大崩壊 迷宮都市
「この都市もろとも……?」
思考が追い付かず、ケンは聞き返す。
「はい! グリモワールの狙いは都市の崩壊ではなく、奪取にあります!」
ムートンの背後では依然、巨大なアルベルトデーモンが前進を続けていた。
確かにアルベルトは邪魔な建物や、ホムンクルスたちを払いのけ、カベルネ城へ向かって進行しているように見える。
「この迷宮都市自体がホムンクルスや飛竜を操る巨大な魔道具なのです。もしもここが奴らの手に落ちればホムンクルスはおろか飛竜さえも敵に回すことになります。そうなってしまってはもはや私達に勝ち目はありません!」
グリモワールによって迷宮から解き放たれたモンスター、反乱を起こした元奴隷兵士達。
それらに加え、シャトー家のホムンクルスと飛竜が敵にまわってしまえば、いよいよケン達はまとにも戦える力を奪われてしまう。
それだけは絶対に阻止しなければならないことであった。
「ここが奴らの手に落ちるぐらいだったら、あの化け物ごとここを吹き飛ばします!」
「可能なのか?」
「この都市はアモン迷宮の頂上から発せられる魔力を地下に溜めて運営されています。ですから頂上を爆破すれば地下に貯蔵された魔力へ引火されられます」
ムートンは遂にカベルネ城と都市を結ぶ水道橋に達したアルベルトを見上げる。
「それに滅ぶべきなんです。こんな呪われた街は……もうこの都市には私達しかいません。だから遠慮なく吹き飛ばせます!」
「ムートン、お前……」
「行きましょう、ケンさん! リオンちゃん!」
ムートンの揺るぎない声を眼差し。
それを受け、ケンは迷いを断ち切った。
「……ああ!」
「あう!」
ムートンは赤い魔剣を振りかざす。
すると、アルベルトへ向かっていた飛竜が一匹旋回し、ケンとムートンの前へ舞い降りる。
二人が背中へ飛び乗ると、飛竜は力強く銀翼を広げ、再び飛び上がった。
目下に広がる焼け野原。
そこではアイス姉妹の魔法が地を裂き、ラフィの体術がソレを跳ねのけている。
どちらも引かず、譲らずの攻防戦は完全なこう着状態にあった。
「ラフィ、避けて!」
ムートンが注意を叫び、同乗していたリオンが弓を引ききる。
「爆破矢!」
翡翠の矢が放たれて、アイス姉妹の背中へ向けて突き進む。
すると気配を察知した姉妹は狙い通り左右に割れて避けた。
間に飛竜が滑り込み、地上のラフィへ一気に迫る。
「ラフィ、来い!」
ケンが叫ぶとラフィは迷いもせずに跳ね、飛竜の背中へ飛び乗ってきた。
「何をするつもりなんですか!?」
「あいつらもろとも迷宮都市を吹っ飛ばす。手伝え!」
一瞬ラフィは理解が追い付かなかったのか、ポカンと口を開ける。
しかしすぐさま眉を引き締め「わかりました!」と力強く答えた。
「「逃がすかぁぁぁ!」」
ケン達はアイス姉妹の怒りに満ちた叫びを聞き流し、前だけを見る。
四人を乗せた飛竜は一気に加速して巨大なアルベルトデーモンを横切る。
ケンは偽りの空が浮かぶ迷宮都市の天井へ破壊閃光を放った。
天井が崩れ落ち、瓦礫と土砂が廃墟と化した都市へ降り注ぐ。
その間を縫ってケン達を乗せた飛竜は迷宮都市の外へと飛び出した。
迷宮都市の外の空も、無数のモンスターに埋め尽くされていた。
アルベルトが生み出した蛇の身体に蝙蝠の翼を持つ空の怪物。
巨眼に翼を生やした不気味なモンスター:アイザック。
キラービー、ヴァンパイアバットなど、凡そ翼を持つと思われる怪物が夕闇の空を席巻している。
更に目下で迷宮都市の天井が爆ぜた。
「「追えぇぇぇ! アルベルトぉ! 奴等を殺せぇぇぇ!」」
激昂するアイス姉妹の声と共に、粉塵の中から緋色の巨大な悪魔が姿を現す。
アルベルトデーモンはかぎ爪を塔の形をしたアモン迷宮の外壁にひっかける。
そしてケンを乗せた飛竜目指して、塔をよじ登り始めた。
「多段矢!」
先方を買って出たのはリオンだった。
多大な魔力を秘めた翡翠の矢が放たれ、空を覆うモンスター達をすり抜ける。
そして花火のように破裂し分裂する。
数えきれないほどの矢は、モンスターのみを確実に仕留めて行く。
だがそれでも間隙を縫って、何匹もの空飛ぶ怪物が接近してくる。
「爆破は私が行います! 露払いお願いします!」
「わかった! 無茶すんなよ! 生きて帰れよ!」
「勿論ですとも!」
飛龍の手綱をムートンに任せて、ケンは飛んだ。
アモン迷宮の外壁に狙いを定め、拳に目いっぱい魔力を込める。
「おらぁ!」
塔の外壁が崩れ、多数の瓦礫が降り注ぐ。
それを確認したラフィは飛竜の背中から飛んだ。
空に散らばる瓦礫を足場にラフィは跳躍を続ける。
そして空飛ぶ怪物を鮮やかな踵落としで、一撃の下粉砕した。
ケンもまた”滑空”のスキルで空を自在に飛びながら、腕にまとった氷の刃で次々とモンスターを切り倒す。
すると足元に強い魔力の反応を感じた。
