参上! 黒皇一派
「フシュ―ッ!」
「ぐわぁーっ!?」
特危険種モンスター【ゴーレム】の巨腕が迷宮の石畳みを穿ち、その爆風は冒険者を紙切れのように吹き飛ばす。
序列63位アンドラス迷宮の本道より、網の目のように張り巡らされた”枝洞”の一つでは今日も、迷宮の財を求め、数多の冒険者たちが地を這いずり回っていた。
しかし勇敢な冒険者たちの前に立ちはだかるは、複数パーティーで挑まなければ到底越えられない脅威のモンスター【ゴーレム】
「フシュ―ッ!」
再びゴーレムの巨腕が振り上げられ冒険者たちへ黒い影を落とす。
彼らは一様に目前に迫った自らの死期に絶望する。
「多段矢ッ!」
だが絶望は凛然とした少女の声で一蹴。
冒険者の頭上を緑色の輝きを帯びた矢が飛翔した。
矢はほの暗い迷宮の天井を一瞬明るく照らし出す。
途端、分裂した無数の矢はゴーレムへ雨のように降り注いだ。
「ケン! 今ッ!」
「おう!」
背の小さい犬耳を生やした弓兵の少女の声に、勇ましい男の応答が響いた。
そして冒険者たちの間を”漆黒の風”が過った。
鍛え上げられた肉体をチェインメイルで覆い、黒光りするチェストアーマーを装備した男。
【奴隷兵士】としてこの世界に転移転生させられ、最底辺から頂点へ上り詰めた男:スガワラ ケン。
彼は黒い襤褸の外套を靡かせ、黒真珠のような瞳から鋭い眼光を放ち、ゴーレムを視界へ捉える。
「砕け散れ、岩石野郎ッ!」
威勢の良い掛け声共に拳が放たれ、脅威のモンスター【ゴーレム】がたった一発の拳でバラバラに砕け散った。
が、砕けた大小様々な石礫が冒険者たちへ向けて飛ぶ。
「ムートン!」
「お任せを! プロテクトシルトォッ!」
すると今度は立派な鎧に身を包んだ、蒼い瞳の女聖騎士が彼らの前立ちはだかり、蒼い魔力の障壁を発生させた。
蒼の障壁は石礫を全て弾き飛ばし、冒険者たちを守る。
「お怪我をされてる方はこちらへどうぞー! 手当てしまーす!」
最後に聞こえたのは甲高く愛らしい少女の声。
傷ついた冒険者達の後ろには犬の様な耳と尻尾を生やした、あどけない”不浄の一族”の少女が一生懸命手招きをしていた。
――こいつらか史上六番目のブラッククラス、
”黒皇ケン=スガワラが率いる”一派ってのは!
もはやギルド内では、いやこの世界では知らない者などいない最強の存在。
冒険者たちは彼らとの邂逅に胸を躍らせる。
そんな彼らの肩を岩のようにごつごつとした掌がポンポンと叩く。
驚いて振り返るとそこには隻眼の屈強な男がにっこり笑顔を浮かべて立っていた。
「どうも初めまして。あっしは黒皇の手下、マルゴと申しやす。」
「あ、ご丁寧にどうもっすマルゴさん、オッヘンドーです」
「オッヘンドーさんですね。ところでオッヘンドーさん、今回助かった人数は……ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ、いつ……全部で五人ですな? そいじゃ救出料ってことで一人当たり銀貨一枚、計五枚頂きましょうか?」
「はぁ!? 金とんのか!?」
思わず冒険者のリーダー:オッヘンドーさんが叫ぶ、
「そりゃオッヘンドーさん、命が助かったんですぜ? しかもみんな。銀貨五枚でも安いでしょうよ?」
「そんな別に俺らは助けてくれだなんて頼んでないぞ!?」
オッヘンドーさんの声が迷宮の壁に響く。
するとさっきまで穏やかな顔をしていたマルゴが眉間に皺を寄せた。
「ああん!? こちとら依頼の途中でゴーレムに殺されそうだったお前らを助けてやったんだぞ? 分かってんのか、ああん!?」
