閑話:その後のケンとラフィとリオンとムートン(*リオン視点)
「――ッ!?」
真夜中、突然リオンは布団の中で目を覚ました。
『あらどうしたの子犬ちゃん? こんな真夜中?』
壁に立てかけてあったDRアイテム「反逆の弓」に宿る、八位魔神バルバトスはリオンの頭の中へ直接語り掛ける。
――今、ラフィの声聞こえた!
『声?』
――凄く苦しそう! 凄く心配! 様子見てくる!
『この時間ってことはね……あ、ちょっと子犬ちゃん!?』
リオンはバルバトスの声を無視して布団から飛び起きる。
寄り添って寝ていた孤児たちを起こさないようそっと足音を忍ばせ、それでも素早く家を飛び出した。
『まったく、仕方のない子……今度きちんと教えてあげないと。教育って大事よねぇ』
家の外は柔らかな満月の光に照らされ、淡い闇に包まれていた。
みんなで食事をするために造った村の中心にある東屋。
それを取り囲むように立派なログハウスが軒を連ねている。
それら全ては意外にも建築に造詣が深かったムートンの指揮で作られていた。
「はっ! やっ! せいっ!」
そんな建築主の勇ましい掛け声が、村の穏やかな夜更けの中へ響いていた。
東屋の脇で、ノースリーブのインナーに、パンツルックのムートンが、肌に玉のような汗を浮かべながら、模造刀を必死な様子で振り回している。
リオンがジッとみつめても、相当集中しているのか、気づいた素振りさえ見せない。
「ムー?」
「わぁっ!?」
脇から声を掛けると、ムートンは大げさに驚いて尻もちをついた。
「な、なんだ、リオンちゃんか……あー、びっくりしたぁ……」
「こんな時間に何してる?」
「あ、ああ、これ? ちょっと稽古をね。いつまでも攻撃が当たらないんじゃ話にならないからさ……」
ムートンは苦笑い気味に答える。
しかしそんな殊勝な様子にリオンは胸を打たれた。
――僕ももっと頑張る! もっとラフィやケンの役に立つ!
ケンとラフィによって奴隷兵士から解放され、愛情と温情を抱くようになったリオンは決意を改めて確認する。
「リオンちゃんこそなんでこんな時間に?」
ムートンの問いで、リオンの決意が再燃した。
「さっきラフィの苦しそうな声聞こえた!」
「ラフィの?」
「あう! 息が短くて、何度も鳴いて、苦しそう! ”あー!”とか”うー!”とか、
とってもとっても苦しそう!」
リオンは身振り手振りで大変さを訴えかける。
しかしそれを聞くムートンの顔が少し赤く染まったように見えた。
「あ、リオンちゃん、それって……」
「心配! 僕、ちょっと行ってくる!」
「ちょっと、リオンちゃん!? 今はダメだって!」
リオンはムートンの静止を振り切って走り出す。
――未だ聞こえる! あう? 今度はケンも苦しそう!
二人、息短い! とっても辛そう! とっても心配!
リオンは自分がかつてグリモワールの魔導師:アイス姉妹に苦しめられていた時のことを思い出していた。
――僕と同じ! ラフィ、ケン、苦しそう!
助ける! あれはダメ! とっても苦しい!
かつて自分が味わった苦痛と恥辱。
聞こえた声に同質のものを感じたリオンは、二人のことが心配で村の中でも一番大きな樹の下にある、ケンとラフィの家へ一直線に向かって行く。
そして扉へ手を掛けようとしたとき、脚がふわりと地面から離れた。
「ムー、離す!」
「リオンちゃん、大丈夫だから! そんなに心配しなくても大丈夫だから!」
「ウー! ムー、離すッ! ラフィとケン、心配!」
ムートンに羽交い絞めにされているリオンは、逃れようとを手足をジタバタさせる。
しかしムートンの力は案外強く、なかなか解けない。
「ムー! 邪魔しない!」
「だから大丈夫だから! ここで入る方がホントにまずいから!」
「ウーッ!」
「あいた!」
リオンが思い切り後頭部を突き出し、ムートンの顔面を直撃。
羽交い絞めが解かれ、リオンの足が再び地面へ触れる。
――ラフィ、ケン、今助ける!
