決戦 グリモワール 【中編】
アイス姉妹の放った強大な光属性魔法:レイ・ソーラが満身創痍のケンへ迫っていた。
飛び退いたところで、もはや時すでに遅し。
――こんなところで、俺は……!
その時、迫る光の渦とケンの間へ、一つの影が突然降り立って来た。
彼女の背は、揺らぐ紫の魔力で淡く燃えている。
「狼牙拳最終奥義! 狼牙流星脚!」
彼女は叫び、トンと地を蹴って軽く浮かぶと、素早く、そして重く回し蹴りを放った。
何もなかった空間へ紫電を浮かべる紫色をした、球形の魔力の塊が現れる。
ソレは彼女の蹴りを浴びて、流星の如く、空間を切り裂いて飛ぶ。
驚愕するアイス姉妹の目の前で光属性の渦と闇属性の塊がぶつかり合った。
相反する力は一時拮抗するも、世界の法則が存在を否定する。
「なっ!?」
「こ、これは!?」
存在否定された光と闇は対に消滅を果たす。
その爆風は、アイス姉妹を紙切れのように吹き飛ばし、瓦礫の中へ埋める。
満身創痍のケンも爆風に巻き込まれ宙を舞うも、闇属性の力を放った彼女に抱き留められ、無事、地へ舞い戻った。
「ラ、ラフィ……お前……?」
「ケンさん、ここは、わたしが!」
ラフィの中から更に魔力の高まりを感じる。
「広域完全回復!」
魔力が彼女の命を喰い、金色の輝きとなって噴出した。
その輝きは傷つき倒れたムートンへ、リオンへ、そしてケンへ降り注ぐ。
「あ、あれ? もう痛くない……?」
立ち上がったムートンは自分の体の変化に戸惑い、
「温かい……ラフィの匂い……」
リオンは心地よさそうに眉を緩めながら、ゆっくりと立ち上がる。
気高く、優しく、そして温かい命の輝きは、傷ついた身体を癒し、失った気力さえも元に戻す。
そして輝きが終息し、倒れるラフィをケンは抱き留めた。
ケンの腕の中で、彼女は静かに目を閉じていた。
「ラフィ! しっかしろ、おい!」
背筋に嫌な汗が滴り、心臓が破裂しそうに鼓動を繰り返す。
「……えへへ、役に立てましたぁ……」
ラフィは薄っすらと目を開け、弱々しい微笑みを浮かべる。
そんなラフィをケンは強く抱きしめた。
「バカ野郎……無茶するなって言っただろうが……」
「ごめんなさい……でも、わたし力になりたかったんです。わたしはケンさんにずっと守られてるばかりで、甘えてばかりで……もう、そんなの嫌なんです。ただ黙ってケンさんが苦しんでるところを見たくない。わたしもケンさんを守りたい。そう思ったんです」
ラフィに淀みも迷いも無い言葉にケンの胸は貫かれる。
彼女の成長と愛情が嬉しく、同時に怒りが熱く燃え滾る。
失いたくない。これからも、いつまでも、ずっと一緒にこの優しくて逞しい少女と時間を共にしたい。
――そのために今の俺が成すこと、できること、それは!
「師匠!」
「ラフィ!」
復活したムートンとリオンが駆け寄ってくる。
ケンは再び意識を失ったラフィの口へ、ハイポーションを注ぎ、そしてムートンへ託した。
「師匠、ラフィは!?」
「眠ってるだけだ。安心しろ」
「良かった……おのれ、グリモワールッ!」
ムートンは怒りの声を現しに、
「ウウッ―!」
リオンもまた憤怒の唸りを上げて、瓦礫の中から這い出たばかりのグリモワールの面々を睨む。
「ムートン、リオン、もう一度打って出る。力を貸して欲しい」
ケンが静かにそう頼むと、
「良いですとも!」
「あうッ! グリモワール倒す!」
――アスモ、準備は良いな?
ケンは密かに考えたことの確認を、DRアイテム「星廻りの指輪」に宿る魔神アスモデウスへ問う。
『相変わらず兄弟はとんでもねぇこと考えるな。理論上じゃ可能だ。だけど負担は今までの非じゃ無いぜ? ちっとでも気を許せば兄弟は兄弟でなくなる。覚悟はできてるな?』
――ああ、勿論だ!
