賢者様の実力
「えっ、日本に帰りたいの? なんで?」
賢者様は、狐につままれたような顔をした。
「いやいやいや、普通に帰りたいでしょ。家族だって友達だっているし、仕事だってあるんだから!」
「あー、俺の会社ブラックだったからねえ。ここ、働かなくても生きていけて超サイコーですけど」
友達は? 家族は? と聞きたいところだけど、賢者様の事情など私が躍起になって聞くべきものでもない。
私は腕の中のハクエンちゃんをナデナデしながら早々に話を切り替えた。
「あの、それより日本に帰る方法を知りませんか?」
「うーん帰る方法は無くもないけど、大変だよー。だって僕が王家に教えてあげた召喚魔法って、基本現状から逃げ出したいって人をピンポイントで召喚する術式が入ってた筈だからさあ、帰ることは前提に入ってないんだよね」
「え、そんな! 私、別に逃げ出したいなんて考えてなかった!」
「みたいだねえ。何百年も前の話だから、語り継がれるうちに形を変えちゃったのかなあ」
それは問題だなあ、なんて呑気な声を出したまま、ブツブツとなにか考えている様子の賢者様。でも私は、自分にとって最も有用な言葉を聞き逃さなかった。
「今、帰る方法、無くはないって言いましたよね!?」
「言った言った。でもマジで大変よ?」
「大変でもいい! 私は日本に帰りたいの!」
「てめえら! 呑気に話してねえでちょっとは手伝え!」
漸く核心に迫ろうというところで、アルバの怒声にさえぎられた。
「あー、さすがにあれは一人じゃ無理かあ」
賢者様がふわりと杖を振ると、えげつない轟音が響いた。
「う……そ」
空間が一気に氷で埋め尽くされて、アルバに襲いかかろうとしていた数体のハイエナのような魔物が氷の中に閉じ込められる。
「オーバーキルだろコレ……」
目の前の氷の壁の中で氷漬けになっているハイエナたちを凝視しながら、アルバが呆れたような声をあげた。
「久しぶりで出力間違っちゃった。これじゃ先に行けないね」
しまったなあ、という顔で賢者様がまたも杖を振る。今度はボシュッという音がして、大きな火球が氷の壁に穴を明ける。人が通れるほどの穴が瞬時に出来て、私達はさすがに声を失った。
国で一、二を争う魔導士のリーンでさえ、こんなに息をするように簡単には魔法を操ってはいなかった。古の賢者の凄さを見せつけられたようで、私はただただ、賢者様の顔をまじまじと眺めてしまう。
アルバはやっと衝撃から立ち直ったみたいで、氷に開いた丸い穴のふちを触ってみて「うわっ、冷てえ。マジで氷か」なんて呟いている。
「すげえ。あんた本当に賢者だったんだな」
「そりゃね。久しぶりに魔法使って結構気持ちいいわ」
すっかり打ち解けた様子のアルバと賢者様を横目に、私は期待に胸を膨らませていた。
だって、こんなに凄い賢者様が教えてくれる日本に帰る方法なら、めちゃめちゃ信用できそうじゃない?
ああもう、わくわくが止まらない!
「賢者様! どうか、どうか日本に帰る方法を教えてください!」




