犬耳のハンターな少女
「グゲッ!」
ケンはゴブリンの気配を追い、確実に撃破しながら、奴らの巣窟を目指す。
そんな中、ゴブリンとは違うモンスターの気配を感じて、横へ飛び退いた。
瞬間、硬い岩壁にややネバ付いた液体が飛び散り、溶解してゆく。
「バジリスクか!」
脇を見ると、巨大な数匹の蛇が、ケンへ向けてぎらついた眼光を向けている。
蛇の王とも云われる、毒液を吐く大きな蛇型のモンスター:バジリスク。
久々に出会った強敵にケンはニヤリと笑みを浮かべる。
そして彼は、まっすぐとバジリスクの群れへ飛び込んだ。
「キシャァァァッ!」
バジリスクは一斉に毒液を吐く。
瞬間、ケンは外套を脱ぎ捨て、バジリスクへ投げた。
毒液は外套を溶かすだけ。
バジリスクの上を取ったケンは、個体の一匹の背中へ触れ【サーチ】を発動させる。
●スキルライブラリ提示:「氷属性魔法lv1」
久々に見た魔法関係にスキルに、ケンは舌で唇を濡らす。
「さぁ、お寝んねの時間だ! 蛇は冬眠、ってなぁ!」
地面へ拳を撃ちつけて、概念の中にあるトリガーを引く。
すると、地面を氷の柱が走った。
氷柱はバジリスクを刺し貫き、発する強い冷気は一瞬で、バジリスクの生体反応を止める。
バジリスクを撃退したケンは更に奥へと進む。
次第にゴブリンの気配が濃密になり始め、奴隷兵士だったことを鍛えられた迷宮での勘が、
この先にゴブリンの巣窟があると知らせてくる。
が、最後の通路へ踏み出そうとした瞬間、角に身を隠した。
目の前を過ってゆく無数の毒針と毒液。
気配を悟られないよう角から通路を覗くと、そこにはまたしてもバジリスクに加え、
スライム型モンスターの迷宮クラゲの群れが道を塞いでいた。
「グエッ! グエッ!」
バジリスクと迷宮クラゲの奥には、まるで二体のモンスターを従えているような、複数のゴブリンの姿が確認できる。
――流石にこの状況じゃ、無傷での帰還は無理か……
なるべくラフィに心配かけまいと、無傷での帰還を計画していたケンだったが、多少の傷は覚悟しなければならないと思う。
そうして意を決して通路をへ飛びだそうとしたその時のこと。
「ロットシルト様ぁー! ここはこの私がぁぁぁーッ!」
背後から二振り豪華な剣を持ち、立派な鎧の身を包んだ女聖騎士ムートンが、イノシシのように駆けて来る。
「ちょ、おま!?」
「わぁぁぁぁぁ!」
ムートンはケンの制止も聞かず、通路へ飛び出した。
彼女の存在を感知したゴブリンは、バジリスクと迷宮クラゲに攻撃をさせる。
「今の私を止められると思うなぁー!」
ムートンは滅茶苦茶に二振りの剣を振り回す。
剣は無茶苦茶な軌道で空を切るばかり。
しかし剣にぶつかった毒針と毒液は、光の粒となって消え去る。
『ひゅー! ありゃ天空神の祝福を受けた宝剣だな。あの剣の前じゃ、どんな攻撃だって弾き飛ばされる。まっ、あのイノシシ聖騎士には過ぎたるもんだろうけどよ』
「だな」
苦笑を禁じ得ないケンの耳へ、ゴブリンの悲鳴が届く。
「やった! 初めて当たった! ロットシルト様ぁ! 見て頂けましたかぁ!」
ムートンが通路の奥で、ゴブリンを一体倒していた。
通路を塞ぐ集団に一瞬動揺が走る。
その隙をついて、ケンは通路へ飛び込んだ。
風のように飛び、そしてスキル一覧を呼び出す。
【氷属性魔法】で手に刃を作り、【切れ味増強】で威力を増した。
モンスター共を過る度に手刀を振るえば、狙い通り首が飛び、倒れ伏す。
レベル99の体術と合わさって、殲滅は一瞬だった。
「スキルウェポン:冷鉄手刀……ってか!」
『仕事取るな! 酷いぜ兄弟!』
予測通りのアスモデウスの突っ込みに、ケンは笑みを浮かべた。
「素晴らしいです! 流石ですロットシルト様!」
ムートンはキラキラと目を輝かせながら、盛大な拍手を送っていた。
「お前、ムートン……だっけか? なんでここにいんだよ? 逃げろって云っただろう?」
「何を仰いますかロットシルト様! 私は貴方様に任じられた聖騎士! 貴方様が進まれるならば、私もそれに従うのみ! この身体、命は全て貴方様のものでございます!」
――大体俺はロットシルトなんてもんじゃねぇよ……
っと、突っ込みたいところだったがやめた。この手の輩は、この状況で幾ら強く云ったところで、
何も理解してくれる気がしない。
『まっ、良いじゃねぇか。装備は立派だし、弾よけぐらいにはなるだろうよ』
――おめぇ、結構酷いこと考えるな?
