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赤く染まる氷の大地


「各部位、損害状況を知らせろ!」

「消火急げ! こいつが沈んだらどうするつもりだぁ、こらぁっ!」

「第三、第四砲台沈黙! 主機出力三割五分低下! 損傷操作ダメージコントロール急げ! なんとしてもこの高度を維持するんだ!」


 グラシャラボラスの艦橋は様々な報告と指示が喧喧轟々(けんけんごうごう)と響き渡っていた。

 事態は切迫している。それは状況を見守っているだけのロバートでも容易に理解できた。


「負けんなてめら! 第五、第六主砲、てぇーっ!」


 しかしグラシャラボラスを指揮するマルゴも、その一家も折れず、決してくじけず、必死に航行作業を続けていた。


 空を飛ぶグラシャラボラスの船はバエルの白蜘蛛から吐き出された、空を覆いつくさんばかりの飛竜ワイバーンの群れに囲まれていた。

 多少の火球ならばびくともしない装甲。しかしまるで豪雨のように降り注ぐ無数の火球は容赦なく甲板を焼き、破裂させる。


「くそっ! 消えねぇ!」

「班長! 十四区画でも火災発生ですぜ!」

「ああもう、こんな時に! お前等行け! ここは俺に任せろ!」


 船内の消火活動を必死に行う者、


「うららら! 落ちろ、落ちろ、ドラゴン野郎!」

「ひゃっはー! 死ね死ねしねぇぇぇぇ!」


青白い魔力を細かく放つ連座式の対空機銃で群がる飛竜を撃ち落とす者、


「こういう時こそ飯だ、飯! 美味いもん食わせて、折れそうな気持を立て直してやれぇ!」

「「「おっす!」」」


厨房で配給食を作る者――彼らはおしなべて、時には火球の炎に焼かれ、時には無理矢理飛竜がねじ込んできた鋭い爪に貫かれ絶命する。

 だがマルゴ一家はそれでも前を目指して船を進ませ、飛竜を撃ち落とし続ける。


 船が90度ターンをし、状態異常の風を押し出す。

それに飲み込まれた飛竜は麻痺状態に陥り、次々と墜落してゆく。

 ほんの僅かな間、空には平穏が訪れた。


 船の下では以前、グリモワールのモンスター軍団とオーパスの軍勢がぶつかり合っていた。

そんな塊の側面から、別の塊が姿を見せ、進んでゆく。


「元奴隷兵士出現! オーパスの軍勢に迫っています!」


 絶望的な報告が艦橋に響き渡った。


 側面を突かれたオーパスの軍勢は隊列を乱され、明らかな混乱が生じていた。

 白い氷が更に血で染まり始める。


 赤く染まる氷の大地。

 音は聞こえずとも、そこには無数の阿鼻叫喚が上がり、悲惨な戦場と化している。


「空爆準備だ! 地上の援護を――」

「新たに魔力反応! バエルより飛竜ワイバーン多数接近してきます!」


 マルゴの指示を、観測手の報告が断ち切った。


 ひび割れた艦橋の先に、バエルの白蜘蛛から吐き出され、翼を羽ばたかせる数えきれない程の飛竜の姿が確認できた。

もはや絶望的な状況以外の何物でもなかった。


 地上の軍勢はモンスターと奴隷兵士の挟撃に合い、度重なる飛竜の攻撃でグラシャラボラスの船は満身創痍。

 しかし、そんな状況の中、マルゴはにやりと笑みを浮かべた。

 そんなマルゴの顔を見て、ロバートに嫌な予感が過る。


「覚悟の決め時ですかな。ねぇ、殿下?」

「マ、マルゴさん、貴方は何を……?」


 マルゴは飛び上がるように立ち上がった。


「ジェス! おめぇは殿下と一緒に脱出だ!」

「うえぇっ!?」


 操舵を担当していた一家の痩躯の男:ジェスを弾き、マルゴが代わりに車輪型の舵を握った。


「あ、兄貴……やるんですね?」

「おうさ! これよりグラシャラボラスはバエルに突っ込む! 良いなてめぇら!」


 艦橋は一瞬静寂に包まれた。


「「「へい! わかりやした!」」」


 しかし数瞬後に艦橋は、再び喧々轟々とした指示で沸き立つ。

 そんな中、ロバートは僅かに肩を震わせるマルゴの背中を見た。

きっとそれは恐れであり、しかし興奮であるとも感じられた。


「俺は世界の命運を決めるこの戦いで、現地人の男として歴史に名を刻むんだ……」

「マルゴさん!」


 遮二無二、ロバートは舵を握るマルゴへ飛びつこうとする。

しかし寸前のところで彼はジェスに止められた。


「は、離してください! 俺も一緒に!」

「何言ってるんすか、殿下。アンタはこんなとこで命落としちゃダメでしょうがよ?」

