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世界を破滅させる迷宮


 この異世界せかいには、大きく分けて三つの陸地があった。

 世界の大半を占め、シャトー家が迷宮都市を築き上げた”大陸”

 そんなシャトー家を監視し、世界を見守るオーパス家が所有する”カフォルニア島”

そしてそれらの陸地より少し離れた北限に”大陸”と”カフォルニア島”の丁度中間に位置する大きさの氷の大地があった。


 まるで大陸全土に広がる魔神が封じられし”序列迷宮ナンバーズダンジョン”の頂点に君臨するかのように、氷の大地に深く根を下ろす至高の迷宮。


【序列第一位迷宮:バエル】


 最初の魔神と数えられるその名を冠した迷宮は、氷の大地の中心で空洞を浮かべて来訪者を今も待つ。

 千年の永久凍土に閉ざされ、猛吹雪が吹きすさぶ大地はグリモワールが迷宮から解き放った数多のモンスターに埋め尽くされている。

 

 そんな決して砕ける筈のない永久凍土が割れた。

 何百年とかけて凍結した分厚い氷に亀裂が走り、砕け始める。

 縦横無尽に駆け巡る亀裂は氷の大地を崩壊させ、その上にいたモンスターを次々と飲み込む。


 そして氷の大地の底から”白く巨大な節足”が姿を現した。

数にして八。氷塊よりも大きく太い八本の白い節足は氷の大地を砕き、深く根を下ろす。

バエルの入り口が砕け、代わりに真っ赤な複眼と二本の牙を備えた、山一つ分はありそうな頭部が現われた。


 見上げるほど途方も無く巨大な”白蜘蛛”