『ヒヒッ、何せ俺様は魔神だからな』
ここにも話が通じない奴がいるとケンは頭を抱える。
もうここまで来たらこのままストレートに進む方が、楽だと判断した。
「おいムートン、行くぞ。この先は多分ゴブリンの巣だ。気ぃ引きしめろよッ!」
「はい! かしこまりました!」
ケンはすっかり元気いっぱいになったムートンを伴って、通路の先へあった広間へ足を踏み込む。
「グエッ! グエッ! グエッ!」
無数のゴブリンがひしめき、人の躯が転がる異様な空間。
乱雑に積まれた金銀財宝が暗闇の中でも、煌々と輝きを放っている。
そんなゴブリンの群れの中心に、小さな二つの影が見えた。
だが様子が少しおかしい。
ゴブリンの群れの中心にいるが、奴らは群がらず、一定の距離を保っている。
取り囲んでいるというよりは、中心に佇む二人の少女が従えているように見えた。
「うふ、やはり来てくださいましたね。どうしますか姉様?」
白いドレスを着た少女の一人が、凍てつく視線をケンへ向ける。
すると隣にいた黒いドレスの少女が笑みを浮かべた。
「まずはお力を拝見しましょう」
黒が応答する。
黒と白のドレスを着た少女は互いに頬を合わせて、固く手を結び、
「「そうしましょう! 来なさい! レッドデスワームッ!」」
黒と白の少女が声を張り、その姿が忽然と消失する。
――あいつ等ははどこかで……?
既視感を抱いたケンは記憶を掘り起こそうとする。
その時、迷宮内部が激しい揺れに見舞われた。
ただなぬ気配にケンは気を張り、
「わ、わわっ!」
ムートンは揺れにあたふたしていた。
刹那、岩壁が砕けた。
「グエ、ギャッ!」
見上げるほど巨大で真っ赤ないも虫が、数匹のゴブリンを、凶暴な牙が幾重にも連なる口ですり潰す。
そればかりか無遠慮にのたうち回り、恐慌状態のゴブリンをその巨体で押しつぶしていた。
真っ赤な巨体に幾つも見える傷の後。
――こいつはきっと討伐指示の出ていた、はぐれモンスター:レッドデスワーム
……報酬金貨20枚の奴に違いない!
ケンの胸は喜びで震えて、自然と笑みが浮かんだ。
――こいつを倒せば今夜はラフィに肉と甘い物を食べさせてやれる!
だったら!
「フシュルゥー!」
花のように大きく口を開いたレッドデスワームへ向けて、ケンは構えをとった。
「ロットシルト様! ここは私が!」
っと、そんなケンの前へムートンが立ち塞がった。
彼女はすぐさま二振りの剣の刃を合わせて高く掲げる。
合わさった二つの剣に壮烈な青の輝きがほとばしった。
「受けよ、我が力! 天空神の名を持つその技こそ、我が必殺の、ロットシルトォォォッ!」
ムートンが剣を振り落せば、青の輝きは巨大な光の”盾”を型ち造り、勢いよくレッドデスワームへ向けて突き進む。
「あ、あれ?」
しかし盛大に放たれたムートンの一撃は、てんで狙い違いの岩壁へぶつかった。
「キシャァァァ!」
「わわっ! お、お助け下さい、ロットシルト様あぁー!」
ムートンに刺激されたレッドデスワームは彼女に狙いを定めて追いかけまわす。
「んったく、云わんこっちゃない!」
ケンはやれやれ、頭を抱えながら、鋭く地面へ拳を突き立てた。
力を流し込み、岩を集めて巨大な拳を形成。
「覚悟しろ、芋虫野郎ッ!」
ケンは一撃必殺のスキルウェポン【魔神飛翔拳】の上に乗り飛んだ。
「あひゃっ!?」
「キシャっ!?」
岩の拳はムートンとデスワームの間に落ち、両者をふっとばす。
しかしそれだけ。
軟体質のデスワームに目立った効果は見られない。
――やっぱりダメか……だったら!
