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アスモデウスの狙いとリオンの事情


「よう兄弟。こうして会うのは久々だな」


 乱雑にうず高く積まれた本の上から、赤紫の蛇が曇った声でそう云う。

 ケンは巨大な図書館を思わせるスキルライブラリを訪れていた。


「状況は?」


 ケンはアスモデウスの化身である赤紫の蛇に頼んでいたことの進捗を問う。


「まぁ、なんとか構成は理解できたぜ。とりあえず、”呪印解除のスキル”へ分かっているところだけでも加えておいた」

「そうか、ありがとう」

「でもよ、あのリオンってちびっ子に施されてる呪印は結構強力なんだ。たぶん、かなりの力を持った魔導士に施されてるみたいでよ。兄弟やラフィ嬢ちゃんの時みたく簡単にはいかねぇって先に云っておくぜ」


「ならどれぐらいまで解除できるんだ?」


「とりあえず一発じゃ”絶対服従”を解除できるだろうよ。完全解除するにゃ長い時間を使うか、あのちびっ子がミンチになるほどの膨大な魔力を流し込むか、術者をぶっ殺すかだな」


 問題はあるが、とりあえずリオンを、呪印から解き放つ手にできたとケンは思う。

 リオンの背後に何者かがいるのは明白。

このままリオンを泳がせ続ければ、いずれ背後の連中が姿を現す筈。


 しかし理性ではそう思えどケンの感情がそれを許さなかった。


 強制的に転移転生しょうかんされ、呪印によって自由を奪われ、道具のように扱われる奴隷兵士スレイブソルジャー

 同じ存在だったケンとって、人としての尊厳を奪うその肩書は、何よりも嫌悪の対象となっていた。


――それにリオンは戦いの時以外は笑っている。


 ラフィと食事を取り、ムートンと話すリオンの姿は、年相応の無邪気なものに感じられる。

 きっとアレがリオンの本当の姿だと思う。

 奴隷兵士として自分を認めているとは考えられない。


 だからこそケンはリオンを奴隷兵士という呪縛から救いたい。

ただそう思う。


「アスモ、引き続きよろしく頼む。いつ敵が本格的にこっちを狙ってくるか分からねぇからな」

「任せな兄弟!」

「ありがとう。この礼はいつか必ず」


 すると表情変化の無い赤紫の蛇が、にやりと笑みを浮かべたような気がした。


「んじゃよ兄弟、今回の礼として今度久々に外へ出させてくれよ。いい加減、ここで大人しくしているのに飽きちまったからよ」

「そうだな、検討しよう」

「そうこなくっちゃ! なに、前みたいに嬢ちゃんに手は出さねぇから安心しな。今は専ら、あの聖騎士の嬢ちゃんに興味あっからよ」

「ムートンにか?」


 そういえばアスモデウスは、妙にムートンへ関心を寄せていたと思い出す。


「ああ! ありゃ結構いい女だぜ、ヒヒッ。敬虔な天空神の下僕と、魔神の俺様が楽しむ……想像しただけで疼くぜ」

「……お前、いったい何を考えてるんだ?」


嫌な予感がしたケンは思わず聞き返す。

するとまた表情の無い蛇が何故か笑ったような気がした。


「んなもん決まってるだろうよ!」

「……」

「安心しろ、兄弟。お前さんの男としてのプライドは傷つけやしねぇよ。何せ俺様は色欲の魔神って面もあるんだ。その気にさせるなんざ朝飯前よ」

「その時は、なんだ……やっぱり俺の体を使うんだよな?」

「たりめぇだろ? じゃなきゃ何もできねぇつーの!」


 アスモデウスがケンの体を使って、ムートンと何をしたがっているのかは分かる。

 出会ってから今までアスモデウスには世話になりっぱなしのケンは自分にできる事だったら最大限聞き入れたいと思っている。


が、願いが願いだけに万が一、自分とムートンがそんな関係になっているところをラフィに見られたら彼女が傷つくのではないかと思い、どうにも踏ん切りが付かない。


「前向きには検討したいが、ラフィが……」


 思わず悶々とした気持ちが言葉に乗って出る。


「ははっ! 今はムートンの話してんだぜ? なーんでそこで嬢ちゃんの名前が出てくんだよ。おめぇにとって嬢ちゃんは妹とか、そんなもんなんだろ?」

「それはそうだが……」


 そう改めて問われて、なぜ自分とムートンが関係を持つことでラフィが悲しむのかと思う。

だがケンには、そうなるように思えて仕方がない。

