やめてくれ!
回復魔法と三千華ティーの効果で、落ちていた体力を一時的に取り戻せたらしい彼女の顔は、どんどん生気に満ちていった。ただ、彼女を覆っている黒い霧だけは、揺らぐことさえない。
なんとなくだけれど、彼女の長年にわたる不調は、この薄闇のような霧が生み出している者のように思えて仕方がない。
それを見て、私は次の工程にとりかかった。
次は、浄化。
ウェアラートちゃんまとわりつく薄闇の霧に向けて、強く、強く祈る。
「あ……」
初めて、ウェアラートちゃんが苦し気な声を上げた。眩暈を興したように、彼女の体がふらりと揺れる。
「ウェアラート!?」
慌てて奥様が彼女の体を支える。領主様も、顔を青くして彼女の体に走り寄った。
硬く閉じた目、苦し気にしかめられた眉。キリ……と音を立てる程、きつく噛みしめられた歯は、彼女の苦悶を如実に伝えていた。
「やめてくれ! ウェアラートが苦しんでいる!」
領主様の焦った声が聞こえるけれど。でも……でも、もう少しで霧が。完全に晴れるのに。
「やめろと言っている!」
「にゃう!」
その時、ウェアラートちゃんを固く抱きしめる領主様の腕に、ハクエンちゃんがしっぽをパシリと打ち付けた。
「にゃうー! にゃう、にゃん!」
パシパシと勢いよく領主様の腕を尻尾で叩いて、ハクエンちゃんが何かを訴えている。
一瞬だけ領主様がそれに気をとられてくれたおかげで、私はウェアラートちゃんの体から、完全に霧を取り払うことに成功した。
ほうっと大きく息を吐く。
そんな私の肩を、アルバの手が労うようにポンポンと優しく叩いてくれた。
「ウェアラート! ウェアラート……大丈夫か、ウェアラート!」
うつむいたままのウェアラートちゃんの体を、領主様が心配げに撫でる。奥様も、目に涙を浮かべてしっかりと彼女の体を抱きしめていて、私もにわかに心配になった。
浄化の魔法は決して人体に悪影響を与えるものじゃないけれど。
でも。
不安で心臓がバクバクと早鐘を打ち始めたときだった。
「あ……私……」
ゆっくりと、ウェアラートちゃんの目が開いた。
「ウェアラート!」
「大丈夫か、体におかしなところはないか? 痛いとか、苦しいとか」
心配のあまりか、領主様が矢継ぎ早に質問する。それを、ウェアラートちゃんがきょとんとした顔で見つめ返し「どうしたの? お父様」と小首を傾げた。
「苦しくはないの? ウェアラート」
奥様がウェアラートちゃんの頬を撫でながら、顔を覗き込んで様子を窺っている。ウェアラートちゃんの顔色は、今やほんのりと赤みがさして、決して体調が悪いようには見えないけれど。
私も、どきどきと早まる心臓を抑えつつ、彼女の返事をただ黙って待っていた。




