決戦 グリモワール 【後編】
「グリモワール、こっからが本番だ! 覚悟しやがれっ!」
ケンの叫びが、八位迷宮バルバトスの最深部エリアに響く。
すると、DRアイテム:反逆の弓矢を手に入れた
リオンがニヤリと笑みを浮かべた。
「八位魔神バルバトス! オーブ小隊所属、リオンッ!」
「リオン? 急にどうしたんだ?」
ケンが聞くと、リオンは獣の耳をピクピクと動かして、
「決闘の名乗り!」
「なーるほど。そいつぁ面白れぇ……!」
テンションが高まり、童心へ帰っているケンは、何発も空拳を繰り出し、最後にDRアイテム「星廻りの指輪」を翳し、地面を強く踏みしめた。
「三十二位の魔神! 地獄の魔王アスモデウス……スガワラ ケン!」
「狼牙拳! ラフィです!」
いつの間にか元気になったラフィが、ノリノリな様子でケンに続いて構えを取る。
「お、おい、ラフィ? 体はもう大丈夫なのか?」
「はい! 知ってました? レベルアップの後って、全部のステータスが全回復するんですよ?」
「そ、そうなのか?」
「はい! ケンさんのお陰でわたしもレベル69になりました! お役に立ちます! 一緒に戦います!」
ラフィはまっすぐな瞳でケンを捉えて離さない。
――こいつ言いだしたら案外効かねぇからな……
『まっ、そのまっすぐなところが嬢ちゃんの良いところだろ?』
確かに、とケンはアスモデウスの声に納得し、
「無茶すんなよ」
「はい!」
そしてケン達はムートンへ一斉に視線を注ぐ。
「な、なんですか、皆さん? その視線は?」
「ムー、名乗ってない。やる!」
リオンが鋭く指摘し、
「えぇっ!? 私もやるんですか!?」
「おう、勿論だ、愛弟子!」
ケンは即答。
「ムーさん、ムーさん!」
ラフィも瞳をキラキラさせてムートンへ期待の視線を寄せる。
ムートンは、諦めたように嘆息した。
「むぅ……分かった、分かりましたよ! ええっと……偉大なる天空神ロットシルトの名において邪悪を断罪する! 聖騎士ムートン、ここに見参!……こんな感じか?」
見事なムートンの名乗りにケン達は拍手を送る。
「いやぁ……それほどでも……」
ムートンは嬉し恥ずかしな様子で顔を赤らめながら後ろ髪を掻いた。
「「てめぇらいつまでもふざけてんじゃねぇぞ! ここまで私らをコケにして楽に死ねると思うなよぉぉぉっ!!」」
怒り狂ったグリモワールの魔導士:アイス姉妹は激高し、迫る。
「オイラ達も行くぜ、シャドウ!」
「了解ッ!」
荷物係のウィンド、暗殺者のシャドウも地を蹴る。
「行くぞ、ラフィ! 俺たちの恐ろしさをみせてやろう!」
「はい!」
「ムートン、リオン! ウィンドとシャドウはお前らに任せた!」
「畏まりました!」
「あう!」
ケン達も一斉に地を蹴りグリモワールへ立ち向かう。
●●●
序列迷宮八位バルバトスのDRアイテム:反逆の弓矢を手に入れたリオンは、聖騎士ムートン共に、グリモワールのウィンド、シャドウへ立ち向かう。
――凄い力!
