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三十二位魔神:アスモデウス


「はぁぁぁっ!」


 ケンはゴブリンとオークを剣で切り伏せ、血液を狙ったヴァンパイアバットを地面へ叩きつけた。


 今日も探索ギルド「アエーシェマン」の独占的な狩場である【三十二位迷宮アスモデウス】を、ケン達奴隷兵士は今日も不本意ながら呪印に突き動かされ、潜ってゆく。 


 収穫状況は不気味なくらいに上々。

 一緒に潜っている奴隷兵士も、いつも以上にテンションが高い。


 そんな好調すぎる状況に、奴隷兵士としてかなり長い時間を過ごしていたケンは、云い知れない不安を抱いていた。


 モンスターから剥ぎ取りをしている最中、ほの暗い迷宮の奥から嫌な予感を感じる。

 鼻孔を刺激する僅かな臭いと、肌を撫でる湿った空気は経験と直結して、危険の信号となる。


「この先にモンスターハウスの気配を感じます。ルートの変更をお願いします」


 【モンスターハウス】とは迷宮の中に一定の確率で存在する、

モンスターが多数存在するエリアのことだった。


 多様なモンスターが数十から数百存在するソコは宝の山である以上に、一旦踏み込めば殆ど生きて帰っては来られない危険空間だった。

 当然、危険種である迷宮クラゲも多数存在する。

 そこへ、しかも今の装備と人数で突っ込むのは無謀としか言いようがない。


 だからこそケンは呪印を恐れず、後方で自分達へ指示を出していた指揮官へ具申した。


――指揮官だって命は惜しい筈だ。


 しかし指揮官は、にやりと笑みを浮かべるばかり。


「モンスターハウス! 良いじゃないか、今日は絶好調だろ?」


――ああ、そうだ。そう云えば俺はコイツの顔を知らない。


 長くアエーシェマンの奴隷兵士として使われていたケンは、大体の「アエ―シェマン」の構成員の顔を覚えていた。

しかし今日、ケン達を指揮していたる輩に見覚えはない。


恐らく、最近アエーシェマンへ加わったか、ずっと迷宮探索をしてこなかった能力の低い雑兵の類だと判断する。


 だったらモンスターハウスの恐ろしさを知らなくても無理はない。


「もう一度云います! この先はモンスターハウスで危険です! すぐにルート変更の検討を!」

「う、うるせぇ! 奴隷兵士の分際で人間に意見するな!」

「う、ぐっ!」


 呪印が発動し、ケンの胸を締め付ける。

肺と心臓を同時に鷲掴み、万力で締め上げるような苦しみが押し寄せる。

 ケンは無様に地面の上をのたうち回って苦しみを誤魔化そうとするが、それは僅かな抵抗でしかない。


「あっ! ぐわっ! っつああぁぁ……!」

「ほらほらどうした、さっきの威勢はどうしたケンさんよぉ?」

「嗚呼嗚呼あっ!」


 他の奴隷兵士も憐みの視線をケンへ送るもののそれだけ。

 指揮官は手をかざして、新たな呪印を発動させる。


「突っ込め! この先がモンスターハウスだろうがなんだろうが全力だ! 命を懸けて狩り、稼げ! お前らは道具だ、ゴミくず共!」


 愚かな指揮官が指示を出し、ケン達の体が意思に反して動き出す。

 頭では先へ進むのを拒否している。

 だが呪印の力はまるで操り糸のように体を突き動かし、迷宮の闇の奥へと足を進ませる。


 不快なモンスターの匂いが吐き気を催させ、肌に感じる棘のような空気は心臓が破裂しそうなほど鼓動させる。


「うわっ! つああぁぁ!」


 脇に居た奴隷兵士が悲鳴を上げて倒れ込む。

首筋には迷宮クラゲの棘が突き刺さり、毒で脳が一瞬で犯され、

絶命していた。

 だがそれでも呪印に支配されたケン達は歩むのを止めることができない。

そして、広い空間へ出た時、絶望が一気に押し寄せて来た。


 広い岩肌ばかりの空間。

そこには数えきれないほどのゴブリン、オーク、ヴァンパイアバット、迷宮クラゲが犇めいていた。未だそいつらだけだったら如何に良かったことか。


「クカカカカ! クカカカカ!」


 ザコモンスターの上空で骨の顎をカチカチと鳴らし、襤褸のローブを着て、杖を持ち、浮上魔法で空中に佇むモンスター。

 かつては奴隷兵士だった、もしくは迷宮に挑んで朽ち果てた魔導士の成れの果て。

 モンスターでありながら魔法を行使し、知能の低い低位モンスターへ戦略を与える危険種【スカルウィザード】


「フシュ―……フシュ―……!」


 そしてひときわ大きく、蒸気を噴出しながらケン達へ睨みを利かせている岩石の巨人。数十人の奴隷兵士が死力を尽くして戦わなかれば、決して倒すことのできない特危険種【ゴーレム】


