【アルバ視点】まるで、旅行者のように
「うーん……」と呟いたっきり、キッカからはなかなか返答が来ない。ちょっと考えるそぶりをしていたものの、どうやらそのまま寝落ちしてしまったようだ。
無理もない、ここ数日はずっと獣王のダンジョンの中でゆっくりと落ち着いた睡眠などとれなかった。
もちろん休む時には賢者が結界を張ってはくれるが、魔獣が結界の横を通り過ぎていく中で熟睡できるような強心臓の主はそうそういないだろう。
少しでも安眠できればいいが。
俺はキッカを起こさないように細心の注意を払って、その華奢な体に毛布をかけた。
キッカの腕の中でハクエンがちょっとばかり恨めしげな目をしていたけれど、苦笑いでそのままにする。ダンジョンでもいつもキッカが抱いて寝ていたし、本当に嫌ならハクエンの性格上黙ってはいないだろうから、多分問題ない。
少々暑いかもしれないが、我慢してもらうとしよう。
諦めたように目を閉じてあくびをしたハクエンの頭が、そのままコトンとシーツに落ちた。どうやらハクエンも相当に疲れていたらしい。
平和な二人の寝顔を見ていたら、俺にも猛烈な睡魔が襲ってきた。いったん気付くともうあくびが止まらない。
考えるのは明日だ、今日だけは俺も気を張らずにゆっくり休むとしよう。
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「おはよう!」
目を開けた途端、キッカの嬉しそうな顔が目に飛び込んできた。朝日の爽やかな光と相俟って、なんだか眩しい。
朝が弱いらしいキッカは、寝起きはたいてい不機嫌だというのに、今日だけはなぜか笑顔が輝いている。
「ああ、おはよう。よく眠れたみたいだな」
「うん、昨日は寝落ちしちゃってゴメンね。おかげさまでめっちゃ気持ちよく眠れた」
すでにひとっ風呂浴びたらしく、まだ少し濡れた髪を乾かしているキッカの横で、ハクエンが大あくびで伸びをするという、なんとも平和な光景。しっぽがくるんと円を書いて、気持ち良さそうだ。
こんな日があるなら、旅をするのも悪くない。
「ふふ、アルバも良く寝れたみたいだね」
「ああ、よく寝たな。久しぶりにキッカよりも寝坊しちまった」
「ひと言多い」
そう言いながらもキッカは楽しそうに笑っている。本当に機嫌がいい。
「ねえ昨日さ、すぐに次の街へ行くのかって聞いたよね」
「ああ」
「まだルッカス様たちが追い付いてこれるようなタイミングじゃないでしょう?」
「港町のルディとこのユレイの街は大陸のほぼ端と端だからな、追いつくどころかあとひと月は猶予があるだろ」
「だよね。じゃあさ、今日はちょっと屋台とかバザーとか見てもいい? 浄化の旅の間は、ゆっくり見る事なんてできなかったから……せっかくだから、賑やかなこの町もたくさん覚えておきたい」
言葉が出なかった。
キッカはもう、彼女の世界へ帰れると確信して、それを前提に話をしている。だからこそこの世界の思い出を求めているんだろう……まるで、旅行者のように。
彼女がいなくなる。
彼女は、いなくなるんだ。
その言葉だけが、まるで呪文のように頭の中でこだましていた。




