団結と彼の告白
マルゴ達がグラシャラボラスと契約を果たしたことで生み出された巨大な空飛ぶ船。
その力は強大だった。
船は飛来するモンスターを寄せ付けず、破竹の進撃を続ける。
そして大陸を囲む、モンスターの包囲網を突き破り、海へ出ていた。
青々とした海の上を進み、船は一路、この世界でのもう一つの巨大勢力:オーパス家の本拠地のあるカフォルニア島を目指す。
グリモワールの「世界破滅計画」が実行に移されてから三か月間、島との連絡は途絶していて、安否が気遣われていた。
やがて大海原の向こうに目的地であるカフォルニア島が見え始める。
そこは相変わらず緑豊かであった。遠目で観ても建造物の被害は見受けられず。
島の周囲には銀色をした飛竜が規則的な軌道で飛び回っている。
鎌首の根元には前掛けのようにオーパス家の紋章である”剣”があしらわれた鎧が装着されている。明らかにオーパスが所有する飛竜とみて間違いなかった。
どうやらオーパス家は無事な様子だった。
島が健在であったことにケンを始め、グラシャラボラスに乗る全員がほっと胸を撫でおろす。
すると船の存在に気付き、オーパスの飛竜がまっすぐとグラシャラボラスの船へと向かって来る。
「マルゴさん、船を止めてください。ちょっと行ってきます!」
マルゴはムートンに云われるがまま、魔力のマストを消失させて前進を止める。
そしてムートンは甲板へ一人飛び出し、
「脅かせて済まない! シャトー家のムートン=シャトーだ! オーパス家の当主、ロバート=オーパスへ謁見を求めたい!」
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「いやぁ、姉さん達がいきなりあんなのに乗ってくるんですもの。驚きましたよ?」
謁見の間で、オーパス家の若き当主:ロバート=オーパスは苦笑いを浮かべつつ、言葉を砕いた。
「驚かせてごめんね。連絡手段も無かったし、じゃあ連絡をしてからってのも遅すぎる気がしてね」
ムートンは少しだけ申し訳なさそうに答えた。
それで十分だったのか「ちょっと驚いただけですから」と返して済ませる。
途端、ロバートは表情を引き締めた。
「ところで大陸とシャトー家は如何ですか? 何分強固な防衛網を敷いていて情報が無いものでして……」
「うん。えっとね……」
ムートンは具に語り始める。
大陸はすっかりモンスターに蹂躙されてしまっていること。
そしてグリモワールとの激闘で迷宮都市がこの世界から消滅し、シャトー家もなくなってしまったことを。
「そうでしたか……でも良かったです、姉さん達が無事で本当に。迷宮都市の消失は残念ですけど……」
「ううん、むしろあそこはあれで良かったんだと思うよ。幸い関係のない人たちはみんな脱出させられた上だしね。逆にオーパスが無事でよかったよ」
「私たちはただこの島に引きこもっていただけですよ。それ以外、今できることはありませんでしたから」
ロバートは軽く咳払いをし、真剣な眼差しでムートンと、そしてケンを見据えた。
「ムートン殿、黒皇殿。よもや今回の来訪はただ無事を知らせに来たわけではありませんよね?」
「話が早くて助かるよ。シャトー家当主、ムートン=シャトーとして、オーパス家当主ロバート=オーパスへ、一位迷宮バエル攻略の多大なる助力を求めたい」
ムートンの凛とした声が静かな謁見の間に響き渡る。
するとロバートは笑顔を浮かべた。
「勿論、喜んで。近い日にこんなこともあろうかと我々は戦力を温存していました。黒皇殿や、シャトー家当主殿が立ち上がってくれること信じて……」
「ありがとう、ロバート」
「オーパス家も、その将兵たちもとっくに覚悟はできています。でも、勝算の無い戦いを挑むつもりはありません。具体的にどのような方法で、当家はお力添えすれば良いのですか?」