 数多のモンスター。

そしてその中枢として存在している【スカルウィザード】と【ゴーレム】。

絶望と云うにはあまりにでき過ぎて、一切の光明を封じる最悪なモンスターハウスがケンの目の前に広がっていた。


「あ、あわ、な、なんでこんな低層にスカルウィザードとゴーレムが……!?」


 指揮官は予想外だったのか体を震わせ、口を打ち上げられた魚のようにパクパクとさせている。


「カカッ!」


 スカルウィザードが骨だけの腕をかざして命令を送り、モンスターが波のように押し寄せてくる。


――この状況じゃ勝ち目は全くない。


 歴戦の奴隷兵士であるケンは瞬時に判断し、ゴブリンが振りかざした剣を弾いて、首を跳ねる。


「あ、うぐあぁぁぁ! や、やめ……! あああっ」


 そんな彼の横では迷宮クラゲの毒で動けなくなった奴隷兵士が、オークの棍棒でなぶり殺しに合っていた。


「い、いや! やだぁ、こんな……んんっ!」


 女の奴隷兵士はゴブリンに身ぐるみを剥がされて、頭から血を流しながら闇の向こうへ連れて行かれる。

 他の奴隷兵士もヴァンパイアバットに群がられ、全身の血液を抜かれ、既に干からびていた。


 既にケン達の後ろに指揮をしていた、アエーシェマンの構成員の姿はない。

どうやらモンスターハウスをケン達へ押し付けて、一目散に逃げたらしい。


――冗談じゃない、こんなところで死んでたまるか!


 ケンは懸命に剣を振って群がるゴブリンとオークを切り倒し、迷宮クラゲの毒針に耐えながら、脱出を目指す。


――約束したんだ、今日も帰るって。無事に戻るって!


 ケンは、この世界で唯一の心のよりどこである少女:ラフィを強く想い、ゴブリンの血しぶきを浴びる。

 もう既に自分以外の奴隷兵士はここにいない。

 モンスターは迷宮の異物であるケンを駆逐しようと群がり始める。


「邪魔だぁぁぁ! 俺は帰るんだぁぁぁ!」


 敵の数は圧倒的。

 だがそれでもケンは諦めず、なんとかこの場を切り抜けようと戦い続ける。

 脇から鋭い感覚を感じて、切り裂いたばかりのオークの死骸を真横へ蹴り飛ばした。

 刹那、上空のスカルウィザードは杖から火炎流を放って、オークを焼き尽くす。


 どうやらこのモンスターハウスの主:スカルウィザードはケンのことを最大の敵と認識したようだった。しかしこれは好機だとケンは判断。

 素早くステップを踏んで、近くのオークの背後へ回り込む。


「ギヤアァァァ!」


 ケンを狙っていた火炎流は代わりにオークを丸焦げにする。


――こうしてモンスター共を盾にしながら逃げれば!


 そう判断したケンは、スカルウィザードへ視線を合わせつつ、絶妙なタイミングでモンスターの背後へ回り込む。

 ザコモンスターとスカルウィザードの脅威を逆手にとっての逃走術は奏功し、次第にモンスターハウスの出口へ近づいて行く。


――この調子で、このままで!


 そう思った矢先、ケンへ黒々とした影が落ちた。


「なっ――!?」


 彼はスカルウィザードに夢中になっていたこと、迷宮クラゲの毒で頭が茫然としていたことが重なり、もう一つの脅威【ゴーレム】の存在をすっかり失念していた。


「フシュ―ッ!」


 咄嗟に踵を返して、飛び退こうとする。

 瞬間、ケンへ狙いを定めていた巨大なゴーレムの腕が飛んだ。


 【飛翔拳ロケットパンチ


 奴隷兵士の中でそう名付けられた、ゴーレムが自らの腕を発射する脅威の技。


「ぐわっ!? かはっ! ごほっ!」


 ゴーレムの拳と迷宮の地面の間で、ケンは腹の中にあるあらゆる臓腑が潰され呻きを上げる。

ゴーレムの拳がケンの血反吐で僅かに赤く染まった。

だが飛翔拳で分離したゴーレムの腕は未だ勢いを保ち、潰れたケンの臓腑をすりつぶす。

 刹那、一瞬だけ拳の圧力から解放された感覚を得た。


 背中を着けていた地面が割れ、ケンは暗い闇の中へ叩き落される。


「ぐわぁぁぁぁっ!」


 ゴーレムの拳に押されながら、背中で地面を何度も突き破り、奈落の底へと落とされてゆく。

 自分がどんな状況で、どこへ向かおうとしているのか分からない。

 


