世界の果てで、愛を叫ぶ獣娘達(*ラフィ視点)
――お腹の子供のためにも。この子が暮らす世界のためにも! だからわたしは倒れるわけにはいかない!
ラフィは闘志を燃やして、静かに立ち上がる。
そして強く腕を突き出した。
「グレモリー、悪いけど貴方の全部をわたしによこして!」
ラフィはDRアイテムである黄金の杖を召喚する。
杖が彼女の手の中で”ミシッ”と音を立てて軋んだ。
「ごめんね!」
ラフィは心からの謝罪を叫び、杖を自分の膝に激しく叩きつける。
黄金の杖が真っ二つに折れた。
瞬間、真っ二つに折れた杖から金色の輝きが噴水のように噴き出した。
バエルの内部に存在する不毛の大地へ、黄金の輝きが雪のように降り注ぐ。
『アイス姉妹と同じことをするのだな? お前は余を自在に扱う自信があるのだな?』
呆れたような、感心したような、不思議なトーンのグレモリーの声が聞こえる。
ラフィはピンと毛並みの良い尻尾を立てて、
「勿論です!」
はっきりと答えた。すると形の無い魔神が微笑んだような気がした。
『良かろう。ならば……魅せよ! そして響かせよ、この世界の果てで! 貴様の愛を! 愛を司りし余、グレモリーの力を使って!』
「「きゃっ!?」」
金色の輝きが爆ぜ、上空のシャギを、蟹の爪を掲げたオウバを吹き飛ばす。
ラフィは周囲に散ったグレモリーを現す”金色の魔力”を全身を使って吸収してゆく。
かつてラフィは迷宮で命を落とし、56位魔神グレモリーの依り代として蘇った。
だから彼女はグレモリーを蘇らせるための器でしかなかった。例えDRアイテムを所持したとしても、これまでの器と中身の関係は変わらなかった。
しかし、今、中身であるグレモリーは器である彼女を認め、同化を許した。もはやラフィは器ではなかった。グレモリーも中身という別の存在ではなくなっていた
共に愛を感じ、愛の下に戦う戦士。
世界の果てで愛を響かせる獣人。
愛する男と子供のために戦う母親。
その存在こそ、グレモリーと同化した――第五十六位魔神グレモリーを改め、【魔神ラフィ】
「たあぁぁぁー!」
ラフィは金色の輝きを纏わせ飛んだ。
彼女は金色の矢のように加速し、灰色の空の下を疾駆する。
「キラキラ光りやがって! うぜぇんだよぉっ!」
怒り狂ったオウバの巨大な蟹爪を差し向けた。
爪はオウバ由来の白磁の魔力で破壊力を増加させ、ラフィを切断しようと爪を開く。
しかしラフィは恐れず突き進む。口元には余裕の笑みが浮かんでいた。
「はいぃっ!」
黄金の輝きを纏った、神速の回し蹴りがオウバの蟹爪を殴打した。
「なっ!?」
鋼以上の硬さを誇った蟹爪に亀裂が浮かび、粉々に砕け散った。
すぐさまもう一方の爪が開き、線状の魔力を発射する。
しかしそこには既にラフィの姿は無かった。
「だからさっき言ったでしょ? 殺気を殺さないとダメだって。貴方が何を狙っているかバレバレだったよ!」
既にオウバの至近距離に移動していたラフィは足に力を収束させる。
グレモリー由来の金色。ラフィが元々持ち得ていた紫紺。
その二つの魔力が混ざり合い、彼女の足元へ紫電を浮かべるボール状の塊が形成される。
「狼牙流星脚!」
「かはっ!」
蹴りと同時にボールのような魔力の塊が、オウバの身体をくの字に折り曲げ、吹き飛ばす。そして間髪入れず踊るようにひらりと身をひるがえす。
刹那彼女の脇を、シャギの鋭く長い爪が過った。
「はあぁっ!」
「あぐ!?」
シャギの懐に潜り込み、蹴りを浴びて怯ませ、地面へ叩き落す。
すぐさま着地したラフィは二激目を繰り出す。
しかしその蹴りは収縮させたシャギの腕の爪で防がれた。
「貴方たちが白閃光が大好きなのはわかる! 大好きな人のために力になりたい、役に立ちたいって気持ちわかるよ! 彼と一緒に願いをかなえたいって気持ちは分かるよ!」
ラフィは黄金に輝く足を放ち空気の刃を押し出す。
