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迷宮都市


「ここは、なんなんだ……?」


 洞窟を抜け、その先に見えた光景にケンは思わずそう漏らした。


 整然と立ち並ぶ家屋の間を、大勢の人々が往来する街の光景が見下ろせた。

町中にはりめぐらされた幅広い道は、全てその先にある巨大な湖に続いていた。


 道の至るところには炎の魔石を火種とする街灯が立ち並んでいて、そのすべてにはシャトー家を意味する”城砦”の家紋が刺繍された旗が揺らめいている。


 まるで蜘蛛の巣のように得体のしれない金属の骨格が天井を覆っいて、その間はガラスのように透け青空がみえた。


 街の立派な様相だけでも圧巻。

しかしここが”迷宮の中”とケンは思えなかった。


「あの空は魔術で空間を切り取って転移させてるんすよ。実際この上は、モンスターがうじゃうじゃいる迷宮なんですぜ」


 街へ続く断崖を降りる中、マルゴがケンへ説明する。


「モンスターが居ても大丈夫なのか?」

「へい。この序列迷宮の最上階には六位魔神アモンが封印されたDRアイテム”煉獄双剣”ってのがありやしてね。それが代々シャトー家当主の証なんすけど、その魔力で化け物どもの侵入を完全に防いでるって話ですぜ」

「なるほど」

「その上……ま、まぁ、他の守備もあるんっすよ」

「なんだ、急にやめるなよ。気になるじゃんか」

「あーいや、その……他の守備ってのが、その奴隷兵士と、アイツらが開発した迷宮探索用ホムンクルスでしてね……」

「そうか、やっぱりな」


 やはり奴隷兵士は人間扱いされていない。

 目下に見える街の栄華は全て、彼らが上層のモンスターから命がけで守っているからこそ成り立っている。

 ケンは激しい怒りを覚える。

きっとマルゴはケンがそうなることを想定して言い淀んだのだと理解する。


「情報ありがとうマルゴ。助かるよ」

「へ、へぇ……」


 開示された相手の圧倒的な勢力。

それだけ今から自分が挑もうとしている相手が如何に強大であるか感じられる。

だが、ケンの心はその程度で折れたりはしない。

 ただ想いは一つだけ。


”もう一度ムートンに会う。会って話をして、戻ってきてくれるよう説得する”