 やがてずっと全身を蹂躙していた拳は、砕けて砂となった。

 拳の圧力からようやく解放されたケンは、再びゴミのように迷宮の地面へ投げ出される。

 うつ伏せに倒れ込むが、もう首から下の感覚が殆どなかった。


――帰るって、約束したのに、それなのに……


 既に判然としない頭の中では、唯一はっきりと、家で帰りを待ってくれているラフィの姿が浮かんだ。


 屈託のない笑顔、喜びを示してくれる大きな尻尾。

 質素な食事を人間らしく取って、静かに床へ着く。

 こんな最悪な世界に叩き落とされて得た唯一の心の拠り所。

彼女がケンを必要としているように、彼も彼女を欲していた。


――泣いて欲しくない。笑っていて欲しい。だからこそ帰りたい……


 だが体はほとんどがすり潰され、

周囲の様子さえも曖昧にしか分からない。

 だけど、それでもケンは心の中で強く、強く願う。


――今日もラフィのところへ帰るんだ! 必ず、絶対に!


『おっ? 一人の女のために誓いを立てる。その男気良いねぇ! そんなお前さんに免じて助けてやろうか?』


 ふと、突然頭の中へ直接、男とも女とも取れない、まるで加工されたような声が響いてきた。

しかし疑問はあれど、既に虫の生きのケンに回答する力は残っていなかった。


『おいおい折角の誘いなんだから回答ぐら……ああ、わりぃ、さすがのその状況じゃ駄目だよな』


――すまない……


『おっ? 未だ意識はあるんだな。それでいてきちんと謝ってくれるたぁ殊勝なこった。その丁寧さ、益々に気に入ったぜ兄ちゃん!』


 不思議な声は妙にハイテンションだった。

だけどその自信に満ちた声は、絶望の淵にあったケンの心を奮い立たせる。


『じゃあもう一度! オレはお前のことを助けることができる。だけど代わりにお前さんの体を半分貰う……これがイエスの回答。このままここでおっちんで、はい終了……これがNOの回答だ。今からお前さんの頭へ直接回答を流すからよ、どっちにするか選んでくれ!』


 茫然とする意識の中、感覚的にYES・NOの選択肢が浮かんだ。


 この声の正体も、身体を半分貰うとか物騒な言葉も気になる。


――だけど俺はここで終わる訳にはいかない。


 家では今日もラフィが帰りを待っている。

そしてこれからも……だったら答えは決まっていた。


――自分がどうなろうと、今ここで朽ち果てる選択肢なんてない。

今日も無事に帰って、ラフィと過ごせる穏やかな時間があれば十分。

それだったら俺は……悪魔でも、魔神にでもこの身体くれてやる!


 YESの回答。

 瞬間、くぐもった声は嬉しそうに笑い声を上げた。


『そう来なくっちゃ! まぁ安心しろ、悪いようにはしねぇぜ! っと、そう云えば自己紹介が未だだったな。俺は序列迷宮ナンバーズダンジョン32位の魔神:アスモデウス! これからよろしく頼むぜ!』


 アスモデウスが一通りそう言い終えると、霞んだ視界に妖艶な赤紫の輝きが見えた。

輝きは増幅し、ケンを包み込む。


 赤紫の輝きはケンの体へ次々と流れ込んでゆく。

そして一通りの流れが終息したころ、ケンの指先が動いた。


 腕へ力を籠めると、傷ついた身体が起き上がり、両足で迷宮の地面を強く踏みしめる。


「本当に傷が……?」


 ゴーレムの飛翔拳にやられた筈の体が、まるで迷宮へ潜る前のように元通りになっていた。


 そんな彼の左の薬指は何故か、赤紫をした宝石を留めた、綺麗な指輪がはめられていた。


『よう! 菅原 拳! アスモデウスだ、これからよろしくな!』


 唐突に頭の中へ、三十二番目の魔神:アスモデウスの声が響くのだった。


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