包囲網突破
突如村の上空に現れた巨大な空飛ぶ船。
そこから降り注いできた光の柱に触れると、ケン達の靴底が地面から離れた。
彼らは光の柱に沿って、空飛ぶ船の中へと誘われる。
石よりも滑らかで、鉄よりも温かみのある琥珀色をした素材。
それらで形作られた船内の回廊を、その先にある扉へ向けて進んでゆく。
「ようこそ兄貴に姉さん達! お待ちしておりやしたぜ!」
扉を潜るとマルゴが満面の笑みで迎える。
彼の背後には見たこともない機器が所狭しと並び、マルゴ一家のゴロツキ達がそれをあたかも知り尽くしているかのように操作している。
部屋の周囲に張られたガラスのような素材の向こうでは、朝焼けの清々しい空が流れている。
まるで戦艦の艦橋――かつての世界で映像でしかみたことのなかった光景が、今ケンの前に広がっていた。
「マルゴさん、子供たちは!?」
ラフィは不安そうに尻尾を横へゆらりと振りながらマルゴに聞く。
マルゴは岩のような顔へ満面の笑みを浮かべて、パチンと指を鳴らした。
マルゴとケン達の間に突然半透明の長方形が出現する。
そこへ結ばれ始める、人の影。
今や子供たちのまとめ役となっている少年:ラスの顔がそこに浮かび上がる。
「ラス君? そこで何してるの? みんなは無事!?」
ラフィは半透明の長方形に飛びつき、声を張り上げた。
『ね、姉ちゃん、声おっきいって! 聞こえてるよ。みんな無事……って、こら! 押すな……うわぁ~……!』
『ラスばっかずるいずるい! やっほーお姉ちゃん! 見える―!?』
『リオン姉ちゃんもいる! お姉ちゃん、私達は元気だよー!』
『おっぱいモンスター、ボロボロじゃん! 大丈夫か? 落ち込んでないか? ま、またオレがなでなでしてやろうか!?』
ラスを押し退けて、入れ替わり立ち替わり、村の子供たちが顔を見せて元気な声を張り上げる。
ひとまず子供たちの元気な様子を見られたことに安堵したのか、ラフィの尻尾は落ち着きを取り戻す。リオンとムートンも同様な様子だった。
「今、ガキどもはこの船の中央にある居住区ってとこにいますぜ。安心してくだせぇ」
「なぁ、マルゴ、この船は一体何なんだ?」
ケンが疑問を口にする。
「お恥ずかしながら俺達、グラシャラボラスのDRアイテムの所持者になったみてぇです」
マルゴの話では子供達やケンの力になりたいと強く願ったマルゴ一家の想いを、グラシャラボラスは認めた。
そしてマルゴ達を蘇生させるとともに、この船を与えたのだという。
「とはいってもあっし達全員分の魔力があってようやく認めてくれたようですがね」
「なるほど! グラシャラボラスだから船だったんですね! グラシャラボラスを手に入れてからいつかこんな日が来るとは思ってましたけど」
突然、ムートンが至極納得したかのように声を上げた。
「あう! 僕も分かってた! グラシャラボラスは乗り物! 僕も!」
リオンはムートンに先を越されたのが悔しいのか、不満げに叫ぶ。
「そうだね、リーちゃんも分かってたよね。グラシャラボラスは乗り物で、だから船の形になったって」
ラフィはフォローするように優しくリオンへそう言う。
「まぁ、グラシャラボラスが乗り物ってのは常識だからなぁ。ねぇ、兄貴?」
「……は?」
思わずケンは間抜けな声を上げて聞き返す。
「そんなケンさんが常識を御存じない訳ないじゃないですか。グラシャラボラスは乗り物! ですよね?」
ムートンが清々しく聞き、
「あう! 常識! グラシャラボラスは乗り物! だから船!」
リオンも自信満々に声を発する。
するとラフィはほのかに頬を朱に染めて、
「じ、実はわたし最初は良くわかんなかったです。まさかこの船があの鎖型のDRアイテムだなんて……で、でも、グラシャラボラスって聞いたら、乗り物、を想像しないとだめですよね」
「まぁ、誰にだって間違いはあるよ。気にしない、気にしない!」
「ありがとうございます、ムーさん!」
ケンはみんなの会話を聞きつつ、黙っていることしかできなかった。
――現地人は未だ良いとして、なんでリオンまで!? グラシャラボラスは乗り物、って常識なのか!?