レベル90で強化された肉体、そして魔力を一気に増大させるDRアイテムは、リオンへ今まで感じたこともない強い力を感じさせる。
「アイテム評価LRオーバー……DRと判定! NO8バルバトス!」
シャドウは黒い風となって接近する。
「高レアリティアイテム! 奪取! 奪取! 奪取!」
シャドウは腕に巻き付く蛇の口から剣の刃を吐き出させて、リオンへ向けて繰り出す。
「おっとぉ、まったぁ!」
しかし、シャドウの一撃を、割って入ったムートンが宝剣で受け止めた。
「排除ッ!」
「させるか! 攻撃は当たらなくても、こうすることぐらいはできるんだぁー!」
「ッ!?」
ムートンが宝剣を押し込むと、シャドウが軽々と後ろへ吹っ飛ぶ。
「リオンちゃん!」
「あうっ! 」
その隙にリオンはすかさず、反逆の弓矢の弦を引き、矢を放つ。
軽く引いて放った筈の矢は、砂塵を巻き上げながら、豪速でシャドウへ突き進む。
体勢を立て直したシャドウは前転宙返りで、矢を回避した。
「グオッ!?」
「シャドウ!」
シャドウの呻きが響き、ウィンドが目を見開く。
回避したはずのリオンの矢。
しかしそれは反転、上昇、下降をして、シャドウを追尾し背中から貫く。
「シャドウ! しっかりしろよ、オイ!」
「ウウッ、クッ……不覚……」
「よくもシャドウを! 許さねぇぞ、お前等っ!」
ウィンドは怒りで顔をゆがめ、バックの蓋を開いた。
「出てこい、鉄巨人ぉッ!」
小さなリュックサックから、容積を無視して巨大な鉄の腕が現れる。
腕は地面を掴みそして、
「マッシッ!」
リオンとムートンの前に、見上げるほど巨大で、鉈のような太刀を持った金属のゴーレムが姿を現す。
「やれぇ、鉄巨人! あの女どもを捻りつぶせ!」
「マッシッ!」
鉄巨人の鈍重な太刀が振り落とされ、リオンとムートンはその場から飛び退く。
そんなリオンの背後には既に兜の奥で赤い双眸を輝かせるシャドウの姿が。
「さっきの礼だ小娘……殲滅ッ!」
「あうっ!」
リオンはシャドウへ殴り飛ばされ落下する。
「リオンちゃん!」
しかし寸前のところでムートンが受け止めた。
「ありがとう、ムー」
「あ、いやぁ、それほど……あひゃっ!」
ムートンはリオンを抱いたまま、再び飛ぶ。
さっきまでいた所ではシャドウが剣を鋭く振り下ろしていた。
「マッシッ!」
「わわっ!」
鉄巨人の巨大な太刀をムートンは紙一重のところで交わす。
「ひ、ひーッ! 来るなぁ~! あっちいけぇー!」
「マッシッ!」
「殲滅ッ!」
ムートンは悲鳴を上げながらただ逃げ惑うのみ。
レベル65の脚力は凄まじく、リオンを抱いたままでも、ムートンはことごとく鉄巨人とシャドウの猛攻を掻い潜る。
が、それだけだった。
「踊れ踊れ! あはははっ!」
鉄巨人の肩に乗るウィンドは楽し気な笑い声をあげていた。
――このままじゃどうしようもない。
ムートンの腕の中でリオンは考える。
数の上では二対三。
しかしパートナーが攻撃が当たらないムートンなのだから実際の戦力差はもっとある。
――どうしよう。どうしたら、この状況を変えれる?
『やっほ、子犬ちゃん♪ ワンワン、初めまして!』
突然、聞きなれない声が頭の中に響く。
――誰!?
リオンは自然と頭の中で答えた。
『私はこの反逆の弓矢に封じられた八位魔神バルバトスよん。これからよろしくね』
――おばさん?
『あら失礼な子ね。まぁ、確かに貴方よりは歳をとってるけど、おばさんとは言われたくないわ』
――要件、何? 僕、今忙しい!
リオンはいら立ち気味に答える。
『随分なご挨拶ね? 力を貸してあげようと思ったんだけどいらないのかしら?』
――力? この状況を覆せる?
『勿論よ。なんてったて私はアイドル……じゃなくて、魔神よ? 代わりにHPを少し貰うけど良いわね?』
――良い! だからさっさとする!