ケンは一切の迷いなく答える。
彼の中でアスモデウスがニヤリと笑みを浮かべた気がした。
『ならもう何も言わないぜ。俺様のできる範囲で負担は請け負ってやる! やれ!』
ケンは改めて覚悟を決める。
そして今、この【状況】に意識を集中させた。
空間、空気、そして存在。
彼を取り囲むこの”最深部エリア”に存在する全ての要素を、一つ一つ掴み、集合させ、一つの”塊”として意識する。
「ムートン、リオン! 少しの間時間を稼いでくれ! スキルライブラリ サーチッ!」
裂ぱくの気合と共に、ケンは統合し、塊としてイメージした【最深部エリアの状況】へ、スキルライブラリから最適スキルを抽出する【サーチ】を施した。
「ッ!!!!????」
途端、過剰な情報が激流のように押し寄せて来た。
……最深部エリアの構成素材、グリモワールの平均レベル、
彼我の戦力差、戦闘進行状況、空気、熱、アイテム総量、レベル差……
多大な情報は脳のキャパシティーをすぐに超え、全てが曖昧に、そして激しく渦を巻く。
気を許してしまえば、一瞬で自分の存在が情報に飲み込まれ、もう二度と今の自分へは戻れない。
『兄弟! 耐えろ!』
アスモデウスもまた情報の処理と分類を請け負う。
だが魔神の協力を得ても、情報の渦は一切の容赦なくケンの精神を殴打し、蹂躙しようと迫る。
――負けるかッ!
ケンはグッと奥歯を噛みしめ、しっかりと大地を踏みめながら、状況の情報へ立ち向かう。
「「ええい! なにやってるか知らねぇが、ぶっ殺してやる! 奴らを八つ裂きにしろ、ヘルワーム!!」」
「キシャァァァ!」
そんな中、僅かにアイス姉妹の怒号が聞こえ、ヘルワームの奇声が近づいて来た。
「オイラ達も行くぜ、シャドウ!」
「殲滅ッ!」
ウィンドとシャドウの気配も近づく。
――だが、未だだ。未だ動けない……!
「プロテクトシルトぉッ!」
そんなケンの前へ立ちふさがったのは、蒼い魔力の障壁を張る聖騎士ムートン。
彼女の放つ蒼い障壁はヘルワームを、そしてグリモワールの面々を、辛うじて押しとどめている。
「クッ……! リ、リオンちゃん!」
「あうっ! 全力……多段矢ぁ!」
するとムートンの背後に付いたリオンが、目いっぱいに引ききり、矢じりへ膨大な魔力を有した矢を放った。
その衝撃はすさまじく、弓の弦が千切れ、弓本体が真っ二つに折れる。
「キシャァァァ!?」
ヘルワームは嵐のように降り注ぐ矢に貫かれ悲鳴を上げ、
「くっ!?」
「こ、小癪な!」
アイス姉妹は必死に魔法障壁で矢を防いでいた。
シャドウはウィンドへ覆いかぶさり無言で素早く剣を振るって矢を弾き続ける。
だがそれだけ!
ヘルワームとグリモワールはその場へ完全にくぎ付けされ身動き一つとれない。
「ムートン、時間稼ぎサンキュ」
情報の渦に打ち勝ったケンは力を使い、宝剣を杖に膝を着くムートンの肩を叩く。
「い、いえ……もう大丈夫ですか?」
「ああ。疲れてるとこわりぃけどもう一仕事頼めるか?」
「は、はい! なんなりと!」
「よぉし、良い返事だ。それじゃ……」
ケンは【状況のサーチ】から分類した、スキル:【期待のホープ】をムートンへ施す。
「これは……?」
ムートンは一瞬、光り輝いた自分の体へ、目を白黒させる。
「良いか、ムートン。俺が合図をしたら、”お前”が止めを刺せ。良いな?」
一瞬、首を傾げたムートンだったが、すぐに信頼の眼差しをケンへ送り、
「わかりました! 承ります!」
「それじゃ頼んだぞ!」
ケンはムートンへハイポーションと滋養強壮剤を投げ渡すと、地を蹴った。
その時、遂にリオンの放った矢の雨が尽きた。
「リオン、サンキュ! お前も俺が合図したら飛べ! 良いな!」
「あう」
リオンにもまたハイポーションと滋養強壮剤を投げ渡したケンは更に飛ぶ。
「「「「キシャァァァ!!!」」」
自由を取り戻した四つ首地獄龍は、真っ先にケンの接近を気取り、突進を仕掛ける。
瞬間、ケンは【絶対不可視】の力を発動させた。
急激な姿と気配の消失にヘルワームが一瞬動きを止める。
