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旅立ちの決意


「いただきます」

「はい、どうぞ!」


 ラフィの作ってくれた朝食に皆で感謝を捧げた。

 子供たちも、リオンもすっかりこの風習に慣れたようで、ごく当たり前のようにそうしてから食事へ有りつく。


 穏やかで、いつもと変わらないように思える朝食の風景。

 しかし卓の上には誰も食べず、湯気を上げる朝食が一つ。


「ラフィ、また一つ多いぞ?」

「あっ……すみません。リーちゃん、食べる?」

「んー……」


 いつもは腹減らしで、すぐに飛びつくリオンも気のない返事を返すだけ。


「良いよ、俺喰うよ」

「僕食べる」


 リオンは真横の空いたムートンの席から朝食のプレートを引き寄せて食べ始めた。


 いつもと変わらない穏やかな朝食の風景。

しかしケンは胸のどこかにぽっかりと穴が空いたような感覚を得る。

手短に朝食を終えて、顔を洗おうと席を立つと、



『師匠! 朝稽古、お願いします!』



 そんなムートンの元気な声が聞こえた気がした。

だが、その先は空っぽで誰の姿も無い。

寂しさが去来し、あのムートンという少女が自分にとっても、家族にとっても生活の一部になっていたのだと改めて思い知った。


――なんで急に帰ったんだよ、あいつ。


 未だにケンの脳裏には去り際にムートンが浮かべた、憂いに満ちた笑顔が印象深く残っていた。


――もしかすると帰ったのはあいつの本意じゃないんじゃ……?


 昨晩の会話の内容から、ムートンは自らの意思で【シャトー家】を出奔したのは分かる。

だったら何故、彼女はあえてシャトー家に戻るという選択をしたのだろうか?

 あの場面だったらケンの【絶対不可視】の力さえ使えば、切り抜けられた。

しかし彼女はあえて、ケンを制し、帰るという選択をした。

 彼女がケンの力を信じていないはずがない。


――なにかあるのかもしれない。だったら!


 ケンはもう一度ムートンに会いたいと思った。

会って、本音を聞き出したいと思った。

そしてどんな答えが返って来ようと、彼女へ戻ってきて欲しいと伝えたいと思った。

そこから先のことはケン自身もどうしたら良いか分からない。

しかし、今は動くべき時。

そう決意し、ケンは早速踵を蹴った。



 村の北側に設置した平屋上のログハウス。

そこはギルドで得た報酬を生産する事務所件、食料や資料の備蓄庫になっている建物だった。

 扉を開いて、すぐさま本棚へ飛びつく。

 ようやく分類できた【この世界の識字】スキルを使って、背表紙を視線でなぞり、目的のものを探す。


 ギルドの歴史、シャトー家に関する資料、あらゆる書籍や書類を机の上へ積み、何か情報はないかと視線を文字の上へ走らせる。そして分かったのは以下のことだった。



 【シャトー家】

1000年以上も続く、魔術の名家で、勢力としてはこの世界の半分を収めるほど。

迷宮を攻略することで金銭を得る”迷宮経済”の先駆者であるため、500年程前からギルドの総代表を務めている。

塔状の序列六位迷宮アモンの内部を改築した、”迷宮都市”を拠点とし、頂上に存在するDRアイテム「煉獄双剣」の魔力によって管理運営されている。

 代々女系で、現在の当主は1972代ダルマイヤック=シャトー。



――ムートンを迎えに来たメイって奴も、”迷宮都市”って言ってたっけ。


 恐らく、ムートンはそこにいる筈。

しかし未だ、この世界の全容を理解しきれていないケンは、シャトー家の存在する”迷宮都市”がどこに存在するのか良く分からなかった。


「兄貴、こんなとこで何難しい顔してるんですかい?」


 マルゴの声が聞こえ顔を上げる。

 いつの間にか隻眼の男でケンへ最初に恭順したマルゴ、そしてリオンとラフィが居た。


「もしかしてこんなものをお探しじゃありやせんか?」


 マルゴが差し出した羊皮紙の巻物を受け取り、開く。

細かな山のうねや、湖の水深さえもしるされた詳細な地図だった。

その詳細な地図の上には街や村の所在地が描かれている。

その中でもひと際大きく描かれている塔のような建物。


「これがシャトー家が雁首揃えていやがる”迷宮都市”ですぜ」


 ケンの注目を気取り、真っ先にマルゴは塔の絵図を指し示す。


「マルゴ、これって?」

「俺らが何年もかかってこのあたり一帯をしらみつぶしにして調べて作りやした。ここ最近で出来た村は、この兄貴の村ぐらいですから信頼はおけますぜ」

「でもどうしてこれを俺へ……?」

「いや、実はさっき姉さんに頼まれましてね。んでお渡ししようと思ったら兄貴がここへ入ったのをみかけたもんでして、はい」


 自然と視線は瞳に強い決意を現したラフィへ移る。

彼女は小さく、しかし力強く頷く。


「ケンさん、わたしもう一度ムーさんに会いたいです! 会ってきちんと、どうして居なくなっちゃったのかお話がしたいです!」

「僕も! ムーと話、したい! 寂しい!」


 ラフィもリオンもどうやらケンと同じ思いだったと気づき、安堵する。

 ケンは立ち上がり、そして二人の頭を撫でた。


「ああ、そうだな。そうしよう」

「はい! それにこの間、ムーさんのお家でケンさんが何をなさっていたのかも聞いてませんからね?」

「ぐっ、あ、あれは、だから事故だって! 俺はただ……」

「だったら尚のことケンさんとムーさんとお話を聞かないとだめですね。ねっ、リーちゃんもそう思うよね?」

「あう! ケンとムーから話聞く」

「お前等なぁ……」


『俺もきちんと説明しといた方が良いと思うぜ兄弟。ひひっ』


アスモデウスの声が頭に響き、


――お前、実はこの状況楽しんでんだろ?


