襲来 アルベルトデーモン
――第八区画天井版崩落。侵入者あり。全ホムンクルス部隊は直ちに現場へ急行せよ。
迷宮都市の中心部、カベルネ城より市中全てのホムンクルスへ伝令が走った。
路地裏、屋根の上、地下水道。
迷宮都市のあらゆるところから鈍色の肌を持つ魔導人形が次々と飛び出して、指定の区画へ向かってゆく。
第八区画と云えば、そこは迷宮都市の中でも屈指の大広場があるところだった。
そこからは伸びる幅広い道は最も早く、カベルネ城へ達することのできる、メインストリートが伸びている。
そんな広場に瓦礫に塗れた巨大な悪魔のような巨人が佇んでいた。
面長の顔に、歪曲した太い角。その姿はタロットカードで良く見かける悪魔の象徴:バフォメットと表現して差し支えない。
そんな巨大な悪魔は迷宮都市の石畳を陥没させながら、ゆっくりと前進を始める。
――各魔法砲台使用許可……承認。封印解除。
迷宮都市を闊歩する悪魔へ向けて多数の火球が飛来しはじめた。
有事に備えてシャトー家が、鐘楼に偽装して設置した魔法砲台。
本来鐘が釣り下がっているべきところには、呪術めいた刻印の施された砲門が突き出されている。
観測手であるホムンクルスが距離を計算し、腕を振る。
そして砲撃役であるホムンクルスは内蔵されている自身の魔法回路から魔力を発した。
それは大砲へ流れ込み、炎の塊となって、迷宮都市に現れた巨大な悪魔へ降り注ぐ。
稲妻のような発破音が響き、爆炎が巨人を覆い隠す。
感情を持たないホムンクルスは直撃を喜ぶことなく、シャトー家当主が下した”都市防衛命令”に従って、砲撃を続ける。
そして次の瞬間、砲台は爆炎の中から湧いて出た水平に飛ぶ”赤い竜巻”によって押しつぶされていた。
爆炎を吹き飛ばし、赤い風が第八区画に吹き込む。
大蛇のように蠢くその風は家屋を押し潰し、全ての魔法砲台を、その衝撃を持って粉々に打ち砕いていた。
――全砲門沈黙。至急、臨戦態勢! 臨戦態勢!
全てのホムンクルスには最大級の戦闘指示信号が伝達された。
ホムンクルスはそれぞれの武器を手にし、恐れることなく第八区画を蹂躙する悪魔の巨人へ立ち向かう
放射状に延びる街道から、家屋の屋根の上から、あらゆるところから剣を持ったホムンクルスが悪魔のような巨人へ向けて飛ぶ。
瞬間、巨人から再び赤い風が噴き出した。
風はホムンクルスを飲み込んで、手足をもぎ、首を刎ねる。
風が収まると街中にホムンクルスの残骸が雨のように降り注ぐ。
それでも恐れという感情を持たない魔道人形は、予め与えられた”都市防衛命令”に沿って、巨人への突撃を続ける。
石畳から、偽装した家屋から、あるいは用水路から――都市のあらゆるところに設置された魔法砲台が一斉に火を噴く。
だが巨人の侵攻阻止は愚か、満足な足止めさえも出来てはいなかった。
不気味な悪魔のような巨人はホムンクルスの攻撃など全く気にせず、まっすぐとカベルネ城を目指して前進を続ける。
●●●
「行け、飛竜隊! 巨人の侵攻を阻止しろ!」
カベルネ城の城壁の上にいるムートンは、高々とDRアイテム「煉獄双剣」を翳した。
刀身が真っ赤な魔力を帯びるとすぐさま、都市を覆う偽りの空の一部が岩戸のように開く。
そこから強靭な翼を持つ無数の飛竜が現われ、まっすぐと巨人へ向かって飛んで行く。
獰猛で賢く、戦闘力に優れる飛竜は、巨人へ向けて一斉に火球を吐き出した。
巨人にぶつかった火球が炸裂し、都市を真っ赤な炎で彩る。
