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奴隷兵士


 そしてとても長く、途方も無い時間が流れた……


「ケン、そっちへ行ったぞ!」


 薄暗い洞窟へ同僚兵士の注意が響く。


「任せろッ!」


 使い古されてボロボロな、軽装鎧を装着した黒目黒髪の男、菅原すがわら けんはショートソードを片手に地を蹴る。


 刃が狙う先、そこにはよだれをまき散らし襲い掛かるオークの姿が。


「ガッ!?」


 ケンがショートソードを振れば、オークが短い悲鳴を上げ、洞窟の闇の中へ首を飛ばす。

 目前の脅威は排除完了。

しかし、彼らを狙う殺意は未だ周囲で渦巻いている。

 ケンはソードを持ち直し、更に地を蹴った。


「ぐぎゃっ!」


 勘に従って、ソードを切り上げ、闇の中に隠れていたゴブリンを股下から頭部まで一気に両断。

 瞼にかかったゴブリンの血を腕で乱暴に拭って、更に奥から感じる、多様なモンスターの群れへ飛び込んでゆく。


「続くぞ!」


 同僚兵士が勇ましく叫び、パーティーを組んでいる五人の同僚が斧や、拳、メイスなどを

握りしめケンへ続く。


 ケンや、パーティーメンバー達は夢中で武器を振り、モンスターを駆逐する。

もはやオーク、ゴブリンなどのザコモンスターはケンの相手ではない。

 だが昔は違った。


 初めてこの序列迷宮に突っ込まれた時は十人いた仲間が自分以外全て、モンスターの餌食になった。


――もうあれからどれぐらいの時間が経ったんだろうか?


 そう考えても答えは出ない。

そもそもこの醜悪な世界へ叩きこまれてから、時間を数える余裕などのなかった。


 既に前にいたところはどんなどころだったのか? 

どんな生活を営んでいて、周りにはどんな人がいたのか分からなかった。


 まるで頭の中にぼんやりとあるビルの形が、妄想の産物であるように感じられる。

 今、こうして来る日も来る日も洞窟へ潜らされ、命を危険に晒しながら、延々とモンスターを駆逐する事の方が今のケンの現実。


 この現実が今のケンに課せられた職務、【奴隷兵士スレイブソルジャー】であった。


 気が付くとケンの周囲には、バラバラに切り裂かれたモンスターの死骸が、ゴロゴロと転がっている。


 既に明確な殺意はない。

 完全勝利。脅威の排除完了と、そして戦闘による疲労感。

しかしそこに達成感は無く、空しさが残るだけ。


「さっさとはぎ取れ! モタモタしやがったらぶっ殺すぞ!」


 背後から怒号が聞こえた。

 ケン達の今の指揮官、探索ギルド「アエーシェマン」の構成員はそう恫喝する。


――戦闘に参加しなかったくせに、偉そうに!


