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史上初のブラッククラス


「今回の報酬じゃ」


 人の良さそうな道具屋の初老のおやじさんからケンは袋一杯の金貨を受け取る。


「ありがとう。いつも悪いな」


 と、そのまま脇のマルゴへ袋を渡す。

おやじさんは目を丸くした。


「数えないのかい?」

「おやじさんのことは信頼してんだ。んなことするかよ」

「ほほ! 相変わらず気持ちの良い男だのぉ! あんたのお陰でこっちも大助かりじゃ」

「受けた恩はきっちり返す。俺の主義でね」


 かつて奴隷兵士から解放されたばかりの頃、ケンはこの道具屋の店主の正しい取引のお陰で、

ギルドへの登録を果たすことができた。

 それ以来、何かにつけてはケンはこのおやじさんのことを、頼りにしているのだった。


「しかしまぁ、こんなにも立派なベヒーモスの角を、あっさりと。今のアンタじゃ、序列迷宮の攻略ぐらい朝飯前なんじゃないかね? なんでこんな仕事ばかりしてるんだい?」

「まぁ、色々思うところがあってな」


 未だケンの胸の中には、序列迷宮を攻略して回っていた、至高のブラッククラスパーティー:【グリモワール】のことがあった。

 己の名誉と栄光を守るためだけに、他人を犠牲にして、アイテムを回収していた彼ら、グリモワール。

 ”最強”を誇示するためだけに蛮行へ及んでいた彼らはケンの逆鱗に触れ、今は存在していない。


 最もそれはケン達だけが知っている彼らの末路だった。

巷ではどこかの迷宮へ潜り、未だにDRアイテムの獲得に躍起になっている、とのことになっている。


――もしかすると俺もあいつらと同じになっちまうかもしれない。


 ”最強”という座。

その響きと感覚は確かに格別なものだった。

 周りからの羨望と、賞賛。

 自制しようとは思いつつも、どこかそれをずっと保持していたい自分自身はいるのは確かだった。

今以上にDRアイテムを所持すれば、自分の”最強”の座は更に盤石となる。

 だが、そのために蛮行へ走るなどもっての外。


――だから俺は決してこれ以上はDRアイテムを求めないんだ。俺は、俺にしかできないことを、迷宮攻略以外で成す。ただそれだけだ。


「それじゃ、またよろしく頼むね」


 おやじさんは馬車へ乗り込み、馬へ前進を促す。

荷車に積まれた巨大な”ベヒーモスの角”はトコトコ馬車に揺られて、ケンの村を去って行った。


「うひょー! こりゃまた結構な稼ぎですぜ、兄貴!」


 脇のマルゴは袋の中身を見て思わず声を漏らす。


「流石は黒皇ブラックキング! 白閃光ホワイトグリントと対を成すブラッククラスの兄貴でやすね!」

「んったく、この間から周りが妙な名前で呼んでたのってそういうことかよ」

「二つ名が付くって名誉なことですぜ!」

「対ってことは、その”白閃光ホワイトグリントってのが史上初めてのブラッククラスなのか?」

「おっ? 良くわかりやしたね。流石は兄貴!」

「アイス姉妹、ウィンド、シャドウと続いて俺で六番目なんだろ? 数かぞえられりゃ分かるって」

「おみそれしやした。で、少し気になりやすかい? 白閃光のこと?」

「一応な」


 マルゴの話によると――


 史上初のブラッククラス【白閃光ホワイトグリント】、

本名は「ミキオ=マツカタ」という人物らしい。


 奴隷兵士として転移転生させられた彼は、第七十一位迷宮ダンタリオンを攻略し、みごとDRアイテムを持ち帰ったと言う。


 最もその逸話はこの世界では数百年も前のこと。

 新たに創設された至高のブラッククラスを拝命して以降、彼の姿を見たものは無く、そのため伝説の人物と化していた。


そんな逸話があったからこそ、数百年ぶりに迷宮を攻略し、DRアイテムを持ち帰った【グリモワール】がもてはやされる一因になっていた。


 しかしケンが興味を抱いたのは、別の点だった。


――まさか数百年も前から奴隷兵士が存在していただなんて……


 自分の周りだけでも数百人の奴隷兵士が死んでいる。

その歴史が長いと言うことは、この世界はそんな彼らの犠牲の上に成り立っていると言っても過言ではない。

 大事な人が生まれ、そして生きている世界。

同時に嫌悪する世界であるとも感じ、不快感を抱く。


「いやぁーッ!」


しかし沸き起こった不快感は、勇ましく、そして清々しい掛け声に吹き飛ばされた。


 ケンの視線の先、そこでは聖騎士の鎧を身に纏ったムートンが、

蒼い髪を靡かせていた。

二振りの宝剣を模した木製の模造刀で、激しく打ち込まれる。


「遅い!」


 対するリオンはひらりと宙へ飛んだ。

相変わらず空振る模造刀。

 リオンはムートンの背後へ回り

腰から模造品の短剣を抜いて切りかかる。


「甘いッ!」


が、ムートンは踵を返すのと同時に剣の片方を掲げて、リオンの一撃を防いでいた。


――防御は完璧だし、身のこなしだって良い具合なのになんで攻撃だけが当たらないんだ?