どうしてもラフィの悲しそうな泣き顔が浮かんで、どうにも耐えがたい気持ちになってしまう。


「まぁ、兄弟! そんときは絶対に嬢ちゃんにばれねぇよう上手くやっからよ安心てくれ。だからよーく検討しといてくれよ、なぁ?」

「……検討、しておく」

「おう! くれぐれもよろしく頼むぜ!」


 蛇の姿をしたアスモデウスの姿がぐにゃりと歪み、目の前の光景が消えてゆく。

 ケンの意識は遠のき、彼はスキルライブラリから外の世界へ戻るのだった。



●●●



「ッ……!?」

「あっ、済みません。起こしてしまいましたか?」


 リビングのソファーの上で意識を取り戻すと、普段着のムートンがケンのことを見上げていた。


「すぅー……すぅ……」


 ケンの膝の上ではラフィが静かな寝息を上げて、幸せそうな寝顔を見せている。

 最初はなんでこんな状況になっているのか分からなかった。

しかしやがて、朝早くからでかけてアースドラゴンと戦い、家に戻って疲れて眠ってしまったことを思い出す。


「ラフィの寝顔可愛いですね。見とれてしまいます」

「あ、ああ……そうだな」


 ムートンは柔らかい笑みを浮かべながら、まるで小さな子供をあやすようにラフィの髪を撫でていた。

 そんなムートンの優しげな雰囲気と、スキルライブラリでアスモデウスとした会話が重なり、

彼女のことを妙に意識してしまう。


――よく見てみると、確かにムートンは良い女かもしれないな……


 頭もよく回るし、心も広い。

顔立ちは端正だが、どこか可愛げがある。

聖騎士としての実力は全く残念だが、それでも重厚な装備を軽々と扱っているだけはあって、体つきもしなやかでしっかりとしている。


改めて感じたムートンの魅力に、意図せず心臓が高く鳴り響く。


『ほら、いい女だろ? ようやく気付いたかい兄弟?』


 頭の中でアスモデウスが囁く。


「師匠? 私の顔に何かついていますか?」


 ムートンが顔を上げた。

服の隙間からちらっと彼女の大きな胸が見え、心臓が跳ね上がる。


「ケンさん? 体が緊張してますけど、どうしたんですか?」

「なっ!?」


 気が付くと、膝の上のラフィが起きていて首を傾げていた。


「そ、そうだ! ムートン、何かあって来たんじゃないか!?」

「ああ! そうでした。忘れてました。すみません! マルゴさんからこれを師匠に渡すようにと」


 ムートンは慌ててズボンのポケットから紙切れを取り出し渡す。

 内容は、リオンの尾行結果だった。

 リオンは八位迷宮バルバトスの本道付近にある岩場で突然姿を消し、そこで見失ったという報告だった。

 そして最後に、


”今夜もラフィさんとお愉しみくだせぇ。なんならムートンもお仲間に”


 マルゴの妙な気遣いと勘違いに苦笑禁じ得ないケンだった。


 しかしこれでようやくリオンの所在は掴めた。

いつもは彼女が来るのを待っていただけだったが、今度はこちらから踏み込もう。

それで何か分かることがあるかもしれない、とケンは決する。


 そんなことを考えている間に、うたた寝から目覚めたラフィは、脇のソファーに座り直したムートンへ、お茶を差し出していた。


 ムートンの艶やかな唇が、白いティーカップに、”はむっ”と触れる。


「腕上げたね。とっても良い淹れ方だよ」

「えへへ、ありがとうございます。ムーさんの真似してみたんですよ?」

「やっぱりラフィは凄いね」

「いえいえ、ムーさんの指導があってこそですよ」


 ムートンとラフィはまるで昔からの友人同士のように笑い合っている。


「ケンさんもどうぞ」

「あ、ああ。ありがとう」


つい昨日まではほっこりとした気持ちで見られていた光景だったが、やはり視線は何故かムートンばかりに行ってしまう。


「あ、あの、師匠、さっきからどうされたんですか? やっぱり今の私どこかおかしいですか?」


 視線に気づいたのか、ムートンは苦笑いを浮かべて聞いてくる。


「あ、いや、なんでも! へぇーこれがラフィの淹れたお茶、旨そう……あっちぃ!」


 勢い任せに温度も気にせず、お茶を口に運んだ結果だった。

 ムートンとラフィは揃って、一人ドギマギしているケンを見て首を傾げる。


『良いぜ良いぜ、その気になっちまえよ兄弟! うひひ!』

――だ、黙れ!


