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不本意の帰郷


 迷宮都市から脱出したケン達は、モンスターに占領された街道を避け、一両日中暗い森の中を歩いていた。

 やがて太陽は西の空へ傾き、茜色が空を覆う。

 ケンは頭の中で夕方の到来から時間経過と、進んだ距離を計算する。

そしてそろそろ目的地が近いと判断した。


 そう思った瞬間、湿った空気が漂ってきた。

肌に張り付くような不快感と、息苦しさを覚える。

 穏やかな夕日はどこかへ消えてなくなり、時間を感じさせない灰色の空が枝葉の間に見える。

 明らかなる異常。邪悪で嫌な予感が漂う森の中。

 そんな空気をケンは”頼もしく”感じ、胸は”安堵”に満ちていた。


 かつて迷宮都市での戦いで、魔神グラシャラボラスを倒したことで手に入れた鎖型のDRアイテム。それが放つ強力な魔力と、シャトー家が開発した結界術は、この森の中心にある、”彼の村”を外の混乱から守り続けていた。


 ケンは星回りの指輪から魔力を放ち、一時的に結界を解除した。

そうして少し進んで、木々の間を抜けると、


「兄貴、姉さん方! ご無事でしたか!!」


 待っていたかのようにケンの子分で、今やこの村で子供たちの世話をしている屈強な隻眼の男:マルゴが飛び出してきた。

 夕餉の準備をしているのか、村には焚火の香ばしい匂いが漂っている。


「ただいま。もしかして待っててくれたのか?」

「ええ、そりゃもう。迷宮都市の方角から、どわーっと赤い光が上がったんですぜ? そりゃ心配しますって! 一体何があったんですかい?」


 マルゴは神妙な様子で聞いてくる。

ケンは迷宮都市がグリモワールの襲撃にあい、奴らを退けるために都市を爆破したことを伝えた。


「あの都市をまるごとですかい。相変わらず無茶しやすね」


 そう軽口を叩くマルゴだったが、声音には深い安堵が入り混じっているように聞こえる。そんなマルゴの後ろでゆらりと動く小さな影が一つ。


「あ、兄ちゃん達だ! みんな、兄ちゃん達が帰ってきたよ!」


 村の男の子は抱えていた薪を放り出して声を張る。

すると小さな集落の家々が扉を開き、まるで示し合わせていたかのようにぞくぞくと子供たちが飛び出してくる。


「お帰り兄ちゃん!」

「おう、ただいまラス。ちゃんとマルゴ達の云うこと聞いて、チビ達を守ってたか?」

「おうさ!」


 ケンはすっかり逞しくなった少年――ラス――の髪をわしわしと撫でながら、彼の成長を喜ぶ。


「ラフィーごはんー! マルゴたちのもう飽きちゃった!」

「そんなこと言わないの。マルゴさん達だって一生懸命作ってくれてるんだからね?」


 それでも「えー……」と不満げに答える少女にラフィは優しく笑いかける。


「じゃあ後で一緒に造ろうね」

「うん!」


 ラフィのふさふさな尻尾は、嬉しそうに横へ触れていた。


「リオン姉ちゃん! 久しぶり!」

「久しぶり。みんなの様子は?」

「元気だよぉ!」

「良かった……」


 リオンはまるで自分の子供のように慈しみの視線を送っている。

 その視線はもはや少女のものではなく、母親の愛情に満ちた温かいソレと同じものであった。