巨人は一瞬立ち止まる。
しかし次の瞬間にはもう腕を振り、飛竜を地面へ羽虫のようにへ叩きつけた。
もはや迷宮都市の防衛機構では巨人の侵攻を止められそうも無かった。
「リオン! ムートンのことを頼む! 行くぞ、ラフィ!」
「はい!」
ケンとラフィは城壁から迷いもせず飛び降りた。
カベルネ城と都市を結ぶ長い水道橋をたった数歩で踏破し、巨人を目指してひた走る。
そんな中、ケンは頭上に激しい魔力の感覚を得た。
同様の感覚を得たラフィと共に左右に分かれて飛ぶ。
二人が居たところへ黒い稲妻が落ち、都市の石畳を砕く。
急停止し、空を鋭く見上げる。
頭上には妖艶な笑みを浮かべる双子の魔導士の姿があった。
「「いかがかしら? バエルが守護者の一体:アルベルトデーモンの衝撃波は?」」
黒の魔導士:シャギ。
白の魔導士:オウバ。
世界を混乱に叩きこんだブラッククラスパーティー:グリモワールのアイス姉妹は、不気味な笑みを浮かべながらケン達を見下ろしている。
「大変結構だ。ご覧の通り、迷宮都市はこの有様だぜ。すげぇぜ、全くよ。お前等はどんだけ戦力を持ってんだ?」
ケンは動揺を悟られないよう、敢えて軽口を叩いてみせた。
アイス姉妹はさらに満足げに顔を緩めた。
隙を見逃さず、ケンは素早く腕を掲げて【破壊閃光】を放った。
しかし姉妹は瞬時に魔法障壁を発生させ、ケンの放った破壊の輝きを消失させた。
「あら、危ない。元奴隷兵士の野蛮人はこれだから困るわ。ねぇ、オウバ?」
姉のシャギがあざ笑うかのようにそう聞き、
「全くです。油断も隙も無いですね。まぁ、あの程度の魔力でオウバ達を焼き殺そうだなんて……なんて愚かなんでしょうね? うふふ」
妹のオウバが余裕な様子で答えた。
――なるほど、目の前にいるのは幻影じゃないって訳か。となると、グリモワールは本気で此処落とすつもりなんだな。
そう判断し、気持ちを引き締める。
「さぁ、ここで終わりにしてやる黒皇!」
シャギが吠え、
「姉様仰る通り! ここで全てを破壊し、邪魔なてめぇらをぶっ殺して、ミキオ様に楽をしていただきます!」
オウバの宣告が迷宮都市に響き渡った。
その間も巨大なアルベルトデーモンの蹂躙は続き、迷宮都市は着実に崩壊へと向かっている。
その時、僅かに視線を感じた。
一瞬、視線を横へ流す。
ラフィが小さく頷いていた。
「お前も無茶すんなよ」
「ケンさんこそ」
「遠慮しねぇで思いっきり頼む!」
「わかりました!」
「「なにごちゃごちゃ喋ってんだ! 消し飛べ! レイ・ソ―ラッ!」」
手を取り合ったアイス姉妹から、壮絶な光魔法の渦が魔法が迫る。
「壁召喚!」
ケンの星廻りの指輪が赤紫の妖艶な魔力を発した。
地面から生えるように縦列で石壁が召喚された。
光の渦は壁へぶつかり蒸発させ、威力を減退させた。
「はいぃっ!」
そしてラフィがケンを蹴り飛ばす。
彼はもう一つの偉大な力”絶対不可視”を発動させる。
姿は愚か、気配さえも消失させるその力。
ケンはアイス姉妹に気取られくことなく飛び、まっすぐとアルベルトデーモンへ飛翔する。
背後では怒り狂ったアイス姉妹の声と、対峙するラフィの気合に満ちた声が響いている。
ケンはぐんぐん接近するアルベルトデーモンへ意識を集中させた。
アルベルトは未だケンの接近に気付かず、ホムンクルスを薙ぎ払い、飛竜を羽虫のように叩き落していた。
ケンは再び星廻りの指輪へ魔力を集中させる。
同時発動が不可能な”絶対不可視”の力が解除され、アルベルトが空虚で不気味な双眸を傾ける。
