散る男達、そして……【前編】
「よぉ、アイス姉妹。随分遅かったじゃねぇか。お陰で飯食って、ひと眠りできて、体力は万全だぜ?」
赤い衛星を背に滞空するアイス姉妹は不敵な笑みを浮かべた。
「ふふ、減らず口を。黒皇、貴方の動揺など手に取るようにわかりますよ?」
「姉様の仰る通り。DRアイテムとシャトー家の至高の魔術で編み出した”迷いの術”をオウバたちが破ったのです。きっと内心ではどうしようもなく絶望していて大変なことになっている筈ですわ」
やはりアイス姉妹は侮れない。ケンは改めて目の前の敵の強大さを肌で感じた。
「それだけではなくてよ。私たちはこの瞬間を待ち望んでいたのよ。ねぇ、オウバ?」
姉のシャギがそう聞き、
「はい、姉様。オウバたちは敢えてここを残しておいたのですよ? てめぇがここを最後の拠り所にする、この瞬間をな!」
オウバの一声で、空気が一気に張り詰めた。
「ムートン、村に戻ってマルゴにこのことを伝えてくれ。ここは俺たちが食い止める」
振り返らずとも、背中に了承の意思が感じられる。
それはラフィとリオンも同じだったようだ。
ケン達は揃って身構え、臨戦態勢を取る。
「「これまで散々コケにしてくれた礼だ! てめぇも、てめぇの大事な家族も楽に死ねるとおもうなよ! いけ、バエルが守護者の一体! 個であり群であるシャドウスピリット:ザンゲツデーモン! 残らず全部を喰らい尽くせぇっ!」」
アイス姉妹の叫びを受け、目前の”人の形をした黒い影”が一斉に動き出した。
ムートンは一人、村へ向けて走り出す。
影は地面の上を滑るようにムートンを追う。
闇の中へ鮮やかに浮かぶ氷の軌跡。
ケンの冷鉄手刀によって、ムートンを追ったザンゲツは切り裂かれた。
ザンゲツの死骸は残らず、煙にように消えて行く。
しかしすぐに次のザンゲツが迫り、鉤爪状の腕を振りかざす。
ケンは振り落とされた爪を弾き、腕に纏った氷の刃を、ザンゲツの腹へ目掛けて突き出す。腹を穿たれたザンゲツはまた煙のように消える。
それでも次のザンゲツが押し寄せ、ケンは夢中で氷の刃を振るい続けた。
「せいっ!」
ラフィの鮮やかな回し蹴りがザンゲツを霧散させ、
「爆破矢!」
リオンの打ち込んだ翡翠の矢は何匹ものザンゲツを飲み込み、光の渦で飲み込んでゆく。
ザンゲツ自体の戦闘力は恐れるほどではなかった。
個別に倒すことは、何の問題も無かった。
ゴブリンと等しく、最弱の存在と云っても過言では無かった。
「っ……おらぁっ!」
裂ぱくの気合と共に、ケンは腕に纏った氷の刃でザンゲツを切り裂く。
ぴきんと腕の筋肉が悲鳴を上げ、刺すような痛みが脳へ伝わる。
だが腕を止めるわけにはいかなかった。
――糞っ、こいつら次から次から湧いて出て来やがる!
いくら倒しても、倒しても、ザンゲツは闇の中から産まれ、そして迫りくる。
個では最弱、群では最強。ゴブリンならそこに存在する個体を全て倒せば終わる。
だがザンゲツは例え目の前にいる全ての個体を倒しても、まるで何事も無かったかのように闇の中から産まれ、やってくる。
無尽蔵の数。
数は暴力であり、優劣を決める絶対的な力の証。
例え”個”ではグリモワールのメンバーに匹敵するか、それ以上のケン達であっても、圧倒的な”数”の前に、次第に押され始めて行く。
肉体も然り。精神も然り。
――なら、スキルライブラリサーチしかない!
触れた相手を分析し、最適なスキルを呼び出すケンの奥の手。
ケンは指に嵌めたDRアイテム「星廻りの指輪」へ力を集める。
指輪は赤紫の妖艶な輝きを放った。
氷の刃でザンゲツの爪を受け、切り裂かず、後ろへ流す。
そして仰け反ったザンゲツの背中へ向けて、腕を伸ばす。
「ぐわっ!?」
その時、ザンゲツへ黒い稲妻が降り注いだ。
ザンゲツは跡形も無く吹き飛び、衝撃はケンさえも吹き飛ばす。
更に追い打ちをかけるように真っ白な風が彼を飲み込み、地面へ思い切り叩きつけた。
「「させるわぇねぇだろうが! 何度お前と戦った思ってるんだ! 馬鹿めぇ!」」
アイス姉妹は勝ち誇ったかのようにそう叫び、黒い稲妻と白の暴風を放つ。
それはザンゲツもろとともケンを狙い、絶え間なく降り注ぐ。
ケンはもう一度サーチを試みようと、手近なザンゲツへ腕を伸ばす。
しかしまたしてもアイス姉妹の魔法がザンゲツを霧散させ、ケンを吹き飛ばした。
――どうあっても俺にザンゲツのサーチをさせないつもりか……!
