邂逅 グリモワール
真っ赤な満月が荒野を照らし不気味な二つの影を長く伸ばす。
ケンは闇夜の空へ浮かぶ黒と白の小さな魔導士姉妹を睨んだ。
途端、魔導士姉妹から強い魔力を感じケンの肌が震えて危険を知らせる。
「ギガサンダー」
黒の魔導士が呟き、手に持つ黒い立派な本が妖しい輝きを放った。
ケンはその場から飛び退く。
黒雲も無しに周囲を真昼のように照らし出す稲光がほとばしって地面を抉った。
「アースブレイド」
不敵な笑みを浮かべた白の魔導士は手に持った短い杖を振り魔力を地面へ打ち込む。
着地したばかりのケンは、再び不穏な気配を読んで飛び退いた。
「なっ!?」
地中から岩が巨大な剣のように盛り上がった。
ケンは寸前のところでかわす。
が、岩の巨剣は延々と隆起を続けケンに息つく暇を与えない。
その時、黒と白の魔導士姉妹は互いに手を取り合い、不敵な笑みを浮かべた。
「「ではこちらはいかがですか!? レイ・ソーラーッ!」」
黒の魔導師が持つ本と白の魔導師が持つ短い杖が交差した時、瞬時に膨大な魔力が収束した。
それは暴力的な光属性の輝きとなって放たれる。
光属性の輝きは地面を抉り、空気中の水分さえも蒸発させながら、突き進んでくる。
だが、その輝きへ真正面からぶつかる巨大な岩の拳。
ケンは一撃必殺のスキルウェポン:【魔神飛翔拳】を放ち、光属性の膨大な力を受け止める。
しかし巨腕はボロボロと形を崩し始める。
流石のケンも危険を悟り、岩の拳をステップに更に上へ飛んだ。
瞬間、岩の拳が蒸発し光属性の渦がひた走る。
目下に白色の輝きが過り、森を突き抜けて遥か先にある小さな岩山を蒸発させた。
――とんでもない、魔力だ。
そう思いつつも、油断を誘わないよう平生を装って着地する。
すると、目の前に浮かぶ魔導士姉妹は小さな手で甲高い拍手をしていた。
「初めましてケン様。私は姉のシャギ=アイス」)
黒の魔導士が名乗り、
「妹のオウバ=アイス」
白の魔導士も名乗りを上げる。
幼く見える黒と白の魔導士が互いに頬を寄せ合った。
「「アイス姉妹でございます。私たちの凶暴な魔力は如何でしたか?」」
「随分手荒い歓迎だな。で、序列迷宮を攻略しまくってるブラッククラスパーティー、グリモワールのアイス姉妹様が一体何の用だ? まさか雑談しに来たわけじゃあるまい」
ケンが警戒心を現しにして敢えてそう云うとアイス姉妹は揃って笑みを浮かべた。
「「ご存じ頂いて恐縮です。それでは早速……シャドウさん、ウィンドさん出番ですよ!」」
「はいよ!」
聞き覚えのある少年の声が岩場に響いた。
いつの間にか、真正面にはリュックの蓋をあけて、にやりと笑みを浮かべる探検家風の少年の姿が。
「出てこい、化け物共ぉッ!」
探検家風の少年――グリモワールの荷物係:ウィンド――が叫びを上げると、ケンの周囲に無数の黒い虚無の穴が現れた。
虚無から続々と荒野の地を踏みしめる異形の影。
迷宮クラゲやゴブリン、バジリスクなど、他種多様なモンスターが虚無から姿を現し、周囲はあっという間に埋め尽くされる。
そしてもう一つの黒影が、降り立った。
「へぇ、お前等アレで生きてたのか。すげぇな、全くよ」
ケンは動揺を悟られないよう、荷物係の少年と、黒装束の忍者へ向けて軽口を叩く。
――流石はブラッククラスパーティーってとこか。一筋縄じゃいかねぇみたいだな。
「アイテム評価LRオーバー……DRクラスと判定! NO32アスモデウス!」
グリモワールの暗殺者、忍者のような装いをしたシャドウが、兜の奥で赤い双眸を明滅させた。
「なるほど、やはり」
黒の魔導士シャギ=アイスは納得した様子を見せ、
「リオンさんの前で見せた力。そしてシャドウさんのアイテムレアリティ探知ではっきりとしました。アスモデウス迷宮からDRアイテムを奪った犯人は貴方だったのですね」
白の魔導士オウバ=アイスが補足する。
「お前等か、リオンを裏から操って俺を襲わせてたのは……何故だ? どうしてお前らはDRアイテムを欲しがる?」
ケンの冷たい怒りに満ちた声を受けても、アイス姉妹は不敵な笑みを崩さなかった。
「欲するのは当然! 何故ならばこの世に存在する全てのDRアイテムは私たちグリモワールのものだからです!」
「姉様の仰る通り。最強は二つとして存在してはいけない。実力、アイテム保有も全て、私たちが頂点でなくてはならないのです! 盗人風情には手に余るものだと心得なさい!」
