婚姻(*選択肢あり)
「リーちゃん、苦しかったら言ってね?」
ラフィはリオンに具合を確かめながら腰に着く大きなリボンを引き締める。
少しダボついていたドレスの腰回りがきゅっと締まり、リオンの綺麗なウェストラインを浮かび上がらせる。
「どう?」
「あう。大丈夫」
心なしか、元気が無さそうにラフィの耳には聞こえた。
「本当に?」
「心配しないで」
そこまで言われてしまえば、これ以上心配するのは余計なお世話。
そう思ったラフィは立ち上がる。
彼女もまた純白の、花のようにふわりとしたドレスに身を包んでいた。
ケンの突然のプロポーズからはや二日。
ラフィ自身はいつそう云われても良いように心構えていたが、ムートンとリオンは予想外な様子だった。しかしケンが真剣に拝み倒したことで、ようやく二人も納得。
なんだかんだで急いでドレスを仕立て、簡単に式場の準備を自分たちで済ませ、それでやっと三日目の今日、ケンとラフィ達の結婚の儀の日を迎えることができていたのだった。
「か、可愛い……」
同じくドレスを着たムートンはドレス姿のリオンを見て興奮したのか、頬を真っ赤に染めて、呼吸を荒げている。
いつものリオンだったら「ムー、気持ち悪い!」などと云ってラフィの後ろに隠れそうな状況だった。しかし今のリオンはムートンのことなど気にも留めず、椅子に座ったまま視線を落としている。それでも流石にこのまま放って置くのは良くないと思ったラフィは、
「ムーさん、そろそろそういうの止めましょうね? せっかくの晴れの日なんですからみんな笑顔で、ねっ?」
「はぁ、はぁ……あっ、そうだね。ごめん、つい……」
ようやく正気に戻ったムートンは真面目な顔を取り戻す。
「ムーさんのそういう顔久々ですよね。ねっ、リーちゃんもそう思うよね?」
やはりリオンの様子がどこかおかしいと思ったラフィは声を掛ける。
リオンはうんともすんとも言わず項垂れたままだった。
「にしてもケンさん、本気なんですかね?」
「結婚のことをですか? だったら大丈夫ですよ! まだ信じられません?」
ラフィの言葉にムートンは苦笑いを浮かべる。
「あ、いや、そ、そうじゃなくてさ……そのリオンちゃんのこと……」
ケンは未だリオンが子供なので受け入れないとは言っていた。
しかしこの場面、リオンだけを除け者にするのも良くはない。
――たぶんケンさんはそれだけのためにリーちゃんも一緒にプロボーズしたわけじゃない。
彼なりに考え、導き出した答えだと思ったラフィは、
「あの人なりに一生懸命考えたことだと思いますよ。ケンさんは不器用ですからね」
「そっか。そだよね。ケンさんらしいっていえばそうかぁ……」
「リーちゃん、ケンさんのお嫁さんになれて嬉しいよね?」
コクリと頷くリオンだったがやはり元気がない。
「リオンちゃん、本当に大丈夫? 顔色悪いよ?」
流石のムートンも心配になって来たのか声を掛ける。
するとリオンの小さな唇が僅かに開いた。
「僕、良いのかな……」
「えっ?」
「ケンとの結婚、凄く嬉しい。でも、僕、未だ子供。だから僕は本当に良いのかなって……」
リオンは今にも泣きだしそうに丸い瞳を歪める。
するとムートンが膝を突いて、リオンと視線を合わせた。
ムートンの綺麗な指先が、リオンの髪を優しく撫で始める。
「あの人は冗談で誰かを傷つけたりとかする人じゃないよ。あの人が結婚したい、っていうならそれは絶対に本気。私達が保障する。ねっ、ラフィ?」
「そうだよ。だからリーちゃんも、ケンさんの気持ちを素直に受け取ってあげて。ねっ?」
ラフィもまたケンの意思がきちんと伝わるよう気持ちを込めて、リオンへ語り掛ける。大きな白いスカートの中で、リオンの尻尾が僅かに揺れた。
「あう……わかった。僕、ケン信じる……」
「姉ちゃんたち! 式の準備整ったよ!」
子供たちのリーダー格のラスが扉を開けて声を掛けて来る。
「行きましょう、ムーさん、リーちゃん。あの人のところへ!」
「うん!」
「あう……」
●●●
――しかし予想以上に立派な式場になったなぁ……
ケンは心の中でそんな感想を抱いた。
本来この場所は”天空神ロットシルト”へ祈りを捧げるシルヴァーナ城に設けられた祭場らしい。
そこはカフォルニア島の様々なところで子供たちが摘んできた色とりどりの花々で飾られていた。
ステンドグラスに描かれた白い翼を持つ存在が”天空神ロットシルト”。
その姿を形作る綺麗な配色のガラスがケンの足元を明るく照らし出している。
彼の正面に据えられたロットシルトの象徴たる黄金の”盾”のレリーフは、まるで今日この日を祝福するように、眩しく光り輝く。
彼の後ろには真っ赤で立派な絨毯が敷かれ、その左右の席では小奇麗な正装をした子供達やマルゴ一家のゴロツキ達が、熱い視線を背中へ送っている。
着なれない純白の礼装に加えて、周囲からの熱い視線。
戦いの時と同じか、それ以上の緊張を感じたケンは息苦しさを覚え、首元の蝶ネクタイを僅かに緩める。
