迷宮都市の犠牲者たち
*若干のストレス・残酷展開です。ご注意ください。
世界の三分の一を支配する魔術名家シャトー家。
そこの三女で、仲間だった聖騎士ムートンと再び会うために、シャトー家の本拠地、迷宮都市にあるカベルネ城の地下へ単身潜入したしたケン。
彼は地下施設で、自分と同じように奴隷兵士として”転移転生”させられた人々を横目に、ただひたすらムートンに再会するためだけに、先へと進む。
そんな中、飛び込んだ扉の先に、異様な空間が広がっていた。
まるでかつてケンが現代で生きていたころ、映画などでみたSFじみた、硬質感のある部屋が広がっていた。
その部屋には無数のガラス管が設置され、中は得体のしれない黄緑色をした液体で満たされている。
その中にぼんやりと浮かぶ人影。
――この部屋は一体……?
すると別の扉から杖をもった魔術師が、数人の兵士を引き連れ現れた。
一つのガラス管へ近づくなり杖を掲げると、中を満たしていた黄緑の液体が底部へ吸い込まれる。
鈍色の人間のようなモノ。
硬質感のあるマネキン人形。
そう表現するに相応しい人の形をした何かが現れた。
魔導師の指示を受け、兵士達はガラス管の中から人のようなものを引きずり出し、連れて行く。
気になったケンは、マネキンが引きずられてできた、水の跡を追い、彼らへ続く。
次の部屋では裁縫や板金作業が行われていた。連れ込まれたマネキンは、黒衣を着せられ、
腕へ指先が尖ったガントレットを嵌められた。
ガントレットへ勢いよく金槌が振り落され、腕へ直接釘が打ちこまれる。
「ッ! 嗚呼っ!!」
初めてマネキンが声を発し、身体を震わせた。
しかし兵士達がマネキンを押さえつける。
「不合格!」
魔導師がそう言い放つと、マネキンは膝を突かされた。
兵士が剣を振り落し、鈍色に輝くマネキンの首を切って落とす。
血は流れず、首を失ったマネキンの身体がごろっと床へ転がった。
腕に打ち付けたガントレットが引きはがされた。
「ライン番号34 B1801 ホムンクルス痛覚試験不合格……次!」
魔導師の横で記録を取っていた男が叫び、首を失ったマネキンはどこかへ連れ去られ、
また新しいマネキンが引きずられて同じ行為を受ける。
――ホムンクルス?
『確か錬金術師って連中が作った人造生命体だっけか?』
――ああ、そういえば。
アスモデウスの言葉を聞いて、前の世界で、そんな存在がフィクションの中にいたと思い出す。
「合格」
「ライン番号36番 C1989 ホムンクルス。痛覚試験合格……次!」
腕にガントレットを打ち付けても悲鳴一つ上げなかったホムンクルスは、そのまま黒い鉄兜を被せられた。
見た目はまるで”グリモワールの暗殺者のシャドウ”そのもの。
そして先日、ムートンを連れ帰りに来た、奴隷兵士メイと共に、村へ襲撃をかけてきた忍者もどきであると思い出した。
――ここは通路じゃなさそうだ。他を当たろう。
人の形をしたものが、モノ扱い受ける光景はみていて気持ちの良いものではない。
ケンは踵を返し、ホムンクルスの製造工場を跡にした。
――早くこんなところは抜けてしまおう。
奴隷兵士の召喚場、ホムンクルス製造工場。
全てはこの迷宮都市を成り立たせるための生贄。
もうそんな悍ましい光景などを観たくはないケンは、上階を目指して彷徨い続ける。
やがて回廊の果て、そこは岩肌ばかりのだだっ広い空間だった。
その先には長い階段は上に向かって長く伸びている。
長さから考えて、地上に出られる筈。
ケンが足早に歩きだした時、階段へ一筋の光が差した。
慌てて岩陰に身を潜め、様子を伺う。
階下へ降りてきたのは、背中のマントに、”城塞のエンブレム” すなわちシャトー家の家紋を付けた
魔導師。彼の周辺を全身武装し、ハルバートを持った兵士が守りを固めている。
やがて地鳴りのような音と共に、壁だと思っていた岩肌が、横滑りで開く。
その先にあった暗く暗澹とした闇を浮かべる洞窟から、複数の金音が響き渡った。
装備は既にボロボロ、身体の至る所には生傷が浮かび、息も絶え絶えな様子の兵士と、黒い鉄兜を被ったホムンクルスが、重い足取りで現れた。
頬や首筋に呪印が刻まれていて、彼らが奴隷兵士とホムンクルスの混成パーティーだと一目でわかった。
そんな彼らへ魔導師は愚か、兵士さえも彼らに手を貸そうとはしない。
そればかりか「獲得品を出せ!」と怒鳴りつける始末。
パーティーのリーダーと思しき奴隷兵士が、
無造作に鞄を投げた。
兵士が中身を確認し、魔導師が小さく頷く。
瞬間、奴隷兵士の首が飛んだ。
彼だけではなく、他のメンバーも、そしてホムンクルスでさえ、兵士はハルバートの矛先を突き刺し心臓を潰して、刃を薙ぎ首を落とす。
ごろっと転がった遺体へ、魔導師が手を翳せば、妖艶な炎が彼らをの遺体を包みこみ、駒かな光の粒へと変化させた。
後には小さな数個の宝石が残るだけ。
さっきまで生きていた彼らの痕跡すら残らない。
まるで作業のような光景にケンは激しい怒りを覚えた。
――アエ―シェマンもここまでひどくは無かった。
まるでこれじゃ、本当の道具、消耗品扱いじゃないか!