「そ、それはそうですけど……」
「だったらさっさと払うもん払ってもらおうか? ああん!?」
「マルゴさん! 乱暴はダメですよ!」
と、今まさにオッヘンドーさんの胸倉を掴もうとしたマルゴを止めたのはラフィだった。
彼女はパタパタと足音を響かせて冒険者へ駆けてゆき、彼らの前でペコリと深く頭を下げる。
「うちのマルゴさんが失礼してすみませんでした。ごめんなさい!」
「あ、いあ、お嬢さん、別に俺らはそんな迷惑だなんて……」
「ごめんなさい!」
「頭、上げてください。もう良いですから」
「本当ですか!? ありがとうございます! さすがはパーティーをまとめるリーダーのオッヘンドーさん! 心がとっても広いですね!」
ラフィは尻尾を横へブンブン振りながら喜びを表し、愛くるしい笑顔を浮かべる。
途端、それまで引きつっていた冒険者達が頬を緩めた。
「それでそのそんな心の広いオッヘンドーさんにお願いがあるんですけど……」
「お願い? なんですか?」
「実はさっきゴーレムを倒す際にポーションを幾つか使ってしまいまして……帰って買い足さないと、次の依頼に間に合わないんです。なのでポーション五本分、銀貨一枚を頂ければ嬉しいんですけど……」
「銀貨一枚ですか……?」
「あっ、ごめんなさい……やっぱり勝手に助けた上に、虫のいい話ですよね……でもうちも家計が苦しくてつい……」
ラフィの尻尾が力なく垂れ下がり、声のトーンが明らかに落ちる。
すると冒険者のリーダー:オッヘンドーさんは顔を引き締め、腰袋から銀貨を一枚取り出して、力強くラフィへ握らせた。
「貰ってください」
「えっ……い、良いんですか!?」
「俺らはあなた方のおかげでこうして助かったんです! 銀貨一枚? これでも足りないくらいですよ、はい!」
「ありがとうございます! 感謝です!」
「いやぁ、そんなぁ」
「ではおまけで天空神様の信徒から皆様の安全とご多幸の祈りを捧げさせて貰いますね。ムーさん!」
ラフィの手招きにムートンは応えカクカク歩いて冒険者たちの前へ立つ。
そして二振りの立派な宝剣「エール」と「ダルジャン」を冒険者たちの頭上へ掲げた。
「て、天空神ロットシルトの聖騎士としてぇー過の者たちの迷宮探索の安全とぉー、ご多幸をい、祈ぉーる! ロ、ロォーット、シルトぉ~……」
明らかに棒読みなムートンの祈りに、オッヘンドーさん達は苦笑い。
しかしラフィがにっこり笑顔を浮かべると、そんな微妙な空気など一瞬で吹き飛んで、頬筋が力を失った。
「さぁ、これで皆さんには天空神様のご加護が宿りました! もう大丈夫です! さぁ、一生懸命稼ぎましょう! ファイトです!」
「ふぁいと?」
「”頑張ってください、応援してます”って意味です!」
「そうですか!ファイト、良い言葉です! なんだかそう云えば力が漲ってきた気が……助けて貰ったばかりか、祈りまで捧げてくれてありがとうございます!」
「いえいえ~」
「おっし皆、今日はたくさん稼ぐぞぉー!
「「「おおー!」」」
オッヘンドーさんをリーダーとする冒険者一向は意気揚々と背を向けて迷宮の奥へと進んでゆく。
彼らの気配が遠ざかる中、ラフィはケンの方を向いて、小さくブイサインを送っていた。
「ねぇ、ケン。ラフィ達、何してるの?」
リオンは首を傾げながらケンの袖を引き、
「あいつ等、またかよ……全く……」
パーティーのリーダーであるケンは頭を痛める。
『ははっ! 最初に値段を吹っ掛けて、最終的にはこっちの予定金額をせしめる!
