罪と罰 邪悪の結末(*ムートン視点)
――シャドウは私が止める! シャトー家当主の名に懸けて!
ムートンはそう決意を固め、ケンやリオン共に氷の大地を蹴り上げた。
予想通りシャドウはムートンには目もくれず、バエルの白蜘蛛へ走り出したケンとラフィへ向かい、蛇の剣を振り上げる。
「させるかぁぁぁっ!」
ムートンはシャドウとケンの間に割って入り、シャドウの振り落とした蛇の剣を、真っ赤に燃える炎の魔剣で受け止めた。
「ぬっ!?」
「悪いね。あんたの相手はこの私だ!」
ムートンは手にした炎の双剣、DRアイテム「煉獄双剣」の力を解き放つ。
怒りの炎を力に変えて「殲滅形態」を解放し、一気に加速の世界へ移行する。
静止してみえるシャドウの首筋へ目掛けて、右の魔剣「ナハト」を薙ぐ。
しかし遮二無二薙いだ右の魔剣は、いきなり蛇の剣を掲げたシャドウによって、あっさりと防がれた。
「良い攻撃だ。後少し遅れていれば、オレの首は飛んでいた」
「ちっ!」
ムートンとシャドウは互いに後ろへ飛び距離を置く。
ムートンはリオンと、シャドウはウィンドと合流し、再び相対した。
「ウィンド、予定変更。ここでムートン=シャトーとリオンを殲滅し、後顧の憂いを絶つ。後、姉妹と合流する!」
シャドウは赤い双眸を輝かせた。
「了解だぜ、シャドウ」
「気を着けろ。奴らの実力は想像以上に向上している。油断は命を危険に晒す」
するとウィンドは歯噛みし、鋭くムートンとリオンを睨みつけた。
「へっ、死ぬかよ。また死んでたまるかよ……俺はのぞみんの傍に行ってやるんだ。幹夫の野郎に振られちまったあの子を慰めてやるんだ……この俺が!」
「ッ!? ウィンド……? お前は……?」
「さぁ、ぱっぱとおっぱじめようぜ、景……シャドウ!」
「お、応ッ!」
目前の魔神二人は構え、飛ぶ。
「リオンちゃん、ウィンドを頼むね!」
「あう! ムーもシャドウを!」
「ああ!」
ムートンはリオンと同時に氷の大地を蹴った。
ムートンの標的、それは怒りによって狂ってしまった魔道人形のシャドウ。
―― 一撃で決める!
ムートンは再び「殲滅形態」を取り、自らを加速の世界へ誘った。
漆黒の風となって接近してきていたシャドウがぴたりと止まったようにみえる。
「でやあぁぁぁ!」
一気に飛び上がり空から、地上のシャドウ目掛けて左の魔剣「シュナイド」を振り落とす。
だが左の魔剣は再び動き出したシャドウが、腕にくくった蛇の剣を掲げ防がれた。
「二度も同じ手とは愚かな」
「そうかな?」
ムートンはニヤリと笑みを浮かべ、更に赤い魔力を解放した。
先ほどの加速は、ギアで例えるならばロー。
発進の爆発だけにほからないない。
スピードが乗り、魔力の輪転がサイクルに入れば、後はその力を更に効率的に回すのみ。 だからこそ、ムートンは流れを”トップギア”に入れた。
効率よく魔力が回りだし、彼女は更に加速する。再度シャドウの動きがぴたりと止まった。
「これでぇぇぇ!」
そしてシャドウの首筋を狙って、右の魔剣「ナハト」を振り落とす。
渾身の一撃による、確実な勝利。それを確信していただけに、瞳に赤い火花が写った途端、ムートンの表情は凍り付いた。
渾身で会心の一撃は、またしても腕を掲げたシャドウによってあっさりと防がれていたのだった。
「ムートン=シャトー、貴様はその程度か?」
シャドウの血のように真っ赤な双眸が、黒い兜の奥で冷たく光輝く。
「くっ……な、なめるなぁぁぁ!」
無我夢中で魔剣を振り払うが、既にシャドウの姿はそこに無かった。
「殲滅!」
「ぐわっ!」
突然、背中を鋭く斬りつけられ、ムートンは仰け反る。
倒れそうな身体を踏ん張って堪え、振り向きざまに魔剣を振った。
”キンッ!”と甲高い金音が響き、火花が散った。
「貴様の力は、怒りはその程度か、ムートン=シャトー。ならば、オレの破邪の願いはそれを凌駕している」
「くっ……!」
「ミキオの悲願を邪魔するモノ、邪悪なシャトー家の生き残りよ、滅びよ! オレの「正義毒蛇」に殲滅できぬもの無し!」
シャドウの姿が視界から消える。
どこから攻めて来るのか、何を仕掛けて来るのか、全く想像できないムートンは、勘に頼って身体を捻った。
”ヒュン!”と蛇の剣が目の前を過り、彼女の前髪を数本散らす。
「オオオッ! 駆逐! 破壊! 殲滅ッ!」
「ッ!!」
嵐のようなシャドウの連撃。
ムートンは必死に受け流す。
加速の世界で、ムートンとシャドウは、現世を置いてけぼりにして、ただ剣を交え死闘を演じる。
そして彼女は身をもって、シャドウの力が以前よりも増していると思い知った。
シャドウの持つDRアイテム「正義毒蛇」の能力。
所持者が邪悪と認めた者に対して、それに応じて何倍もの力を与える。
――それだけ私に流れる血が恨まれてるってことか。
既にシャトー家は滅んだも同然だった。
残るはムートンただ一人。ムートンの死、それはすなわちシャトー家の真の滅亡を意味している。おそらくそれはシャドウ自身の大願。魔道人形として彼を生み出し、ゴミのように捨てたシャトー家への復讐。グリモワールの世界破滅計画と同等か、それ以上の目標。
――シャトー家なんて滅んで当然だ。滅びるべきだ。散々命を弄び、使い捨てたシャトー家など! だけど!