既にケンの周囲には”無数の針”が生成されていた。
「いけぇぇぇーっ!」
針は底部から火を噴き、音速まで加速して飛翔する。
スキルウェポンが一つ:飛翔針砲
この世界には存在しな極小サイズのミサイルは次々と飛翔し、突き刺さる。
先端の魔力が破裂し、爆炎が禍々しい巨人を飲み込む。
アルベルトは足を止めた。
山羊面の長い口が開き、底から紫の風が勢いよく噴き出してくる。
ケンは一旦家屋の屋根へ降り立ち、再び飛ぶ。
それまで彼のいた家屋が紫の風が掠めただけで、風船のように破裂し瓦解する。
そればかりか都市を縦断し、城壁へ穴をあける始末。
「ひゅー、すげぇなありゃ……」
わざと軽口を吐いて動揺を沈め、別の屋根に降り立つ。
すると視界に身体の表面を煮え湯のように泡立たせるアルベルトの姿が見えた。
気泡のように膨らんだ体表が弾け、蛇の身体に蝙蝠のような翼を持つ、不気味な怪物が飛び出した。
咆哮すら上げない不気味な怪物は、大きな口の中にびっしりと生えている棘のような牙を覗かせ、ケンへ目掛けて飛んでくる。
ケンはスキルウェポン:冷鉄手刀を発動させ、両腕に氷の刃を装着した。
最も早く到達した怪物を氷の刃で三枚に下ろし、遅れて到達してきた個体の首を跳ね飛ばす。
そして指先で死骸に触れスキルライブラリサーチを掛けた。
●スキル提示:滑空
「直接殺れ、ってなぁ!」
分類したてのスキルを発動させ、ケンの身体はふわりと宙を舞った。
まるで翼があるかのように彼は自在に空を飛び、両腕の刃で凍てつく軌跡を描く。
その度に空飛ぶ蛇のような怪物は首を跳ねられ、三枚に下ろされる。
もはや怪物程度では空を自在に舞う黒皇の蹂躙を止めることはできなかった。
それでもアルベルトは次々と空飛ぶ怪物を生み出し、ケンへ差し向ける。
ケンは確実に怪物を仕留めつつ、余剰の魔力を星廻りの指輪へ集めて行く。
そして指輪がひと際強い輝きを放った。
着地し、妖艶が輝きを帯びる指輪を地面へ押し当てる。
飛び出すように迷宮都市の地面が盛り上がり、巨大な岩の拳が出現した。
スキルウェポン:魔神飛翔拳
あらゆるものを打ち砕く巨大な岩の拳は、上にケンを乗せ、地面から打ち出された。
拳は空飛ぶ怪物を弾き飛ばし、風圧で切り裂きながらまっすぐと、親であるアルベルトデーモンへ向かう。
するとアルベルトの周囲に赤紫の風が巻き起こった。
「――なっ!? ぐはっ!!」」
風に触れた岩の拳は一瞬で砕け、ケンを弾き飛ばす。
そればかりか、風はアルベルトの周囲を飛ぶ怪物を、足元の家屋を吹き飛ばし瓦解させていた。
ケンに興味を無くしたアルベルトは風を纏ったまま、再び前進を開始する。
「なめんな! 行けッ!」
ケンは再び、飛翔針砲を発生させ、アルベルトへ放つ。
しかし針はアルベルトの纏う風によって、奥の本体に到達する前に全て押しつぶされ、藻屑と消える。
圧倒的で鉄壁な”衝撃波のバリア”
あらゆる攻撃を封じられたケンはただ侵攻を続けるアルベルトを見上げることしかできない。
――近づけないならスキルライブラリサーチもダメ。どうしたら……
焦りが募る。何か他の策は無いかと頭を捻るが妙案は思い浮かばず。
――考えろ、何かあるはずだ。あいつをぶっ倒す何かが必ず!
「ケンさん!」
その時、ムートンの声が背中に響く。
彼女がリオンを伴って、駆けてきていた。
「手を貸して下さい! 迷宮都市もろともあのモンスターを倒します!」