狩猟対決! 迫るアースドラゴン!
「おいコラクソガキ! こんな朝っぱらに何の用だ!」
「そこどく、雑魚! 勝負! 僕、ケンと戦う!」
外が騒がしかった。
まだ薄暗い時間にも関わらず、ケンはベッド代わりにしているソファーから起き上がる。
窓の外を覗いてみれば、集合住宅の入り口にマルゴ一家が立ち塞がっていた。
対面のリオンは何か大声で叫んでいる。
そんなマルゴ一家とリオンの間で、ファンシーな青い寝間着姿で、髪をぼさぼさにしたムートンがオロオロとしていた。
――んったく、アイツら朝っぱらから何してんだよ……
ご近所トラブルを起こしたくないケンは眠気眼を擦りながら部屋を出て、下へ向かった。
「退く、雑魚!」
「どかねぇ! ガキはさっさと帰んな!」
相変わらずリオンとマルゴは集合住宅の外でどっちも引かず叫び続け、
「ちょ、ちょっとマルゴさんもリオンちゃんも声押さえて! 師匠が怒りますよ!?」
ムートは必死になだめている。
ケンがその場に居ても誰もが気づかずにらみ合ったままだった。
「ああ、まったその通りだ」
「ひやぁあっ! って、師匠!?」
声を出してようやくムートンが気づき、釣られてリオンとマルゴも視線を向けて来た。
「マルゴ、これは一体どういうことだ?」
「いや、昨日兄貴このちびっ子に狙われたじゃないですか。それで兄貴なんかあっちゃ困ると思いまして、一家総出で見張りしてたところ、案の定コイツが出て来たって訳です、はい」
「ムートンは?」
「わ、私は、マルゴさんとリオンちゃんの声を聞いて何事かと飛び出したところ、こんなことになってまして……」
「ケン、勝負!」
しかしマルゴとムートンの言葉などお構いなしに、リオンは腰元の短剣を抜いて、鋭い視線を寄せている。
「ケンさん、こんな朝早くからどうしたんですか?」
騒ぎを聞きつけたのか眠そうなラフィが集合住宅から出て来た。
「おはよう、ラフィ。実はな……」
「あっ! リオンちゃん! おはよー!」
ケンの声を遮って、ラフィは嬉しそうにリオンへ駆けてゆく。
「あ、あう、ラ、ラフィ……!」
リオンは声を震わせて、短剣を素早く後ろへ隠した。
嬉しいような、そうでないような表情を浮かべている。
「こんな朝早くにどうしたの? 朝ごはん食べに来たの?」
「あう……そ、そう……?」
「そうなんだ! でも準備はこれからだよ? って、後ろに隠してるもの何?」
「こ、これ……!!」
「あー! また危ないもの持ってる! もしかしてまたケンさんと勝負とか考えてる?」
「そ、それ、は……!」
「昨日ダメだって言ったよね?」
「あう……」
怒り気味のラフィに責められリオンは少し泣き出しそうだった。
「あの、師匠」
っと、その時ムートンが寄ってきて、
「この際ですからリオンちゃんの勝負を受けてあげてはいかがでしょうか?」
「あ? それマジで云ってるのか?」
「ふふん! 私にとってもいい考えがありますので!」
ムートンは自信満々に答える。
何故かその言葉に力強さを感じ、ケンは以降の采配をムートンへ任せるのだった。
●●●
日は昇り切り、今日も快晴。
ケン達は陽を浴びて青々とした枝葉を煌めかせる森の付近にまでやってきていた。
「師匠、そしてリオンちゃん。貴方がたにはこちらで狩猟対決をしてもらいます。目標はこの森に多く生息するキラービーを主とした小型モンスター。それらの討伐数が多い方を勝ちとします!」
森の前に立つムートンは、ケンとリオン、その後ろに控えるラフィとマルゴへ説明する。
「やっ! ぼく、ケンと戦……!」
突っぱねようとしたリオンが背筋を伸ばす。
リオンの後ろでラフィが嘘臭いほど盛大な笑顔を浮かべていた。
「この勝負でしたらわたしは良いと思いますよ? ねっ、ケンさん?」
「お、おう、そうだな……」
――なんかすげぇラフィの雰囲気が怖いんだけど……
「師匠は良いみたいですね。リオンちゃんはどうしますか?」
「あ、あう……やる」
リオンはムートンへそう答えると腰の道具ベルトを外して、肩に担いだ弓の調整などを始めた。
「ちなみにラフィとマルゴさん達には見届け役を兼ねて、はちみつなどの採集を行ってもらいます! 良いですね?」
「はい! 皆さん、たっくさんはちみつ取りましょうね!」
ラフィの笑顔にマルゴ一家は鼻の下を伸ばし異口同音で「オッス! 頑張りやしょう姉さん!」と答えるのだった。
「この状況狙ったな?」
ムートンへそっと近づいて耳打ちをすると彼女は自信ありげに胸を張る。
「ええ、勿論! 師匠とリオンちゃんの殴り合いは避けられますし、アイテムだって手に入るので無駄な活動にはなりませんからね。あと、昨日ラフィがリオンちゃんにはちみつを食べさせたいって云ってたのを思い出したのもあります」
「お前、結構頭良いんだな」
「お褒めのお言葉ありがとうございます! ただ私は師匠とラフィのためになることを考えただけですよ、はい」
「ありがとな」
「勿体ないお言葉! 私は危ないところを師匠に救われました。これぐらいして当然です!」
――こいつ聖騎士から軍師か参謀に転職した方が良いんじゃねぇか?
