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任務


「ラフィ、仕上げだ! 肉へ酒をかけてくれ!」


ムートンは戦闘時のように真剣な顔をで叫ぶ。


「はい!」


 元気よく答えたラフィは、

ムートンがたき火で焼いているアースドラゴンのもも肉へ酒を振りかけた。

 アルコールによって炎が勢いを増し、肉汁と混じった芳醇な香りが少し離れたところにいるケンまで届く。思わず口の中へ生唾が溢れた。


――ムートンの奴、シェフも向いてるかもしれねぇな。


「くぅー…かぁー……あう……?」


 匂いに釣られたのか、膝の上で眠っていたリオンは鼻をひくつかせて、ゆっくりと薄目を開いた。


「起きたか、寝坊助」

「ッ! たた、かう……!」

「まだ寝てろ。それに今のまんまじゃ相手になられねぇぜ?」

「あう……」


 ケンの指摘が最もだったのかリオンは素直に彼の膝へ頭を預け続ける。


「お前、もうちっと力の使い方変えろ。 こんなんじゃいつまで経っても俺は倒せないぜ?」

「……」

「なぁ、なんでお前はそんなに俺と戦いたいんだ? やっぱレッドデスワームの件か?」

「違う。それ……んっ! ……ぼ、僕の、任務……」


 ケンはリオンから僅かに呪印の魔力を感じ取る。


――やっぱり口封じか。


 やはりリオンの背後にはケンを狙う何者かの存在があるようだった。

 それに”任務”という言葉も気になる。


 だが先ほどの様子から、

それ以上のことは呪印によって聞き出すのは不可能だとケンは判断するのだった。


「ケンさーん、リーちゃーん! みなさーん! ご飯できましたよー!」

「そら行くぞ、チビ助」

「あうぅ―……」


 ラフィに呼ばれ、ケンはリオンを担いでゆく。

凍結したアースドラゴンや小型竜の解体をしていたマルゴ一家も作業の手を止め、たき火の方へと向かってゆく。

 たき火の周りにくべられたアースドラゴンのもも焼きは、当に”肉”の味だった。

 脂肪分は少ないが、だからといってパサついておらず、食べごたえは抜群。

周りにまぶしてあるローズマリーのような芳香なスパイスは、食欲を増進させて、その場に居る誰もが食事に夢中になっていた。


「リーちゃん、あーん」

「あーん」


 リオンは全く警戒せず、ラフィから食事を貰っていた。

ケンはそんな二人の微笑ましい光景に頬の緩みを感じる。


「がはは! こりゃすげー収穫だぜ! さすが兄貴! 兄貴のご活躍を祝ってかんぱーい!」

「「「かんぱーい!」」」


 すっかり出来上がっているマルゴ以下一家の連中は、褒め称えているケン本人を放って置いて酒盛りを始めていた。

 最も、あの輪の中へ入れば、ロクな目に遭わないと思い、ケン自身が距離を置いていたからではあるが。

 

そんな皆の輪から少し離れたところで、ムートンは一人、調味料の瓶を拭いたりして料理の後始末をしていた。

 申し訳なさ半分、要件半分で彼女へ近づく。

そして並んで腰をかがめて、煤で汚れた調味料の瓶と手に取った。


「わりぃな、一人で片づけさせちまって。手伝うよ」

「あ、良いですよ師匠! 今日の謝罪もありますし……」


 少し苦笑い気味のムートンへ、ケンは首を傾げる。


「ん? 何の謝罪だ?」

「まさかアースドラゴンが出てくるだなんて、予想外でして……今度からはもっときちんと調べてから提案するようにします。本当に申し訳ありませんでした」


 ムートンは恭しく頭を下げた。


――ホント、真面目だよな、コイツ。でもそこが良いところか。


 起こったことを責めたところで仕方は無いしなんとかなったのだから、それはそれで良い。

 しかしありのままを伝えては、折角のムートンの謝罪の意思も無碍むげにしてしまう。


「わかった。んじゃ、次からはきちんと調査頼むぜ」


言葉がムートンの耳へ入るなり、

彼女は嬉し恥ずかしと云った具合に顔をほころばせる。


「ありがとうございます! やっぱり師匠は寛大ですね」

「そうだな、俺は寛大だ。つぅうことで、一人寂しく後片付けしている弟子の手伝いをしてやるよ」

「ああ、良いですよ。好きでやってることですし、これはお父さ……コホン、父上からの教えですので」

「親父さんの?」

「はい! 調理は後片付けまで! 後で野郎はバカ野郎! ですので。それにラフィはリオンちゃんのことで忙しそうですしね」


 こういう真面目さや、気の回し方ができるからこそ、ムートンは”聖騎士”に任じられたのかもしれないとケンは思った。 


「なら、尚のこと手伝わねぇ訳にはいかねぇな。バカ野郎にはなりたくねぇし」

「あはは。師匠は全然バカじゃないですよ」

「おっし、じゃあ師匠からの命令だ。俺がこれからすることに口出すんじゃねぇ。俺が好きでやることだからな」

「ふふ、やっぱりお優しいですね。じゃあ、弟子は口は出しません。お好きにどうぞ」」


 ムートンは柔らかい笑みを見せた。

 綺麗な笑顔だと思い、身体が若干熱を持つ。

しかしこうしてムートンに近づいたのは、手伝うためだけではない。


「で、しながらで良いからリオンのこともう少し詳しく教えてくれねぇか?」

「リオンちゃんの、ですか?」

「ああ。なんでもいい。お前が知ってることを全部、な」

「そうですねぇ……」


 現地人のムートンの話によればリオンは半年ほど前に突然ギルドへ現れたという。

 そして僅か数週間のうちにパープル、ルビーとクラスを上げた。

誰かとパーティーを組むことは一切なく、単身でクエストをこなし、ここまで単身で巨大モンスターを100体以上も討伐していた。しかしそれ以上のことは殆ど知られていない。