 蜘蛛は永久凍土を砕き、氷の粒を散らしながら前進を開始する。

すると蜘蛛が足を落とした箇所から草木が湧くように伸びた。

 蜘蛛が踏みめた凍土は一瞬で草木に覆われ、新たな命が芽吹く。

既に既存の命として存在しているモンスターもまたその緑に飲まれ、草木へ転生してゆく。


 破壊と再生。災禍と豊穣。

その二面性を持つ、バエルの化身たる巨大な”白蜘蛛”はあらゆる命を豊穣の力をもって草木に転生させ、北限の大地を進む。


 そんなバエルの化身の白蜘蛛へ無数の青白い輝きが降り注いだ。

 白蜘蛛の巨体は破裂した輝きと、蒸発した氷の水蒸気に覆われる。

やがて水蒸気が冷えて固まり、再び氷に戻り、北限の大地へ降り注ぐ。

その中に居るバエルの白蜘蛛は健在で、赤い複眼を輝かせ、強い生命力を表現した。

そして多数の目で空に浮かぶ、禍々しい”グラシャラボラスの船”を捉えるのだった。



●●●



「敵は健在! 全く効果ありやせん!」

「次弾装填開始! モタモタすんなてめら!」

「兄貴、間違いありやせん! あのどでけぇ蜘蛛が一位迷宮バエルですぜ!」


 空飛ぶ船、グラシャラボラスの艦橋に観測を担当する子分の報告が響く。

 艦橋の中心で指揮を執るマルゴは我が目を疑った。


「あれが序列迷宮……? バエルだって言うんですか……?」


 ケンやマルゴに無理を言い、最終決戦地の地へ自ら赴いたオーパス家の若き当主:ロバートもまた声を震わせる。


 敵の本拠地なのだからどんなモンスターが出てきても恐れはしない。

 世界の頂点に立つ者として、これから行われる世紀の決戦を見届け、後世に語る義務がある。そのためだったら多少の危険を、ロバートは覚悟していた。

 士気に関わることなので、驚いたり、怯えたりするものかと心に強く誓っていた。

しかしその誓いはこれまで見たこともない圧倒的な化け物の前に、脆くも崩れ去ってしまっていた。


「ビビんなてめぇら! 俺らがここでビビッてちゃ兄貴たちが先に進めねぇぞ! さっさと砲撃を再開しろ!」

「「「へいっ!」」」


 マルゴに檄を飛ばされ、一家の連中は再度攻撃準備取り掛かる。


 空飛ぶグラシャラボラスの船は甲板、側面、あらゆる所に設置された大砲へ青白い魔力を収束させ、そして放った。

 強大なDRアイテム由来の青白い閃光は氷の大地を砕き、目下の雑魚モンスターを蹴散らし、バエルが生み出した草木を滅却する。


 そして爆炎が落ち着くと、氷塊の間から重装備をした無数の人々がバエルと、その下のいるモンスターへ目掛けて突撃を開始した。


 オーパス家がこの日のために温存していた兵。

魔道人形ホムンクルスも含め、その数約三万。

 士気も高く、歴戦の猛者揃いの軍勢は氷の大地に展開されるモンスター軍団と衝突し、道を切り開く。

 次第に氷の大地は燃えるような赤で彩られてゆく。

 すると、軍勢に気が付いたバエルの白蜘蛛は前足を掲げ、そして戦場の中心へ叩き落した。


 途端、節足を中心に草木が伸び、モンスターを、オーパスの軍勢を飲み込んでゆく。

赤に染まっていた氷の大地は豊かな緑に包まれた。

そこに肉の息吹は全く感じられず、豊穣の緑が生え渡り、新しい命を芽吹かせる。


 幾らグラシャラボラスの船が砲撃を加えても、巨大な蜘蛛、基、一位迷宮バエルは平然と前進を続ける。終いには巨大な二本の牙の間から、ゴーレムやワイバーン、キマイラなどを延々と吐き出す始末。

 白蜘蛛は確実に前へと進み、海を目指していた。


「殿下、すみませんがここまでです。降りてくださいませんか?」


 流石のマルゴもロバートへ船を降りるよう促す。

 だがロバートは首を横へ降った。


「すみません、できかねます。大将が真っ先に逃げ出すだなんて兵たちの指揮に関わります」

「しかし、御身は!」


 マルゴの心配は最もだった。彼は後の世界のことを考えているとは分かっていた。

確かにこの状況では、今後どのような展開になるかなど全く予想はできない。

ここで死んでは、例え黒皇ブラックキング達がグリモワールを倒したとしても、指導者不在の世界は今以上に混迷するはず。


――分かっています。それは分かっています、だけど――!


 逃げる以上に、統治者としてこの場で成すべきことが有る。

範を示すことがある。


「未だ少し、あと少し……限界までここに居させてください。皆さんが命をかけて戦う……私には、いや、俺にはこの戦いをこの目で、できるだけ近くで、限界まで見届けたいんです! お願います、マルゴさん!」


 愚かで無様で我がままだが、正直な想いをロバートは叫んだ。

統治者としては愚かで、無謀な想いだった。

 しかしマルゴは、そんなロバートへ侮蔑の視線を寄越さず、代わりにニカっとした笑みを贈った。


「アンタがこの世界の支配者なら、きっとここはもっといい世界になるでしょうね……ならいきやしょう殿下! 限界まで! 黒皇ブラックキングの道を切り開くために!」

「はい!」

「よーおし、確保砲座しっかり狙って、撃って撃って撃ちまくれぇ! 異世界人ばっかに良いかっこさせんな! ここは俺たちが道を切り開くんだぁ!」


 マルゴの威勢の良い指揮が飛ぶ。

 船を操るマルゴ一家は士気を高め、そしてバエルの白蜘蛛へ攻撃を加え続けた。



●●●



「あ、あれが、バエル……嘘でしょ……?」


 ケンの隣にいるムートンは北限の寒さでは無く、恐れで声を震わせた。

 バエルが所在する本島より少し離れた小さな浮島。

そこからでもグラシャラボラスの砲撃を受けつつも前進を続ける巨大な白蜘蛛の姿がはっきりと確認できた。


「なんだお前ビビってんのか? 他の二人はやる気満々だぜ?」


 ケンは敢えて煽るようにそういって、後ろのラフィとリオンを指す。


「ムーさん、大丈夫ですよ! わたしたちならきっと!」


 ラフィの声が響き、


「あう! あんな蜘蛛、僕たちの敵じゃない!」


 リオンは元気よく声を張り上げた。

その声を受けてムートンの肩の震えが収まった。


「だ、だよね! うん! できる私達ならきっと!」

「その意気だ、ムートン」


 ケンは彼女達との婚姻の証であるシルバーリングのはまった左手を突き出した。


「これで最後にしましょう! 何もかもを!」


 次いでラフィも指輪の嵌った左手を突き出し、


「うん! これでお終い。グリモワールとの決着するんだ!」


 ムートンも指輪を煌めかせながらそっと左手を翳す。


「あう! 倒す! グリモワール! 平和は僕たちが取り戻す!」


 最後にリオンが銀の指輪を通した左手を、元気よく突き出してきた。


 四つの指輪は約束の証で、永久の愛の誓い。

ケンは彼女達を、彼女達は彼をみつめ、そして頷いた。


「行くぞ! これが最後だ!」

「「「はい!!!」」」


 ケン達は一斉に氷の大地を蹴った。


――力を貸せ、アスモデウス!