狼牙拳の奥義が一つ:狼爪脚
魔力を帯びた足が神速で空気を切り、それを刃に変えて相手を切り裂く技。
目に留まらぬ連脚と、そこから押し出される空気の刃は、シャギをその場に釘付けた。
「そ、そうだ! 私は彼のため、愛するミキオのために、この命をかける! お、お前なんかに負けてたまるか……たまるかぁぁぁっ!」
シャギもまた想いを叫び、黒い爪で懸命に空気の刃を弾き続ける。
だがそれがやっとな様子で、シャギが反撃に転じる隙は一切なし。
「だけど!」
「あっ!」
一瞬の隙を突いて、ラフィはシャギの爪を足で絡めとり弾いた。
シャギは目を見開き、ガラッと胴を晒す。
「貴方たちの行いを認めるわけにはいかない! この世界は壊させない! 子供たちの未来のためにも!」
ラフィは渾身の力と魔力を込めた蹴りを放った。
しかしシャギの姿が煙のように消え失せる。
邪悪な気配を敏感に感じ取って踵を返す。
「姉さん、しっかり! 姉さん!」
「あ、ありがとうオウバ。助かったわ……」
「殺す、ぶっ殺す! お前をオウバが、絶対に!!」
シャギを抱くオウバの激高が響く。
黒の魔導士はすくっと立ち上がった。
「……行くわよ、望! これで終わりにするわ!」
「ッ!!……は、はい! 智姉さん!」
シャギの腕が再び伸び、爪を地面深くに食い込ませた。
漆黒の禍々しい翼が雄々しく開き、魔力の発射体勢へ入る。
オウバもまた残った蟹爪を大きく開いて、白磁の魔力を収束させた。
ラフィも応じるように大地を踏みしめ、一呼吸置く。
自分の中に宿る黄金と紫紺の魔力を燃やし、高めた。
ラフィとアイス姉妹の気迫と魔力が高まり、自然の摂理を無視して砂塵が舞い上がる。
膨大で強大な魔力の高まりは、一位迷宮バエルを震撼させた。
「「消し炭となれ!」」
「狼牙拳究極奥義!」
そして世界の果てにある迷宮へ、相対する獣娘達の愛が響き渡った。
「「ギガソニックッ!!」」
シャギの口と胸の双丘、オウバの爪から激しい魔力の奔流が放たれた。
黒と白の姉妹の命をかけた一撃は空気を引き裂き、不毛の大地を焼いて突き進む。
「狼牙!」
ラフィはアイス姉妹が放った激しい魔力の奔流へ向けて飛び出した。
瞬間、金色と紫紺の魔力が彼女を覆い、膨らむ。
輝きは鋭い爪を前足となって地面を抉り、強靭な後ろ脚は巨大な体躯を前に飛ばす。
鼻は魔力の強大さに反応して飢えを呼び起こし、黄金の鋭い牙が覗く。
地を駆ける黄金の巨大な狼。
魔を狙い、喰らい尽くそうと疾駆する黄金の餓狼――魔神の力を全て解放し変貌したラフィはアイス姉妹の放ったギガソニックに喰らい付ついた。
「ガオォォォン!」
「「なっ――!?」」
餓狼は魔力の奔流を食い破り、黄金の瞳でアイス姉妹を捉え、鋭く牙を覗かせる。
世界が一瞬黄金に染まり、アイス姉妹の姿はその中に消えて行く。
その中で黄金の餓狼は雄々しく、不毛の大地を踏みしめ、遠吠えを上げる。
やがて光が捌け世界が色を取り戻す。
荒野には再び静寂が舞い戻った。
「……」
グリモワールの双子魔導士:妹のオウバ=アイスは焼け焦げた大地にうつ伏せに倒れていた。
オウバはピクリとも動かず、長い髪は空っ風に吹かれて力なく靡いている。
彼女の腰から下は綺麗さっぱり消え失せていたのだった。
――オウバ=アイスはたぶん、これで終わり……
黄金の餓狼から元の姿に戻ったラフィは、オウバへの罪悪感を抱きながらも視線を外す。
そして視線を前へ移した。
「……」
目の前には焼け焦げてはいるが、仰向けに倒れ、呼吸をしている様子が伺えるシャギ=アイスの姿があった。
――止めを刺さないと。
警戒しつつ、ラフィはシャギへ近づき、脇に立った。
「……っ……ぁっ……」
既にシャギは虫の息であった。微かに聞こえる呼吸の音だけが、彼女の生を感じさせる。
