造りの水道橋に深い亀裂を刻み、砕かれた岩が綿のように軽々と宙を舞う。
更に衝撃は周囲の空気を飲み込んで、激しいつむじ風を巻き起こした。
宙を舞っていたムートンとマルゴは、そのつむじ風に飲み込まれ体勢を崩す。
しかしムートンは器用に身体を捻り、つむじ風の勢いを減殺して、姿勢を整えた。
目下には水道橋へ蛇の剣で激しく打ち付けたため、硬直するシャドウの姿が。
「覚悟ぉっ!」
再度宝剣を召喚し右の「エール」の切っ先を突き出し急降下。
左の「ダルジャン」で激しく切り付けるべく、切っ先を後ろへ構える。
するとシャドウはゆらりと腕に巻きつく蛇をムートンへ翳した。
「SYHaaaa!」
蛇が唸りを上げ、喉の奥から赤黒い魔力の糸を放つ。
それは生き物のようにうねり、突き出したムートンの宝剣を器用に避けた。
「なっ!?」
「撃滅!」
シャドウが軽く腕を振り上げれば、糸で手足を絡めとられたムートンが空中で孤を描く。
彼女はシャドウに成されるがまま、背中から地面へ叩きつけられる。
しかしこの事態をムートンは予想済みだった。
「マルゴさん、今です!」
「どおぉぉぉりゃぁぁぁ!」
空中で分かれたマルゴは、裂ぱくの気合と共に、戦斧でシャドウの背中を縦一文字に切り裂いた。
明らかな直撃。
だがシャドウは平然と踵を返し、マルゴを睨んだ。
「脅威度判定……パープルクラス、戦力外と断定。三下は即退散!」
「ぐわっ!?」
鋭く素早いシャドウの回し蹴りが、体格で遥かに勝るマルゴを軽々と吹っ飛ばした。
「貴様ぁぁぁッ!」
怒り心頭のムートンは勢い任せに地面を蹴って、遮二無二、宝剣「エール」と「ダルジャン」を振り回す。
だが剣はシャドウを捕えられず空ぶるばかり。
「殲滅!」
気が付くとムートンの懐には既に黒衣の暗殺者の姿が深く潜り込んでいた。
シャドウは鋭く、そして重い拳をムートンの腹へ目掛けて放つ。
「かはっ!?」
シャドウの鋭い一撃はムートンの口の中を切り裂き、胃液を昇らせる。
意識が飛びかけ、思わず膝を突きそうになる。
しかし彼女にその暇は与えられない。
「殲滅! 殲滅! 殲滅!」
続けざまムートンはシャドウに殴られ、蹴られた。
重厚な聖騎士の鎧は肩が割れ、胴が粉々に砕け散る。
連続される苛烈な衝撃はムートンの膝から力を奪い、彼女を跪かせた。
「うっ、かは、げほっ! くっ……」
立ち上がろうにも足に力が入らない。
そんなムートンの頭を、シャドウは無造作に掴んで、無理やり顔を向かせた。
黒い兜の奥で、赤い双眸が異様な輝きを放つ。
「魂魄を弄び、穢れ多き栄華を極めるシャトー家……魔神アンドロマリウスの名において、悪しき血脈は、駆逐、撃破、殲滅……!」
憤怒、怨念、そして殺意。
あらゆる負の感情がシャドウの声に込められていた。
「シャトー家、滅ぼすべし!」
「お、お前はなんなんだ……」
しかしシャドウからの回答は無し。
そんな中、ムートンは見た。
黒衣の袖の間に見え隠れる”金属のような光沢を持つ皮膚”を。
――まさか、こいつの正体は探索用ホムンクルスなんじゃ……?
その時シャドウの背後で大きな砂煙が起こった。
砂けむの中に地面へ叩きつけられたケンの姿が浮かぶ。
彼は既にボロボロだった。
――今はそんなことどうでも良い!
白銀の男と対峙していたケンに危機が訪れていた。
――師匠を死なせるわけにはいかない!
ムートンはシャドウから向けられた殺意を、勇気で振り払う。
そして宝剣の柄を強く握りしめたのだった。