「ここだぁッ!」
魔力を帯びていない、単なる筋力任せの蹴りが、ヘルワームの首の一つを張り倒す。
ヘルワームは早速、火属性の首から火炎を吐くがその時既にケンの姿はそこになかった。
「おらっ!」
再び、ケンの拳がヘルワームの首の付け根を殴り飛ばす。
ケンは繰り返し、【絶対不可視】の力でヘルワームの視覚へ潜り込んでは、レベル99の単なる筋力任せの打撃を浴びせ続ける。
延々と続く、一方的な攻撃に、ヘルワームの動きが鈍り始める。
「属性攻撃の前じゃ無敵でも、物理攻撃の前じゃお前はただのでけぇ芋虫だぁ!」
ケンの渾身の蹴りがさく裂し巨大なヘルワームが宙へ浮く。
「ムートン、今だッ!」
ケンはそう叫び、射線上から飛び退く。
既にムートンは二振りの宝剣「エール」と「ダルジャン」を手に構え魔力を高めていた。
彼女由来の蒼い荘厳な魔力の輝きが宝剣を鮮やかに輝かせる。
「これだけ大きな敵なら、例えイノシシ聖騎士だろうと外しはしない! 受けよ! 我が力! これぞ私の最大にして最強の力……ロットシルトォォォッ!」
宝剣から蒼い魔力が飛び出し盾を形作る。
その盾は地面を抉り、膨大な魔力の塊が満身創痍のヘルワームへ突き進み、巨体を飲み込んだ。
「「「「キシャァァァー……ァァァ――ッ……!!!」」」
ヘルワームの巨体が蒼い輝きに飲まれ、断末魔の悲鳴を上げながら、次第に灰燼と化してゆく。
四属性に属さない、天空神の授けし奇跡の【ロットシルト】の輝きは、対処できない巨大な魔物を昇華し、昇天させる。
そして、ケンの狙い通りヘルワームの中から緑の魔力を帯びた、禍々しい装飾の【弓】が浮かび上がった。
「リオン! 弓を取れッ!」
「アウゥゥゥゥッ!」
ケンの指示を受け、獣化したリオンは【弓】へ向けてまっすぐと飛ぶ。
「「待てぇぇぇッ! ”反逆の弓矢”は私たちのものだぁぁぁぁ!!」」
アイス姉妹もほぼ同時に浮遊魔法で飛び立ち、空中に浮かぶ【弓】へ手を伸ばす。
「そうはさせねぇ! 飛翔針砲ッ!」
ケンは音速で飛行する、無数の針のミサイルをアイス姉妹へ放つ。
アイス姉妹は反射的に魔法障壁で、針を弾き飛ばす。
だが、それは数瞬、浮遊魔法の速度を減退させた。
「お、おのれ!」
「忌々し……ッ!?」
憤怒で顔をゆがめるアイス姉妹の髪が激しく揺れた。
「アウゥゥゥ……アアアアアッ!」
「「きゃっ!」」
DRアイテム:反逆の弓矢を手にしたリオンから、緑の輝きを帯びた、嵐のような風が吹き荒れ、
アイス姉妹を吹っ飛ばす。
そして禍々しい弓を手に、緑の魔力の輝きを帯びたリオンは、誇らしげに胸を張って着地する。
「こ、これは……?」
そんな中ムートンの体が金色に光り輝いていた。
それはリオンも、ケンも、そしてムートンの後ろにいたラフィも同様だった。
『おお! すげぇ! 兄弟、おめでとう! おめぇ今、人の限界レベル99を超えた! 神代の領域 レベル100!』
アスモデウスの興奮した声が響き、
「どうぇえっ!? レベル65!? 何ですかコレ!?」
ムートンは自分のステータスを確認したのか、驚いていた。
「僕、レベル90。凄い……」
リオンもまた唖然としている。
「あ、あの師匠これって一体?」
「【経験値共有】ってスキルだ。パーティーメンバー全員へ均等にレベルアップに必要な経験値が入るっつうスキルだってよ。んで、さっきお前に掛けたのが【スキル:期待のホープ】」
「期待のホープ?」
「レベル10未満のメンバーへ施すと経験値を10倍にしてくれるスキルだってよ。だからさっきお前にヘルワームの止めを刺させたんだ。お陰で俺たち全員の強化ができた。これでレベル平均80のグリモワールとの戦力差は俺たちの方が上になった!」
「ほ、ほぇ……無茶苦茶な……」
「無茶苦茶も何も、これがスキルライブラから提示された最善策だ! おかげでヘルワームの対策もできたしな。 さぁて……」
ケンは踵を返す。
そこには体勢を立て直し、隊列を組みなおしたグリモワールの姿が。
「グリモワール、こっからが本番だ! 覚悟しやがれっ!」




