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魔術名家シャトー家


「どけぇー! 吹っ飛ばされたくなかったら道を開けろぉー!」


 ケンは素早く先行しながら叫ぶ。

 気圧された奴隷兵士スレイブソルジャー達は次々と退く。

ケン達の前にはまっすぐな一本道ができあがり、彼らはそこを疾駆する。


「グオッ……?」


 ケンの気配を気取ってか、ベヒーモスが唸りを上げながら、獰猛な視線を向けて来た。


「リオン!」

「あう! 爆破矢ヘルファイヤ!」


 ケンの肩を借りて飛んだリオンは、やじりが接触することで爆発する弓術を放つ。

 角に接触した矢は盛大な爆発を起こしベヒーモスの頭部を緑の爆炎が包んだ。

 だが、ベヒーモスは一瞬怯んだものの、眼光の鋭さは変わらない。


「はいぃっ!」

「グガッ!?」


 次いでラフィが勇ましい声を上げながら飛び出し、蜻蛉宙返サマーソルトの蹴りを放った。

 顎に直撃を喰らったベヒーモスの牙が巨大な口の中で砕けた。


「ムーさん! 練習通りに!」

「わかった! 練習通りにやれば大丈夫……練習通りにやれば大丈夫……! とりゃぁー!」


 二振りの宝剣を携えたムートンが飛んだ。


「これでぇぇぇっ! って、あれ!?」


 しかし勢いよく振り落とした宝剣はベヒーモスの角を捉えず空振り。


「グオォォォっ!」

「うわっ!」


 怒り狂ったベヒーモスは首を振り、巨大な角でムートンを弾き飛ばす。

 ムートンは豪速球のように吹っ飛ばされ、まっすぐと迷宮の岩壁へ向かって行く。


「おっと!」


 しかし激突寸前、飛び出したケンが背後へ回ってムートンを受け止めた。


「んったく、外すなよ」

「すみません……」

「帰ったらまた稽古だ。良いな?」

「また厳しくお願いします。ううっ、情けない……」

「あんまし気にすんな」

「兄貴っ! 前ッ!」


 マルゴの声で我へ帰ると、角を突き出したベヒーモスの姿がみえた。

巨体から想像できない素早さで、砂塵を巻き上げなら、猛然と迫る。

 足元のマルゴが必死に火属性の魔力の籠った爆弾を投げつけているが、ベヒーモスの勢いは止まらない。


「プロテクトシルト!」


 しかし接触寸前、ムートンの蒼い障壁が巨大な角を押しとどめる。


「くっ……師匠、お願いします!」

「お願いされた!」


 ムートンの肩を借りて、ケンは飛ぶ。

 目下にベヒーモスの巨大な背中を収める。


「貫け! 飛翔針砲ニードルミサイル!」


 先端に光属性の発破力を宿した無数の針が、底部から炎を放って、”ミサイル”のようにベヒーモスの背中へ向かう。

 無数の爆発が起こるが、それだけ。

目立った損害は皆無だった。


「だったら!」


 ケンは弧を描いて地面へ戻る最中光の熱で相手を焼き払う、

スキルウェポン【破壊閃光フラッシュブレーカー】を放った。

 破壊の閃光は最深部エリアを真昼のように明るく照らしながら、まっすぐとベヒーモスへ接近。

 しかしベヒーモスの体表に浮かんだ、魔方陣のシルエットが渦を巻く光の閃光を一瞬で霧散させた。


――対魔法障壁。なるほど、リオンの爆破矢ヘルファイヤが効かなくて、

ラフィの蹴りが有効だったのはそういうことか!