『俺もそう思うぜ、兄弟」
ケンとアスモデウスはムートンへ同じ感想を抱くのだった。
「準備できた! 勝負ッ!」
リオンは弓を持って叫ぶ。
「おう、こっちはいつでも大丈夫だ」
ムートンへ目配せをすると彼女はケンとリオンを見渡した。
「では制限時間は太陽が空の中心に上り切るまで! 二人とも、始めてください!」
ケンとリオンはほぼ同時に地を蹴って深い森の中へと飛び込んだ。
ケンは鬱葱と生い茂る木々の間を
風のように進んでゆく。
『兄弟! 左前方!』
「そこかッ!」
アスモデウスの声に合わせて、腕を鋼の刃と化す、
スキルウェポン:【冷鉄手刀】を左前方へ振りかざす。
「ビッ!」
すると、ソフトボール程の大きさの蜂型モンスター:キラービーがケンの鋭い手刀で切り裂かれバラバラに砕けた。
――サンキュウ、アスモ!
『良いってことよ! 探知、協力するぜ!」
――ああ、頼む。
『前方より大群! 蹴散らせ!』
ケンは飛び出し、森の奥から出て来たキラービーへ手刀を振りかざす。
「おわっと!」
「ビッ!?」
鋭い矢が目の前を過り狙っていたキーラービーが撃ち落とされた。
少し離れた木々の間で弓を構えたリオンがこちらの方を睨んでいた。
「やるな! 流石だ!」
「僕、勝つッ!」
そんなやり取りをしていたケンとリオンの耳が無数の羽音を捉える。
音の方へ視線を傾けてみれば、木々の間から無数のキラービーが腹の太い針の先端を煌めかせ、
まっすぐこちらへ飛んできていた。
再びケンとリオンは同時に地を蹴って飛び出す。
「そらっ!」
『後方より大群!』
ケンの腕を覆う氷の刃は、
無数のキラービーを悉く切り裂き、
「勝つの僕! 負けない!」
リオンは弓と腰の短剣を器用に使い分けてほぼ同じペースでキラービーを撃ち落としていた。
次々と飛来するキラービーの数は圧倒的。
しかしケンとリオンの前では烏合の衆でしかなく、彼らを超えることができない。
ちらりと見えたラフィはケンへ笑顔で手を振る。
彼女はマルゴ一家にきっちり守られながら、ちゃっかりはちみつの採集に余念が無い。
「ひゃぁあっ! く、来るなぁ~!」
相変わらずムートンはキラービーに追いかけられて情けない声を上げながら逃げ惑っている。
――あんな重そうな装備で良くあれだけ早く走れるな……
『勿体ねぇよな。あれで攻撃さえまともに当たればな』
――全くだ。
『兄弟! 右っ!』
――おう!