『んもう、可愛くない子ね……まぁ、良いわ。じゃあ力出すわよ! やり方は自然と出来るはずだから、後は流れに任せてシクヨロ!』
手にしたDRアイテム:反逆の弓矢が一瞬、
鼓動を発したように感じた。
「あうっ!?」
身体から力ぬけ、一回心臓が激しく鼓動する。
だがそれはほんの一瞬。
次の瞬間にはもう、リオンの中にある魔力が激しく燃え、全身に力が漲る。
「ムー、離す!」
「ええっ!? 良いの!?」
「大丈夫。だけど一回だけ、攻撃、防いで!」
戸惑っていたムートンだったが、すぐに顔を引き締めた。
「分かった! それじゃ行くよ?」
「あうっ!」
「それっ!」
ムートンが腕を解き、抱きかかえられたリオンは放り出された。
「今だ殺れ、鉄巨人!」
「マッシッ!」
「撃滅ッ!」
ウィンドに指示を受けた鉄巨人と、シャドウがリオンへ剣を振りかざす。
「プロテクトシルトぉ!」
だが、前面に飛び出たムートンが、宝剣を突き出し、蒼い魔力の障壁を展開して、鉄巨人とシャドウの斬撃を受け止める。
「押し切れぇ! 鉄巨人ぉ!」
「マッシッ!」
「撃墜ッ!」
「わわっ! くうぅ……!」
一人着地したリオンは呼吸を整え、弓を矢を番える。
静かに弦を引けば、禍々しい装飾の弓が、綺麗な弧を描いてしなり、緊張が高まる。
同時に、リオンの体から矢へ、翡翠の輝きが流れ始めた。
羽から鏃へリオンの魔力が大きく、強く収束を始める。
八位魔神バルバトスの能力の一つ【魔力ブースト】
HPを犠牲にし、魔力を一時的に増大させる術。
今のリオンの魔力は対峙する二人の敵を大きく上回る。
「うわっ!」
その時、蒼の障壁が破られ、ムートンがひらりと落下を始めた。
――でも好都合!
矢へ収束した魔力は既に限界まで膨らんでいた。
「消えるッ! グリモワールッ! 必滅・長弓射ゥッ!」
リオンの叫びと共に翡翠の魔力を帯びた矢が放たれた。
鋭く飛翔する細い矢は、魔力を爆ぜさせ膨らみ、一筋の緑の閃光となって突き進む。
「こ、これは!?」
「危険、回避ッ! ウィンドッ!」
シャドウはウィンドの前へ回った。
「グオォッ!!」
瞬間、緑の魔力の閃光はシャドウの背を焼き、黒衣の下にある鎧を溶かし、鈍色の素肌を晒す。
「シャドウッ! 止めろ! このままじゃお前!」
ウィンドが悲痛な声を上げようと、シャドウは身を引こうとしない。
「ウィンド、守ル……ソレが、オレの使命!」
「シャドウ、お前……バカ野郎……」
ウィンドは穏やかな顔をして、シャドウの胸を小突いた。
「ありがとう。でも、もう遅いっての……」
既にシャドウの体は半分以上が溶け落ち、ウィンドが召喚した鉄巨人は、殆どが魔力に飲まれ瓦解していた。
「オイラたちの負けだ……だから一緒に逝こうぜ……なっ! 相棒!」
「ウィンド……!」
それがウィンドとシャドウの最後だった。
リオンが放った矢は必滅の輝きで、グリモワールのウィンドとシャドウを飲み込み、喰らう。
後に残るモノは何一つなく、ただ塵がハラハラと宙に舞うだけ。
そしてリオンは静かに反逆の弓矢を下ろすのだった。
●●●
「アースブレイドッ!」
白の魔導士オウバはロッドを振って地面へ魔力を降り注ぐ。
大地が隆起して生えた、岩の剣がケンとラフィを狙う。
「ケンさん! ここはわたしが!」
「頼んだぞ!」
「はい!」
ラフィは一歩早く飛び、そして
「狼牙爪脚! やぁっ!」
ラフィは飛び上がるたびに蹴りを繰り出し、その衝撃は刃となった。
地面から生える岩の剣は衝撃波で次々と砕け散る。
「オウバ、ここは私が! ギガサンダーッ!」
黒の魔導士シャギは本から魔力を引き出した。
上空に発生した稲妻が地表で狼牙爪脚を繰り出し続けるラフィを狙う。
しかし稲妻は落ちることなく、地表から発せられた、ケンのスキルウェポン:破壊閃光で霧散する。
