終局の果てに
――ああ、ここで俺、ゲームオーバーなんだ……
松方 幹夫という少年は、自分の髪色と同じ白色の世界にいた。
きっとここは死ぬ前に達する世界の入口。
そうミキオは思った。
もし天国と地獄というのが本当に存在するなら、彼は間違いなく地獄行きだと思った。
大切な人達のため、家族とも言える仲間達のためとはいえ、自分は世界を滅ぼそうと多くの命を殺めた。
自分を不幸にしたこの世界など壊してやると蹂躙を繰り返した。
もしも自分が菅原 拳に勝利していたなら、世界は自分のものになって、再生の父として神の頂に到達していただろう。だが彼は負けた。
負けてしまえば、彼の行いは悪となる。
勝てば官軍負ければ賊軍。それが人の世の真理の一つであり、歴史の真実。
避けようもない現実であった。
――まぁ、仕方がないことだよね。
もはやこれから自分がどこにいくのか、どうなるかなどどうでも良かった。
永遠の孤独にいるよりは、数百倍ましだと思った。
――もうシャギも、オウバも、ウィンドも、シャドウもいないんだ。もう良いや、全部、何もかも……
そう思っていると足が自然と地面のようなところに着く。
何事かと思って周囲を見渡していると、彼の耳に甲高い靴音が届いた。
「ミキオ!」
まさかと思った。信じられなかった。しかし胸は高鳴るばかり。
自然とミキオの踵が返った。
「シャギ……だよね?」
驚く彼の胸へシャギは一直線に飛び込んできた。
抱き着いてきたシャギは、まるで子猫が甘えるように額を擦り付けている。
確かにシャギだった。かつて愛した最愛の幼馴染”森川 智”に瓜二つな、シャギ=アイスで間違いないなかった。
しかしどこか違和感がある。言葉では言い表せない、懐かしく、それでいて胸を締め付けられるような感覚。
そして不意に浮かんできた”懐かしい名前”
「と、智……?」
恐る恐る二百年ぶりにその名前を呼ぶ。
するとシャギは涙の滲んだ顔を上げて、
「そうよ! 智! 森川 智! 久しぶりね、幹夫!」
「ッ!?」
「幹夫くんっ!」
今度はどこからともなくオウバが現われて、ミキオへ飛びつく。
彼女もまた間違いなく、シャギの双子の妹:オウバ=アイス。
だが再び懐かしい感覚を得たミキオは、
「望なの……?」
「はいっ! 望は望ですよ、幹夫くんっ!」
まさかと思って名前を口にすると、彼女は元気よく答えた。
何が起こっているのか分からず、ミキオはただ茫然と立ち尽くす。
すると今度は脇に黒衣のシャドウと探検家風の少年ウィンドが姿を見せる。
やはり彼らからもひどく懐かしい雰囲気を感じ取った。
「景昭……?」
「ああ、俺だ。幹夫!」
シャドウは赤い双眸を輝かせながら、穏やかな声音で答える。
「じゃあ、こっちは……」
「よっ、幹夫! 佐々木 風太だぜ!」
「風太くんっ!」
すると突然、ミキオに抱き着いていたオウバ――望が離れた。
そして突っ込むようにウィンド――風太の胸へ飛びついた。
「おわっ!? の、のぞみん?」
「風太君、風太君! 風太君っ!」
「ちょ、ちょっと、ええ!? これなに!?」
風太の嬉しいような、困惑しているような声が響く。
そんな素っ頓狂な風太の声を聞いて望ははたりと我に返り、顔を真っ赤に染めて、風太から離れた。
「ご、ごめんなさい、風太くんっ……嬉しくて、つい……」
「あ、そ、そうなの……?」
望はひらりと白いスカートの裾をひるがえしてミキオへ振り返る。
そして素早く、深く頭を下げた。
「幹夫くんっ、ごめんなさい! 前にした告白、無かったことにしてくださいっ! 望は、風太くんのことが好きになっちゃいました!」
「えっ…………ええ――っ!?」
驚きの声を上げたのはミキオではなく、風太の方だった。
彼は信じられないといった表情を浮かべ、顔を真っ赤にして望を見下ろす。
そんな風太を望はサファイヤのように美しい蒼い瞳に映した。
「だって風太くん、迷宮で望を守ってくれました。あの時、気づいたんです。ああ、風太くんってかっこいいなぁって。もしも、もう一度風太くんに会えるなら、恋人にして欲しいなって……今更遅いかもしれませんけど、望のこの想い受け入れてくれますかっ?」
望の瞳が伺うように風太を不安げに映す。
しかし風太は顔を真っ赤に染めて、至極幸せそうに、そして力強く首を縦に振り続ける。
「も、勿論だよ、のぞみん!」
「やったぁ~! 宜しくお願いしますね、風太くんっ!」
「良かったな、風太」
シャドウ――景昭が、風太の肩を叩いて祝福する。
「あっ、でも、景昭くん、良いのですか……?」
恐る恐る望が聞くと、
「? 風太の幸せは俺の幸せだが……何か問題でもあるのか?」
その答えを聞いて望はほっとしたような、少し残念そうなため息を漏らした。
「なんだ、望はてっきり景昭君は風太君のことを……」
「ちょ、か、景昭! お前まさか!?」
「ご、誤解するな! 俺は風太の友達として……!」
そんな明るい三人のやり取りをみて、ミキオの瞳から大粒の涙が零れ出た。
既に無くしてしまった、ずっと望んでいた情景が再び、今目の前にある。
様々な感情が渦巻いて、ミキオはただ子供のように泣きじゃくりながら、嗚咽を漏らすことしかできない。
そんな彼を、シャギ――智は、存在感のある胸に押し当て、抱きしめた。
「よく頑張ったね。幹夫はとっても良い子よ」
「バカ、それ、俺の台詞……」
「バカにバカって言われたくないわね?」
「うるせぇ……」
「だったら、シャギちゃんの時みたいに従順な方が好み?」
「……ちょっと厳しい、智が、好みです……」
「あら? ドMカミングアウト?」
智はいたずらっぽく微笑む。そんな彼女を幹夫は思いのまま、力強く抱きしめた。
「もうドMでも何でもいい! 智が欲しい。智が良いっ! 傍にいて欲しい……離れないで欲しい。もう俺を一人にしないで、智ぉ……!」
「大丈夫、私も同じ気持ちだから。私だってもう幹夫と離れたくないわよ」
智は幹夫の心を洗い流すような、陽だまりのような笑顔を浮かべて、
「ただいま、幹夫」
そう告げて、瞳から涙をこぼしつつ彼を優しく抱きしめ返した。
「お帰り、智……ううっ……ひっく!」
”ミキオ=マツカタ”は二百年ぶりに”松方 幹夫”へと戻り、愛する幼馴染の中で涙を流す。
「全く……なんなんだよ、コレ! おい、答えろよ! 黒皇! 菅原 拳!」
涙を拭ってミキオは叫ぶ。
彼の背後には穏やかな顔をした黒皇ことケン=スガワラが佇んでいた。
*明日が最終回です。
掲載は平成30年8月16日 12:00~を予定しております。
最後までお付き合い頂ければ幸いです!
宜しくお願いいたします!