「ですが!」


 世界の統治者でありながら、なにもできない自分にロバートは憤っていた。

皆が血を流している中、ただこの場にいることしかできない自分の無力さを呪っていた。だからこそ未だこの場に居たかった。

せめて最後まで、この強いマルゴという男の戦い様を目に焼き付けて居たかった。


 するとマルゴは僅かに首を傾け、ロバートを見た。


「この世界を頼みやしたぜ、殿下」

「マルゴさん!」

「よぉし、おめら行くぞ! 異世界人と女共ばっかりいい顔させんな! ここは俺たちの世界なんだ! 俺たちの世界は俺たちの手で守る!」


 グラシャラボラスからロバートを乗せた小さな空飛ぶ船が発艦し、海の彼方へ消えて行く。

そして満身創痍の空飛ぶ船は、雄々しく青白い魔力のマストを張る。

二つの主機から輝きが噴き出し、巨大な船体を一気に押し出した。


 空を黒く染めるほどの飛竜の群れが船へと迫る。

 すると船は船首に力を集め、光り輝くラムを形作る。

そして飛竜の群れの中へ自ら突っ込んだ。


 角が飛竜を突き刺し、艦載砲が火を噴き、次々と敵を撃ち落とす。

どんなに飛竜に喰らい付かれようとも、甲板が炎に包まれようと、船は前進を止めない。


「今更死ぬのが怖いものか。俺らは一度死んでるんだ! んな攻撃、痛くも痒くもねぇぞ!」


 マルゴの叫びが艦橋に響き、生き残った船員へ檄を飛ばす。

既に艦橋の人員は大半が飛竜の猛攻によって失われていた。

だが、それでも彼らはグラシャラボラスの運航を止めようとはしない。


 そんなグラシャラボラスの接近をバエルの白蜘蛛は真っ赤な複眼で捉える。

無謀にも突っ込んでくる空飛ぶ船を脅威と認識して、迎撃のために巨大な首を上げる。

だがそれはマルゴの狙い通りだった。


「狙い通りだ! 覚悟しろ、グリモワール……歴史に名を刻むのは、この俺達、マルゴ一家だぁぁぁー!」




●●●



「ケン、グラシャラボラス!」

「ッ!?」


 ザンゲツデーモンとの戦いを繰り広げている最中、リオンが空を指さす。

 ザンゲツを切り伏せ、ケンが視線を上げると、炎に巻かれたグラシャラボラスの船が、バエルの白蜘蛛へあと一歩まで迫っていた。


 そんな中、巨大な白蜘蛛は頭部にある二本の牙を大きく開く。

 アイス姉妹が放つ”レイ・ソーラ”によく似た輝きがバエルから吐き出された。

グラシャラボラスの船を真っ白な光が飲み込む。

そして氷の大地は一瞬、白一色の世界に変わった。


「ぐわっ!?」


 轟音と共に激しい衝撃波がケン達を紙切れのように吹き飛ばす。


「クッ……みんな無事か!? 返事しろ!」

「はい!」

「こちらは大丈夫です!」

「あう! 元気!」


 衝撃が収まり空を見上げると、空は黒雲に覆われていた。

バエルの二本の牙が崩れ堕ち、巨大な八本の節足が動きを止める。

その脇で燃え盛るグラシャラボラスの船。

次の瞬間には巨大な船体が爆発を起こし、青白い魔力の輝きを噴き出した。


 青白い魔力と粉塵は澄み切った空へ立ち昇り、黒雲で赤い月を覆い隠す


『……!』


 すると、月の光を遮られたことで、ザンゲツデーモンは崩れるように溶け、

姿を消した。


「つあぁぁぁ! クソォっ! マルゴぉぉぉっ!」


 ケンの獣のような咆哮が氷の大地に響き渡る。

叩きつけた拳が永久凍土を砕き、ケンの頬へ張り付いて、雫となって落ちた。

だが感傷に浸るのは一瞬。

ケンはすぐさま立ち上がった。


「行くぞ! マルゴ達が作った絶好のチャンスだ! 一気にバエルへ乗り込むぞ!」

「「「はいっ!!!」」」


 ケン達は再び氷の大地を蹴った。

 目前には氷の巨人フロストジャイアント、アイスオーガ、スノーバジリスク、キマイラ、飛竜。多数で多様なモンスターが行く手を阻んでいる。


「どぉけぇぇぇっ! てめぇらなんざに構ってられるかぁぁぁ!」


 ケンは怒気を声に滲ませ、無我夢中で腕に覆った氷の刃を振った。

一刀両断の刃は鮮やかに敵を切り裂いて行く。

彼に倣い、ラフィも、ムートンも、リオンも、懸命にそれぞれの武器と技を駆使して敵を退けて行く。

 それでも次々と湧いて出て来るモンスターは行く手を阻み続ける。

遅々としてバエルに近づけないケンは、強い憤りを覚えた。


「ケンさん! 危ない!」