『マジでムートン、ここの三女なのか? にわかに信じられねぇけど』


魔神のアスモデウスさえも少し気おされ気味なのか、

頭の中で呟く。


――なら尚のこと、実際にあそこへ行って確かめりゃ良いだけだ。


 迷宮都市の立派な街路へ靴底を着けたケンは、その先に見える城砦を睨む。


 全ての道が繋がり、湖上に浮かぶ、禍々しい装飾の施された城。


「あれがシャトー家の本拠地、カベルネ城ですぜ」

「そうか」


 ケンはマルゴの説明に短く答える。


「行くんですかい?」

「ああ」

「お一人で?」

「まぁな。別に攻め込む訳じゃないんだ。一人で十分だよ。マルゴ、宿の確保頼めるか?」

「へい。それでしたら三番街にあるラコストって宿とっときやす」

「頼む」

「ケンさん」


 踵を返すとラフィが心配そうな視線を送っていた。

ケンはそんなラフィの髪をくしゃりと撫でた。


「心配すんな。大丈夫だから。ちょっくらムートンと話してくるからな」

「わかりました。ケンさん、どうかお気をつけて」

「おう。リオン、暫くの間、俺の代わりにラフィを守ってくれよ」

「あう! 僕、ラフィ守る! ケンも気を付ける!」


 リオンも頼もしい声を返してくれた。


「それじゃ行ってくる」

「いってらっしゃい。気を付けて!」


ラフィに見送られケンは一人路地裏へ飛び込んだ。

 膝を深く折って跳ねれば、神代の領域レベル100の力は、ケンの身体をあっという間に建物の屋根の上まで押し上げる。


 目下に見える人の溢れかえっている雑踏を横目に、ケンは屋根から屋根へ飛び移り、風のように先へと進む。

 時折、ケンの存在に気づいて空を見上げる者も居た。

しかし道行く殆どの人は、ケンの早すぎる速度に気づけず、いつもの日常を謳歌している。


 やがてケンの視界に、目いっぱいに広がる広大な湖が映った。

 透き通るような水面の上を、長い石造りの水道橋が走り、迷宮都市とシャトー家の城塞:カベルネ城を繋げていた。


 街と水道橋の接点は高く冷たい鉄門扉で封じられ、鈍色に輝くフルプレートアーマーを着て、

ハルバートを持った衛兵が固く守備を固めている。

 更には水道橋の節々に関門が設けられ、そこも堅い防御が敷かれている。


――さすがに水道橋あそこを通るのはまずいか。


 ならばとケンはそんな鉄壁の防備へ目もくれず、屋根から飛び降りた。

 落下ざまDRアイテム「星回りの指輪」のもう一つの力、【絶対不可視】を発動させた。


 姿は愚か完全に気配さえも遮断するその力の前に、衛兵はおろか、門扉の前で通行許可書を見せていた、商人の馬車列さえ気づかない。


 バシャりと、カベルネ城を取り囲む、小さな水柱に水道橋で警備に当たっていた衛兵が気づく。

しかし”魚か何かが跳ねただけだろう”と興味なさげに、職務へ戻る。


 その時既に、ケンは湖の中を潜航していた。

出立前に万が一にとスキルライブラリから分類しておいた「潜水」のスキルを駆使し、水中を魚のように突き進む。

 やがて水中の橋脚に、鉄格子で塞がれた汲水溝を見つける。

大きさも人一人程度あったので問題はない。

 ケンはすぐさま、スキルウェポン:冷鉄手刀を発動させ、鋭い氷の刃を鉄格子へ一閃させた。

 刃はあっさりと鉄格子を切り裂き、溝へ吸い込まれそうになる。

それを寸前のところで掴んだ。

身体を溝へ滑り込ませるのと同時に、切り裂いた鉄格子を切り口に嵌め、「装備修復」のスキルを発生させる。


 鉄格子の断面が一瞬沸き立ち、切り裂く前と寸分違わぬ、形へ再生された。


――これで城内へ異物が入り込むことは無いな。


 ケンは再生させた鉄格子を両足で蹴って、水の勢いに体を任せた。


 時折現れる突起物や、異物の塊を優雅に避けながら、暗く狭い水路を一定の速度を守ったまま進む。

 暫く進むと、進行方向に光が見え、水面の揺らぎが確認できた。

 念のために体を捻って、水面へ視線を移す。


 揺らめく水面の先にぼんやりと、篝火かがりびのようなものが、一定の周期で動いてみるのが見えた。



――何かあるな。


 ケンは再び【絶対不可視】の力を発動させ、そのまま水路から飛び出す。

 すると、水路を挟んで向こう側には、まるで人魂のようなものが浮かんでいて、一定のコースを辿って移動を繰り返していた。