塔をよじ登るアルベルトが大きく口を開き、そこに赤い衝撃波の風が収束するのが見える。
「壁召喚!」
ケンは塔の外壁を叩き、魔力を押し込んだ。
彼よりも遥かに大きな石壁が真っ直ぐ道を作るように、連続して隆起する。
アルベルトの口から真っ赤な風が放たれた。
呼び出された壁は衝撃波を受け止め、真っ二つに分断される。
ムートンの操舵する飛竜は衝撃波を受けず、真っ直ぐとアモン迷宮の頂上を目指して飛行を続けている。
その時、ケンの左右を黒と白の残像が過った。
慌てて外壁へ脚を付け踵を返し、上へ向けて飛ぶ。
しかし既にムートンを乗せた銀翼の飛竜はアイス姉妹の放ったレイ・ソーラによって撃ち落とされていた。
爆炎の中から投げ出されるムートンを捉え、ケンは遮二無二飛ぶ。
そしてなんとか、彼女を抱きとめることに成功した。
「大丈夫か!?」
「ケ、ケンさん。すみま……ッ!?」
ムートンはケンを跳ね除け、瞬時に真っ赤に燃える二振りの魔剣の柄を握った。
赤い鮮やかな軌跡が茜色の空に過る。
ケンとムートンを握りつぶそうと迫っていたアルベルトの丸太のように太くて巨大な指先が切り裂かれ、宙を舞っている。
ムートンはそのままアルベルトの頭部へ降り立ち、額へ魔剣を突き刺す。
瞬間、アルベルトの動きが止まった。
「い、行って下さい! 私に構わず!」
「頼んだぞ!」
「「行かせる訳ねぇだろがぁぁぁ!」」
外壁の上を走り出したケンの前へアイス姉妹が現れ、道を塞ぐ。
「ケンさん!」
「ケン、早く!」
ケンの左右からラフィとリオンが飛び、アイス姉妹へ飛びかかった。
「こ、こいつ!」
「あう!」
リオンのショートソードとオウバの魔法障壁がぶつかり、
「ケンさんの邪魔はさせません!」
「てめぇ邪魔だぁ!」
ラフィの魔力の籠った足と、シャギの腕を覆う魔力の黒い爪が絡み合っていた。
ケンはラフィとリオンの無事を祈りながら加速した。
――もっとだ、もっと早く! そして高く! 力を出せ、アスモ!
『はいよー!』
指輪に宿る魔神:アスモデウスの声が響き、ケンは放たれたばかりの矢のように一気に飛び上がった。
風圧は刃となってモンスターを切り裂く。
もはや加速したケンを止める術を持つものは存在しない。
薄い雲を突きぬけて、ケンは目下に天井の無い楕円形のアモン迷宮の頂上を確認する。
そこへ降り立ち、そして最奥の扉を蹴り開けた。
禍々しい台座を中心に、壁や床を赤い魔力の輝きが縦横無尽に流れている、アモン迷宮の中心部。
ケンは迷うことなく禍々しい台座へ向けて、破壊閃光を放った。
閃光は台座を砕き、流れ出る赤い魔力を壮絶に輝かせる。
壁や床を流れる魔力が沸き立ち、小さな爆発を起こし始めた。
部屋を飛び出した時、最奥へ続く扉が火柱を上げて吹き飛んだ。
地震のように塔全体が揺れ始める。
ケンはすぐさま頂上から飛び降り、そしてシャギによって壁に叩き付けられているラフィをみつける。
「おらぁっ!」
「きゃっ!?」
ケンの拳がシャギを捉えた。
彼の存在に全く気が付いていなかったシャギは崩れ落ちる塔の下へ落ちて行く。
「無事か?」
「は、はい。ちょっと油断しちゃいました。えへへ」
ケンが外壁に埋まっていたラフィを引きずり出すと、彼女は笑って答えた。
たいした怪我は負っていなさそうで、ケンは安堵する。
「脱出するぞ!」
「わかりました!」
二人は手を取り合い、揃って下を目指して飛んだ。
「あうあ!」
「ああっー!!」
丁度目の前ではリオンがオウバを殴り飛ばし、落下させていた。
そんなリオンの腰を掴んで抱き寄せ、落下を続けた。
「あ、ああ、うわっ!?」
ムートンはアルベルトの肩や頭の上で右往左往していた。
「リオン、頼む!」
「あう!」
リオンは長いしっぽを縄のように撓らせ、ムートンの腰に巻きつける。
「あう……あー!」
「わわっ!?」
まるで魚の一本釣りのようにムートンは無理やりアルベルトの肩から引き揚げられた。
彼女が魔法の有効範囲に達したと判断したケンは、星回りの指輪へ力を集める。
「転送!」
星回りの指輪から赤紫の魔力があふれ出る。
そして四人はその場から消失する。
すると、アモン迷宮の外壁が次々と火柱が上げ始めた。
次々と塔の外壁が爆発し、よじ登っていたアルベルトデーモンを再び迷宮都市へ叩き落とす。
暫しの静寂が訪れた後、ドーム状の迷宮都市の天井が赤く輝いた。
まるで火山の噴火のように塔に沿って、赤い魔力が噴き出た。
それは廃墟と化した街を、ホムンクルスや飛竜の死骸を真っ赤な輝きで彩ってゆく。
既に閉鎖されたホムンクルス製造工場は引火した炎に飲まれ、奴隷兵士の召喚施設は破裂した魔力によって一瞬で瓦解する。
数千年の栄華を誇ったシャトー家の中心地:カベルネ城はアモン迷宮の残骸に押しつぶされる。
そして迷宮都市は真っ赤な魔力の輝きに飲まれ、この世界から完全に消失するのだった。