「だ、だからダメだってぇー!」
しかしまたしても地面に突っ伏したムートンが、リオンの足首を掴んでゆかせまいとする。
「ムー、離す!」
「は、離すもんか! 例え相手がリオンちゃんでも、この手は離すもんか!」
「ウウ―ガルゥッ! いい加減にしないと僕、怒る!」
「この際怒っても、何でも良いから諦めてよぉー!」
「んったく、真夜中にうるせぇぞ、お前等」
リオンが気付いた時にはもう、扉が開いていて、はだけ気味に黒いガウンのようなものを着たケンが立っていた。
「あっ、し、師匠! こんばんわ! これはええっと、ですね……」
「ケン! 大丈夫!?」
ムートンの声をかき消すようにリオンが叫ぶ。
「大丈夫って、何がだ?」
「声、聞こえた! 二人の短い息! ”あー!”とか”うー!”とか! とっても苦しそう! とっても心配!」
「それマジか……?」
「心配! とってもとっても!」
「あー、なんつうか、その……」
「僕と同じ。アイス姉妹に苦しめられてた時の僕と!」
上手く言葉がでない。
だが、リオンは必死にケンへ訴えかける。
苦笑い気味だったケンは柔らかい笑顔を浮かべた。
そっと腰をかがめて、リオンの小さな頭へ禍々しい指輪の嵌った大きな手を置く。
「ありがとなリオン。でも心配しなくても大丈夫。俺もラフィも元気だからな。なぁ、そうだろ、ラフィー?」
ケンが家の中へ声を響かせると、
「う、うーん! わたし、とっても元気だよー! リーちゃん、大丈夫だから心配しないでぇー!」
何故か家の奥から元気そうなラフィの声が聞こえてくる。
「なっ? 元気だろ?」
「ホント? 本当に大丈夫?」
「おう、心配すんな。明日は早いからもう休もうぜ? 俺もラフィももう寝るからさ」
「あう……分かった」
「ムートン、悪いけどリオンを頼めるか?」
「は、はい! かしこまりましたであります、師匠! さ、さぁリオンちゃん帰るよ!?」
ムートンに肩を抱かれてリオンは歩き出す。
しかしはたりと足を止めて振り返り、
「大丈夫?」
「おう! 大丈夫だ。お休み、リオン」
「あう! お休み!」
不思議なことにそれっきり、
ケンとラフィの”苦しそうな声”がリオンの耳に届くことは無くなった。
●●●
「ケンさん、大丈夫でしたか……?」
「あ、ああ、まぁなんとかな。まさかスキルライブラリ使うことになるなんて……」
「使ったんですか?」
「”特定の声”だけを遮断するスキルがあるだなんてな。俺もびっくりしたぜ」
「そうなんですか。でもなんでリーちゃんそんなに慌ててたんですか?」
「どうもアイス姉妹にやられてた時の記憶と重なったみたいでな。全く、酷い連中だったぜ、あんな小さい子によ……」
「だったらわたし達が忘れさせてあげましょう。辛かった分、これからは楽しいことをたくさん。みんなで幸せに」
「ああ、そうだな……って、ラフィ?」
「えへへ、ケンさんの御背中見てたらくっつきたくなりました」
「んだよ、それ」
「だって、この大きな御背中をみていると本当に幸せな気持ちになれるんですよ?」
「そ、そうか、ありがとう……そら、寝るぞ!」
「はい! えへへ」
●●●
剣の稽古を切り上げたムートンは家へ戻り、床に就く。
しかし彼女の心臓は鼓動を放ち続けていた。
――さっきはびっくりしたなぁ……
今度からは弟子として師匠のお邪魔をしないようにしないと!
でも、うん、着崩してた師匠も良かったなぁ……
って!? 私、今何考えてた!?
私は師匠の弟子で、あの人は友達の大事な人で!
そ、そう! あの人は私の命の恩人で、憧れで、そんな私ごときが……
ああもう! こういうとこばっかり”母上”に似てホント嫌になるよ。
最近、師匠のお傍に居ると胸とお腹の辺りがきゅうきゅうするだよなぁ……困ったなぁ……
まぁ、でも自分に正直になったところで、師匠には凄くご迷惑をおかけする訳だし。
あ、でも、私は今や”ただの冒険者”だから問題ない……いや、あるよ。
問題だらけだよ。
私は今のままで良いんだよ。そうじゃなきゃダメなんだよ!
私は今や聖騎士で師匠の弟子、
私は今や聖騎士で師匠の弟子、
私は今や聖騎士で師匠の弟子……よし、収まった! 寝る!
お休みなさい師匠。
明日こそは攻撃が当たる聖騎士になれるよう頑張りますね。