 文字通り頭の中に響いた魔神の囁きに、ケンは抗弁するのだった。



●●●



――もう気配、無い。


 リオンは岩陰に隠れて念のために気配を探る。

ケンと別れてからずっと付きまとっていた追跡者の気配は既に感じられない。

 ようやく緊張感を解いたリオンは、八位迷宮バルバトス本洞近くの岩場を飛び、そして僅かに赤い光が漏れる横穴へ入った。


「ただいま」

「リオンお姉ちゃんお帰りー!」


 洞窟の奥から何人もの人間の子供が飛び出して来た。

彼らは全員、嬉しそうにリオンを囲んで帰りを喜ぶ。


「今日ドラゴンの肉、手に入れた。みんなで食べよう」


 子供たちは更に沸き立つ。

そんな彼らの姿を見て、リオンの心の内は喜びに満ちていた。

そしてその度に、彼らに出会ったばかりのことを思い出す。


 今こうして笑っている彼らも、最初は危険な迷宮探索で親を失ったことで、殆どの子が塞ぎこんでいた。

それ以上に孤児たちを取り囲む、この世界に現状にリオンは怒りを覚えていた。


 彼らを保護してくれるところ等、この世界にはどこにもない。

 親を失ったなら、残されているのは飢えて死ぬか、奴隷となるか、盗賊になるかである。


 そんな子供たちを不憫に思い、リオンはこうして集め、今に至る。


――もう二度と、誰の手も離さない。そのためだったら全力を尽くす。


 転生する前の世界で、多くの大切な人たちを失ってきたリオンは、改めてそう誓いを立てる。


 そんな時、背後に鋭い気配を感じた。


「リオンさん、」

「少し、お話が」


 振り返ると、洞窟に入口に見える人影が二つ。


「姉ちゃん?」


 リオンの緊張を感じて、子供の一人が彼女の袖を引く。


「だいじょうぶ。さきに食べてて」


 リオンは子供の頭を優し撫でて立ち上がると、洞窟の入り口に佇む、

黒と白の良く似た顔立ちの小さな魔導師:アイス姉妹のところへ向かっていった。


 アイス姉妹に先導され、リオンは住処である岩場の近くにある森の中へ入ってゆく。

 既に陽は落ち、森の中は不気味な静寂と、闇の中に沈んでいた。

 そんな中、はたりとアイス姉妹が足を止め踵を返す。

 リオンは合わせるように立ち止まった。


「それでリオンさん、あの男の力がDRアイテム由来だと分かりましたか?」


 黒の魔導師:姉のシャギが聞き、


「ごめんなさい、未だよく分かりません……」


 シャギから視線を外してリオンは答えた。


「あらあら、それは困りましたね姉様?」


 白の魔導師:妹のオウバが軽薄な声音でそう聞き、


「そうね。それにリオンさん、貴方随分とあの連中と仲良くやっているようね? そんな中途半端な気持ちですから、”任務”を果たせないのですよ?」


 シャギが冷ややかに聞く。


「あうぅ……それは……」


 そうリオンが言い淀むと、黒と白の魔導師:アイス姉妹は揃って邪悪な笑みを浮かべた。


「お仕置きが必要ね、姉様?」

「そうね、オウバ。今夜は特にきつくて、特に苦しいの必要ね」

「「そうね。そうしましょう!」」


 アイス姉妹は揃ってリオンへ向けて腕を翳した。

 リオンの下腹部に深く刻まれた隷属の証、呪印が妖艶な輝きを放つ。


「あうっ! あっ……!」


 下腹部に鋭い熱を感じたリオンは、既に立っていることが叶わず、落ち葉の上へ崩れ落ちた。


「あう! んっ! や、やめ……てっ……!」


 小さなリオンの身体を、アイス姉妹の激しい魔力が席巻する。


「う、くっ……あう、んっ!」

「あらあらリオンさん、声を殺しては逆に苦しいだけですよ?」

「姉様の仰る通りですよ」

「「うふふ……」」


 苦痛と快楽。攻めと解放。

波のように連続する、相反する感覚は、リオンからまともな感覚を奪い去る。


 そんなリオンの様子を、アイス姉妹は

口元を歪ませながら嬉しそうに眺めていた。


「あうっ! んんっ!! ああああっーッ……!!」


 アイス姉妹に更に強い魔力を流し込まれたリオンは、悲鳴を必死に噛み殺し、葉の上で打ち上げられた魚のようにビクンと跳ねた。

 汗でべとべとになった身体を起こすことは叶わず、呼吸を落ち着けるのが精一杯だった。


「期日は明日です。明日までにあの男の全力を引き出し、私達へみせなさい」


 シャギがそう云い、


「姉様の仰る通りです。今のお仕置きで貴方は限界を超えて力を扱えるようになりました。どうぞ、是非、その力で任務を終えてくださいね」


 オウバが続く。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 リオンは蹲ったまま、小さく首肯する。


「必ずですよ? でなければ今度は貴方の大事にな子供たちが、どうなっても知りませんからね?」

「むしろ私たちはそれはそれでも良いのですけど、」

「「うふふっ……」」


 アイス姉妹は不気味な笑い声を重ねながら、姿を煙のように消してゆく。


 リオンの脳裏に浮かんだのは、自分を慕う孤児たちと、自分に優しくしてくれた同じような耳と尻尾を持つラフィのこと。

そして、彼女が慕う、ターゲットの男――ケン=スガワラ。


 しかし迷ってはいられない。

 天秤に掛ければ、孤児たちの方が僅かに傾く。


――もう二度と大事な人たちの手を離したりしない。


 転生前の過去は、リオンへ強くそう思わせる。

 リオンはぐったりとした身体を無理やり起こし、内側では闘志を燃やす。


――任務、遂げる。絶対に!


 リオンは気だるい体を引きずって、孤児たちが待つ横穴へフラフラと戻ってゆくのだった。


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