え? この子、獣王……?
「獣王? 獣王なんていなかったけど」
「何言ってんの、さっきから。それだよ、それ。その君の手の中の」
彼に指さされた先には、私に抱き上げられて足をだらしなくブラーンとさせたままの猫ちゃん。
いやいや。
無いでしょ。
「またまた! だからこんなに可愛い子が獣王なワケないでしょ?」
「うん、千年前はそりゃあもう視線で殺されそうなくらい殺気立ったヤツだったよ? 」
自称賢者くんは相変わらずとぼけた声で、事も無げにそうのたまった。
「千年って。見てきたみたいに」
「見てきたからねえ。いやほんと、獣の姿は美しい砂幻豹、人の形を取れば女が一瞬で魅了されるレベルのしゅっとしたイケメンでさあ。戦う時はどうやってんだか急激にムッキムキになんの。設定盛り過ぎじゃない?」
「設定」
何言っちゃってるの? この人。真面目にワケが分からない。
呆れてしまってポカンとしていたら、両手でブランとぶら下げた猫ちゃんが、急にジタバタともがき始めた。
「貴様……貴様、あの時の……!」
「そうそう、あの時の賢者」
「忌々しい……!よくも、よくも俺をこんな姿に……!」
「やだなあ、それは歴代の聖女の功績でしょー? 今回だって聖女が浄化したからまたそんな可愛い姿になっちゃってるんでしょ、逆恨み反対!」
「貴様が、そのような呪をかけたんだろうが……っ」
「うん、ハクエンったら可愛くなっちゃってまあ、何言っても迫力ゼロ。あの凛々しい姿からは想像もつかないなー」
「くっ……撫でるなっ! 怖気が走る」
一人と一匹の間で交わされる会話に、さすがの私も心配になった。
「え、ちょっと待って。この子が、本当に獣王だってこと……?」
「そうそう」
自称賢者くんは、のほほんと答える。
「ほらぁ、言ったじゃねえか! 今すぐ降ろした方がいいって、獣王とかヤベエから!」
アルバが慌てたみたいにそう言うけれど、でも、ちょっと待って。
手を離しちゃった方がヤバイんじゃないの? だってこの子が本当に獣王なのなら、確保しておいた方がむしろ安全な気がする。
「いや、それよりアルバ、さっきのマタタビもどき持ってきて」
「は?」
「くっ……聖女め、なんという卑怯な……!」
一瞬、何言ってんだ頭沸いてんのかテメエ的な顔をしたアルバだったけれど、猫ちゃんの悔しげな声を聞いて理解出来たらしい。
「なるほど」
一言発して身を翻すと、マタタビもどきを両手にかざしながら戻ってきた。
ちょっぴり遠目のところで足をとめると、左手を伸ばして猫ちゃんの鼻先にマタタビもどきを差し出した。
「おのれ、おのれ! 貴様、キサマ覚えて……おれ……ああ……もう、む、り……」
マタタビを求めて空を掻く短いお手手の可愛いこと。シッポも嬉しげにひらひらと揺らめいている。
うん、可愛い。
やっぱり獣王の威厳とか、そういうものは皆無だった。