「兄貴、堂々としてくだせぇ。せっかくの男前が台無しですぜ?」
真正面にいる黒いローブ状の衣装を着たマルゴが小声でささやく。
彼には今日の式の進行と、宣誓役をお願いしていた。
「う、うるせぇな、わぁってるっ……」
その時ギィと音を立てて、後ろの扉が大きく開いた。
外の光を浴びて赤絨毯が鮮やかに赤らむ。
ケンは僅かに後ろへ僅かに視線を傾ける。
純白のドレスが良く似合っている彼女達は、一人一人子供達に手を引かれ、絨毯の上を歩いてきていた。
ラフィ。
この世界で出会った獣耳と尻尾を持つ少女。
彼女がずっと支えてくれたからこそ、ケンはこの世界で生き続けることができた。
彼女の存在なしに、今のケンはあり得なかったと思う。
ムートン。
出会いは、迷宮での救出。今思えばあの出会いは本当に偶然だった。そこから師匠と慕われ、やがて互いに想うようになり、今に至る。
彼女のひたむきな愛情にはこれから答え続け、二人だけの思い出をたくさん作ってゆきたい。改めてそう思う。
リオン。
最初は敵として出会った彼女。一緒に暮らすようになってからはまるで娘か妹のような感情を抱いていた。しかし彼女の真剣な想いを受けて、ケンは考えを変えた。と、いうよりも自然と変わったのだ。今やリオンもケンにとって、守りたい大事な存在なのだから。
異世界で出会った愛する彼女達は、子供たちの手を離れてケンの隣へ並ぶ。
厳かで静かな空気の中、天空神ロットシルトの象徴を背に、穏やかな笑みを浮かべた。
「では兄貴と姉さん達の婚礼の儀を始めさせてもらいやす……ここに集ったあなた方。それは天空神ロットシルト様のお導きに他ならず、奇跡としか言いようがありやせん」
マルゴはケンを見た。
「異世界からこの世界へ呼ばれた男、ケン=スガワラ」
次にラフィへ見つめる。
「この世界の山奥でずっと暮らしていたラフィの姉さん」
今度はムートンへ視線を合わせる。
「普通じゃお目通りだって難しいシャトー家当主のムートンの姉さん」
最後に未だ不安げに視線を落とすリオンへ見据えた。
「そして兄貴とは別に世界からこの世界へやってきたリオンの姉さん」
マルゴはぐるりとケン達を見渡す。
「誰も彼もが出自がバラバラで、普通に生活してりゃ出会うことだってなかった四人がここにいて、しかも夫婦の契りを交わそうってんです。これが奇跡、天空神様のお導きと云わなくてなんだといえましょうか! 貴方たちはこの奇跡の下に集まり、この場を迎えています。この奇跡と、人生最良の瞬間を心に刻み、これからも互いに手を取り合って仲睦まじく暮らしていってくだせぇ」
マルゴの口上を聞き、ケンは身が引き締まる感覚を得た。
全く持ってマルゴ云う通りだった。
だからこそこの奇跡の出会いに感謝し、これからも異世界で出会った彼女達を大切にしていこう。ケンは改めて、胸に強く刻む。
「汝、ケン=スガワラ。この三人の娘を妻とし、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓うか?」
「はい! 誓います!」
ケンの強い宣言が響き渡る。
マルゴは満足げな笑顔を浮かべて、今度は彼女達へ視線を移す。
「汝ら、ラフィ、ムートン、リオン。この男を夫とし、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓うか?」
「「「はいっ! 誓います!」」」
彼女達は示し合わせたかのように、揃って声高らかに誓いを叫んだ。
「よろしい! ではここに婚礼の儀は相成りました! それでは……」
何故か一呼吸置いたマルゴはニヤリと笑みを浮かべ
「では、代表して一人の奥方と指輪の交換をしてくだせぇ、兄貴?」
「おう……って、はぁ!? 代表で一人!? んだそりゃ!?」
思わず出した間抜けな声が式場に反響する。
だがマルゴはニヤニヤ顔を崩さなかった。
「なら兄貴、三人分の指輪をここに嵌めるつもりなんですかい? つうか、兄貴指輪一つしかもってないっすよね?」
「い、いやだって、後でてめぇが残りの分も用意するって! こうなるのは分かってて、任せろって!」
「おや? 黒皇ともあろうお方が、言い訳ですかい?」
「ぐっ……」
「さぁさぁ、姉さんたちがお待ちですぜ。びしっと男、見せてくだせぇよ!」
マルゴは左手の薬指をさすっていやらしい笑みを浮かべる。
参ったなと思いつつ、隣の彼女達へ視線を移す。
ラフィ、ムートン、リオンは顔を真っ赤に染めながら静かにケンを事を見上げている。
――みんな大事だけど、どうするか……
しかし誰か一人に決めなければ式は終わりそうも無かった。
心を決め、ケンが選んだのは……
■分岐■
*選択した【部分】へお進みください。全部読んでも支障はありません。
・ラフィを選ぶ(第109部分)
・ムートンを選ぶ(第110部分)
・リオンを選ぶ(第111部分)
・誰も選べない(第112部分)