「おっぱいモンスター、大丈夫?」


 いつもムートンが好きで追いかけまわしていた子供たちは、少しやつれているムートンへ心配げに声を掛ける。


「ありがとう。大丈夫だよ。ちょっと色々とあって疲れててね。はぁ……」


 一人座り込んでいるムートンは深いため息を吐く。

そんな彼女の頭へ、小さな手が添えられた。

 一人の少年がおっかなびっくりな様子でムートンの髪を撫で始める。


「よしよし、元気出せ」

「もしかしてケンさんの真似?」

「う、うん。だってムー姉ちゃん、こうされるの好きでしょ……?」


 ムートンは子供たちにケンとのそういう場面を観られていたのかと思い、少し恥ずかしく思う。

 正直なところ、ムートンは子供が少し苦手だった。

しかしこうして必死に元気づけようとしてくれている彼らの気持ちが、凄く嬉しく、そんな気持ちに変化が表れ始めていた。


「ありがと。落ち着くよ。暫くそうして」

「あ、うん! よしよし、よーしよし……」


 ケン達はあっという間に子供たちに囲まれ、熱烈的な歓迎を受ける。


激しい戦いと長い旅路で疲れをにじませていたケン達は、一時その疲れを忘れて子供達とふれあい、言葉の一つ一つに耳を貸す。

 その時、パァンとマルゴが手を叩いた。


「そら、おめぇらそろそろお疲れな兄貴たちから離れな! 飯にすっぞ!」

「あっ、じゃあわたしも……」


 ややふらふらとしつつ一歩を踏み出したラフィを、マルゴは手を翳して制した。


「いえいえ、姉さん今日ぐらいは良いですって! それに俺らの料理の腕前の向上、見て下せぇ! なっ、お前たち!」


 マルゴがそう叫ぶと、近くの炊事場で既に調理を始めていた屈強なマルゴ一家の面々がそろって「うっす!」と力強い返事を返す。

 子供達もそんなマルゴ一家に気おされてか口々に手伝いを叫び、炊事場へ駆けて行く。

 久方ぶりに感じる温かさと、安らぎ。


――本当にみんなが無事でよかった……本当に……


 この帰郷は不本意。迷宮都市は失われ、ケン達はいよいよグリモワールと戦う力を失いつつあった。

しかしそうであっても、今はこの安らぎに身も心も委ねよう。

そう思うケンなのだった。


●●●


 村から少し離れたところにぽっかり穴の開いたような広場があった。

そこには未だ名前も知らないが、それでも美しいと言い切れる花場が咲き誇っていた。

薄闇の中でもその色彩は鮮やかに映えている。

そよ風が運んでくる仄かに甘い香りは、鼻孔をかすめるだけで、鋭利に尖った神経を優しく解きほぐす。

そういえばこの村ができた記念に、種を植えたのだとケンは思い出す。

 食事を終え、一息ついたケン達はその花畑の中で休息をしていた。


「あうー……」


 リオンは気持ち良さそうに寝そべりながら背伸びをし、


「くぅ……」


 リオンに膝を貸しているラフィもまたコクリコクリと首を揺らして眠りについている。


「風邪ひくぞ?」


 ケンはラフィとリオンへそう囁くが、二人は目立った反応を見せない。

休める時に休ませておこうと思った彼は、手にした外套をラフィとリオンへ駆けてやる。そうして、少し離れたところで膝を抱えて二人を眺めていたムートンの隣に腰を下ろした。