「グガオォォォン!」


 顎を砕かれた痛みからなのか、ベヒーモスは壮絶な咆哮を上げながら、最深部エリアを石柱のように太い足で踏み荒らす。


 辛うじてラフィの蹴りは効いているが、リオンの矢は魔法障壁に阻まれて殆ど効果を見せない。


「もう一度、それ! ……ああ、もう!」


 再び宝剣を振ったムートンだったが、またしても空振りだった。


 ベヒーモスの蹂躙は収まらず、最深部エリアは混乱に見舞われていた。


――久々にアレを使うか。

『そうさ、こういう時の【スキルライブラリ】だろ?』

――だな! しかしあの図体だ。アスモ、バックアップ頼む。

『おうよ! やったれ、兄弟!』


 ケンはムートンのところまで飛んだ。


「なんで練習通りにできないんだよ、私ってもう……!」

「ムートン、手を貸せ!」

「師匠? 私の、ですか?」

「ああそうだ、今回もお前の力が必要だ。頼む」


 ケンの言葉を受け、

しょげていたムートンの瞳に力が戻った。


「はい! ”ロットシルト”を撃てば、良いんですよね?」

「お前、ホントに良い弟子だぜ。ただ絶対に他の兵士ソルジャー達は巻き込むなよ?」

「当てられないのは得意ですから!」

「ド阿保。そこを自慢すんじゃねぇ」

「あはは、すみません」

「それじゃ頼んだぞ!」

「はい!」


 ムートンと示し合わせたケンはムートンから距離を置く。


「すぅー……はぁー……ッ!」


 二振りの宝剣、LRレジェンドレアアイテム「エール」と「ダルジャン」を構えた。

ムートンの鎧が蒼く煌めき、宝剣へ力が注がれてゆく。


「さぁ、行くぞベヒーモス! これが我が全力! 必殺の、ロットシルトォォォッ!」


 振り落とされた二振りの宝剣から、収束しきった蒼い魔力が放たれた。

 盾の形をするソレは、地面を抉り、壮絶な光を放ちながら突き進む。

 そして予定通り、誰もいないところで壁にぶつかって爆発する。

 が、ベヒーモスは一瞬そちらへ意識を移した。

蹂躙が一時止み、最深部エリアが静寂に包まれる。


 その隙にケンは飛びベヒーモスの背中へタッチした。


――スキルライブラリ サーチ 発動!


 瞬間、ケンの指嵌るDRデビルレアアイテム「星廻りの指輪」がベヒーモスを読み込み、知識を収束させ始めた。

 巨体の持つ情報量は多く、若干脳が圧迫される感覚を得る。


『手伝うぜ!』


 しかし丁度良いところで「星廻りの指輪」に宿る、序列三十二位の魔神:アスモデウスのバックアップが入った。

 膨大なベヒーモスの情報は、アスモデウスのバックアップによって分散し、脳への負担が引き潮のように収まる。



●スキルライブラリ提示:壁召喚サモンウォール



「なるほど、面白れぇ!」


 舌で唇を濡らしたケンは、再び動き出そうとしていたベヒーモスを見上げる。

するとケンの視線に気づいたベヒーモスが前足を蹴った。


壁召喚サモンウォール!」


 探りたてのスキルを発動させると、まるで分厚いコンクリートのような壁がベヒーモスの行く手を塞ぐ。


「グオッ!」


 激突しまいと、ベヒーモスは素早く反転をする。

するとその先に新たな壁が現れ、ベヒーモスの行く手を塞いだ。

 分厚い壁が次々と現れ、ベヒーモスの周囲を取り囲む。

 出来上がったソレは、謂わば壁で取り囲まれた闘技場コロシアム

その中でベヒーモスは中で暴れまわり、壁を砕く。

だがすぐに新しい壁が現れるため、包囲は解けず。


 そんなベヒーモスのいる壁の向こう側へケンは降り立った。


「よぉ、デカぶつ。ここで二人、ゆっくり楽しむとしようぜ」

「グオォォォッ!」


 怒り狂ったベヒーモスが角付きだし突進を仕掛ける。

 ケンはもう一つの力【絶対不可視】を発動させた。


 ベヒーモスは急激な姿と気配の消失に、前足の爪を立てて急制動を掛ける。

 しかし勢いは収まらず、壁に角を突き刺す格好となった。


「おらっ!」


 ケンはベヒーモスの丸太のように太い角の下へ出現し、思いきり蹴り上げた。

 バキッ、っと盛大な音を立ててベヒーモスの太い角が真っ二つに折れる。

 そのままボールのように再び蹴り上げて、角を石壁の外へ飛ばした。


――おっし、これで依頼は完了! 後は!