 ラフィの声が聞こえ、ケンは空を見上げる。

 冷静さを欠き、急降下を仕掛けていた飛竜を見逃していた。

鋭い足の毒牙がケンを引き裂こうと迫る。


「ギャオォォォ――……!」


 突然、脇から火球が撃ち込まれ、飛竜は炎に巻かれて墜落する。


「「「わぁぁぁぁーー!!」」」


 そして側面の氷塊から、武器を携えた数えきれない程の人が現われ、ケン達へ向けて突き進んでくる。

 遠目からでも分かる身体のあらゆる個所に記された、隷属の証である”呪印”


――糞っ、こんな時に奴隷兵士スレイブソルジャーか!


 モンスターと奴隷兵士の挟撃。

流石に分が悪いと、ケンは焦りを感じる。


 奴隷兵士の軍勢はモンスター軍団へ衝突する。

 少し様子がおかしかった。

奴隷兵士達はケン達など見向きもせず、必死に武器を振るい、モンスターを駆逐し始めた。

そればかりか、モンスターの軍勢を左右へ押し退け、道を形作る。

それはまるで、ケン達の用意された”花道”のように見えた。


黒皇ブラックキング殿ですね?」


 唖然としているケンへ、一人の鎧をまとった男が声を掛けてきた。

 見覚えのある奴隷兵士の男だった。


「お前は……?」

「以前、貴方に違法ギルドから助けて頂いた者です。大変お待たせしました! オーパス家の要請で馳せ参じました! ここは我々にお任せください!」

「でも、どうして? 奴隷兵士はみんな、反乱に回ったんじゃ……?」


 ケンがそう云うと、彼は苦笑いを浮かべた。


「まぁ、大半はそうなんでしょうけど、私達は違います。もはや帰ることが叶わないのなら、我々はこの世界で暮らしてゆこうと決めました。だったら、我々も滅亡に瀕しているこの世界のために戦う。それだけのことです! それも全部、貴方が必死に私達を助けてくれたおかげです!」


 ケンは感動のあまり、胸を震わせた。

 最悪な形でこの世界に呼び出された彼ら。しかし彼はケンと同じく覚悟を決めて、この戦いに参加し、第二の故郷を守ろうとしている。


――その意志を無駄にするわけにはいかない!


「ありがとう。ここは頼む!」

「頼みます、黒皇ブラックキング殿! 私達の新しい世界を!」

「ああ! 任せな!」


 道は開かれた。

元奴隷兵士達、そしてマルゴ達が命をかけて形作った花道をケン達は必死にかけ、魔神の巣窟へ向けて走り出す。


 そして未だ沈黙を守っているバエルの頭部にまで、あと一歩というところ。

ケン達は揃って急制動を掛けて、その場から飛び上がる。

 刹那、鋭い斬撃が固い氷を断ち切り、深い溝を刻んだ。


「やっとおでましか。グリモワール!」


 目前に佇むは一組の魔神。

一人は忍者のような黒衣に身を包み、腕に蛇を巻きつけた暗殺者。

もう一人は背中に巨大な背嚢リュックを背負った、探検家風の少年だった。


 グリモワールの暗殺者アサシンのシャドウ。

そして荷物係ポーターのウィンド。


「ここまでだ! こっから先へは行かせないぜ、黒皇ブラックキング!」


 ウィンドは魔石を加工した爆弾を手にしてそう宣言し、


「バエルへ近づくものは全て、駆逐、破壊、殲滅!」


 シャドウは腕に巻きつけた蛇に鋭く輝く刃を吐き出させて、微塵も隙の無い構えを取る。


 ケンは行く手を塞ぐ、敵を突破しようと身構える。

 するとケンの前へムートンとリオンが出た。


「二人とも、何を……?」

「ケンさん、この二人は私とリオンちゃんの獲物です」

「あう!ウィンド、嫌い! 僕が倒す! アイツは僕の敵!」


 もはや何を言っても二人から感じる闘志を消すことは叶わない様子だった。


「……分かった。だけど二人とも、約束してくれ。必ずシャドウとウィンドを倒して帰ってくるって」

「当たり前です! ご褒美にどんなに疲れてても帰ったら沢山、私のことを可愛がってくださいね!」


 ムートンは二振りの魔剣に炎を纏わせ構えた。


「ケン! 僕、ウィンドに勝ったら、あーとかうーとかする! 絶対!」


 リオンも腰からショートソードを抜いて、逆手に構えた。


「進むぞ、ラフィ」

「はい……ムーさん、リーちゃん気を付けて。待ってるからね!」


 四人は一斉に飛び出した。

応じるようにグリモワールの二人組もまた、氷を蹴りあげる。


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