そんなケンと人魂の間を一匹の羽虫が過る。


 刹那、人魂は熱線のようなものを放ち、羽虫を一瞬で消し炭に変えた。

 しかしケンの存在には気づいていないのか、それ以上熱線を発することはなかった。


――ここはさっさと抜けよう。


 人魂のコースを避け、素早く手前に見えた階段を駆け上がり、その場を後にした。


「はぁ、はぁ、はぁ……さすがにきついな」


 周りに誰の気配も無いことを確認し、ケンは壁にもたれかかり呼吸を落ち着ける。


『そりゃスキルを多用して、おまけに長い時間【絶対不可視】を使ったからな。だけど、こっからが本番だぜ兄弟?』


 そんなアスモデウスの尤もな言葉を聞きながら、小瓶に詰めたハイポーションを一気に煽る。

 肺のつまりが一気に収まって呼吸が安定し、身体から瞬時に倦怠感が抜けた。


――しかしこの分だと【絶対不可視】の多用は危険だな。


 この先、何があるか分からない以上力の温存は必要不可欠。

ケンは息を潜め、しかし素早く石造りの暗い回廊の中を駆け始めた。


「なぁ、あの奴隷兵士勿体なくねぇか? ありゃ結構いい女だぜ?」

「だな。今度兵長にたのんでみっか? あの人、案外好きだって話だしな」

「そりゃいい! でも、あんまし俺、兵長の裸観たくねぇな」

「言えてらぁ」

「あははは!」


 警備の兵士を見つければ路地へ隠れて息を潜め、先へ先へと進んでゆく。

 どうやらここの衛兵はさほど訓練されていないのか、はたまた警備体制に余程の信頼を寄せているのか、あまりピリピリとした空気を感じない。

 恐らくこれが一般の兵士と奴隷兵士の差。


 こっちの人間は呼び出した亡者の魂を酷使し、その後ろで吠えたてるだけ。

 


――この迷宮都市だってそうだ。華やかな生活を謳歌する人々の頭上では、今も奴隷兵士達が命の危険を晒して、戦いに明け暮れている……



 ケンは密かに歯噛みし、怒りに堪えながら兵士達を絶対不可視の力を使って横切る。

そして警備の兵士達が出て来た、扉へ体を滑り込ませた。


 瞬間、湿っぽく陰湿な空気が、ケンの頬を掠める。

彼はこの雰囲気に覚えがあった。


 回廊に立ち並ぶ無数の牢獄。

その中には多様な格好をした男女が、まるで物のように詰め込まれている。

ある者は膝を抱えて憔悴し、またある者は大人しく肩を震わせている。

しかし誰一人として騒ぎ立てたり、暴れだしたりする者はいない。

誰もが見えざる力によって縛られ、牙を抜かれた獣のように大人しくしている。


 そんなケンの目の前で、カッと眩い輝きが迸った。

少し離れた牢獄の前。そこには黒いローブを纏い、杖を携えた三人の魔導士らしき姿があった。

 彼らが放った輝きが収束し、しんと静まり返っていた牢獄に、不安げなざわめきが沸き起こる。


 牢獄の中では様々な格好をした男女が不安や疑問を口にする。

しかし魔導士が杖で鉄格子を強く叩くと、ざわめきがぴたりと止んだ。



「ようこそ異世界へ! ここにいる何人かはそう申し上げれば状況が理解できますな?」


 聞き覚えのある魔導士のセリフ。

牢獄の中の男女が更にざわめき、そして――


 自分が転移転生しょうかんさせられた時と同じような展開は、彼へ苦々しい記憶を掘り起こさせた。

 そしてこれから先、新たに転移転生させられた彼らの行く末が容易に想像でき、怒りがこみ上げてくる。それは魔導士を鋭く睨むといった行為に現れた。


――しかしここで騒ぎを起こすわけには行かない。


 カベルネ城へ忍び込んだのは、奴隷兵士達を助けるためではない。

あくまでここにいるであろうムートンと会うため。

 ケンは理性で沸き起こった怒りを無理やり抑え込み、再び【絶対不可視】の力を使って、魔導士の背後を過る。


――いつか必ず。こんな状況は終わりにしてみせる。だから待っててくれ。


 牢獄の中で絶対服従の証で、最悪な魔法”呪印”の発動に苦しむ、新たな転移転生者しょうかんしゃ達へ憐憫の思いを馳せながら、その場を後にする。


 ケンは目を覆いたくなるような地下の”奴隷兵士の召喚施設”を抜け、回廊を進み、新たな扉へと潜り込むのだった。


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