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マルゴ一家のアジトにて


「~♪」


 鼻歌を口ずさみながら、ご機嫌な様子で尻尾を振るラフィの背中が見えた。

粗末だが屋根のあるところで、料理ができるのが嬉しい様子だった。


「「「……」」」


 そんなキッチンの中のラフィを、マルゴ一家のゴロツキ達が鼻の下を伸ばして見つめていた。


「おいお前等、あんまやらしい目でラフィを見るな」


 ケンはゴロツキの肩を掴み、少し低めの声で呟くと、


「す、すみませんでした、兄貴ッ!!」


傷だらけのマルゴ一家のゴロツキ達は、一斉に振り返って、背筋を伸ばす。


「ケンさん皆さん! もうちょっと待ってくださいね。ごはんできますから!」


 しかしラフィがくるりと振り返って、笑顔を振りまけば、背筋を凍らせていたゴロツキ達はまた鼻の下を伸ばした。


――エプロン姿のラフィも良いもんだな。


 ケンも正直にそう思う。

マルゴ一家のゴロツキ達が鼻の下を伸ばすのも分からなくもない。


しかし一緒になって鼻を伸ばしていては、威厳を保てないと思ったケンは、


「お前等、見てるのは良いがくれぐれもラフィに手出すんじゃねぞ?」

「「「おっす! 兄貴ッ!!」」」

「ラフィも油断すんなよ。もしこいつらがおかしな真似したら遠慮なくぶっ飛ばせ」

「はい! その時はもう遠慮なく! わたしの狼牙拳ウルフマーシャルを炸裂させちゃいますから!」


 ラフィは爽やかな笑顔で、さらっとそう返してくる。

しかしゴロツキ達はケンの時とは打って変わって、「ご褒美」だとか、「むしろそうされたい」とか、訳の分からないことを言い合っていた。

 

 そんなゴロツキやラフィの奥で、火にかけられた鍋が盛大に吹きこぼれる。


「ラフィ、鍋吹きこぼれてるぞ?」

「え? わわっ!」


 ラフィは慌てて、調理台へ戻ったのだった。


――まっ、この様子じゃ大丈夫だろう。


 そう思ったケンはキッチンを後にして、

廊下を進んだ。



 マルゴ一家を叩きのめしたケンは、見逃すのを条件に、彼らのアジトへ泊めてもらうことにしていた。


 交易都市メールの外れ、草原に佇む比較的大きな家は、かつて牧場を営んでいた者のものらしい。

 マルゴ一家のボス:マルゴの話では、ずっと放置されていたここをアジトにしていると聞く。

 ケンはしっかりとした壁と天井に安心感を感じながら廊下を進み、そして突き当りの扉を開いた。


「お待ちしてましたぜ、兄貴!」


 ケンが入るなり、先に入室して椅子に座っていた、マルゴが飛び上がるように起立する。

そしてケンが椅子に座るのを待ってマルゴは再び着席するのだった。


「なぁマルゴ、さっきから気になってたんだけど、なんだよその【兄貴】ってのは?」

「いや、実は一家の連中と話し合いましてね、ケンさんのことをこれからはみんなで【兄貴】って呼んで慕おうと思ったわけですよ、ハイ!」

「んだそれ?」

「俺たちマルゴ一家が総出になっても敵わなかった方ですぜ? 弱いもんは強いもんを慕って、崇める。普通のことじゃないですかね?」


 マルゴの論理はよくわからなかった、言葉から悪意を感じなかったケンは彼らの気持ちを素直に受け取ることにした。

むしろ【兄貴】と慕われるのがちょっと気持ち良かったりもしている。


「そう言うことなら話は早い。勿論、明日のゴブリン討伐は手伝ってくれるんだよな?」

「ええ、そりゃ頂けるもんをいただけるんでしたら勿論! 兄貴のご依頼なら喜んで!」

「報酬は山分けで金貨は2枚ずつ。討伐で得たアイテムは俺とマルゴ一家で折半で良いんだよな?」

「その条件で良いですぜ、兄貴!」

「契約成立だな。じゃあよろしく頼むぞ、マルゴ」

「へい!」


 ケンとマルゴは約束の証として硬い握手を結ぶ。


 マルゴ一家はそのほとんどがギルドのパープルクラスに所属する連中だった。

戦い方は戦術的というよりは、喧嘩に近いように感じられる。

しかしマルゴを中心とした、統率の取れた行動には目を見張るものがある。


 近くに巣穴のあるゴブリンを確実に討伐しつつ、ラフィの安全を確保するにはうってつけの集団だった。


仕事の話はこれで終了。

 ケンはもう一つの聞いておきたいことへ頭を切り替える。


「ところで、お前「グリモワール」って聞いたことあるか?」

「グリモワールって、あの序列迷宮をどんどん攻略して回ってるパーティーのことで良いんっすよね? 兄貴、ご存じないんですかい?」

「……悪かったな。俺とラフィはついこの間、山奥の村から出て来たばっかだからな」

「ああ、そうでしたか。すいやせん。で、グリモワールってのは……」


 マルゴの話によると、グリモワールとは――


 ギルドの中でも最高位を現す【ブラッククラス】を保有する、メンバーのみで構成されていること。

 そうしたパーティーはマルゴが知る限り存在せず、名実ともにナンバーワンのパーティーであること。

 そして評価が物語る通り、幾つかの序列迷宮は【グリモワール】によって踏破されていて、

メンバーの全員が何かしらのDRクラスアイテムを保有している。


そんなところだった。


「今は連中、この地方の八位迷宮バルバトスを攻略中って聞いてますぜ。よくまぁ頑張ると云いますか……72個ある内、3位ヴァサーゴ、29位アスタロト、70位セエレに72位のアンドロマリウス……少なくともこの4つの迷宮からDRアイテムを持ち帰ったって聞いてます。こんな感じっすけど、良いっすか?

