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迷宮都市からの使者


――来るッ!


 殺気を感じたケンはその場から飛び退いた。

 忍者の鍵爪バグナグが鋭い音と共に空を切る。


「おらっ!」

「ッ!?」


 ケンの拳は忍者の腹を殴打しあっさりと吹っ飛ばす。

が、今度は音も無く左右に現れた忍者が鎖を放ちケンの両腕を拘束。


「こんなもの!」


 しかしケンが腕ごと鎖を思い切り引けば、逆に忍者は引き寄せられ、地面に叩きつけられた。


「はいぃっ!」


 ラフィの鮮やかな蹴り技も忍者をことごとくなぎ倒し、


「あうあっ!」


 リオンのショートソードによる鋭い斬撃は、敵の黒装束を引き裂き、倒す。


「兄貴! ガキどもは任せてくだせぇ! おめぇら密集体形だ!」

「「「おっす!」」」


 マルゴを筆頭とするゴロツキ達は、村で保護している孤児たちを囲み、外へそれぞれの武器を構え、守る。


――これで心置きなく戦える!


「まとめて消し飛べ! 飛翔針砲ニードルミサイル!」


 針のミサイルは次々と現れては、忍者を捉え、爆発し、吹っ飛ばす。


 だが忍者は悲鳴は愚か、声一つも発さず、身体から蒸気を上げながら立ち上がり、再び襲い掛かってきた。


――打たれても向かってくる。

そこだけはグリモワ―ルのシャドウにそっくりだな。


 唯一の類似点。

しかし、実力は至高のブラッククラスには到底及んでいない。

 黒装束の集団はケン率いる”黒皇ブラックキング一派”へ成すがまま、成されるがまま蹂躙される。

 そんな中、ケンの脇を妖艶な輝きを放つ魔力由来の糸が過ぎった。


「きゃっ!?」


 糸に絡め取られたムートンは、忍者集団のところまで引き寄せられ、拘束される。


「ムートン!」

「ケンさん、ムーさんを!」

「ケン、行く!」


 ラフィとリオンに後押しされ、ケンはムートンへ向かって飛ぶ。

 が、行く手を忍者集団が塞いだ。


「どけぇ!」


 ケンは金属のように固い忍者の体を殴り飛ばし、道を切り開く。

しかし次々と湧いて出てくる忍者のせいでなかなか前へ進めない。


「ご安心を師匠! 来い、エール! ダルジャン!」


 忍者に拘束されたムートンが叫びを上げる。

刹那、彼女の頭上へ DRデビルレアに次ぐLRレジェンドレアアイテム、二振りの宝剣「エール」と「ダルジャン」が転移してきた。

 宝剣はまるで自分の意思を持っているかのように飛翔し、ムートンを縛る魔力の糸を切り裂く。

同時に彼女を拘束していた忍者はおしなべて退けられた。

 そして二振りの宝剣は、吸い付くようにムートンの手へ収まった。


聖鎧装着キャスト・オン!」


 ムートンの短な祈りが彼女を聖騎士たらしめん青く立派で重厚な鎧を身にまとわせる。

 荘厳で、圧倒的な、聖騎士としての気迫が周囲の空気を席巻する。