もう我慢ならなかった。
シャトー家の地下でみた”迷宮都市の犠牲者”達のことを思うと、居ても経っても居られなくなった。
『兄弟、待てよ! 目的を忘れんな! お前はムートンへ会いに来たんだろ!?』
しかし岩陰から飛び出そうとしたケンへ、アスモデウスが静止を促す。
――しかし!
『むかつくのは分かる。魔神の俺様だってこの所業には反吐が出る。だけど、ここで騒ぎを起こせばもう二度とムートンに会えなくなるんだ。分かってるのか?』
ケンは密かに歯噛みし、
「くそっ!」
短く小声でそう云い捨て、【絶対不可視】の力を発動させて、岩影から飛び出した。
放り出されたカバンの中身の確認している兵士を横目に、ケンは走り去る。
――こんなのはいつか終わりにしなきゃならない。
いつか、必ず……!
ケンは魔導士と兵士を睨みつけながら、静かな怒りを胸に階段を駆け上がった。
何重もの扉を潜り抜け、地獄の底から長い階段を駆け上がる。
そして最後の扉を抜けた時、眩い明りが指して、空気の清涼感が増した。
扉の先、そこは色とりどりの花が咲き乱れ、綺麗に整えられている中庭だった。
中央の純白の東屋には談笑する綺麗な格好の男女が幾人も見えた。
彼らの子息であろう子供たちは無邪気に虫を追い回したり、中庭の噴水で水遊びに興じている。
地下と地上の歴然とした差に、ケンは悔しさを募らせ、その場を駆け抜ける。
そして飛び込んだカベルネ城の中も同様だった。
厨房では職人があわただしく豪奢な料理を盛りつけ、また別のところでは老人がロッキングチェアに身を委ね、ゆらりゆらりと読書に深けている。
廊下の壁には幾枚もの立派な絵画が掲げられ、きちんと手入れされた生け花が瑞々しく輝いている。
ここの連中が、地下の真実を理解しているかは定かではない。
しかし地下の現実があるからこそ、底辺の存在が必死にもがいているからこそ、この上の栄華があるのだと、ケンは思い知る。
本心を語るなら、ケンはこの場で今すぐに暴れだしたかった。
自ら地獄の中で勝ち得たレベル100の力、そしてDRアイテム「星廻りの指輪」を使えば、少なくともこの場を大きく混乱させることはできる。
だが、シャトー家の本拠地”カベルネ城”へ忍び込んだのは、全てもう一度”ムートンと再会する”ため。
だからこそここまで怒りを抑えて、”迷宮都市の犠牲者”達を見捨ててここまでやってきた。
――ムートン、どこにいるんだ!?
ケンは時折【絶対不可視】の力を使いつつ、広大なカベルネ城の中で、もう一度会いたい彼女の姿を探し求める。
やがて一つの窓ガラスの前へ立った時、見えた。
向かい側の塔の中。
青いドレスを着て、俯き加減に座っているムートンの姿を。
彼女の背後には、何故か給仕服を着た奴隷兵士のメイが居て、ムートンの髪を櫛で解かしている。
ケンは急いでその場を後にし、向かいの塔へ駆けて行くのだった。