ロバートの言葉を受け、ムートンに代わってケンが前へ出た。
彼はずっとこの日を想定し、考えていた案を口にし始める。
グリモワールの本拠地と化している一位迷宮バエル。
それはこの世界で最も北方の”雪原地帯”にある。
その雪原地帯にはグリモワールが操る数多のフロストジャイアントなどが守りを固めていて、容易に近づくことができない。
そこでオーパスの軍勢に派手に暴れて貰い陽動を仕掛け、その隙にケン達がバエルに突入する。
敵を全滅させるよりも、グリモワールのメンバーを全て倒し、混乱の原因であるDRアイテム「黙示録ノ箱」を破壊する。
それがこの混乱に終止符を打つ、最良の案であった。
「勝算はあるのですよね?」
鋭いロバートの声音にムートンはビクンと身体を反応させる。
そんな彼女を差し置いてケンは、
「ある。勿論だ。俺たちは必ずグリモワールを倒してこの世界に再び平和をもたらす。約束する」
じっとロバートを見据えるケン。
謁見の間に静寂が流れる。
ケンは視線に意思を込めて、必死にロバートを見つめ続けた。
やがてロバートは「良いですとも。」と了承してくれた。
「ありがとう。あともう一つ願いたいことがあるんだが」
「なんでしょう?」
「連れて来た子供達をよ、全部終わるまで此処に置いてやってくれねぇか? 実際、どうなるかわかれねぇしよ」
「わかりました。貴方たちの子供達はオーパスが預かります。ご安心ください」
ロバートは玉座より立ち上がって、ケンへ歩み寄る。
そして手を差し出してきた。
ケンは彼の腕をしっかりと握りしめる。
ケンとロバートは互いに視線を交わし、決心を確認し合う。
団結が相成った瞬間であった。
「それで支度にはどれぐらい時間が?」
「三日も頂ければ。今すぐにでも行きたいところでしょうけど、支度もありますし。すみません」
ロバートは少し申し訳なさそうに応える。
「三日か……」
しかし一人そう呟いたケンは、丁度いい期間だと思った。
彼は最終決戦とは”別の決意”と”行動”を実行に移すことにした。
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茜の色の夕日の中、ケンは一人シルヴァーナ城の城壁の上にいた。
その胸の内はざわついている。
『ひひ、いつになく緊張してるじゃねぇか、兄弟?』
――うるせえ、黙れアスモ!
と、気持ちを落ち着けるためにわざと強めにアスモデウスへ言い放つ。
しかしそんなケンの様子が面白いのかアスモデウスは「ひひひっ」と笑い続けていた。
――なんか決戦よりも緊張するなぁ……
そう思っていた彼の耳に、三つのまとまった足音が聞こえ始める。
いよいよその時が来た。
ケンは高鳴る鼓動を感じつつ、ゆっくりと後ろを振り返る。
茜色の夕日の中に、ラフィ、ムートン、リオンがいた。
「あのお話ってなんですか? しかもわざわざこんなところで?」
ムートンは首を傾げ、
「あうー……眠いぃー……」
リオンは昼寝でもしていたのか、目をゴシゴシと擦っていた。
「……!」
そんな中、ラフィは仄かに頬を朱に染めて、ケンのことを見上げていた。
喜んでいるのか毛並みの良い彼女の尻尾が盛大に振れている。
どうやら三人の中で一番長い付き合いのラフィは、これからケンが言おうとしている言葉を察し、期待しているようだった。
ケンとラフィは既に言葉が無くとも、気持ちを通じ合わせていた。
今の関係のままでも、十分と云えば十分だった。
彼はこれまではその優しさに甘えて、きちんと伝えるべきことを伝えていなかった。
だからこそ、ケンは今日こそ、彼自身の想いを”異世界で出会った大切な彼女達”へ告げると決意していた。
「ムートン!」
「は、はい!?」
「リオン!」
「あうー?」
「ラフィ!」
ケンは腰を90度に折って、
「三人とも、俺と結婚してくれ!」