ケンの手刀が五匹のキラービーをまとめて仕留める。
「ビビッ!」
流石のキラービーも野生の本能で不利を悟ったのか、ケンとリオンに背中を向けて散り散りに飛び立ち始める。
追おうと再び膝に力を籠める。
瞬間、ケンは靴底へ嫌な振動を感じた。
「ッ!!」
リオンも異変に気付いたのか、立ち止まり前方を睨む。
靴底へ感じる振動は次第に強まり、向こうで大木が大きな音を立てて折れた。
「ギャオォォォン!」
盛大な咆哮が全身を揺らし黒い巨大な影がケンとリオンへ落ちる。
【アースドラゴン】
森に生息する翼をもたない獰猛な龍の一種。
翡翠の鱗はリザードマン以上の強度を誇り鍛え上げられた刃でさえも歯が立たない。
――どうやら森の主を起こしちまったようだな……
勘に任せてケンとリオンが飛び退けば彼らがさっきまでいた場所へアースドラゴンの、巨石のような前足が大地を踏みしめ、震撼させる。
「マルゴ、ムートン! ラフィを安全なところへ!」
「へい!」
「わ、わかりました!」
「ケンさん!」
ラフィの悲痛な叫びを背に受けながら、ケンは再び飛んだ。
「くらえっ!」
一気に飛び上がって、アースドラゴンの首へ手刀を見舞う。
鋭く研ぎ澄まされた氷の刃は、固い鱗をいとも簡単に引き裂く。
しかしそれだけ。
体躯で勝るアースドラゴンにとって鱗の傷一つ程度ではかすり傷にもならない。
「ガオォォン!」
ケンは差し向けられたアースドラゴンの牙をひらりとかわして、地面へ舞い戻る。
が、間髪入れず再度アースドラゴンの、幾重にも連なる牙が迫る。
バック転で交わすが、その度にアースドラゴンは一歩前に進み再び牙を繰り出す。
そんな中、ヒュンと矢が飛来して、アースドラゴンの巨躯を支える足を射抜いた。
アースドラゴンは注意を、脇で弓を構えたリオンへ移す。
しかしリオンは臆さず、引ききった弓を空高く構えた。
「僕とケンの勝負邪魔しない! 多段矢!」
緑の輝きを帯びた矢が飛び、綺麗な弧を描いてアースドラゴンへ向かう。
輝く矢は空中で分裂し、次々とアースドラゴンの背中へ矢の雨を降らせ、鱗を貫く。
流石のアースドラゴンも、降り注ぐ矢に怯む。
そのる隙に、ケンは再び飛んだ。
「終わりだッ!」
ケンの蹴りがアースドラゴンの口を直撃し、凶暴な牙がバキッと音を立てて何本も砕け散る。
ドラゴンがよろけ、ケンとリオンはほぼ同時に地を蹴って距離を詰める。
「ギャオォォォッ!」
「くっ!」
「あうっ!」
壮絶な咆哮は空気を震撼させその圧力はケンとリオンを紙切れのように吹っ飛ばした。
二人はひらりと身を捻って、綺麗に着地。
瞬間、不気味な鳴き声が周りから聞こえ始めた。
「クルエッ! クルエッ!」
森の木々の間から馬ほどの大きさの翼の無い竜がが次々と飛び出してくる。
『おーおー、奴さん不利を悟ってお仲間呼びやがったか』
――上等だ、まとめて駆逐するだけ!
ケンは腕へ氷の刃を纏わせ、リオンは腰から短剣を抜き、接近する小型竜との距離を詰めた。
「そらっ!」
ケンの手刀はあっさりと小型竜の首を跳ね、
「邪魔! 退く、雑魚ッ!」
リオンも負けじと短剣で小型竜を切り裂く。
だが倒せど倒せど小型竜は湧いて出て埒が明かない。
「ギャオォォォン!」
「おっと!」
すっかり忘れていた主のアースドラゴンの牙を、ケンはひらりとかわして飛び上がる。
「く、来るなぁ! 来るなぁ! あっち行けぇ~!」
「おめぇ聖騎士だろ! もっときっちり戦え!」
目下ではラフィの前へムートンとマルゴ一家が立ちふさがり、接近する小型竜を倒していた。相変わらずムートンは立派な剣は空を切るばかりで、小型竜を仕留めているのはもっぱらマルゴ一家の方だった。
そんな役立たずのムートンの背後へ、一匹の小型竜が回って、腕の鋭利な鉤爪を振りかざす。
「ムーさんッ!!」
横から飛び出してきたラフィの飛び蹴りが小型竜を吹っ飛ばし、勢いで見えたスカートの中身にマルゴ一家は鼻の下を伸ばす。
――あいつ等、後でぶっ飛ばす!