「ありがとう。助かったよ」


 改めてマルゴから聞いて、とんでもない連中に目を着けられてしまっていたのだとケンは感じる。


勿論、ケン自身もDRアイテムの所持者で、先日グリモワールのシャドウとウィンドは倒したはずだ。

残るはグリモワールの魔導士:アイス姉妹。

ここまで何事もなかったのは偶然か?

はたまた、奴らは機会を伺っているのか?


やはり暫くは慎重に行動すべきとケンは考えた。


「ケンさん! ごはん、できましたー!」


 そんなモヤモヤした気持ちを吹き飛ばすように、部屋へラフィの声が響く。

 そして彼女に続いて鼻の下をでろんと伸ばした、マルゴ一家のゴロツキ達が、料理や皿を持って続々と入室してくる。


「んじゃまぁ、仕事の話はこれぐらいにして!」


 マルゴは机の下から大きな瓶と木のカップを取り出して、ケンの前へ置いた。

カップに注がれた透明な液体からは、懐かしさを感じさせるアルコールの匂いが立ち昇る。


「今夜は兄貴と俺らマルゴ一家の契りの日! 奥方さんにも加わって頂いて飲み明かしましょうぜ?」

「ふえぇっ!? 奥方って誰のことですかぁ!?」


 ケンが突っ込もうとしたこと、真っ先にラフィが叫ぶ。


「あれ? 違うんですかい?」


 マルゴはケンとラフィを交互に見渡す。


「えっとぉ、そのぉ……」


 顔を真っ赤に染めたラフィは、静かに尻尾を振りながら、ケンをちらりと見ている。


――そういやラフィって俺にとってなんなんだ?


 ケンは改めてそう考える。


 ラフィはケンにとって掛け替えのない存在なのは変わらない。


 彼女を大事にしたい、守りたい、きっと愛している――そう、かつて暮らしていた世界の実家で一緒に暮らしていた愛犬のように。


 無償の愛情、庇護欲。


――きっとラフィは俺にとって妹か娘に近い存在だ。

そうだ、きっとそうに違いない。


「ラフィは、なんだ、俺にとって大事な家族だ。そこんとこ宜しく!」

「は、はい! わたし、ケンさんの家族です!」


 ラフィは盛大に尻尾を横に振りながら叫ぶ。


「は、はぁ……まぁ、お二人がそう仰るのでしたら……」


 ちょっと納得のいかない顔をするマルゴだった。


『ヒヒッ』


 突然、頭の中へアスモデウスの笑い声が響く。


――んだよ、急に笑って?

『いやぁ、何、ヒヒッ……まぁ、今はその答えで良いけど、その内きちんと腹決めるんだぜ、兄弟?』

――なんだよ、腹を決めるって?

『さぇてな、自分で考えな』


 なんだかよく分からないケンは、アスモデウスとの会話を終えて、酒の入ったカップを手に取る。


「そいじゃ、兄貴とラフィさん、そして俺たちマルゴ一家の出会いを祝して!」


 マルゴの一斉にケン達は答え、カップの中身を煽り始めたのだった。



●●●



 周囲からマルゴ一家の盛大ないびきが聞こえて煩い。

しかし久しぶりに屋根のあるところで眠れることに、ケンは大きな安らぎを感じていた。

 板の間での雑魚寝だが、昨日まで地面の上で寝ていたのとはまるで寝心地が違う。


――マルゴ達のいびきが無きゃ最高なんだけどな。


「ケンさん、起きてますか?」


 そんなことを考えていた時、ラフィの声が背中へ響く。


「ああ。鼾がうるさくて眠れないか?」

「そうですね。でも、屋根があって周りに危険がないだけ全然いいですよ」


 嬉しそうなラフィの声に、ケンは申し訳なさを感じる。

だからこそ今はいち早く稼いで、ラフィをもっとまともなところで寝かせてやりたい。

そう強く感じる。


「あのケンさん」

「なんだ?」

「さっき、凄く嬉しかったです。わたしのこと、家族って云ってくれたこと……」

「急にどうしたんだ?」

「わたし、ギルドでお話した通りもうお父さんもお母さんも居ないんです……でも、今はこうしてケンさんが傍にいてくれて、家族って云ってくれて……ありがとうございます」


 ラフィの温かい声が心に染み入る。


「それは俺もだ」

「えっ?」

「この世界でこうして今日まで生きてこられたのはラフィがいてくれたからだ。お前がいつも帰りを待ってくれてる。絶対帰らなきゃ、生き残らなきゃってなっ、てな」

「ケンさん……」

「ありがとうラフィ。そしてこれからも宜しく」

「それはこちらこそです。あの……久々にくっ付いても良いですか?」

「どうぞ」


 背中越しにラフィの柔らかさと温かさを感じた。

 彼女の熱を傍に感じるだけで、ケンの心は解きほぐされ、自然と睡魔がやってくる。


「いつかわたし……ケンさんの本当の家族になりたいです……」


――もう家族じゃないか。


 そう返したかったケンだったが、睡魔に負け、意識を微睡の中へ溶かすのだった。


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