『良いじゃねぇか、修羅場。嬢ちゃんにはわりぃけど、俺様はムートン派だからな。

お前とムートンがそういう関係になりゃ、俺様だって楽しめるし一石二鳥!』


 未だムートンとのことを諦めていないアスモデウスに、

ケンは内心で苦笑いを浮かべる。


「それじゃ早速出発としますか」

「いや、兄貴それが、一つ問題があるんですわ」


 善は急げと、ケンはこえを上げるが、

そこへマルゴが水を差す。


「問題?」

「へい。迷宮都市へ行くのはこの地図を使えば簡単です。しかし、あそこに入るにゃ、シャトー家の許可が必要なんすよ。まっ、許可自体は、兄貴”ブラッククラス”ですから、迷宮攻略とか、ギルド訪問、なんてことにすりゃ簡単におりますがね」

「なるほど……」


 目的はあくまでシャトー家に帰ったムートンと再び会うことが。

もし許可を取り付ければ、ギルドの後援のシャトー家に存在を感づかれれて、

動きが取りずらくなる。

 だからこそ”ブラッククラス”の威光は安易に使うべきではない。


――ならば、どうしたら?


「あう! 良い方法、ある!」


 その時リオンが声を上げ、地図の一角の山を指し示す。


「ここに殆どの人知らない、アモン迷宮の枝洞ある! そこから行く!」

「そういや、迷宮都市の地下水脈は、いくつかの枝洞と繋がってるって話がありやしたね……ここを使ってひっそりと、迷宮都市へ忍び込む……流石はリオンだ」

「あう! えへへ」


 マルゴに褒められ、リオンは嬉しそうに子供っぽい笑顔を浮かべた。


「今回は俺も同行させて貰いますぜ、兄貴。実は俺、迷宮都市の出身なんっすよ。道案内はお任せくだせぇ」

「分かった。頼りにしてるぞ、マルゴ」

「へい!」


 ケンとマルゴは固い握手を交わす。


――待っていろ、ムートン。必ず会いに行くからな。



●●●



そして数日後。



「それじゃあ暫くの間、子供たちのこと頼んだぞ」

「へい! お任せください!」


 ケンの言葉にまるで少年のようにみえるマルゴ一家のゴロツキの一人、

ジェスが元気よく受け答えた。

 幼い見た目ながらマルゴ一家では副リーダー格として、普段からマルゴの補佐を務めている。


「もし献立に困ったら精算所の机の上に置いてある巻物をみてください。いくつかレシピを書いておきましたからね」


 ラフィへ胸を張って「助かります、姉さん!」とジェスは返す。

彼は料理の腕も立つらしく、頻繁にラフィの炊事を手伝っているのだという。

 これほどまで村を留守にする間、子供たちのことを任せられる存在はいない。


 彼がいるからこそケンは心置きなく旅立てる。

 序列六位迷宮アモンを改造して造られた迷宮都市。

そこにはこの世界の三分の一を支配する”シャトー家”の居城がある。

そしてシャトー家の三女だったムートンは、恐らくそこへ戻っている筈。


――迷宮都市へ行ってもう一度ムートンと話をする。

その上で戻ってきてくれるよう説得する。


 ケンは今回の迷宮都市への旅立ちの意図を再確認する。

そんなケンのズボンの裾を、孤児の少年が摘まんで引いた。


「ケン兄ちゃん、俺のせいでムー姉ちゃんは……」


 先日、シャトー家からの使者【奴隷兵士:メイ】に捕らえられていたラスは、どうやら自分のせいでムートンがどこかへ行ってしまったのだと感じているらしい。

 そんな今にでも泣き出しそうな彼へ屈みこんだケンは、大きな手で髪をくしゃりと撫で、にかっと笑顔を浮かべてみせる。


「ラス、おめぇのせいじゃねぇよ。気にすんな」

「でも……」

「だったらアイツが戻ってきたら聞いてみな。あの時のお前のせいでムートンの奴が帰るって決めたのかをな」

「……うん」

「絶対にアイツを連れ帰ってくるから。それでもう一度お前と話しさせてやっから。だから俺たちがムートンを連れ帰るまでジェスやマルゴ一家の云うこと聞いて大人しく待ってるんだぞ? 良いな?」


 ケンが優しく、そして力強くそういうと、ラス少年の淀んだ瞳に輝きが戻った。


「うん、分かった! ケン兄ちゃん、必ずムー姉ちゃんを連れて帰ってきて!」

「おう、任せな!」


 ラス少年に約束をし立ち上がって踵を返した。


 ラフィ、リオン、そしてマルゴが決意に満ちた顔つきで、首肯を返してくる。


「行くぞ!」

「はい!」

「あう!」

「へい!」


 ケンが歩みだし、仲間たちが続く。

森を切り開いて作った村を出るまで、ケンの背中にはマルゴ一家と子供たちの声援が響き続けるのだった。


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