「させるか!」
「ええい! オウバ!」
「はい、姉様!」
シャギとオウバは手を取り合おうと接近する。
「はいぃっ!」
しかし飛び上がったラフィの回し蹴りがアイス姉妹を分断する。
「くっ、おのれ……!」
「余所見すんじゃねぇ!」
【絶対不可視】の力でシャギの背後を取ったケンは、腕に纏わせた氷で切り裂くスキルウェポン:冷鉄手刀を放った。
「きゃっ!」
「姉様!!」
墜落するシャギを、オウバが追う。
「行かせません!」
「あがっ!?」
ラフィがオウバの正面へ回り込み、蹴りを浴びせて吹っ飛ばす。
オウバはラフィが、シャギはケンが相手取り、完全に分断されていた。
「これでお前たちの十八番、【時間停止】の魔法は使えねぇぜ?」
ケンはわざと挑発するようにシャギへ言い放つ。
「てめぇ、何故それを!?」
「さっき【状況】のサーチをして分かったんだ。どうやってお前らがラフィを攫ったり、いきなり目の前に現れるかをな」
「おのれぇ……!」
「お前らは姉妹は揃えば確かに強ぇ。だけど、一人一人じゃ俺にとってはゴブリン以下だ!」
「ああ、むっかつく! ぶっ殺すッ! 死ねぇぇぇッ!」
怒り狂ったシャギは腕へ黒い魔力の爪を装備し、ケンへ切りかかる。
しかし幾ら魔力で膂力を強化していようと、所詮は魔導士。
近接戦の経験が豊富な、ケンにとって、シャギの攻撃はゴブリンの斬撃を避けるよりも簡単だった。
「死ね、死ね、死ね!」
「おっと! そら! どうしたどうした? そんな踏込みじゃ俺やラフィは殺れねぇぜ?」
「死ねぇぇぇぇっ!」
「あんまり汚ねぇ言葉ばっか使うんじゃねぇ、ってな!」
ひらりとシャギの爪を避け、腹へ力の限り正拳突きを叩きこむ。
「かはっ!」
シャギは白目を向いて、泡を吹きこぼしながら吹っ飛ぶ。
時同じくして、ラフィの踵落とし喰らい、オウバが地面へ叩き付けられていた。
ケンはアイス姉妹を鋭く睨む。
「グリモワール! てめぇらはラフィに手を出した! ムートンをバカにした! リオンを傷つけた! そして多く罪なき冒険者の命を奪った! そんなお前らを俺は許さねぇ! 覚悟しやがれ!」
ケンは横へ並んだラフィと自分を、一つの概念としてイメージし、そして【スキルライブラリ サーチ】を施した。
ラフィとの思いで、絆、あらゆる二人の情報と要素が一つ一つ繋がり、そして形を成す。
●スキルライブラリ提示:狼牙魔神飛翔拳
『今だ、兄弟ッ!』
アスモデウスの声が頭に響く。
「行くぞ、ラフィ!」
「はい!」
ケンとラフィは互いに手を取り合った。
ケンの魔力はラフィへ、ラフィの魔力はケンへ注がれ、混ざり合い、そして一つになる。
それは新たな輝き。
魔を討ち滅ぼす、必滅の、明日へ向けての希望の輝き。
「「狼牙魔神飛翔拳! 行っけぇぇぇぇっ!」」
ケンとラフィは声を重ね、互いに手を取り合いながら、新たな力の輝きを放つ。
それは牙を持つ狼に、巨大な光の拳となって、アイス姉妹へ突き進む。
「ああ、姉様!」
「オウバッ!」
狼牙魔神飛翔拳に飲み込まれる瞬間、アイス姉妹は再び手を取り合った。
「姉様、私たち……」
オウバの言葉に、穏やかな顔つきになったシャギは静かに横へ首を振る。
「仕方ありません。私たちの負けです。でも良いではありませんか?」
「そうですね、姉様の仰る通りです」
シャギとオウバは輝きの中で互いに抱きしめ合った。
「「私たちはいつも一緒! 一緒に消えられるなら本……ギヤァァァァっ!!」」
輝きが一層強まり、アイス姉妹を灰へ、塵へと変えてゆく。
壮絶な輝きが深層エリアを覆いつくし、視界を奪う。
そして光が捌けた先にはもう何も存在せず。
ケンとラフィは互いに息を吐きながら拳を静かに下ろすのだった。




