ギルドへの登録
「マ、マジですか……!?」
ケンは目の前に置かれた銅貨80枚を見て、驚きの声を上げる。
カウンター越しにいる初老の道具屋の店主は首を傾げた。
「ん? 何か不満かね? この量と質なら妥当な金額だと思うけど?」
店主はケンが持参して、カウンターの上へ置いた麻袋から、瑞々しい緑色の薬草を取り出してそう云った。
「いや、前の村じゃ20枚しか貰えなくて……」
「本当かい。そりゃ売った相手が悪かったねぇ。もしかしてどこからか出て来たばかりかい?」
「あ、ええ、まぁ……地元じゃこんな値段だったもんで……」
まさか”奴隷兵士”だったというわけもいかず、ケンは適当に相槌を打った。
「気を付けな。うちはどんなものでも適正な価格で取引に応じるって決めてるけど、そんのはほんの一部。お前さんのような出て来たばっか人は足元見られるからねぇ」
「そうですね。勉強になりました」
「またなんかあったら来なさいな。きちんとした取引に応じるよ」
「はい。ありがとうございました」
ケンは人の好さそうな店主へ礼を云い、銅貨80枚を袋へ詰めると道具屋を後にした。
「お帰りなさい! どうでした?」
店を出て早々、外で待っていたラフィが弾んだ声で聴いてくる。
「銅貨80枚にもなったよ」
「わぁ! そんなに! これでようやく集まりましたね!」
ラフィは尻尾を大きく振って喜びを表現している。
しかし薬草を採集してはこうして売り、節約のために野宿生活を繰り返していたケンは苦笑を禁じ得なかった。
――もっと早くこの店に来れてれば、ラフィをまともなところで寝かせてやれたのにな……
だがそんな生活も今日まで。
今の取引で目標金額だった銅貨200枚――銀貨2枚相当の金を作ることができた。
「行こう」
「はい!」
ケンとラフィは並んで歩き出す。
そして二人にとって嫌な思い出の詰まったメディア地方を離れ、隣接するアントル地方へ向かっていった。
八位迷宮バルバトスを中心に、複数の序列迷宮を有する【アントル地方】
そこは迷宮攻略を生業とする者が集まるところとケンは現地人であるラフィから聞いている。
そのアントル地方でも最も栄えている、八位迷宮バルバトスに近い【交易都市メール】へケンとラフィは訪れた
メールは一攫千金を狙う冒険者を中心に、彼らを対象にする商人で賑わい、様々な施設が軒を連ねている。
久方ぶりに見た人込みにケンは懐かしさを覚えた。
――そういや東京もこんな人込みだらけだったよな
昔は煩わしく思っていた人込み。
しかしこうしてたくさんの人が居て、賑わっていることが懐かしく思える。
「あう、ケンさん……」
そんな中、ラフィは耳を畳んで、尻尾をおろし、
オロオロを寄り添ってくる。
「怖いのか?」
「いいえ、その……こんなに人がいっぱいるの初めてですし、それに……」
行き交う人々がラフィの頭にある、
犬のような耳を見て顔をしかめていた。
「実はわたしみたいな耳と尻尾がある種族って、この世界じゃ嫌われてるんです。理由はよく分からないんですけど、【不浄の一族】とかなんとか云われてまして……」
「不浄の一族?」
「はい。わたしの種族って、一説によると迷宮のモンスターと人が交わって生まれたなんて云われてるらしくて……」
「悪い。じゃあここに連れて来たのは失敗だったな」
「いえ、気にしないでください」
ラフィの諦めたような笑顔が痛々しかった。
外套がもっと長ければ頭からかぶって、
耳と尻尾を隠せたかもしれない。
――どうにかしたいな。
そう考えて視線を泳がせると、近くに衣服を販売している露店が目に留まる。
ポケットを探ると、ラフィの預けている銅貨200枚とは別に、
何枚かの銅貨が手の中で踊る。
「ちょっと待ってろ」
ケンはいったんラフィから離れると、露店へ向かう。
露店の軒先に商品として吊るされている黄土色のハンチング帽。
値段は銅貨6枚。
ケンは手持ちの財産の殆どを露天商へ支払った。
ハンチング帽を手に、人ごみの中でオロオロしているラフィのところへ足早に戻る。
「そら」
「わっ! って、これ……?」
ハンチング坊をラフィへ被せてみれば、サイズはぴったりで、彼女の耳をすっぽり隠した。
「これで安心だろ?」
「わぁ……ありがとうございます! でも、良いんですか?」
「勿論。ラフィが安心できるなら尚更ね」
「ありがとうございます! すっごく嬉しいです!」
ラフィが喜んでくれたことに満足したケンは、彼女を伴って、目的地である”ギルド集会場”を目指して、雑踏の中を歩きだしたのだった。
【ギルド】とは職業別組合の総称である。
しかしこの世界では主に、
「戦闘・狩猟を生業とする者」
「序列迷宮へ潜り探索を行うもの」
いずれかを生活の糧にしている者が所属するところであった。
戦うということは命を危険に晒すこと。
その分実入りは良い。
元奴隷兵士で戦闘経験が豊富な、一攫千金を狙うケンにとっては非常に好都合な場所である。
メールの中でもひと際大きく、まるで城砦を彷彿とさせるギルド集会場の建物へ、ケンとラフィは入っていった。
中では様々な年代・性別の屈強な戦士たちが犇めいていた。