 ケンは心の中ではそう思うも、決して口にすることはなかった。

したところで、転移転生しょうかんの際に施された”呪印”が発動して、その苦しみでのたうち回るのが関の山。

 この世界へ【奴隷兵士】として転移転生された時から、もうケン達に反抗することは許されない。


 ケン達は慣れた手つきでオークやゴブリンの解体を始める。

特にオークの脂ぎった肝は高級食材として高く売れる。

 最初の頃は人と同じ形をしたもの解体するのに吐き気を催した。

だが時間はそんな感覚を麻痺させていた。

今では躊躇いもなく、腹を裂き、肝を取り出す作業を、無感情のまま繰り返すことができるようになってしまっていた。


 そんな時、ケンは闇の奥から蠢く別の気配を感じた。

湿った空気が頬を撫で、危険を知らせる生臭さが体を緊張させる。


「う、うわぁ! 迷宮クラゲだぁ!」


 同僚の一人が声を上げ、皆が一斉に洞窟の奥へ視線を移す。

 青白い半透明の塊に、鶏冠のような帆を生やした不気味な生物。


【迷宮クラゲ】


 攻撃した瞬間、帆から毒性のある針を飛ばして相手を麻痺させ、容赦なく捕食する迷宮の中でも最も危険で恐ろしい、スライムに属するモンスター。


だがその危険性とは裏腹に帆は飾りとして高く売れ、毒性のある針は武器の素材としてR(レアクラスアイテムとして、良い値段で取引される。


 嫌な予感がしたケンは後ろを振り返る。

やはり指揮官がにやりとした笑みを浮かべて、ケン達【奴隷兵士】へ手をかざしていた。


「やれ」

「ッ!?」


 指揮官の命令が鼓膜を揺さぶり、胸に刻まれた呪印が熱を持つ。

迷宮クラゲの恐怖は闘争心へ、理不尽への怒りは敵対心へ自動的に変換され、身体が自然と立ち上がる。


「「「「うわぁぁぁぁーーー!」」」」


 気が付くとケン達、奴隷兵士は、果敢に迷宮クラゲの群れへ飛び込んでいった。


「あ、ああ、ああ! いやだぁぁぁ!!」


 ある者は迷宮クラゲの触手に足を掴まれ、引きずられ、足からゆっくりと溶解させられる。

 既に毒を喰らって神経がマヒした者は頭から捕食されていた。


「チィッ!」


 そんな中でもケンは無我夢中になってショートソードで毒針を弾きながら、迷宮クラゲへ最接近。

 半透明の体の中心にある、中枢神経の塊を突き刺し、絶命させる。

 だが、危険を察知し、ソードを凪いで毒針を弾く。

倒してもなお、迷宮クラゲは外部の刺激で毒針を放つ。

 背中に毒針が何本か刺さった。

 毒が頭を茫然とさせ、筋肉から力を奪おうとした。

しかしケンは意識を強く持って、毒に抗う。


――ここで倒れちゃ迷宮クラゲの思うつぼ。俺は今日も帰る! 必ず!


 何度もそう心の中で叫び続け、正気を保って迷宮クラゲへ戦いを挑む。


 迷宮クラゲが危険だということは、同僚の奴隷兵士達もそれは分っていたはず。

 だが度重なる戦闘、そして急な迷宮クラゲの襲来に殆どが疲弊し、冷静さを欠いていた。

そんな奴隷兵士たちの末路は自明。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 ケンの荒い呼吸が響く。

 周囲には惨殺した迷宮クラゲの死骸と、さきほどまで一緒に迷宮の土を踏んでいた同僚の死体が散らばっている。

 ケン以外の誰も残らず、血の匂いが立ち込め、肉片がそこら中に散乱している地獄絵図だった。


「なんだまた残ったのはケンだけか。使えねぇ連中だ」


 指揮官は憐憫の情など感じさせない、軽い言葉を放つ。


「はぎ取れ、さっさとな」

「……ッ」

「返事は!」

「は、はい……」


 ケンは歯噛みしつつ迷宮クラゲの解体へ移る。

 怒りの感情に任せ乱暴に剥ぎ取りを行えば、折角生き残ったのに毒針にやられてしまう。

彼は努めて冷静に、そして慎重に、たった一人で剥ぎ取りを行って行く。




奴隷兵士スレイブソルジャー


 呪印という呪いで体の自由を奪われ、命じられるがまま危険なモンスターが跋扈する、

序列迷宮ナンバーズダンジョン】で日々戦いに明け暮れる職。

 ケンのように別の世界から拉致のように転移転生しょうかんされた者、この世界で金のために売り飛ばされたものなど出自は様々。


 彼らは人ではなく”道具”でしかない。

 そしてこの世界に72個存在する危険な【序列迷宮】へ潜り、命を懸けて狩猟に明け暮れる。


 それがケン達、奴隷兵士の職務であり、この世界で生かされている唯一の意味であった。


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