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迷宮都市散策


 迷宮都市の市場は今日も活気に溢れていた。

様々な地方より集まった食物や細工品が威勢の良い店主の元、勢いよく取引されている。 

道行く人々はごったかえす市場の中を楽しそうに巡っている。


 だが注意を払えば、そんな穏やかな光景の中に、黒マントを羽織った不気味な存在が入り混じっていることに気が付く。


 マントの端からちらりと見える、鈍色の肌。

 シャトー家の尖兵である【ホムンクルス兵】は市場を巡回し、既にお尋ね者へと落ちた、黒皇ブラックキング ケン=スガワラの姿を探し求める。


――くそっ、こんなところまで奴等は……


 市場に潜り混んでいたケンは更に【絶対不可視】の力を強めた。

完全消失には相当なHPを使うが、意識阻害程度であれば、ジョギングを継続しているほどのHP消費に抑えられる。

しかしそうとも云ってられないと感じたケンは、ランニング程度まで、力を引き上げたのだった。


 迷宮都市中には”ケン”を探し求める張り紙が至る所に張られ、ホムンクルス兵と奴隷兵士は必死に彼の姿を探し求めている。


「うんしょ」


 と、警戒するケンの隣ではハンチ軍帽の上へ、更にラクダ色のブランケットを被ったラフィが、

重そうに食材の入った紙袋を抱えていた。


「少し持とうか?」

「ありがとうございます。でもこれぐらい大丈夫ですよ! 気にせずケンさんはお仕事をなさってください!」


 物を持つ行為は、それだけで認識阻害を薄める効果がある。

道端に転がっているだけの小石は気づかないが、つま先で蹴ってしまえば動きがあり、その存在に初めて気が付く。そんなところだった。


 ケンは内心、ラフィに申し訳なさを感じながらも、提案通り自身の仕事に専念する。

 網の目のように張り巡らされている迷宮都市の街道。

しかしその全ては最終的に、中心であるシャトー家の本拠地:カベルネ城へ続いている。


 然る行動の最終局面では、安全な逃走が必須。

だからこそケンは、ラフィの買い物に付き合いつつ、迷宮都市の道筋をかたっぱしから頭へ叩きこんでいた。

 そんな中、突然ケンの腹の虫が鳴った。


 仄かに感じる香ばしく、上手そうな匂い。

 脇の屋台では塩と香草で焼かれた串焼きの肉が、白い煙が上げながら、芳醇な香りを放っている。

 そんな屋台の肉に後ろ髪を引かれつつ、人気の少ない路地裏へと入ってゆく。


 と、美味そうに感じていた串焼き肉が、ひょっこりケンの目の前へ現れた。


「はい、ケンさん、あーん」


 いつの間にか串焼き肉を買って来たラフィは、荷物を地面へ置き、笑顔を浮かべながらケンへそう促す。


「お、おい、俺リオンじゃねぇぞ?」


 嬉し恥ずかしのケンは反射的にそう云ってしまう。

 するとラフィは首を傾げて、


「いらないんですか? さっきすっごく大きなお腹の音なってましたよ? それじゃ認識阻害している意味無くなりませんか?」

「そ、そりゃ、そうだけど」

「じゃあ食べましょう! 空腹は良くないです!」

「だったら自分で食べるよ」

「物を持って、食べる。二つの行為は認識疎外を弱めると思います。だったそのうち一つはわたしが肩代わりしますから」

「肩代わりって」

「って、ことで……はいケンさん、あーん」

「わ、分かったよ……あーん」」


 認識阻害うんぬんよりも、こうしてラフィに食べさせて貰うことに気恥ずかしさを感じたケンなのだった。


「美味しいですか?」

「あ、おう」

「わたしが作ったものよりも?」

「いや、ラフィが作ったもんの方がもっと旨いよ」

「えへへ、やった!」


 ラフィは凄く嬉しそうに顔を綻ばせた。