「星廻りの指輪」は俺が手に入れたもんだ。お前らに盗人呼ばわりされる筋合いはない筈だが?」
ケンは努めて冷静に応えた。
「ケンさん!」
「師匠ッ!」
「ウーッ!」
その時ラフィ、ムートン、そしてリオンがやってきてケンへ並ぶ。
「ラフィ、お前どうして!?」
「それはこっちのセリフです! ケンさんこそ一人で何しようとしてるんですか!」
珍しくラフィが吠え気圧されたケンは押し黙る。
「なるほど。リオンちゃんを陰で操って、師匠を襲わせていたのはグリモワールだったのですね」
ムートンもまた激しい怒りの表情を見せ宝剣を眼前のグリモワールへ突きつけた。
「天空神ロットシルト様の聖騎士として宣言する! グリモワール! 己が最強を誇示するため、リオンちゃんを傷つけ、師匠を狙ったその狼藉許すまじき! 覚悟するが良い!」
「うふふ、威勢は立派。でも貴方、攻撃が当たらない役立たずの聖騎士でしょ?」
シャギが嘲笑し、
「姉様の仰る通り。イノシシに吠えられても怖くはありませんわ。うふふ」
オウバも笑いを重ねる。
流石のムートンも、事実を突きつけられ悔しそうに顔をしかめる。
そんな中リオンはアイス姉妹へ明確な敵意を見せていた。
「あらあらリオンさん? そのような態度はいけませんね? 子供たちがどうなっても良いのですか?」
「うるさい! もう、僕、お前たちの云うこと聞かない!」
黒の魔導士シャギへリオンはきっぱりと言い切った。
「ならばお仕置きが必要ですね」
「あうっ! んんっ……!」
突然、リオンが肩を震わせ呻きを上げ始めた。
「ぼ、僕、負けない……こんな、呪い……うあぁぁぁぁぁっ!」
リオンが吠え、その声は荒野に響き渡る。
すると、彼女の下腹部から漏れ出していた淡い黒の輝きが消失した。
「あら、これは。どうしますか、オウバ?」
「どうやら呪印の効果が薄れているようですね。どうしましょう?」
「ならば消すのはどう?」
「名案ですわ、姉様! もう思い通りに鳴いてくださらない玩具はいりませんものね」
ケンはリオンを見下ろし、勝手に話を進めるアイス姉妹に沸々と怒りを募らせていた。
怒りは急激に沸点までに到達しケンの血潮を熱く滾らせる。
そんなケンの様子などまるで気取る様子も見せず、アイス姉妹は揃って腕を掲げた。
「さぁ、お喋りはここまで。参りましょう皆さま!」
「愚か者どもを殺戮し、共に天と地を赤く染めるため……ぐふっ!?」
「オウバっ!?」
突然、白の魔導士オウバ=アイスが地面へ叩きつけられ、姉のシャギが大慌てで地面へ向かう。
「かはっ……げほっ…ううっ……」
「オウバ! しっかりなさいオウバ!!」
黒の魔導士シャギはケンには目もくれず、血反吐を吐くオウバを抱き越し、声をかける。
しかしオウバはむせび込むばかりで、何も答えない。
そんなアイス姉妹を空に浮かんだ影が覆った。
ケンは赤い満月を背に突き出した拳をゆっくりと引き上げ、アイス姉妹を見下ろす。
「勝手なことぬかすなタコ、お前らの好きにはさせねぇ。お前らが極悪人って分かった時点で有罪だ。今度は叩き潰す!」
【絶対不可視の力】でオウバの背後に回り、拳で地面へ叩きつけたケンは、そう吐き捨てた。
「ね、姉様、私、なら大丈……かはっ!」
オウバは白い衣装を吐血で赤黒く染める。
姉のシャギは彼女を強く抱き締め、そして
「こ、殺せえぇぇぇッ! このクソ野郎を今すぐミンチにしてやれぇぇぇ!」
シャギの激高が荒野へこだまし、モンスター軍団が着地したばかりのケンへ一斉に襲い掛かる。
ケンはモンスター軍団へ鋭い視線を向け、腕に眩い魔力の輝きを収束させた。
「グエ! ギヤっ!」
ゴブリンが悲鳴を上げ蒸発し、迷宮クラゲは針を撃つ前に焼き尽くされ、バジリスクは黒焦げの肉塊へ変わる。
ケンの放ったあらゆる敵を光の熱で焼き尽くす、スキルウェポン:【破壊閃光】は散り一つ残さない。
それでもモンスター軍団は恐れを知らずケンへ立ち向かう。
すると、ケンの姿が一瞬で消失した。
姿は愚か、気配さえも消えモンスター軍団に一瞬で動揺が走る。
そんな中、次々とゴブリンの首が飛び、バンパイアバットが翼を切り裂かれ、地面へヒラヒラと落ちてゆく。
鋼よりも固く鋭い氷を腕に纏い、剣のように振るう近接専用スキルウェポン:【冷鉄手刀】
ケンは言葉もなく、ただ静かに、しかし明確な悪意への怒りを胸に秘めながら、氷を刃を振るい続けモンスター軍団を駆逐し続けた。
そしてその繰り返しにいら立っていた。
――クソッ、雑魚が邪魔だ!