 ケンは神代の領域:レベル100の腕力にものを言わせ、様々な角度からベヒーモスの巨体を殴打する。

 壁に囲まれ自由に身動きが取れないベヒーモスはただ成すがまま、成されるがまま、物理攻撃の激しい応酬を浴び続ける。


「どぉりゃっ!」

「グ、オッ……!」


 ケンの鋭いアッパーカットが、ベヒーモスの顎を直撃し、遥かに巨大な身体が宙へ浮かんだ。

砂塵を巻き上げながら、ベヒーモスの巨体が地面へ叩きつけられる。


 既に石壁の上に降り立ったケンは、ベヒーモスへ向け再度「星回りの指輪」を掲げた。


「さぁて仕上げだ」


 指輪が紫の妖艶な輝きを放ち、ベヒーモスを取り囲む石壁へ伝播する。

全周囲、全ての壁面が盛り上がり、岩の拳を形作る。


「グオォォォッ!」


 起き上がったベヒーモスが遮二無二、壁の上のケンへ猛然と駆けてゆく。


「行け! 魔神飛翔拳ロケットパンチ!」


 推力は魔力だが、実際は物理攻撃でしかない岩の拳は、全周囲からベヒーモスへ迫った。


「グオォォ――……ッ!」


 岩の拳に押しつぶされたベヒーモスは悲鳴と共に白目を向く。

巨体は崩れるように倒れ、起き上がることはもう無かった。


 召喚した壁が消えてなくなり、最深部エリアへ静寂が戻る。

後ろではラフィとリオンが、折れた巨大なベヒーモスの角を掲げながらピョンピョン跳ねて、きちんと回収できたことを知らせていた。



「あ、あれが、史上六番目のブラッククラス……」

黒皇ブラックキング、あいつ無茶苦茶だ……」

「彼がマスターだったら……」



 周囲では奴隷兵士スレイブソルジャー達が口々にケンの噂を囁く。


「貴様ぁ!」


 そんな中、明確な怒りの声が放たれケンの胸ぐらが掴まれる。

 ギロリと視線を落とすと、胸の豪華なプレートアーマーに、”城塞のエンブレム”を付けた男が、ケンへ敵意の視線を向けていた。


「んだ、てめぇ? いきなり随分なご挨拶じゃねぇか」

「これは名誉ある”シャトー家”の討伐任務だ! 横から奪って、ただで済むと――ッ!?」


 ケンは胸ぐらを掴んでいた男の腕を逆に取り、後ろへ軽々と放り投げた。

 腕へ鋭い氷の刃:スキルウェポン【冷鉄手刀ブリザードカッター】を発動させ、仰向けに倒れた男の首筋へ突きつける。


「ならてめぇ一人でベヒーモスを狩ってみな。奴隷兵士を使わず、てめぇ一人だけの手でな!」

「くっ、き、貴様ぁ……!」

「吠えるな。こんだけの奴隷兵士スレイブソルジャーの犠牲を見せられて気が立ってんだ。これ以上吠えると、片方の耳くらいは諦めて貰うことになるぜ?」


 ケンは鋭く眼光を光らせ、腹の底から出る低い声を放つ。


「あ、あわ……!」


 途端に男の顔が情けなく歪み、股の間から小便が湯気を流れ出る。


――こんなもんで良いか。


 そう思って手刀を少し引くと、男は慌てた様子で振り払い立ち上がった。


「お、覚えていろ! 私は”シャトー家”より直々に依頼を賜った身だ! 私への反逆はすなわち”シャトー家”への犯意! 例えブラッククラスだろうと、ただで済むと思うなよ!」


 と、テンプレートなセリフを吐いて真っ先に逃げ出す。

彼に従っていた奴隷兵士達は薄い笑みを浮かべながら、彼に続き、最深部エリアを続々と後にするのだった


「厄介な奴に目、付けられちまいましたね兄貴?」


苦笑い気味のマルゴが声を掛け着てケンは踵を返す。


「さっき言ってた”シャトー家”ってやつか?」

「へい。ご存じありやせんか?」

「そういやギルド総代表の名前がそんなんだったけか?」

「ええ。ギルドの総代表を代々務める魔術の名家でしてね。転移転生しょうかん術を編み出して、奴隷兵士スレイブソルジャーってのを作って広めたのはあいつ等なんすよ」

「マジかよ……」



 【奴隷兵士スレイブソルジャー


 呪印という呪いで体の自由を奪われ、命じられるがまま危険なモンスターが跋扈する、

【序列迷宮】で日々戦いに明け暮れる職。

 別の世界から拉致のように転移転生された者、この世界で金のために売り飛ばされたものなど出自は様々。


 彼らは人ではなく”道具”でしかない。

 そしてこの世界に72個存在する危険な【序列迷宮】へ潜り、命を懸けて狩猟に明け暮れる。


 そしてケン自身もその奴隷兵士として、この世界へ呼ばれた一人だった。

 扱いの酷さや末路を深く理解しているケンは、その存在を今でも強く憎んでいたのだった。



「ホント、奴隷兵士って最悪な制度ですよね」


 シャトー家が消えた方向を見ながら、ムートンは怒気を含んで呟く。


「ああ、全くだ」

「でもなんで師匠はそんなに奴隷兵士の存在を憎むんですか? まさか、師匠もそうだったとかですか?」

「あ、ああ、まぁ、そうだけど」

「えっ……?」


 途端、ムートンの顔が青ざめ、言葉が消えてゆく。


「そ、それマジですかい、兄貴!?」


 被さるようにマルゴの声が響く。


「んだよ、お前までそんな反応しやがって。なんか文句でもあんのか?」

「あ、いや、文句だなんて! 単純にすげぇなって」

「すげぇって何がだよ?」

「だって、兄貴、この世界じゃ最底辺の奴隷兵士からギルド最高位の、しかも史上六番目のブラッククラスになったんですぜ!? そんなのこの世界じゃ、二人目ですぜ!?」

「ほう、そうなんだ。知らなかった」

「いやはや、なんつぅーか、もう! そんなスゲェ方の子分になれただなんて、光栄です! 益々惚れ込んじまいましたぜ、兄貴!」

「ちなみにわたしもですよ?」


 ラフィがさらりとそう云うと、


「僕と一緒!」


 一緒が嬉しいのかリオンがラフィへ抱き着いた。


「そうだね、一緒だね。リーちゃんと一緒。ケンさんに助けて頂いたのもね!」

「うん、一緒! 嬉しい!」


 ラフィとリオンの微笑ましい光景にケンはつい笑みを漏らす。


 しかし彼はその時気づいてはいなかった。

 彼の後ろでムートンが顔を俯かせたまま、宝剣の柄を強く握りしめていたことに。


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