 しかし忍者集団は恐れをなすことなく、果敢にも聖騎士となったムートンへ鋭い鉈爪を振り落とす。


「くっ!?」


 複数で迫った忍者の鉈爪をムートンは二振りの宝剣でギリギリ受け止めた。


「おらぁっ!」


 ケンは黒い風のように大地を疾駆する。

 目にも止まらぬ速さで拳や蹴りを放ち、ムートンへ群がっていた忍者を全て突き飛ばした。


「助かりました師匠! ありがとうございます!」

「良いってことよ。行くぜ、愛弟子!」

「はい、師匠!」


 ケンとムートンは背中合わせに構え、全周囲を占める忍者集団を睨めつける。


「――ッ?」


 肌を撫でる空気が瞬時に鋭さを増した。

 咄嗟にケンは腕へ研ぎ澄まされた刀剣のような氷をまとわせる、スキルウェポン:冷鉄手刀を発動させ、脇へ薙ぐ。

 闇の中で刀身が赤く輝く”苦無クナイ”とぶつかり合い、氷の刃が蒸気を上げて僅かに溶解していた。


しかし力は拮抗状態。


ケンと襲撃者は示し合わせたように互いに刃を引いて距離を置く。


「てめぇ、何者だ?」


 ケンの目の前にいたのは栗毛色の髪を短く切りそろえたを鋭い目つきの女戦士へ問う。


「……」


しかし女戦士は鋭い殺気を放ったまま一言も発しない。


 しなやかで引き締まった体へ、忍者のような衣装が感じられる紫色の軽装鎧を装着した女戦士。

 まるで”くノ一”を彷彿とさせる彼女は逆手に持った苦無のような武器を手に、ケンへ再接近を図り、闇へ赤い軌跡を刻む。


が、既に見切っていたケンは、苦無の斬撃を氷の刃であっさりと弾いた。

しかし次の瞬間にはもう、くノ一は素早く二撃目を繰り出していた。

やや遅れて、ケンは受け、防ぐ。


――やるな、こいつ! 熟練者エースだ!


 そう判断したケンは気持ちを更に引き締め、くノ一へ立ち向かう。


 赤く輝く苦無と、凍てつく鋭い氷の刃の打ち合いが延々と繰り返される。

 確かにくノ一の斬撃は素早く、他の忍者とは一線を画している。

 だが軌道の癖は次第に紐解かれ、氷の刃は未来予測のように苦無の刃を受け止める。


「そこだ!」

「――ッ!?」


 氷の刃をくノ一へ一閃させた。

だが、浅い。

 胸の鎧に深い傷が刻まれ崩れ落ちたが、その下にあった”呪印”が刻まれた胸元は無傷だった。


「奴隷兵士か。誰の差し金だ?」


 距離を置いたくノ一へ問う。

しかしくノ一は答えることなく飛んだ。

夜空に浮かぶ衛星の輝きを背景に、高く飛翔したくノ一は、腰元から数本の苦無を指の間へ指し、まとめて放った。


 ケンは氷の刃を構え迎撃態勢を取る。

しかし苦無はケンの横を鋭く過るのみ。


「なっ!?」


 次の瞬間、身体が石のように動かなくなる。

 ケンの影へ落とされた苦無の刃が真っ赤な魔力由来の輝きを放っている。


『影縫い!? こいつホントに忍者じゃねぇかよ!』

――驚いてる間があったら何とかしろ、アスモ!