ラフィの魔力の輝きによって目を焼かれてしまったのか、瞼が固く閉じられていた。
全身も火傷だらけで、おそらく起き上がるどころか、動くことさえ叶わない様子だった。
ラフィと同様に愛する男のために死力を尽くした女魔導士:シャギ=アイス。
もし、出会い方が違えば、アイス姉妹とは同じ気持ちを共有できる、そして数少ない”不浄の一族”の生き残りとして良い友人関係になれたのではないか。
ラフィはそう考えるが、しかしそれはもしもの話だと思った。
今、ここで止めを刺さなければ、またいつ彼女達が愛する男の願いを叶えるために、世界を破壊しに現れるか分かったものではない。彼女は敵。世界を破壊しようとする悪。情けや容赦などいらない。
――仕方ないことなんだ。これは仕方のないこと……
ラフィは沸き起こった同情を胸の奥に封じ、拳に力を込めた。
視線で狙いをシャギの胸の奥にある心臓に定める。
あと一撃。
瀕死のシャギの胸へ拳を叩きこみ、心臓を完全に破壊すれば、この戦いはラフィの勝利に終わる。
世界を、お腹の中に宿った子供の未来を守ることができる。
「ミッ、キー……」
シャギの唇が震え、切なげな声が漏れ出す。
その声を聞いて、ラフィの拳から力が抜けた。
「ミキオ……どこに、いるの……?」
既に視力の無いシャギは、愛する男の姿を追い求め、震えた指先を宙に彷徨わせた。
何も、決し掴めるはずの無い細い指先。
しかしそれは必死に何かを追い求め、ひたすら虚空の中を彷徨い続ける。
そんなシャギの姿を見て、再びラフィへためらいが生じた。
――迷っちゃダメ! ここで殺さないと!
自分へ強くそう言い聞かせ、気持ちを引き締め、拳に力を込めて、切なげに指を彷徨わせるシャギへとどめを刺すべく再び狙いを定める。
「さ、触るな! 姉さんにこれ以上触ってみろ、望が……!」
未だ生きていた上半身のみのオウバが呪詛にも似た言葉を吐く。
自分の酷い有様を前にしても、未だに姉を慕う妹の気持ち。
それはラフィへ更なる心の揺れをもたらした。
「ミキオ、ああ、幹夫……ようやく、会えた、アンタに……」
安堵に満ちたシャギの声が聞こえた。
何も掴んでいない筈の指先は、まるで大事な何かへ触れるかのように震えている。
硬く閉ざされたシャギの瞼から、涙が零れ落ち、不毛の大地へ落ちて消えて行く。
「会いたかった……また、アンタに……! もう、離れない、絶対、に……! 幹夫ぉ……」
「……」
ラフィは自らの意思で、シャギに定めていた狙いを外し、拳から力を抜いた。
愛する男のために全力を尽くしたシャギとラフィ。
シャギは愛する男のために死を覚悟し、ラフィは生を望んだ。
似て異なるが、至る想いは全て、愛するたった一人の男へと繋がる。
ただ、わずかに想いの力が、ラフィの方が勝っていただけ。
生への執着が味方して、勝利しただけ。
だからこそシャギの気持ちが痛いほどよくわかる。
全ては愛する男の力になりたいという純粋な想い故に。
――せめて最後くらいは、大好きな人を想いながら……安らかに……
ラフィはシャギの冥福を祈りながら踵を返す。
世界の果てで愛を叫び合った残り少ない一族の生き残りへの、彼女なりのせめてもの弔いだった。
「――ッ!?」
そんなラフィの足首を何かが掴む。
「行かせるか……!」
呪いのような声が肌を泡立たせる。
いつの間にかラフィの足首を上半身だけになったオウバ=アイスが掴んでいた。
「貴方……!?」
「てめぇだけ行かせるか……お前だけ愛する人のところへいかせてたまるか! 姉さんだけ寂しい想いをさせてたまるか!」
「――ッ!?」
「一緒に消えてもらうぞ、小娘がぁぁぁぁぁぁっ!」
激昂と共にオウバの上半身が激しい白磁の輝きを発した。
振りほどこうにも、オウバはラフィの足首を掴んだまま離さない。
そしてラフィとシャギはオウバの放った白磁の魔力の中に消えて行くのだった。