お帰りなさい【リオンEND】
十年という長い年月が流れた。
かつて存在したグリモワールという史上最凶で最悪のパーティーが引き起こした混乱。
しかし時の流れはそんな彼らの所業を風化させ、今では遠い過去のこととなりつつある。
そしてそんな世界に未だ彼女はいた。
「あうあ!」
迷宮にリオンの勇ましい掛け声が響き渡り、丁寧に磨き上げられたショートソードが軌跡を刻む。
巨大なドラゴンが怯み、たじろいだ。
「ラス! ジェスさん!」
「はいよー!」
「ガッテン!」
元孤児で、今やリオンの後ろを固める戦士のラスと、マルゴ一家ただ一人の生き残り盗賊のジェスが怯んだドラゴンを畳みかける。
その隙にリオンは禍々しい弓、DRアイテム「反逆の弓」の弦を引ききった。
――行くよ、バルバトス!
『良いわよ、子犬ちゃん。わんわん!』
翡翠の矢が放たれ、迷宮内で無差別に冒険者を襲っていた凶悪なドラゴンは翡翠の輝きに飲まれて消える。
今日も依頼は大成功。
史上七番目のブラッククラスにして、世界を危機から救った英雄の一人、”大弓聖リオン”の名声が今日も世界中に轟く。
……
……
……
「んぐ、んぐ、んぐ……たはぁー、旨い!」
「なぁ、リオン姉ちゃん、なんだ、その……それおやじ臭くないか?」
麦酒を一気に飲み干したリオンへ向けて、ラスはジト目で睨む。
「別に気にしてない。これ、大人のたしなみ。すみません! もう一杯!」
リオンは左の薬指に輝く指輪を煌めかせながら、空になった樽ジョッキを掲げた。
今日の仕事も大成功。酒が上手いのは当たり前。
「まぁ、良いじゃないですか、ラス君。あと三年も経てば君にもリオンの姉さんの気持ちわかりやすって」
ジェスの達観したような物言いに、ラスはつまらなそう「フーン」と返事を返す。
――いつかみんなと飲みたい……
リオンは酒を飲むたびにそう思う。
史上七番目のブラッククラスに任命されてから、リオンは世界を司るオーパス家の剣として多忙な日々を送っていた。結果として、ここ最近では同じく黒皇の妻であるラフィとムートンと会えていなかった。
ラフィはケンとの間に設けたケンイチという少年と共に静かに森の奥で暮らし、ムートンはオーパスの盾として再編されたギルドの評議長、メドック地区の地区長など、様々な役職に就いて多忙な日々を送っている。
そして決まって思い浮かぶのは夫のことばかり。
子供だった自分を妻として認めてくれた彼。
「よぉ、姉ちゃん。良い飲みっぷりだね、一緒に一杯どうだい?」
彼の姿を思い浮かべて気分の良いところ、めんどくさそうな声かけをされた。
きっと同業者だろう酔った男たちが、いやらしい視線をリオンへ送っていた。
――これだから田舎の冒険者は……
どうやら辺境も良いところの、この辺りにはリオンの姿と名前を結び付けるほど情報が届いていないようだった。
しかし地方へ行けば、大体こんなもの。
美貌に優れ、綺麗に引き締まった身体のリオンにナンパを仕掛けて来る男には枚挙に暇が無かった。
「興味ない。あっち行って。私、あなた達と飲む気は無いから」
リオンはぴしゃりと跳ねのける。
すると、背後がざわつき、同業の乱暴な男たちが喧喧囂囂とリオンの態度を責め立てる。
「まぁ待てって! うちのリーダーの口の悪さは謝るって。この人既婚者なんだ。だから諦めてくれよ? なっ?」
困り果てたラスが間に入って叫ぶが、
「既婚者ならなんでこんな時間に、こんなところで酒なんて飲んでんだよ! ああん! 嫁をほったらかしてるなんてロクでもねぇダンナだろうがよ、オイ!」
酔いで勢いづいているのか、ナンパを仕掛けた冒険者は怒り気味に叫ぶ。
リオンは夫を侮辱され、眉間に皺を寄せて、腕に力を籠める。
「てめぇ、こら! 姉さんの旦那さんを侮辱すんな! ぶっ飛ばすぞてめぇ!」
すると空気を呼んでかジェスが声を上げ、食って掛かった。
「やるぜ、ラス!」
「おうよジェスさん! ケン兄ちゃんのこと侮辱したこいつらをぶっ殺してやろうぜ!」
「てめら俺らに喧嘩売ったことを後悔しやがれ。何を隠そう、この俺ジェス様は、十年前の大混乱から世界を救ったあの”大英雄マルゴ一家”のただ一人の生き残り……」
そして始まってしまった大ゲンカ。
酒場は囃し立てる者、悲鳴を上げる者、様々な声が響き渡る。
――うるさい……
リオンはほとほと呆れて、自分の飲み代だけを机に叩きおいて、窓から外へ飛び出した。
闇夜には星が瞬き、辺境の町には穏やかな夜が訪れている。
リオンは風を心地よく切りながら、屋根から屋根へと飛び移ってゆく。
すると足元の路地で、幸せそうに手を取り合いながら歩くカップルの姿が目に留まった。
――良いな、ああいうの。
なら他の誰かと契りを交わするか。
否、それはリオンにはあり得ないことだった。
十年前、彼女の夫である彼は、一位迷宮バエルの中で姿を消した。
彼の消息は未だに分からず、周囲は死んだものとしている。
しかしリオンは信じていた。
――ケンは帰ってくる。絶対に。
妻にはしてもらった。しかし彼は未だリオンへ一切触れていない。
リオンもまた彼以外に自分を触れさせたくは無かった。
彼だけに身も心も触れてほしかった。
それまで例えどれだけ時間が経とうとも待ち続けようと心に誓っていた。
もう彼女は子供ではない。一人の成長した、立派な女性。
リオンは田舎町を一望できる、小高い丘の上へ降り立った。
そして足元で煌めく街へと向かって、
「早く帰ってこーい! 私、大人になったよー! でも未だあなたのこと好きだから! 大好きだから! だから……ッ!?」
ふと背中に影が伸びる。
懐かしく、待ち望んでいた匂い。思わず翡翠に輝く瞳から、涙の滴が零れ落ちる。
リオンはくるりと踵を返すと、
「お帰り! 僕大人になったよ? ラフィにもムーにも負けない良い女になったよ! だからもう良いよね! あーとか、うーとかたくさんしてくれるよね!?」
おわり
お疲れさまでした。これにて本作終了です。
ここまでたどり着いていただき、まことにありがとうございます。
貴方がここまでたどり着いてくださらなければ本作は完結にはならなかったと思います。
心から感謝です!
また本作では沢山活用させていただいた「きゃらふと」様へもこの場を借りて厚く御礼申し上げます。
次回作でも活用いたしますので、よろしくお願いいたします。
それでは約十か月間の連載にお付き合いいただきありがとうございました!
次回作を発表した際は、またご覧いただければ幸いです
たぶん次の作品は本作よりも「ライト」な作風で行くことを宣言して、結びと致します。
ではまたお会いしましょう!