そう強く思うケンだった。
「すまないラフィ……」
「手伝います! 行きますよムーさん!」
「ああ!」
ラフィとムートンはペアを組んで、小型竜へ立ち向かう。
とはいえ、ムートンに群がる小型竜を、ラフィが追い払っているようにしか見えない状態だった。
「雑魚! うざい! まとめて倒す!」
ところ変わって、ケンの少し先で小型竜に挑んでいたリオンは弓に矢を番えた。
弓へ緑の輝きが収束する。
「爆破矢!」
爆発的な魔力を宿した矢が放たれた。
緑に輝く魔力の渦は、目前の小型竜を飲み込み、焼き切って灰へと返る。
それでも小型竜は延々と森の奥から現れ続けた。
弓や短剣で小型竜を倒すリオンだったが、流石に疲れの色が見え隠れ始める。
――やっぱ親玉をやっちまわねぇとダメか
『だな。出し惜しみすんじゃねぜ、兄弟?』
――わかってらぁ!
アスモデウスとそう交信し、気持ちを入れなおすとケンは再び地を蹴った。
「クルエッ!」
数匹の小型竜が、口の牙や、腕の鉤爪を振りかざして襲い来る。
「甘い!」
ケンは勢い任せに身をかがめ、スライディングで小型竜の腹の下へ潜り込む。
そして腕を押し当てた。
●スキルライブラリ提示:氷属性魔法lv1
「おっ?」
『おっと、残念! どうやらこいつらはバジリスクと同じ弱点だったみたいだな」
「んだよ、HPの捕られ損かよ」
『そういうな、兄弟。ヒヒッ!』
「おらっ!」
怒り任せにつま先を振り上げる。
小型竜の腹へつま先が深く沈んだかと思うとまるでボールのように敵は弧を描いて吹っ飛ぶ。
「クルエッ! クルエッ!」
今だ寝そべったままのケンへ残った小型竜が群がる。
が、突然降り注いできた無数の矢に射抜かれ小型竜は次々と絶命した。
「サンキュ、リオン」
「ここで、負ける許さない!」
ケンの前へ立ったリオンは怒りに満ちた声を上げた。
「ギャオォォォン!」
再びアースドラゴンが激しい咆哮を上げた。
小型竜の目つきが一層鋭くなり速度を上げてケンとリオンへ襲い掛かる。
「肩、借りるぜ!」
「あうっ!?」
ケンは目の前のリオンの肩を踏み台にして飛んだ。
手を伸ばし、アースドラゴンの鼻先へ触れサーチを発動させた。
●スキルライブラリ提示:氷属性魔法lv2
『スキルライブラリから氷属性魔法強化の提示だ! このレベルだったらアースドラゴンも倒せる。 やれ兄弟!』
「おうっ!」
腕を軸に体を振り子のように振り上げて、
更に上昇。
目下にアースドラゴンと小型竜の群れを収めた。
「冬眠の時間だ! ドラゴンもお寝んねの時間ってなぁ!」
力と意思を込めて力を解放すれば翳した腕から吹雪のような冷気が渦を巻いて放たれた。
「クルエッ! クル……」
小型竜は次々と凍り付いて倒れ、
「ギャオ、ググッ……」
アースドラゴンの巨体がどんどん凍り付く。
だが、小型竜のように一瞬で凍結とならず。
そんなアースドラゴンへ向け氷属性魔法lv2で巨大化した氷の刃を腕にまとった
ケンが落下して迫る。
「おらぁっ!」
「ガ、グッ!? ……!」
腕を凪げば、巨大な氷の刃は長いアースドラゴンの首から立派なを切り離す。
ケンが地面へ降り立つのとほぼ同時に首を取られ、凍結したアースドラゴンの巨体が大きな音を立てて、倒れ込むのだった。
「掃討完了っ……ッ!?」
刹那、殺気を感じ腕を掲げると氷の刃と短剣の鋼の刃が重なる。
「邪魔なくなった! 勝負!」
やる気満々のリオンにケンは思わずため息を突いた。
「元気だなお前」
「勝負ッ!」
「良いぜ、そんじゃ!」
「あう……」
その時突然、リオンの体から力が抜けよろよろと地面へ倒れ込む。
「お腹、空いた……」
リオンはそう呟いたままピクリとも動かない。
「いきなり電池切れかよ」
「あうぅ……」
「んったく、しゃあねぇな」
悪態を突きながらも一歩も動けそうもないリオンを肩に担いで、ラフィのところまで運ぶケンなのだった。