『はいよー! 最後だから派手に行こうぜぇっ!』


 DRアイテム「星廻りの指輪」に宿る、36位魔神アスモデウスの威勢の良い声が、ケンの頭に響いた。指輪から赤紫の魔力が噴き出し、ケンと彼女達を包み込む。


 そして彼らは迷いもせずに凍土から海原へ向けて飛んだ。

 途端、彼らの身体は宙に浮き、矢の如くの速度で空を疾駆し始める。

滑空エア」スキルを「広域化」で広げ、ケン達は海の上を滑るようにしてまっすぐと進んでゆく。


 その時、目の前の海面に大きな水柱があがった。


「ギャオォォォン!」


 咆哮を伴って姿を現したのは見上げるほど巨大な水の蛇、海龍サーペント

その咆哮を聞いて、本島から無数の飛竜が向きを変え、ケン達へ飛来する。

戦闘準備を整えた海龍は鎌首を上げる。

 しかし次の瞬間には、ケンの振り落とした氷の刃スキルウェポン【冷鉄手刀ブリザードカッター】によって首を落とされ、再び海中に没した。


狼牙爪脚ウルフネイル! はあぁっ!」


 空を自在に駆けるラフィは鋭い蹴りと同時に空気の刃を形成し、飛来した飛竜を両断する。


「邪魔だぁー!」


 ムートンは真っ赤に燃える二振りの炎の魔剣を振り切った。

鮮やかな斬撃は曇天の空へ赤い軌跡を描いて、三体もの飛竜の首や羽を落とし、地面へ叩き落す。

 そしてリオンが一気に上昇した。

 飛竜を飛び越え、更に上を取った彼女は、目一杯に弓を引ききり、翡翠の鏃の先に、複数の飛竜捕らえる。


爆破矢ヘルファイヤ!」


 高高度から放たれた翡翠の矢は、一匹の飛竜へ突き刺さる。

その個体を中心として緑色の眩い輝きが沸き起こった。

炸裂した魔力は数えきれない程の飛竜を飲み込み、一瞬で蒸発させる。


「嫁達ばっかにいいかっこさせっかよぉーっ!」


 ケンもまた負けじと腕に纏った鋭い氷の刃で、次々と飛竜を切り倒してゆく。


 もはや並みのモンスター程度ではケン達を止められなかった。

 展開されているぶつかり合いは戦いと呼ぶにはあまりにケン達が圧倒的優位であった。 

飛来した飛竜は全て倒され、何度か海から姿を現した海龍は、襲い掛かる間も無く首を落とされる。


 そして本島である永久凍土の海岸へ達したその時だった。

 氷の大地を我が物顔で闊歩するバエルの白蜘蛛が一瞬歩みを止めた。

 巨大な複眼で大地を覆う曇天を見上げ、二本の牙を天へ向けて広げる。

バエルが黒い稲妻を帯びた大きな白い竜巻を吐き出した。

曇天が一瞬で霧散し、”真っ赤に染まった月”が姿を現す。

 千年ぶりに永久凍土に光が差し、氷塊が赤い輝きを浴びて、煌めく。


 その赤い光を受けて、凍土に幾つもの影が生じた。

 斑点のように浮かんだ影は縦に伸び、人の形を成してゆく。


シャドウスピリッツ:ザンゲツデーモン。


 先日、散々煮え湯を飲まされた相手の出現にケンは苦笑を禁じ得なかった。


――だが、こんなことで諦める訳にはいかない!


「一気に突破するぞ! ザンゲツには構うな!」


 ケンは遮二無二、凍土を蹴り。

それに彼女達は続く。

 ザンゲツは相変わらず不気味に肩を揺らしながら、ケン達へ迫るのだった。


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