ならば、かつてアイス姉妹の幻影を倒した時の”状況のサーチ”施すか。
この状況を全てサーチすれば、活路は見いだせる筈。
だが状況のサーチには、多大な体力と、何よりも動きを止めて、全神経をサーチに費やす必要があった。
度重なる戦いで体力は消耗し、立ち止まってサーチをする暇はない。
ラフィとリオンに隙を作ってもらいたいところだったが、生憎彼女達も迫りくるザンゲツの対応で手いっぱいな様子だった。
奥の手を使う暇は皆無であった。
――クソッ、どうしたら……!
「雑魚、うざい!」
その時苛立たし気にそう叫んだリオンは、爪と牙を伸ばし獣化して高く飛んだ。
「リーちゃん、ダメ!」
慌ててラフィが追って飛ぶ。
リオンは既に爪を振り上げ、滞空するアイス姉妹を捉えていた。
すると姉妹から魔力が溢れ、障壁を形成し、リオンと接近していたラフィもろとも地面へ叩き落した。
「あう、ううっ……」
「リ、リーちゃん……!」
地面に叩きつけられ身動きが取れずにいるリオンとラフィを、アイス姉妹は不気味な笑みで見下ろす。
「リオンさん、貴方全く成長していないわね? ねぇ、オウバ?」
「はい、姉様。そんなガキなのだから、黒皇は貴方に触れてくれないのよ?」
アイス姉妹から再び黒と白の魔力が溢れた。
姉妹の前で黒と白の輝きが混じりあい、破壊の輝きを形作ってゆく。
「「まずはてめぇらからだ! 消えて、居なくなれ! レイ・ソー……ッ!?」」
アイス姉妹は強大な魔法の発射を止め、左右に離れる。
彼女達の間を地上から放たれたケンの【破壊閃光】が過って行った。
「立てるか?」
「すみません、ケンさん」
「ごめん、ケン……」
ケンの手を借りてラフィとリオンは起き上がる。
そんな三人を横切ってゆく黒い影。
地面の上を滑るように複数のザンゲツが村へ向かって行く。
ケン達は飛び起きると無我夢中で村へ向かって走り出した。
背後から接近するザンゲツはケン達など目もくれず、木々の間を器用にすり抜けて行く。
もはやこの状況に至っては、全てのザンゲツを倒すことは不可能。
それでもケン達は少しでも村へ踏み込む敵が少なくなるよう、駆けながら影の怪物を倒し続ける。
やがて木々の間に炎の輝きと、赤い軌跡が見え始める。
ケン達は目前のザンゲツを霧散させ、村へ飛び込んだ。
「っ……はぁぁっ!」
赤い二振りの魔剣を振るい、ムートンは必死にザンゲツの侵攻を一人で食い止めていた。
彼女の背後では、マルゴ達が子供達へ脱出を促し、運び撤退のために奔走している。
ケン達もそこへ加わろうと思ったその時。
闇夜から黒い稲妻が降り注ぎ、視界を真っ黒に染め上げる。
紙切れのように吹き飛ぶ最中、ケンは上空で笑みを浮かべるアイス姉妹の姿を見た。
――早く立ち上がらないと……!
地面に叩きつけられ、身体がしびれるように上手く動かない。
ラフィも、リオンも、そしてムートンもシャギの黒い稲妻を受けて感電したのか、体中から紫電を浮かべながら突っ伏している。
「「さぁさぁ、見るが良い! 大事なものが目の前で引き去られる瞬間を! 何もできない無力な自分を呪いながら!!」」
姉妹の狂気の声が村へ響き、一匹のザンゲツデーモンが地面を滑る。ザンゲツは逃げ遅れた子供の一人へ狙いを定め、凶悪な黒い爪を振り落とす。
すると大きな影がその子供を覆い、大きな背中が代わりにザンゲツの鉤爪を受ける。
「マルゴ!」
ケンは血に染まったマルゴの背中へ向けて声をぶつける。
「ぬおぉぉぉっ!」
マルゴは戦斧を手に、勢いよく踵を返した。
戦斧はザンゲツを切り裂き、霧散させる。
背中の深い切り傷は、既にマルゴの足元に赤黒い染みを浮かばせている。
「おい、おめぇら! 密集体形だ! ガキどもは俺らが守るぞぉ!」
「「「へいっ!」」」
リーダーのマルゴの指示を受け、一家のゴロツキ共は一斉に剣や、斧を抜き、丸盾を構えて動き出す。
マルゴ一家はずらりと子供たちの前へと並び、肉の壁となる。
「兄貴、こっちは任せて下せぇ! その間に兄貴はグリモワールを!」
「しかし!」
マルゴの額には脂汗が滲んていた。
膝が震えていた。しかし彼の目は未だぎらついた輝きを宿していた。
「ここにいる男は兄貴だけじゃないんですぜ? カッコつけさせてくだせぇよ」
「マルゴ、お前……」
「姉さん! ムートン、リオン! 兄貴のこと頼みますぜ!」
満身創痍のマルゴは飛び出し、戦斧でザンゲツを切り伏せ始める。
ケンはマルゴを信じ、アイス姉妹に向かって飛んだ。