誰もが一攫千金を狙って熱気を発している。
やることは奴隷兵士と変わらない。
しかしそれを自ら選ぶか、誰かにやらされるかでは、明らかに熱意の度合いが違うように感じられた。
――良い場所だ。
素直にケンはそう思う。
しかしこの輪の中へ加わるためには「登録」をしなければならない。
ケンはラフィを伴って、熱気溢れる集会場の奥、「登録」作業を行ってくれるというカウンターへ向けて歩き出す。
その時、ふと集会場の石壁に掲げられたポスターに目が留まった。
褐色がかった紙へ、四人の人物が黒インクのようなもので版画にされ、読解不能な異世界の文字が刻まれている。
文字の内容は分からず。
しかしケンはその版画の中の人物に見覚えがあった。
「こいつらは……?」
版画の一番奥に描かれている、ドレスを着た双子のような姉妹に見覚えは無い。
しかし彼女たちの前に描かれた、
”忍者のような男”と、”リュックを背負った少年”
には確かに見覚えがあった。
「この人たちって、もしかしてして……」
隣に居たラフィも同じ感想を抱いたらしい。
「何が書いてあるんだ?」
異世界の文字が未だ読めないケンはラフィへ聞く。
「ええっと……ブラッククラスパーティーグリモワール、序列72番迷宮「アンドロマリウス」攻略。「セエレ」攻略に次ぐ快挙に栄誉を! ですって」
「グリモワールってのはなんだ?」
「たぶん、この人たちのパーティー名だと思います。後ろの子たちがシャギ=アイス、オウバ=アイスの魔導士アイス姉妹。左の人が暗殺者のシャドウ、右の人が荷物係のウィンド」
「シャドウとウィンド……間違いないんだな?」
「はい。じゃあやっぱりこの間襲ってきたのも?」
「あんな変な格好をした二人組だ。忘れる筈ねぇよ」
ケンの言葉にラフィは”ですよね”といった具合の、苦笑を浮かべた。
――しかしどうしてだ? なんでこんなにも賞賛されている連中が盗賊まがいのことしてたんだ?
ポスターの下には未だ細かい文字が刻まれている。
何か他の情報が欲しいと思いケンは解読をラフィにお願いしようとし思ったその時、集会場の奥から鐘の音が響く。
「まもなく新規登録受付終了でーす! 未だの方は早くどうぞー!」
「やべ! 行くぞ!」
「は、はい!」
とりあえずグリモワールのシャドウとウィンドのことは置いておいてケンとラフィは受付へ走った。
「新規登録二名分を頼む」
「かしこまりました。では基本情報の記入をお願いします」
差し出された二枚の紙。
文字の書けないケンの代わりにラフィがすらすらと記入をしてゆく様を見て少し恥ずかしい気分になるケンだった。
――そのうち何とかしないとな。
『識字だったらスキルあるぜ。時間があったら探してみな』
っと、頭の中へ響くアスモデウスの声。
暇だったら探してくれと思うも、アスモデウスは「ひひっ」っと笑うだけでしてくれる素振りは感じられなかった。
「では登録料として2名様分、銀貨2枚をお願いします」
「ラフィ」
「どうぞ!」
ラフィから銀貨2枚相当の銅貨200枚の入った袋を受け取り、受付へ置く。
鈍重な小銭の音に受付嬢は一瞬苦笑いを浮かべた。
周りも小銭で支払いをしようとしているケンへ軽薄な薄ら笑いを向けている。
「えっと、お支払いはこちらで宜しいんですよね……?」
「そうだ。問題あるのか?」
苦笑い気味の受付嬢を少し不快に思ったケンは、意図せず棘を含んだ声を出す。
「あ、い、いえ……ちょっと数えますので少々お時間を……」
受付嬢はやれやれといった具合に袋へ手を伸ばす。
が、その前にラフィが袋を開けた。
袋から出てきたのは銅貨の真ん中の穴に、紐を通した束だった。
それが合計20本受付に並べられる。
「1本10枚綴りで、全部で20本あります! 確認してください!」
「わ、分かりました」
少し語気の強いラフィに気圧され、受付嬢は急いで勘定を始める。
「た、確かに200枚ですね……お支払いありがとうございます。ではこちらをどうぞ」
受付嬢はカウンターの下から、白いブレスレットを二本差し出してきた。
ラフィの話ではこの白いブレスレットが「新米登録者」の証とのことだった。
「ケンさんとお揃いだぁ。えへへ!」
真新しい白いブレスレットを着けて、ラフィは至極満足げな様子。
無邪気にはしゃぐラフィを見て、ケンは頬のゆるみを禁じ得なかった。
「ラフィ、さっきはありがとう」
「ん? 何のことですか?」
「金、いつの間にまとめてたんだ?」
そう云われてラフィはようやくケンの御礼の意味を理解した様子だった。
「たぶん銅貨200枚の支払いじゃ良い顔されないって分かってましたから……」
「そうだったのか。なんかさっきからおんぶにだっこばっかで済まないな」
本当に申し訳なくてそう云う。
しかしラフィは満面の笑みを浮かべた。
「気にしないでください! わたしがケンさんに頂いたのはこの程度じゃすみませんよ! お洋服も、帽子も頂きましたし!」
――全く、この子はどこまでいい子なんだよ……
益々この屈託のない笑顔の少女を幸せにしたい。
そう思うケンなのだった。