「キシャァァァ!」
デスワームはケンを脅威と認め、飛行する岩の拳へ向けて牙をむける。
ケンは岩の拳へ手を付いて、再び力を流し込む。
――【魔神飛翔拳】へ【冷鉄手刀】を加える! これこそ!
「切り裂け! 魔神斬拳ッ!」
反転した岩の拳の左右から、凍てつく氷の刃が生えた。
氷の刃を携えた、飛翔する岩の拳がレッドデスワームを過る。
「キ、シャッ……!」
刃はレッドデスワームの首を跳ねた。
首を失ったデスワームの巨体が力を失い、倒れ始める。
「グエッ、グエッ! ギャッ!!」
デスワームの巨体は巣に残ったゴブリンの殆どを押しつぶす。
拳が魔神飛翔拳から地面へ降りた時にはもう、モンスターの不気味な声は聞こえず、静寂に包まれていた。
「お見事です! ロットシルト様!」
背中にムートンの称賛が響く。
だが、ケンは構わず【冷鉄手刀】を発動させ、振り向き様に腕を薙いだ。
ケンの冷気をまとった手刀に撃ち落とされた一本の矢。
矢筋から視線を上げると、デスワームが突き破った岩壁で弓を構えた存在を確認する。
ラフィのように耳としっぽを生やし、緑の軽装を装備した、小さな少女は腰から短剣を抜いて、
ケンへ襲いかかる。
「お前誰! こいつ僕の獲物! 横取り許さない!」
手刀と短剣の鍔迫り合いの中、ピンと三角に立った犬耳を生やした少女が叫ぶ。
短剣を握る腕に巻き付いたバンドの色はルビー色。
どうやら、ケンよりも二階級上のギルドの冒険者らしい。
「悪かったな。でも、こっちは腹空かせて待ってる家族がいるもんでな!」
「それ僕も同じ! お前のせいで、僕の家族ご飯ない! 許さない!」
「待て待てぇー! ちょっと待てぇー!」
鍔迫り合いの最中向こうから、剣を携えたムートンが走ってくる。
「うるさい!」
犬耳の少女はサッと素早く、ケンから飛び退き、矢を番え、ムートンへ放った。
「ひゃっ!?」
矢はムートンの足下を狙ってひるませる。
「引っ込む! 雑魚ッ!」
「雑魚とは、貴様! 私はこれでも聖騎……あひゃっ!」
ムートンは犬耳少女の矢に翻弄されて、軽快にダンスを踊っているようだった。
「んったく……」
ため息をつきつつ地を蹴って、手刀で少女の背後を狙う。
が、少女はすぐさま反転して短剣で、ケンの手刀を受け止めた。
打ち合いの火花が消えるよりも早く、ケンと少女は距離を置いて、再びぶつかりあう。
――なかなかやるな、こいつ。
正確な軌道に、鋭い太刀筋。
見た目は明らかに子供だが、相当な相手だとケンは判断する。
だからこそ、このまま打ち合っていても埒が明かないと思った。
それにそろそろ帰らなければラフィが心配する。
――ちっと気は引けるがやるか!
ケンは【絶対不可視】の力を発動させて、飛び退いた。
「ッ!? どこ!? どこ、逃げた! 卑怯者!」
少女は目標を失い、たじろぐ。
その隙にケンは少女の背後へ回り込んだ。
「悪いな、遊びはここまでだ!」
「あうっ!」
渾身の力を込めて、少女の背中へ叩きこんだ。
少女は思い切り吹っ飛んで、闇の中へと消える。
「行くぞ!」
「は、はい!」
ケンはムートンの手を引いて走り出した。
途中、転がっていたデスワームの口から、討伐の証として牙を一本引きぬく。
そしてムートンと共に未だ崩壊していない岩の拳の上へ乗った。
「口閉じてろ! 舌噛むぞ!」
「え? ひぎっ!」
拳は炎を吐いて飛び、ムートンはちょっと舌を噛んで涙を浮かべていた。
岩の拳は加速し、迷宮の狭い通路を無遠慮に掘削して突き進み、茜色の染まる外界へ飛び出したのだった。