 改めて注意深くムートンの動きを観察してみる。

すると、あることに気が付く。


――あいつ、目瞑ってるじゃねぇか。


「それっ! ……ああ、もう!」


 ムートンは普段は誰かと対峙している時、視線を一切外さない。

注意深く観察していることが良くわかるし、だからこそあの完璧な防御と身のこなしがあると思う。


「今度こそ!」


 だが剣を打ち込む僅かな瞬間、彼女自身も気づいていないのか、目を閉じていた。

だから狙いが付かず、攻撃が大幅に外れてしまっている。


「二人とも、一旦止めだ!」


 ケンが声を上げると、リオンは動きを止めた。

ムートンは肩で息をしながら地面へ膝を突く。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

「ムートン、ちょっと良いか?」

「……」

「おい」

「あ、はい! なんでしょうか?」


 ここ最近、ムートンの様子がおかしいとケンは感じていた。

はっきりとは言えないが、どこか歯切れの悪さと、距離感を感じてならない。

 原因と言えば、思いつくのは自分が奴隷兵士だったということが知られたこと。

それが原因なのだろうか?

 やはりムートンも所詮、こっちの世界の人間でしかなく、奴隷兵士を自分よりも下に見ているのだろうか?


――そうだったらなんか寂しいな。


 そうは考えど、ケンはムートンがそんな人間とは思えなかった。

それは単にケンがそうであって欲しいと信じているだけなのか、否か。


「なぁ、ムートン、お前の動きを見て思ったんだけど……」


 考えを悟られないよういつもの調子で言葉を舌に乗せる。


「はい。ご指摘、下さい」


 声はいつもの調子だが、

やはりムートンの視線はケンへ定まっていなかった。


「お前、攻撃の時なんで目を閉じるんだ?」

「えっ? 私、そんなことしてるんですか?」

「ああ。だから相手を捉えていても、寸前のところで狙いが外れちまうんだ。その癖を治せば、当たるようになるかもしれないぞ? って、聞いているかお前?」

「あ、えっと、はい……すみません、聞いてます」


 やはりどこか歯切れが悪かった。

しかしムートンは立ち上がって、剣を構える。


「やってみます。ご教授ありがとうございます」

「お、おう……」


 ケンはひとまずムートンから離れた。

彼女は二振りの模造剣を構え直し、


「リオンちゃん、もう一本お願い!」

「あう!」


 数拍の間を置いて再びムートンとリオンの対峙が始まった。


「あう! やぁ! あう!」


 リオンは素早い動作で模造品のショートソードを振り回す。

ランダムなようで一定のリズムのあるリオンの斬撃は、みるも鮮やかで、思わず感嘆の声を漏らしてしまう程。


 しかしムートンはリーチで優れる模造剣を活かし、時には受け止め、時には流し、リオンの攻撃を防いでいる。

 いつまでも続くように見えたリオンとムートンの攻防。

 だがリオンの斬撃の間に、ムートンは僅かな隙をみつけたのか、模造剣を振り上げた。


「せいっ!」

「あうっ!?」


 リオンの手から模造剣が弾かれ宙を舞い、がらっと胴が晒された。

 その隙を付き、ムートンは模造剣を横へ凪ぐ。

 瞬時に体勢を立て直したリオンは、一歩身を引く。


 ムートンの模造剣がヒュンと空気を引き裂き、鮮やかな軌跡を描く。

 しかしそれだけ。

 その瞳はケンが指摘した通り、今回も閉じられていた。


「あうあッ!」

「うわ――ッ!?」


 瞬時にムートンの懐へ潜りこんだリオンが、彼女の鎧へ深く拳を打ち付けふっとばす。

 リオンよりも背の大きいムートンが綺麗な弧を描いて、軽々と宙を舞っていた。

 そんな彼女の落下予測地点にある大岩が先端の棘を鋭く光らせている。


 まずい、と判断したケンは飛んだ。

 大岩へ直撃の寸前、彼女の肩を抱き、受け止め再び地面へ舞い戻る。


「おい、ムートン! しっかりしろよ、おい!」

「ううっ……」


 返事は僅か。

 どうやらリオンに思いきり吹っ飛ばされたことで目を回しているようだった。


「ムー、大丈夫!? やり過ぎた、ごめん!」


 焦ったリオンが駆け寄ってくる。


「大丈夫だ。ラフィ呼んできてくれるか?」

「あう!」


 リオンはくるりと踵を返して、家で洗濯をしているラフィのところへ駆けて行く。


 気を失ってしまったのか、ムートンはケンの腕の中でピクリとも動かなくなったのだった。

 

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