ちゃっかり者の嬢ちゃんらしいな、くははは!』
ケンの持つDRアイテム「星廻りの指輪」から、そこに宿る序列三十二位魔神:アスモデウスの軽快な笑い声がケンの頭の中に響くのだった。
●●●
「姉さん、今回も上手く行きやしたね!」
迷宮を駆け抜ける中、マルゴはしめしめと云った具合に唇を動かし、
「マルゴさんの名演技があってのことですよ! いつも助かります!」
にっこり笑顔のラフィが応える。
「なぁ、ラフィなんだその、そういうのもう止めね?」
ケンは勇気を出して進言する。
すると走りながらラフィは深いため息を突いた。
「出来ればしたくないですよ。でも、こうでもしないとうちはいっつもギリギリなんですから」
「だからってあんなみっともないことをだな……」
「だったらケンさん、無駄遣いは止めてもらえませんか?」
急にラフィの声が冷ややかになりゾクりと背筋が凍る。
「ケンさん、迷宮に入ればバンバン無計画にアイテム使いますし、余計なものは買って来ますし……昨日だってまたわたしとリーちゃんを置いて飲みに行きましたよねあ? 一体いくら使ったか覚えてますか?」
「あー、いや、それは……」
確かに昨晩は、久々の大型モンスターの討伐で疲れたので、食事の後ムートンや日雇いの冒険者たちと盛大に酒盛りをした記憶はある。
しかし翌朝気づいてみれば財布の中身はすっからかん。
家計を預かるラフィにこっぴどく叱られたのは記憶に新しい。
「まぁまぁラフィ、そう怒らないで。師匠にも男の付き合いってのがあるんで……ひぃっ!」
ラフィの鋭い視線にムートンも走りながら顔を引きつらせる。
「ムーさんもですよ! 幾らたくさん飲めるからって限度があります! 昨日、一体何本お酒開けたか記憶ありますか!?」
「ええっと……師匠、昨夜は何本でしたっけ?」
「バ、バカ! 俺に話振るな!」
「もうぅ、こんなんじゃお小遣い減らしちゃいますよ?」
ラフィの諦めたような声を聴きケンとムートンは踵を立てて急制動。
彼女の前へ居住まいを正して立ち、深く頭を下げた。
「「それだけは勘弁してください、ラフィさん!」」
「じゃあこれから少し控えてくれます?」
「「勿論です!」」
「はぁ……じゃあこれからはお願いしますね。でも、暫くはさっきみたいに稼がせて貰いますから、口出しはしないでください」
「ぐっ……分かった」
「ムーさんも、もうちょっとお祈りの演技を上手にお願いしますね?」
「う、うん……頑張る」
すると頭を提げ続けるケンのムートンの頭をリオンがポンポンと撫でた。
「反省、よしよし。二人共、今度からラフィの云うことよく聞く」
「「あい……」」
ケンは苦笑いを浮かべ、ムートンは顔をへにゃっと緩めながら答えた。
「流石は姉さん! 兄貴、姉さんとリオンの前じゃ形無しっすね」
マルゴが自分の手下なのか、ラフィの子分なのか分からなくなるケンなのだった。
ふとその時、ケンの鼻孔が不快感を抱く匂いを感じ取る。
鼓膜は微かに金音交じりの叫喚を聞き分ける。
彼は表情を引き締め、スクッと身体を起こした。
ケンの雰囲気の変化を気取ってか、ラフィ達も顔をこわ張らせる。
「ケンさん、この臭いって……」
「近いな。こっからが本番だ、みんな気を引き締めろ!」
ケンの一声に皆は首肯し、再び迷宮の中を歩き出す。
そしてその果てに見えた光景に、ケンは嫌悪感を抱いた。
序列63位アンドラス迷宮の数ある枝洞の最深部エリア。
そこには無数の人の死骸が転がっていた。
死骸には押しなべて体のどこかへ自由意志を奪う最悪の魔法の証、
”呪印”が刻まれている。
「ガオォォォン!」
そんな最深部エリアに空気を震撼させる咆哮が響き、地面が波立つように揺れる。
立派な二本の角を持ち、四足で迷宮を踏み荒らす、巨大モンスター:ベヒーモス。
それに対峙するは無数の兵士達。
「奴隷兵士前進! 命を懸けて奴を狩り取れぇ!」
胸の立派なプレートアーマーに”城砦のエンブレム”を着けた指揮官らしき男が命じる。
途端、明らかに疲れ切っていた前衛の兵士が突然シャンと背筋を伸ばした。
「「「わぁぁぁぁ!!」」」
装備がボロボロな奴隷兵士達は、腹から自らを鼓舞する叫びを搾りだしてベヒーモスへ飛びかかる。
だが巨大モンスターの前に、既に満身創痍な奴隷兵士達は次々となぎ倒され、踏みつぶされる。
それでも”呪印”は彼らを指揮するマスターの意思に沿って、無駄だと分かっていても突撃を止めない。投げ捨てられ、無造作に散らされる奴隷兵士の命の数々。
そんな無謀な光景を目の当たりにしケンの頭へカッと血が昇った。
「行くぞ!」
「はい!」
「お供します!」
「ウーッ!」
「合点!」
ケンを先頭に、最強のパーティー:黒皇一派は飛び出した。
 