『お、おう!』


 星廻りの指輪が妖艶な輝きを放ち、影に突き刺さった苦無から魔力を吸い出し始める。

身体の硬直が引いて行くが、目前には既に苦無を構える女の姿が。


 一撃を貰うつもりでケンは身構える。

しかし苦無がケンを切り裂くことはなかった。

 ケンの目前では蒼髪が夜風に揺れ靡き、立派な二振りの宝剣は女戦士の真っ赤な苦無を受け止めている。


「ほう、このタイミングで割って入ってくるとは。その判断力と素早さ、かつての比ではありませんね?」


 くノ一はここにきて初めて、凛然とした声を放った。


「つあぁっ!」


ムートンはくノ一に答えず、思い切り宝剣を押し込んだ。

くノ一の体勢が大きく揺らぐ。

だがつま先で数回地面を浅く飛び、体勢を整えたくノ一は、後ろへ弧を描いて、何事も無かったかのように着地した。


「気迫も力も十分。ただ”迷宮都市外”で遊んでいた訳ではないようですね」


 くノ一はまるで知った仲のようにムートンを評する。


「……」


 しかしムートンはそれでも黙ったまま宝剣を構え直した。


「こいつらお前の知り合いか?」


 影縫いの魔法から解放されたケンはムートンへ並び、問う。


「……」


 ムートンは表情を強張らせたまま一切構えを解かない。


「ムートン?」

「控えろ! 例え史上六番目のブラッククラスであろうと御身に気安くお声がけするなど言語道断!」


その時、突然女戦士が怒りを感じさせる声を上げた。


「そのお方をどなたと心得る! 恐れ多くも1972代シャトー家当主ダルマイヤック=シャトーが三女、ムートン=シャトー様であらせられるぞ!」

「シャトー家だと!?」


 女戦士は高らかと口上を聞き、ケンの胸中へ衝撃が走る。


「本当なのか!?」


 しかしムートンはケンに応えることなく、

一歩前へ踏み出した。


「黙れ、メイ! その名は当の昔に捨てた! 私は聖騎士のムートン! 黒皇ブラックキングケン=スガワラ殿の一番弟子で、ありふれた冒険者の一人だ!」


 が、ムートンの叫びを受けても、くノ一:メイは一切動じた素振りを見せない。


「お嬢様、例え貴方がそう思われようと御身に流れるシャトー家の血と運命には抗えません」

「黙れ!」

「シャトー家の血族として、やがては我らが”迷宮都市”を、いえ、この世界を統べるが定め!」

「黙れッ!」

「貴方の外での冒険譚はこれにて結末。さぁ、ご当主様が、ダルマイヤック様がお待ちです。どうか穏便に御帰還を!」

「黙れぇぇぇ!」

「おい、待て!?」


 ケンの静止も受け付けず、ムートンは、メイへ切りかかる。

 勢い任せの宝剣は盛大に空振り、その隙にメイはムートンの懐へ潜り込んだ。


「身のこなし、勢いは良し。しかし当たらねば意味はない!」

「うわっ!?」


 メイの掌底がムートンの腹を打ち、弾くように吹っ飛ばす。

 瞬時に飛んだケンはムートンを抱き留める。

 踵が地面へ深く、長い溝を刻み、ようやく制動することができた。


「大丈夫か?」

「う、くっ……は、はい。ありがとうございます」


 ムートンはケンへ振り返ることなく、そっと彼から離れた。


「どうやら大人しくは御帰還願えないようですね」


 メイが指を鳴らす。

すると彼女の脇へ黒装束の忍者が現れた。

忍者の腕の中では、村の子供の一人が項垂れ、首筋には鍵爪の鋭い刃が押し当てられている。


「メイ! 貴様!」

「お嬢様、どうかご帰還のご決断を。さもなくばこの子供の命を頂きます」

「くっ……」


 ムートンは歯噛みし、メイを睨む。

そんな彼女の横で、ケンは【絶対不可視】の力を発動すべくタイミングを伺う。

そんなケンの手を、ムートンがそっと取った。


「……?」

「もう、良いですよ師匠。これ以上、皆さんにご迷惑をかけらません」


ムートンは踵を返した。


「わかったよ、帰るよ! それで良いんだろ、メイ!」


 ムートンの手から宝剣「エール」と「ダルジャン」が消失し、先ほどまで放たれていた気迫が消失する。

 彼女はメイへ向かって歩き出す。その背中にケンは嫌な予感を感じた。


「ムートン!」


 思わず彼女の名前を呼ぶ。

すると彼女は振り返り、


「師匠、これまで大変お世話になりました。貴方がたのことは決して忘れません。ラフィやリオンちゃん、マルゴさん達によろしくお伝えください」

「お前、世話って……」

「どうかお元気で……さようなら」


 頭を上げたムートンは再び歩き出す。


「その子を、ラスをを離して」

 

 ムートンの要請に、メイは部下の忍者へ目配せをする。

忍者は気を失っていた子供をそっと地面へ下ろした。


「無礼お詫びいたします、お嬢様」

「良いよ、そういうの。それに謝るのはラスの方にでしょ?」

「はっ、仰る通りです。申し訳ございません」

「まぁ、良いや……でもどうして今更私なんかを? 母上は私を勘当した筈でしょ?」

「オーパス家との縁談がまとまったとのことです。ただ条件として花婿のワン様がどうしてもお嬢様でなければと仰られまして」

「ああ、そういうこと……はぁ……」

「お嬢様」

「分かってるよ。それが私へ与えられた役目なんでしょ?」

「ご理解いただき恐縮です」

「はいはい……さっさと連れてってよ、もう」

「ムートンッ!」


 ケンは再び彼女の名前を叫んだ。

ここで声上げなければならない。

そう思った結果だった。

 しかしムートンは苦笑いを浮かべ、

軽い会釈をしただけで、それっきりケンへ振り返ることはなかった。


 ムートンは女戦士:メイに付き添われ、森の奥へと消えて行く。

襲撃者である忍者も次々とその場を後にし、村へは夜の静けさが戻るのだった。


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