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異世界は残酷だった

挿絵(By みてみん)


 キィィィッ、というブレーキの音が聞こえた。

会社帰りの疲れた体を引きずるように歩いていた菅原すがわら けんの視界が真っ白に染まる。

 気づいた時に彼は、手にしていたスマートフォンもろとも、宙を舞っていた。


「うっ!」


 冷たい夜空と硬いコンクリートの間に叩きつけられ、思わず呻きを上げた。

 じんわりと身体のどこからか血が滲み出て、叩きつけられたコンクリートの上へと広がってゆく。


 既にぼんやりとし始めていた視界には炯々と輝きを放つひび割れたスマートフォンのディスプレイとそこに刻まれた細かな文字の数々。


――ネット小説なんて読みながら歩いてたからこんなことになったのか


 遠くなりかけている耳は細かな音を拾えない。

 だが呻きや悲鳴、はまたまた突然与えられた理不尽を呪う言葉が聞こえた。


 ぼやける視界には歩道へ突っ込み拉げているトラックが見え、その周りには沢山の人が、まるで壊れて捨てられた人形のように横たわっていた。

 現に彼の隣にいる若い女は首から上が、握りつぶした果物のように存在していない。


 散々テレビやネットニュースでみた凄惨な交通事故の光景。


 それが今、拳の前へ現実として広がり、彼自身もその光景の一部となっていた。

そして不思議とこうした状況に既視感を覚える彼がいた。


――そういえば、ネット小説でこういう状況って良く見かけた。


 仕事で疲れ切り、まるで生きているのか死んでいるのか分からない状況。

そんな登場人物へ突然降りかかるトラックでの事故。

 この後はまさか……そう思っていると、突然視界が再び白に染まり始めた。

 重かった身体が急に軽くなり始め、まるで世界へ自分が溶けえ行くような感覚。


 気が付くとさっきまで見えていた事故の光景は白色に飲まれていた。

 そんな神秘的な雰囲気の中で拳は自分の手が、細かな光の粒となって分解されてゆくのがみえる。


 これが死の瞬間? いや何かが違う。

 まさか? 作り話じゃないのか?


――もしかして俺は異世界転生か転移でもするのか?


 よく分からない。


――目覚めたら綺麗な王宮の中に居て、そこには髭を蓄えた王様なんかが居て、

「ようこそ、勇者たち! 君たちには魔王を倒してもらいたい!」

なんて言われるのかな。


 それはそれで良いかもしれないと拳は思った。

 むしろ、もはや拳は指一本動かすことさえままならない。

 この状況を甘んじて受けること以外選択肢はない。

 諦めのような感覚に拳は身を委ねる。

 そして意識は今この場ではない、別のどこかへ飛んで行くような感覚を得たのだった。


……

……

……


「……ッ!?」


 暗闇の中で、菅原すがわら けんは目覚めた。


鼻の奥を付くような、不愉快な黒カビの匂い。

耳に聞こえる、妙なざわつき。


「ここはどこ……?」

「えっ? ちょっと何?」

「あれ、トラックは?」


 様々な疑問の声がけん耳朶じだを突く。

 目の前にある鉄格子は粗削りな岩肌へはまっていて、その奥では唯一の光源の松明たいまつが、黒い煙を上げながら赤い炎を上げている。


 うつ伏せの状態から起き上がってみる。

まるで何事もなかったように起き上がれた。

着ていたスーツも無傷で、血の痕跡もない。


なによりも、さっきのトラック事故で頭が破裂していた若い女が、ぺたりと地面に座って不安そうに周囲を見渡していることが妙だった。



――俺は確か仕事帰りに交通事故にあった筈だ。

駅にトラックが突っ込んで、周りの人も、俺も巻き込んで、それで……


 凄惨な事故の光景は生々しく思い出せ、油断をすれば吐き気を催す。

 

だがさっきの凄惨な交通事故が無かったかのようになっている現状。

違うと云えば、今自分たちがいるのが、牢獄の中ということだけ。


 状況が飲み込めず、ただ茫然としている時、突然鉄格子が激しく叩かれた。


「うるぜぇぞ、少し黙れッ!」


 心臓を握りつぶしそうな怒号が聞こえ、牢獄の中は一瞬でシンと静まり返る。

 鉄格子の向こう側、そこには筋骨を隆々と鍛え上げ、鉄の部分鎧を身に着けた野獣のような人相の男がいた。

 まるでファンタジー世界に出てきそうな、テンプレートな盗賊。

そんな連中が複数人鉄格子の向こうで薄気味悪い笑い声を上げながら、牢獄の中を物色するようにみている。



「ようこそ異世界へッ! っと、何人かはそう云えば、置かれてる状況が理解できるよな?」



 先頭の盗賊が大仰な云いぶりでそう叫ぶ。


「な、なんだ君たちは! 私は警察だ! このふざけた状況は何なんだ!」


 牢獄の中にいた中年の男が怒りと恐怖が入り混じったような声を放つ。


「うるせぇぞ、おっさん」


 盗賊はにやりと口角を吊り上げて、

警察と名乗った中年の男へ手をかざす。


「あ、ぐっ! うっ……!」


 突然、中年の男は胸を押さえ、前のめりに倒れ込む。

 呼吸は荒く、顔は青ざめ、口から泡を吹きながら冷たい岩の地面の上をのたうち回る。

 盗賊がかざした掌を強く握りしめると、中年の男はぴたりとのたうち回るのを止めて倒れた。

肩の上下が止まり、首がぐたりと地面へ落ちる。


 牢獄の中は一瞬で動揺に包まれる。

しかし盗賊が再び鉄格子を蹴り、黙らせた。


「良く覚え溶け。お前らはこっちに来た時点で”呪印じゅいん”を刻まれた。もし少しでも妙な真似をしたらこのおっさんのように死んで貰うことになる」


 これは脅しじゃない、本気だ。

 拳は背筋に凍り付くような感覚を得て、息を飲む。

他の者も同じことを感じたのか、不安げにしかし静かに盗賊へ視線を合わせた。


「そうだ、それでいい。犬は犬らしく飼い主に逆らわねぇこった」


 盗賊はにやりを笑みを浮かべた。


「お前たちは俺たち探索ギルド「アエーシェマン」の奴隷兵士スレイブソルジャーとして転移転生しょうかんされた。お前等は死ぬまで俺たちの道具として序列迷宮ナンバーズダンジョンに潜ってもらう。生き残りたかったら稼げ。ただそれだけだ! わかったかゴミ屑共!」


 牢獄の中が凍り付くような不安と恐怖に包まれる。


――なんでこんなことになった。

異世界は幸せになるところじゃなかったのか。


 拳はかつて自分が慣れ親しんだ

無数の作品世界を思い出しながらそう思うのだった。

 

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