「それでも私は、ケンさんと生きるんだぁぁぁぁ!」
「ぬおっ!?」
渾身の一撃が届きシャドウを袈裟状に切り伏せる。
ムートンは怯んだシャドウから飛び退いて距離を置き、腕と足に魔力を流し込んだ。
「燃やせぇ! 火ノ球、火ノ矢ォッ!」
ムートンの怒りが生じさせた紅蓮の炎の数々は、たじろぐシャドウへ向けて降り注ぐ
分厚い氷の大地が溶け、水蒸気と爆炎の中にシャドウの姿が消える。
しかし安堵したのも束の間、水蒸気の中から何本ものクナイが飛び出し、ムートンの影を縫う。
「く、くそぉっ!」
どんなに身をよじっても体はぴたりと止まったまま動かない。
そして水蒸気の中から、漆黒の暗殺者が飛び出して来た。
「アクセルブースト」
シャドウが分身し、彼女を取り囲む。
「アンドファントム!」
「ッ!?」
ムートンは全方向から蛇の剣でくし刺しにされた。
寸前のところで身をよじったため辛うじて急所への直撃だけは避けていた。
「かはっ、げほっ、ごほっ……! くっ……!
傷だらけの彼女は膝を突き、血反吐を吐き散らす。
だが受けた傷の痛みよりも、悔しさが勝っていた。
シャドウに届かない自分の力の無さを悔いていた。
茫然とし始めた意識の中、これはシャトー家に対する罰なのではないかと思った。
これまで散々命を弄び、栄華を極めたシャトー家。
その数多の犠牲者達の復讐代行者として、今目の前には鬼神と化したホムンクルスが居る。届かないのは当然。
何故ならば、目の前の鬼はムートン以上の魂を背負い、その想いを力に変えて、挑んできている――そう思ってしまう自分がいることにムートンは気が付く。
――なるほど、だから届かないわけだ。
結局、これまでの彼女は未だシャドウへの罪の意識を抱いていたのだ。
哀れなホムンクルスを生み出してしまった自分の血筋への罰だと、心のどこかで思っていた。
これではかつて、人殺しに躊躇っていたために全く攻撃が当たらなかった頃の自分と何も変わっていないと思った。
――こんな体たらくじゃ、メイに申し訳ないよね……
かつてムートンは自らの手で最愛の家族であったメイ=カジワラをその手に掛けた。
そしてその時誓った。
もはや剣を振ることをためらわないと。それが身を挺して、自分の情けなさを正してくれたメイへのせめても報いなのだと。
確かにシャトー家は罪深い。罰を受けるのは当然。しかし、
――罰は受ける。だけど私が、シャトー家の罪が罰せられるべきは世界からだ! この狂った魔道人形からではない!
だからこそ彼女は怒った。
世界を滅ぼそうとする目の前の敵を。強く、激しく。
ムートンは刃こぼれだらけの魔剣の柄を握りしめ、メイの正してくれた覚悟の下、立ち上がる。
全身から血が噴き出る。
体中が痛く、悲鳴を上げ、気を許せばすぐにでも意識は飛んでしまいそうだった。
しかしそんな体の支配を、彼女は意思で律し、氷の大地を砕けんばかりに踏みしめた。
「力をよこせ、アモン!」
【良いだろう! 燃やせ、貴様の怒りを!】
DRアイテム「煉獄双剣」に宿る六位魔神アモンのメイによく似た凛とした声が響く。
瞬間、二振りの魔剣は、これまで以上に赤く燃えた。
燃え上がる炎は足元の永久凍土を溶かして行く。
「良いだろう。これで決着にしてやる……オオオオオッ!」
シャドウもまたDRアイテム「正義毒蛇」に宿る72位魔神:正義を司るアンドロマリウスへ呼びかける。
彼の腕に巻き付く蛇が黒い魔力を発し、シャドウの背後で激しく燃えた。
一瞬の静寂。
ムートンはシャドウの、シャドウはムートンの息遣いへ神経を集中させる。
―― これで終わりにする! メイ、みんな、ケンさん!
「シャドォォォ!」
「オオーっ!」
怒りの赤と復讐の黒。
罪と罰が互いの命を狙って、氷の大地を蹴った。
渾身の一撃が混じり合い、氷の大地に冷たい剣戟が響き渡る。
そしてそれぞれの武器を振り切ったムートンとシャドウは背中合わせに氷上へ降り立った。
「うっ……かはっ!」
右の魔剣「ナハト」の刀身に罅が走った。
頑強な魔剣は真っ二つに折れ、ムートンは血反吐を吐き散らしながら膝を突く。
「邪悪なるシャトー家は、駆逐、破壊……ッ!?」
シャドウは踵を返し、赤い双眸を明滅させる。そして僅かに上半身へずれが生じた。
彼の上半身と腰の間に深い隙間が刻み込まれ、切り裂かれた魔道回廊が紫電を放っている。
「殲、滅、失敗……すまない、ミキオ……風太ぁ……っ……!」
シャドウの上半身が氷上へ落ち、力を失った下半身は紫電を浮かべながらガシャリと崩れ去る。
そしてムートンの視界の隅ではもう一つの最終決戦にピリオドが打たれていた。