 ラフィのように獣の耳と尻尾を持ってはいるが、この世界に存在するどの種族にも該当しないこと、そして夕暮れが迫るとクエストがどんな状況だろうが、投げ出して帰ること。


――やっぱり呪印に繋がる情報は無さそうか……


 その時、リオンがケンとムートンを横切った。

彼女はぼうっと、凍結して解体の進んだ巨大なアースドラゴンの死骸を見上げていた。


「リーちゃん、どうしたの?」


 遅れてやってきたラフィが聞くと、リオンは”うー”と唸りながら、物欲しそうな視線を

ラフィへ向ける。


「もしかして欲しいの?」

コクリコクリ。


 はっきりとした首肯。


「ケンさん、良いですか?」

「ああ、勿論だ」

「やった!」


 リオンはケンの了承を聞くなり、ひっと飛びでアースドラゴンの背中へ飛び乗る。

 ケンもまた拭いていた調味料の瓶をラフィへ預け、アースドラゴンの背中へ飛び乗った。


 リオンはアースドラゴンの肉を求めて、表面を覆っている氷へ何回も短剣を突き立てていた。

しかし、思いの他氷が固いのか、苦労している様子だった。


「ちょっと退いてろ」

「んー?」

「良いから」


 リオンが大人しく引き下がって十分距離があると確認したケンは手をかざして、火炎噴射のスキルを発動させた。

 固い氷が見る見るうちに赤い炎で溶けアースドラゴンの背中が露わになる。


「そら、これでやり易くなっただろ?」

「ありがとう!」


 リオンは短く礼を口走り、早速露わになったアースドラゴンの背肉へ飛びつく。


「なぁ、リオンどうしてアースドラゴンの肉が欲しいんだ?」

「これご馳走! 食べさせる!」

「食べさせるって誰にだ?」

「……」


 リオンは肉の採集の夢中なのか、ケンの問いに答えず、ひたすら短剣で背肉を切り分け続けていた。

切り取った肉がリオンの後ろへ無造作に積みあがってゆく。


「リーちゃん!」


 たくさんの大きな葉っぱを抱えたラフィとムートンが、ドラゴンの背中へ昇ってきた。


「あう?」


 リオンは作業の手を止めて、ラフィとムートンを見やる。


「ほら、ムーさん」

「あ、ああ……」


 ラフィに背を押されて、たくさんの葉っぱを抱えたムートンがリオンへ歩み寄った。


「も、もし持って帰るならこの葉に包んでくれ。葉の表面に抗菌作用と、保温機能があるから肉が傷みにくくなるから」

「……」

「ほ、ほら、どうぞ!」


 恐る恐ると云った具合にムートンは葉っぱを一枚差し出す。

するとリオンは眉を緩めた。


「ありがとう!」

「ど、どういたしまして! なら私が包もう!」

「おねがい」

「任された!」


 意気揚々とムートンは無造作に放られた、アースドラゴンの肉を丁寧に葉っぱでくるみ始める。


「流石だな」


 ケンは隣にいるラフィへそう云うと、彼女は嬉しそうな笑みを浮かべた。


「これでムーさんもリーちゃんと仲良しになれましたね。ケンさん、わたし達も手伝いましょ?」

「おう」


 ケンはラフィと一緒にリオンの手伝いをしようと歩み寄る。


 その時アースドラゴンの背中を茜色の夕日が赤く照らし出した。

すると突然、リオンが解体の手を止める。

 ムートンが几帳面に葉で包んだ肉をひったくるように奪い麻袋へ無造作に詰め込む。


「勝負、また明日! 明日こそは絶対!」


 一方的にお決まりのセリフをリオンは吐いて、アースドラゴンの背中から飛び降りてゆく。

 ケンもまたアースドラゴンの背中から飛び降り、そしてマルゴを呼びつけた。


「なんでしょう兄貴?」

「一家の中に追跡が得意な奴はいるか? 勿論、酔っててもきちんと仕事をこなせる奴だ」

「ええそりゃもうおりますとも! それに兄貴のご指示で居たら俺ら一家は酔っていようと仕事はきちんとこなしますぜ。で、やっぱリオンですかい?」

「ああ。まだそう遠くへは行ってないはずだ。早急に頼む」

「へい! お任せくだせぇ。おい、てめぇら! 酒盛りはそこまでだ! 兄貴からの頼みだぞ!」


 マルゴがそう叫ぶと、一家は一斉に酒を飲むのをやめ、動き出す。


「あはは、リオンちゃんが私に、ありがとうって、うへへへ……」


 ケンの後ろではムートンが危ない笑みを浮かべていて、


「良かったですね、ムーさん! これでムーさんもリーちゃんと仲良しさんですね!」


ラフィは本当に嬉しそうにそう云う。


 マルゴ一家の真剣さと、にやけているムートンの間にいるケンは、そのギャップに苦笑を禁じ得なかった。

 

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