「はいぃっ!」
突然、響きの良い掛け声と共に、目の前のゴブリンが鮮やかな回し蹴りで蹴り飛ばされた。
「ケンさん! ここはわたし達が!」
ゴブリンを蹴り飛ばしたがラフィがそう云い、
「師匠! グリモワールへ正義の鉄槌を!」
彼女に並んだムートンが叫ぶ。
ケンは頼もしい言葉をくれたラフィとムートンへグッドサインを送って、地を蹴った。
――まずは敵の数を減らすのが最優先。だったら狙うは!
「く、来るなら来い!」
目下へモンスター召喚の根源、ポーターのウィンドを目下に収め手刀の狙いを定める。
すると、ケンとウィンドの間へ黒い影が過って、ケンの手刀が鋼の刃で受け止められた。
「よぉ! やっぱり生きてたんだな」
「ウィンドの生命危機探知。脅威、殲滅、殲滅、殲滅!」
グリモワールの暗殺者:シャドウは、腕に巻きつけた蛇に剣のような刃を吐かせて、
ケンへ打ち込む。
確かにシャドウの打ち込みは素早く一瞬でも気を許せば致命傷は避けられない。
だが、
―― 一度戦って、勝った相手に遅れなんて取らない!
「おらっ!」
隙を伺い、大きく氷を纏った手刀を上へ凪げば、シャドウの剣が打ち上げられ、連撃が止まる。
ケンは唇を下で濡らし、姿を消した。
「ッ!?」
「ここだぁーッ!」
絶対不可視の力を解除して、シャドウのわき腹へ回し蹴りを叩きつけた。
虚を突かれたシャドウは吹っ飛び、岩壁へ叩きつけられ、瓦礫に飲まれる。
『兄弟! 後ろだッ!』
アスモデウスの声が頭に響き、踵を返すと、そこにはバックの蓋を開けて、
目を真っ赤に染めたポーターのウィンドの姿が。
「死ねぇよぉっ!」
ウィンドのバッグから次々と爆弾が飛び出て爆ぜる。
荒野は真昼のように照らし出され周囲には無数の火柱が上がる。
だが、そこには既にケンの姿は無かった。
「火遊びは大概にしなッ!」
既にウィンドへ最接近したケンは踵を高く翳していた。
「がはっ!」
重く鋭い踵落としはウィンドの脳天を直撃し地面へ叩きつけ、深いクレーターを形作る。
「殲滅ッ!」
しかし気づいた時にはもう瓦礫から這い出て赤い双眸を明滅させながらシャドウが接近してきていた。
急いで踵を返すが、間が悪い。
ケンは一太刀浴びる覚悟をするが、
「アウ―ッ!」
「グオッ!」
シャドウが脇から現れた緑の風に吹き飛ばされた。
「リオン、お前……?」
ケンは爪と牙を伸ばし獣化した、リオンへ声をかける。
「僕モ戦ウ!」
リオンは曇り一つない瞳でそう強く答えた。
「行けるんだな?」
「大丈夫! アイツ等、許サナイ!」
「ああ、その通りだ! 期待してるぜ、風の狂犬さん!」
「ウゥーッ!」
ケンとリオンは揃って、よろよろと起き上がっているシャドウを睨む。
その時、空の赤い月へ向かって、寄り添うような二つの影がゆっくりと飛び上がった。
「かはっ……げほっ……」
「行けますね、オウバ?」
血反吐を吐く白の魔導士オウバは心配げに寄り添う姉で黒の魔導士のシャギへ首肯を返す。
赤い満月を背に、魔導士姉妹は空中で手を取り頬を寄せ合った。
「魔神ヴァッサーコ、」
「ア、アスタロトの名において、世界へ、命じる……」
「「時の流れよ、我が前にひれ伏せ」」
一瞬、ケンは何が起こったのか理解できなかった。
しかし気づいた時にはもうぐったりと項垂れているラフィは、シャドウに担がれ、目前にはボロボロのグリモワールの面々が揃っていた。
「ラフィ! てめぇら!」
すぐにラフィを取り戻したい。
しかし、シャドウがラフィの首筋へ剣の刃を添えているため、動くことは憚れた。
「今日はここまでにしましょう。この女を返してほしくば、」
「バ、バルバトス迷宮の最深部で、お待ちしておりますわ……」
ウィンドがバックを開き、虚無を露わにすると、グリモワールの面々とラフィを、吸い込んでゆく。
最後にウィンド自身も吸い込まれ、バックが消失。
荒野には不気味な静寂が訪れるのだった。