「ずるい、僕もぉー!」


 突然、屋根の上からリオンが飛び降りて来て、ラフィの持つ串焼き肉へ飛びかかる。


「リーちゃん、待って!」

「あう!?」


 ラフィが優しい声音で、しかし鋭くそう云うと、リオンは踵を立てて急制動。


「はい、リーちゃん、あーん」

「あーん……もぐ、ふま!」

「リオーン! まてぇー……」


 やや遅れて息も絶え絶えな、マルゴが道の向こうから現れた。


「お疲れ、マルゴ。何か情報は掴めたか?」

「へぇ、そりゃもうばっちり!」


 リオンと共に情報収集をお願いしていたマルゴは、頼もしい返事を返してくる。


「どうやら三日後に、カベルネ城でシャトー家とオーパス家の婚礼があるそうです」

「オーパス家?」

「経済を仕切るのがシャトー家なら、オーパス家はこの世界の統治を担ってる家系でやす。おそらくシャトー家はこれを機に統治にまで手を出そうと考えてるんでしょう。なんで、嫁ちゅう貢物としてムートンが差し出されるようです」

「政略結婚ってやつか」

「へい。恐らく婚礼の儀は、あそこの一番高い塔の上でやると思いやす」


 マルゴは道の果てに僅かに見えるカベルネ城の塔を指した。


「リオン、ムートンはどこに居るか分かったか?」

「もぐもぐ、んー?」

「飲み込んでからで良いから」

「ごっくん……わかんない!」


 カベルネ城へ潜入させていたリオンはきっぱりと答える。


「お城の部屋全部見た! どこもムー居なかった! 匂いも無かった!」

「なるほど」


――となると、ムートンは地下か迷宮のどちらかに幽閉されてんだろうな。


 しかし、危険な迷宮は考えずらい。

恐らく彼女がいるのは、あの悍ましい地下施設の方だと考えられる。

 先日、再び侵入しようとした際、警備は強化され、歩くことさえままならない状況だったことに

合点が行く。


 現状でのムートンの奪還は絶望的。

なら機会は一つしかない。


「なら結婚式を襲うしかないですね?」


 まるでケンの心を読んだかのようにラフィが聞いてきた。


「しかし姉さん、そりゃ危険じゃないですかね? 警備は物凄いことになってるでしょうし」

「でもはっきりとムーさんの居る所が分かるのはその時ぐらいですよね?」

「まぁ、そりゃ、そうですが……兄貴はどう思われます?」

「俺もラフィと同意見だ。そこしかチャンスは無いぜ、きっとな」


 危険は承知の上だった。

だがいたずらに嗅ぎ回って、更にどこかへ隠されるよりは、正面突破を仕掛けて確実に連れ出すのが上策。


――ムートンと約束したんだ。必ず連れ出すって!


 ムートンとの約束を思い出し、ケンの拳に自然と力がこもる。

 するとそんな彼の拳を、ラフィが優しく包み込んだ。


「わたしも手伝います」

「ラフィ……」

「またみんなで一緒にご飯を食べましょ? わたしもやっぱりムーさんがいないのは寂しいです!」

「あう! 僕も僕も! ムーとまた稽古したい! ご飯いっしょ、したい!」


 ラフィとリオンは既にやる気満々だった。


「しかたねぇですねぇ……そいじゃシャトー家の連中に一泡吹かせてやりますか!」


 ためらい気味だったマルゴも同意してくれたようだった。


『俺は力を貸すぐれぇしかできねぇけど、ムートンのためだったら頑張るぜ!』

――ありがとう、アスモ。


 仲間たちの頼もしい声を聞き、ケンは改めて街道の先に見えるシャトー家の城塞:カベルネ城を鋭く睨みつける。



「ムートン、待ってろ。そこからお前を連れだしてやる。必ずな」


 ケンは城のどこかへいるであろうムートンへ聞かせる様に、敢えてそう呟いたのだった。


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