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お帰りなさい【ムートンEND】


 十年という長い年月が流れた。

かつて存在したグリモワールという史上最凶で最悪のパーティーが引き起こした混乱。

しかし時の流れはそんな彼らの所業を風化させ、今では遠い過去のこととなりつつある。

 そしてそんな世界に未だ彼女はいた。


「スガワラ評議長! また違法ギルドが”呪印”の運用を!」

「スガワラ地区長! メドック市民より、”マルゴ一家追悼碑”の修繕依頼が!」

「評議長! ……」

「地区長! ……」


 相変わらず書類が乱雑に積みあがった執務室には様々な役人が飛び込み、あれやこれやと要求ばかりしてくる始末。


「あはは……分かったよ。順に対処するからちょっと待っててね」


 ムートンは苦笑いを浮かべつつ、最初の書類へ認め印を押すのだった。


 ムートン=スガワラ。


それが今の彼女の名だった。

 シャトー家は崩壊したが、かつて”呪印と奴隷兵士制度の完全撤廃”を推し進めて成功させ、あまつさえ世界を混沌から救った”英雄”の一人を世界がみすみす逃す筈もなかった。


 彼女は今や世界を司るオーパス家の司令塔となって、世界中が上手く回るように立ち回る立場にあった。


 夜中を過ぎても仕事は終わらず、ムートンは執務室で書類と睨みあっている。

どれも全てこの世界にとっては重要な案件ばかり。

彼女は読み流すことなく、書類一つずつへ丁寧に目を通し、思案してきちんと処理をしてゆく。


「ッ……!」


 しかし右腕を酷使し過ぎたためか、古傷が痛み、顔をしかめた。

かつてグリモワールの暗殺者シャドウとの決戦の際に痛めてしまった右腕は、日常生活には支障は無いものの、もう二度と剣を握ることはできなくなっていた。

 二振りの魔剣に宿る六位魔神アモンも、そんな彼女の状況に理解を示し、今やオーパスの城の奥でもう二度と自分が使われることが無いよう祈りながら長い眠りに就いている


 だが剣は握れずとも、彼女の戦いは未だ終わってはいない。

 剣が握れなければペンを武器に、彼女は日夜彼が守ったこの世界がより豊かで平和になるよう日々、戦い続けている。


 それに右腕の痛みは思い出の証で、痛みを感じる度に彼女は懐かしい顔を思い出していた。


――ラフィとリオンちゃんは元気にしているかなぁ


 リオンは今や、史上七番目のブラッククラス:大弓聖リオンとして称えられていた。

ムートンがオーパスの盾であれば、リオンは剣。

 二十歳を超えたうら若き偉大な戦士は、かつて時を過ごし成長した孤児の一人のラスと、マルゴ一家の生き残りであるジェスとパーティーを組んで、世界中を飛び回り、戦い続けている。


 そしてラフィはケンとの間に設けた男の子”ケンイチ”と森の奥で静かに暮らしている。あまりに多忙なため、最後に会ったのは、三年前ほどだろうか?

ケンによく似た精悍な顔立ちは、小さい子供であっても、彼女の胸を疼かせる。


――あっ、久しぶりかも……


 久々にムートンの女が、愛する男を求めて疼いたような気がした。

しかしすぐさま収まってしまう。

 仕事のストレスに、加齢のせいかなと、ムートンは一人苦笑いを浮かべる。

ムートンは書類を机に置いた。

そして気分転換にと、シルヴァーナ城の中にある執務室から出て、海岸へ向かっていった。


 真っ暗な空には星々が瞬き、打ち寄せる波の音は疲れ切った神経を和らげる。

 ムートンはさらさらした砂浜の上へ、遠慮なくゴロンと寝ころぶ。


「未だかなぁ……」


 ムートンの声が溶けて消えて行く。

 もう十年。

 バエルでの戦いで、愛する男が姿を消してから、長い時間が流れていた。


 先日、オーパス家の当主:ロバートの結婚式に参列して、ほんの少しだけうらやましいと思った。幸せそうなロバートを見て、自分もああいう風に笑いたいとさえ思った。

そんな彼女を気遣ってか、というか明らかに気遣ってロバートは度々縁談を持ちかけてはくれていた。

しかしどうも気が乗らずに断ってしまう。

そんなことを繰り返して早十年。ムートンも三十路を超えていた。


 結局のところ、彼女は彼の帰りを待っていた。

 愛する、世界でただ一人の、大事な夫のことを。


 左手の薬指にはまった銀色の指輪。

今でも輝きを失わない、その約束の証が煌めいて、ムートンの脳裏に彼の顔が浮かぶ。


――あっ、また漏れた……


 ケンの傍に居た時、悩まされ続けた性欲。

しかしここ十年は忙しさのためか、そんな気持ちなど全く抱かなかった。

 女としてそれはどうかと思うが、だからといって敢えて必要ともしていない。


――抱いてくれるのはあの人だけだからね。むしろあの人以外ありえないって……


「まぁ、いつか帰ってくるよね。あの人なら、きっと……」


 自身にそう言い聞かせ、気合を入れなおして仕事へ戻ろうと立ち上がる。

そんな彼女の背中に長い影が伸びた。

鼻をかすめたのは懐かしい、そして嬉しい香り。

 胸が高鳴り、まるで十年前のように体が激しく疼く。


 そんな彼女は青い瞳に僅かに涙を浮かべ、踵を返し、


「お帰りなさい。随分と待たせましたね? まぁ、貴方以外の誰かを好きになる気はありませんでしたけど……今夜は十年待たせた分お願いしますね! 寝かせませんからね! 覚悟してもらいます!」


おわり


お疲れさまでした。これにて本作終了です。

 ここまでたどり着いていただき、まことにありがとうございます。

 貴方がここまでたどり着いてくださらなければ本作は完結にはならなかったと思います。

心から感謝です!


 また本作では沢山活用させていただいた「きゃらふと」様へもこの場を借りて厚く御礼申し上げます。

次回作でも活用いたしますので、よろしくお願いいたします。


 それでは約十か月間の連載にお付き合いいただきありがとうございました!

 次回作を発表した際は、またご覧いただければ幸いです


 たぶん次の作品は本作よりも「ライト」な作風で行くことを宣言して、結びと致します。

 ではまたお会いしましょう!


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