「こうみてるとラフィとリオンちゃんって本当に親子みたいですよね」


 ケンの隣に座っているムートンは微笑みながらそういった。


「そうだな」


 ケンは横目でムートンを盗み見る。

平然を装っているように見えた。

 例え住民がいなかろうと、敵を倒すためだろうと、ムートンの決断によって迷宮都市をこの世界から消滅させたのは揺るがぬ事実。

 そんな大きな決断などしたことの無いケンが、今のムートンの気持ちを完璧に理解できるとは思えなかった。しかしこのまま、一言もなく済ませてしまうのは嫌だと思った彼は、


「ムートン」

「はい?」

「迷宮都市の件、本当にありがとうな。今、こうして俺たちが無事でいられるのもお前があの決断をしてくれたおかげだ。感謝してる」

「どういたしまして。でもこれで良かったのかもしれません。あの忌まわしい都市は消えてなくなるべきだとずっと思っていましたし……」


 そう語るどこかムートンから寂しげな雰囲気を感じる。

 確かに迷宮都市は忌まわしい場所だった。

 数多の奴隷兵士が召喚され、その数だけ悲劇が繰り返されていた。

しかしそうであっても、あそこはムートンの生まれ育った場所。

そして従者で、家族とまで言い切ったメイ=カジワラとの思い出が詰まった地でもある。


「さっさと終わらせよう、こんなこと」

「そうですね。早く、平和を取り戻さないとですね」

「ああ。その為には早くオーパス家と合流しないとな」

「ですね。ですけど……」


 ムートンはゆるりと視線を傾け、吸い込まれそうな程透き通った青い瞳に彼を映す。

トクン、と胸が自然と鳴った。


「でも、今は少し休みましょう? 焦ったって仕方ないですし」


 ムートンからラフィのような包み込まれる雰囲気を感じたケンは、


「あ、おう」


 脊椎反射のようにそう答える。すると、彼女の頬が僅かに朱に染まった。


「で、ですから……どうぞ!」


 と、ムートンは顔を真っ赤にしてポンポンと膝を叩く。

そんな未だ初々しいムートンの様子が愛おしく、何よりも可愛い。

シャトー家当主という重責を背負う立場であった彼女も、外では未だ大人になり切っていないあどけない少女だと改めて感じた。


「んじゃ、遠慮なく」


 ケンは飛び込むようにムートンの柔らかく艶やかな太腿の上へ頭を落とした。

 瞬間、ムートンの表情がぱぁっと明るんだ。

まるで上質なシルクのような肌を、ケンは思う存分堪能する。


「くすぐったいですよぉ……」

「誘ったのはお前じゃん。これぐらい覚悟してもらわねぇと」

「もう……アレな気分になったらどうしてくれるんですか?」

「はは! 今はちょっとみんながいるんだから我慢してくれよな?」


 ムートンはため息を吐くも、その瞳は優しく、慈しみに溢れていた。

彼女は子供をあやすかのようにケンの黒髪に触れる。


「前にもこんなことあったよな」

「ですね。でもあの時のケンさんはただ酔いつぶれていただけで、こんなにロマンチックな状況じゃなかったですけどね」

「だな」

「今思えば、私はあの時既に私は貴方のことが好きだったんですよ。きっと……」


 ムートンはケンの髪を撫でながら、優しい笑顔を浮かべて、


「これはケンさんと私だけの思い出ですね」

「ああ。俺達だけの思い出だ」


 ケンは短く、しかし気持ちを込めてしっかりと答えた。


「さて……行けるな、ムートン?」


 愛情の交換はこれまで。

ケンは穏やかで温かい気持ちに蓋をし、神経を研ぎ澄ませた。


「はい……全く、しばらくこうしてたかったのに……」


 ケンと同じく、状況を気取っていたムートンは至極残念そうに唇を尖らせる。


「いつでもしてやるさ、これぐらいなっ!」


 そして二人は起き上がり、魔神の力を使って、超人的な跳躍をする。

氷の手刀と炎の魔剣が軌跡を描き、撃ち込まれた”黒い稲妻”と”白いつむじ風”を霧散させた。


「ラフィ、リオン起きろ! 敵が来たぞッ!」


 ケンが叫び、ラフィとリオンは飛び起きた。

寝起きとは思えない素早さで地面を踏みしめ構える。


 空は太陽の代わりに血に染まったかのような巨大な衛星が不気味な輝きを放つ。

風が止み、空気が重い湿り気を帯び、不快感を増す。

そして闇が蠢いた。


 大地に落ちた闇の中から次々と人のような影が浮かび上がる。

 影の悪魔。そう形容するに相応しい存在が次々と現れ、目前を埋め尽くす。


「「あはは! さぁ、追い詰めましたよ! 黒皇ブラックキング!!」」


 不快な声が聞こえ、ケンは赤い衛星に視線を飛ばす。

 グリモワールの双子魔導士:アイス姉妹は、妖艶な笑みを浮かべながら滞空していたのだった。


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