益々常識というものが分からなくなるケンなのだった。
「マルゴの兄貴! 敵魔力を感知! グリモワールのモンスター共です! 囲まれていますぜ!」
子分の一人がレーダーのような機器をみて叫ぶ。
それまで緩んでいた艦橋の空気が、一気に引き締まった。
「さぁさぁ、兄貴みてらっしゃい! 俺達、新生マルゴ一家の華麗なる戦いを! 総員戦闘配置! 派手にぶちかませぇ! このまま一気に包囲網を突破して大陸を脱出するぞ」
マルゴの威勢のある叫びを受けて、艦橋はにわかに騒ぎ始めた。
●●●
朝焼けの空を巨大な艦影が疾駆する。
魔神グラシャラボラスとの契約の象徴である空飛ぶ船は青白く輝く魔力のマストを目いっぱい張った。さらにスクリューに位置するところにある二つの筒から、マストと同じ青色の輝きが勢いよく噴き出す。
二つの推力は巨大な船を押しだした。そして船は空を疾駆し始める。目指すは目前を埋め尽くす飛竜の群れ。
飛竜は翼を張り、グラシャラボラスの船へ接近する。
すると艦の側面が開き、そこから巨大な砲筒が姿を現した。
陽光を浴びて煌めくソレは、砲門に青い輝きを収束させる。
そして甲板の上に設置された単装砲と共に、一斉に火を噴いた。
青の閃光が空をひた走り、空気を切り裂く。
膨大な火力は接近する飛竜の群れを一瞬で飲み込み込んだ。
真っ赤な炎は飛竜の翼を焼き、巨体を爆散させ、空の藻屑へと変える。
そんな炎の中から生還した飛竜が数匹飛び出してきた。
飛竜は煙を帯びながら鎌首を突き出し、鋭い牙の生えた口を大きく開き、真っ赤な火球を発射した。
火球は見事に船の甲板へ降り注ぎ、赤い炎を上げる。
しかしただそれだけ。
炎は消え、煙は一瞬で空に溶けてゆく。
グラシャラボラスの船は飛竜の火球程度ではびくともしていなかった。
次はこっちの番とばかりに、船体がぐらりと傾き始める。
空中での90度ターン。
巨大な艦影は空気の流れを乱し、そして押しだす。
つむじ風が発生し、飛竜の飛行を乱した。
だがその風は空気の流れを乱しただけではなかった。
船体から発せられるグラシャラボラス由来の魔力が風に乗って流れ、気流の中で飛行を乱す飛竜の身体へ流れ込む。
「ガガ、ゴワ……!」
飛竜は呼吸を乱し、口から泡を吹いて白目を向いた。
グラシャラボラスの力――状態異常付与。
麻痺状態に陥った飛竜は翼を張ることなく、次々と墜落して行く。
「ガアアアアッーー!!」
それでもまだ一匹の飛竜の猛者が残っていた。
船の爆炎を掻い潜り、状態異常の風を紙一重で避けたたった一匹の飛竜は、仲間の恨みと言わんばかりに遮二無二、船の甲板へ飛びついた。
船のバランスが崩れ、僅かばかり傾く。
飛竜は黄金の瞳で塔のように高い艦橋を睨んだ。
空気を吸い込み火球の発射態勢へ移る。
「火ノ矢!」
突然、あんぐりと開かれた飛竜の口の中へ炎の矢が飛び込んだ。
炎の矢は飛竜が吸い込んだ空気と反応し、口の中で激しく爆発させる。
「多段矢!」
次いで飛竜を襲ったのは空から降り注いできた無数の翡翠の矢。
背中の硬い鱗が砕かれ、柔らかい肉に突き刺さる。
甲板に食い込んでいた飛竜の翼の爪から一瞬力が抜ける。
すると小さな影が飛び出してきた。
「はいぃっ!」
ラフィの鋭い蹴りが飛竜の頭を殴打した。
遂に意識を飛ばした飛竜の爪が甲板から完全に離れる。
「喰らえ!」
そして船首に立っていたケンが金色に輝く破壊光線を放った。
固い鱗で覆われた巨体がグラシャラボラスの船から引き離される。
船は真正面に飛竜を捉える。
そして青白い輝きが船首に走った。
魔力で形作った角
船は再びマストに風を受け、自らも魔力を発し、一気に加速する。
「ガアアア――……ッ!」
船の角に貫かれた飛竜の猛者は真っ二つに引き裂かれ、そして墜落してゆく。
――すげぇな、こりゃ!
船首で飛竜の最後を見届けたケンは胸を躍らせる。
目前には再び飛竜の群れが姿を現している。
だが不安は全くなかった。
グラシャラボラスの船は行く手を塞ぐ全てのモンスターを駆逐し、進撃を続ける。
やがて船は大陸を離れ、青く輝く海の上へ達するのだった。